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出会い



 私は、自分が生き物であることが嫌でたまりません。


なぜ、生きねばならないのでしょうか。もし、私が全ての生き物の病気を治すことができる力を持っている、などの非凡な才能を持った存在であるならば、“必要とされる”ので、生きる価値・意味もあるのかもしれません。


 しかし、私はただの、ひとりの人間――いてもいなくても違いのあまりない人間――でしかありません。  それならばなぜ、私は生きるため、もがかねばならぬのでしょう。

 私はこの世の煩悩から解放され、成仏したいと思っているわけではありません。ただ……ただ、もし生きることから逃れられないのだとしたら、仏になるために力を注ぐよりも、生きる意味を見つけるか、そうでなければ生き物をやめたいとおもうのです。


 そして、畢竟、人間の一生は、すべての生き物に等しく与えられた、“死”からどのように目をそらし、逃げるのかにつきる、と思います。

 家族を養うために働くのも、娯楽に興じるのも、素晴らしい音楽を奏でるのも、映画を見て涙し、これからも頑張って生きていこうと思うのも、すべて、です。


 そう気づいたとき、私は、すべてが無意味に思えました。身の回りの物や、私の存在そのもの、生きていること自体、すべて、です。

 小説やドラマでは、孤児院の子供が里親に引き取られ、愛情を注がれたことで次第に活き活きと生きるようになるという話などがあり、その変化のきっかけがもっぱら“愛”であるように思う。しかし、その“愛”を与えること、もらうこと、という行為もまた、“死”から目をそらすための茶番に思えてきてしまったのです。


 まったく、私はなぜ生まれてきてしまったのでしょうか。

私はもう、だれにも迷惑をかけないことしか考えられません。

あとは、あわよくばほかの人々の役に立つこと、でしょうか。

 でも、実際、人類はこの世界にとって不必要、いや有害な存在でしかありません。人間が森を焼き、海を汚し、動物たちを殺し、この世界を破壊・征服していることは全くの事実。このごろ冬が長くなり春がなかなか来ないのも、突然短時間に大雨が降るのも、世界が人類に抵抗して攻撃を加えているようにしか思えないのです。

 そして、私もまた、そんな“人間”のうちのひとりなのです。望んでなど、いないのに。

 まったく、本当に、思い通りにいかないことばかり……

人間の一生とは、思い通りにいかないことに抗いもがき続けること、とも言えるのかもしれません………



 私はここで、ペンを置いた。


 頭の中を、これまで読んだ面白い本・映画・すてきな友達と過ごした時間・楽しかったことなどが駆け巡る。

(私のこれまでの人生って、何だったのかしら)

そして私は、レースのカーテンから透けて見える少し欠けた月を眺めながら、またやってくる明日を思った。

(明日もまた、街へ降りて、働きにいかなくちゃ……)

憂鬱な気分を少しでも晴らそうと、図書館で借りた冒険ものの本を手に取った。

外から聞こえてくる陰気な鳥の鳴き声も、上の階の人の足音も、その他もろもろの悩みもすべて、少しの間だけでも、忘れさせて欲しかった……


 それから、一時間ほど経っただろうか。私は疲れた目をこすり、布団に入ろうとしていた。

本を読んでいる間は楽しくて仕方がないが、しかしやはり、その反動(疲れ)からは逃れられない。

(これでまた明日も一日中眠いわね…)

未来の自分が苦しくなると分かっていても、止められないのが人間の性ということなのだろう。

そう思うとまたしても、自分が生き物であることを思い出して嫌になる……



 そして次の日。いつもと同じように私は街へと片道三十分を歩き、働き、そしてまた月が空に昇るころ、五十分ほどかけて坂道を上り、アパートへと帰ってきた。

 木造の階段はぎしぎしと不気味な音を立てた――いつもと同じように。

階段を登りきり、疲れ切った足取りで部屋へとたどり着き、古びたドアの鍵を開けようとする、と

………


(ドアがひとりでに開いたわ。なぜかしら?)

なんて考える暇もなく、気が付くと私は口をふさがれ、体は縄で縛りあげられていた。

黒い衣をまとい、顔も目以外は黒い布を巻いて覆った人々の姿を視界の隅にとらえつつ、私はただ、何も分からず動揺するばかりだった。

 そして、リーダーと思しき人が「連れて行け」と低く唸るように命じると、私はごつごつとした数人の手によって担ぎ上げられ、どこかへ運んでいかれようと、し……

た、その時。


 その、謎の黒衣の集団の中からひとり、私へと手を伸ばすものがいた。

右の手首を掴まれた、と思った次の瞬間には、私はその人に抱えられてい、て。

その人はそのまま、私の部屋の窓へと突進し、ガラスを割って外へと飛び出した。

――私を抱えたまま、で。


(ヤバいよ、ここ三階だから落ちたら死……)

思わず目をつぶったが、落ちる気配は全くない、どころか、私は空中に浮かんでいた…!

驚きのあまり身をよじると、私を抱える腕に力がこもった。

「動かないで」

巻いた布のために少しくぐもった声が頭上から聞こえた。

(男の、人だ…!)

私はそう気づくと、自分が見知らぬ男の人に抱えられているということへの恥かしさに耐えられなくなり、動くなと言われたことも忘れ、彼の腕から逃れようともがいた。

「放して……!」

そんな私に、彼はこちらを見ようともせず、

「僕から離れたら、落ちて死ぬよ」

と冷たく言い放つ。

そんなことにも気づかなかった私は、その言葉に身を固くした、がしかし。

その直後、死ぬことを咄嗟に拒んでしまったことへの嫌悪がふつふつとこみあげてきた。

(もう嫌だ…)

束の間忘れていた疲労感も、どっと襲ってきた。

気が付くと私は、赤子のように泣きじゃくっていた。

(なんで私、生きているの……)



 私を抱える彼は、そんな私を不思議そうにちらと見ただけで。

すぐに目線を進行方向へと戻し、忌々しそうに顔に巻きつけた布をはがした。

(あいつら、よくこんな息苦しいものつけてられるな…)と思いながら。

 そして、露わになった金髪が月明かりに照らされ、エメラルド色の瞳が煌めき、筋の通った鼻が、まるで風を切り裂いているようで。

その姿に思わず見とれてしまい、私が泣くのを忘れてしまったことなどには、気づくはずもなかった………



 うっそうとした森の上空を、私は見知らぬ少年に抱えられて、どこかへと連れ去られようとしていた……



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