デートという名の取材の始まり
私は金曜日の夜に、ベッドに洋服を広げ悩む。
何を着ていくべきか?
『完璧で、超可愛い姿を見せるためには、どの洋服が良いのか?』というのではない。
『相手に頑張ってお洒落してきたんだな!』って思われない程度に『さりげないお洒落さを演出できる洋服はどれだ?』という問題で。
よく分からない内にデートに誘われた。それだけに清酒さんに『張り切ってやってきた』と思われるのは少し恥ずかしい。かといって『デート』と言われているお出掛け。それに味も素っ気もない格好していくのは、マナーとしてどうかと思う。
結局華やかに広がる焦げ茶のフレアスカートに柔らかいラインのグレーのニットに茶のコート。鮮やかな赤のマフラーとショルダーバックでアクセントをつけた。
仕事の時よりも若干カジュアルで遊んだ感じの洋服にすることにした。
待ち合わせ場所の、若草台の駅に行くと清酒さんはもう待っていた。細身の黒のパンツに白のハイネックのインナーにシャープなデザインの黒のコート。上にエンジと茶と白のストライプのマフラーを巻いている。スーツ姿とはかなり雰囲気も変わって男臭く感じて、ドキリとした。清酒さんも私の姿を見つけたのか笑顔を浮かべ、手を挙げた。
ボウッとしている私に、清酒さんは首を傾げる。
「おはよう! どうかした? ポカンとして」
私は慌てて首を横に振る。
「いや、スーツ姿でない清酒さんは新鮮だなと思って」
ククククと清酒さんは笑う。
「まあね、いつもスーツ姿で変わり映えもなかったからね。
タバさんも、会社にいる時と雰囲気違っている。そういうのも素敵で可愛いね」
私はつい『可愛い』って言葉に動揺し、俯いてしまう。
清酒さんはそんな言葉を簡単に使えてしまう人なようで、慣れていない私は上手く言葉が返せない。
『清酒さんのその格好もいいですよね!
また違った清酒さんが見れたようで嬉しいです』とか『スーツ姿の清酒さんも素敵です』とか言えればよいのだろう。そういうスキルは今の私にはない。
「こういうスカートは会社では着られないから……」
モゴモゴと言い訳のような言葉しか出てこない。
専属のカメラマンという存在がいるような出版社ではないからだ。
担当者がインタビューもして、写真も撮ってという事が多い。その為パンツルックが職場では多かったりする。それだけにいつも会社に来ている訳ではない清酒さんが、私のスカート姿に遭遇する確率はかなり低いのかもしれない。
ニコニコと見つめてきている清酒さんを前に、私は早速、次に示すべき行動に悩む。
「メールで読んで、俺も色々プランを考えたんだ。とりあえず、近くの喫茶店で二人の一日の計画をたてようか?」
恥ずかしい。半分は私の企画の手伝いをしてもらうデートだというのに、清酒さんの方がチャント仕切ってくれている。
私は素直に頷き清酒さんについていくことにする。
清酒さんが連れていってくれたのは、煉瓦と木の雰囲気が良い感じの喫茶店。マスターとは知り合いなようだ。
清酒さんは軽く挨拶をしながら、窓際の朝の光が素敵にさしている席へと案内する。そこだけがなんかスポットライトを浴びているような空間に見えた。
「朝食は食べてきた? ここモーニングも旨いんだ。俺は食べてきてないから注文するけど、タバさんも食べる?」
私も朝から色々バタバタしていた為に食べていなかった。その言葉でお腹空いている事に気が付きにコクリと頷き、一緒に朝食を食べる事にした。
私はサラダの中にパンが入っているというパンサラダセット。清酒さんはフレンチトーストセットを注文した。
マスターが離れ二人っきりになった事で改めて、向かい会う。日溜まりが心地よい席なので、猫だったら絶対ここでお昼寝するに違いない。
喫茶店に漂う珈琲の香りとポカポカとした空間が私を寛がせる。
「素敵なお店ですね。こういうのもいいですね。まず二人で喫茶店にでもモーニングを楽しんでからデートをスタートさせるというのも」
清酒さんは、目を丸くしてチョット驚いたような顔をする。でもすぐにいつものニコニコとした笑みに戻る。
「確かにね。ということは企画の設定って同棲カップルか金曜の夜から泊まっていたカップルというイメージ? そして天気が良い休日の朝二人で起きて、そのまま喫茶店でモーニングを楽しむという感じ?」
前日から一緒にいたというのは、かなり色っぽい設定になるが楽しそうな気もしてくる。そう思っていたら珈琲がまず二人の前におかれた。
珈琲独自の良い香りと、フワリとした湯気が立ち上がる。その珈琲を同時に手にとり二人で飲み、同時に満足気な溜息を吐いた。そして二人で思わず微笑みあってしまう。
珈琲が美味しいのは互いの表情で良く分かったので、そのまま話をまた続ける。
「そこまでは決めていません。子供ではなく社会人のカップルが日頃の疲れを癒す。チョット素敵な、日常の中にあるデートみたいなイメージで考えていました。
その上でこの街の素敵な場所を紹介という感じで」
清酒さんは頷く。
「それは、今まさに流行の安近短という事か」
そこで料理が運ばれてきて一旦会話は中断される。
私の目にはそれらの料理がかなり美味しそうにうつった。フレンチトーストは黄色くてツヤッツヤの美味しそうなテリを見せていて、また絶妙な薄い焦げが素敵。
パンサラダもピンと元気で彩りの良い野菜の間に散りばめられたトーストが美味でしそうだ。
シーザーズサラダのクルトン変わりに四センチ角のトーストが散っている感じ。コレは家でも真似出来そうだ。
私はしげしげとその皿を見つめてからスマフォを手にとる。いつもの癖でエバノートのアプリを立ち上げ撮影し簡単なメモを加えた。
清酒さんがその様子を面白そうに見ている。『良かった! 呆れられていない』と私はその様子でホッとした。
「どうも、何でも記録するのが癖で、何かのネタになるかもしれないと思ってしまうのよね」
言い訳じみた事を言う私に、首を小さく振って笑う。清酒さんはフレンチトーストにフォークを刺し一口食べた。
「メモ魔なのは俺も同じかな? 仕事柄と言うのもあるけど。
スマフォが使うようになって楽になった。分厚い手帳持ち歩く必要もなくなって」
私がスマフォに替えた時、エバノートとかメモ魔に便利なアプリを教えてくれたのも清酒さんだった。
私は鞄を開け、今週ギリギリまで頑張った所までの私の企画書のプリントを見せた。
清酒さんは何故かフフとそれを見て笑う。私がチラリと視線を清酒さんに向けると清酒さんは慌てて顔を引き締め、顔を横にふる。
「いや、デートでプランの企画書を見せられたのは初めてだから」
それで、私は改めて、今週この企画と同じくらい、私を悩ませていた問題を思い出す。
聞くなら、今しかない。
「すいません……でも、コレって本当に清酒さんにとってデートなんですか?」
清酒さんは首を傾げる。
「いや、清酒さんのあの時の会話が冗談なのか、どうなのかが判断つきにくくて」
清酒さんは、顎に手をやり、ウーンと悩む。
拍手において此方のパンサラダの作り方を紹介しています。