ふと溢れた本音
私はその日、仕事が終わったら家に飛び帰り、シャワーを軽く浴び着替える。お泊まり出来るように着替えなどを鞄に詰め込んで、冷蔵庫で使えそうな食材も入れて部屋をまた飛び出た。電車に乗って清酒さんの部屋のある駅まで行き、駅前のスーパーで買い物してドキドキしながら借りた鍵で清酒さんの部屋に入る。
「おじゃましま~す」
清酒さんはまだ仕事中だから、勿論返事はないけれど、そう挨拶して私はそそくさと中に入る。スーパーのレジ袋をテーブルに置き周りを見回してみる。最初に来た時とあまり変わってないが、ソファーに雑誌と新聞が放り投げてあって、流しには朝食べた後であるであろう食器が置かれている。そこに清酒さんの生活の後を感じて嬉しくなる。
まず、お米を研ぎ炊飯器にセットして、私は流しに置かれたままの食器を洗い片付けてか夕飯の準備を始める事にした。長ネギを縦に細かく切り白髪ネギをつくり、それをめんつゆにつけ込む。タマネギを千切りにしてお皿に広げ放置して、トースターでアジの干物を焼き、レタスを千切り水にさらし、トマト、セロリーといった野菜をカットして、トースターで焼けたアジを割き、他の野菜とともに皿に盛りつけてナンプラーとレモンで作ったドレッシングを掛けて馴染ませる。サラダの準備があらから出来たのでなめこの味噌汁を作成することにする。味噌汁の鍋の火をとめ、食器棚にあった小鉢に家からもってきたひじきの煮物を盛りつけておいた。
そんな事やっていると私のスマフォから音楽が流れてくる。
『やっと仕事終わって、会社出られたよ。今どこ?』
清酒さんから帰るメールである。
『もう清酒さんの部屋に来ています! 夕飯も着々と出来てますから、そのまま真っ直ぐ帰ってきて下さいね♪』
そうメールを返して、身もだえる程嬉しくなる。何か、こうして食事を作って待っているって凄く楽しいしワクワクするし、テンションも上がる。もう一つの鍋を出しお湯を入れ用意しておく。
テーブルを拭いて、雑誌と新聞をまとめて重ねラックに片付けて、お箸とひじきの鉢とサラダだけをテーブルにセット。そして食器棚の中のお皿二枚とお茶椀を取り出す。探してみたけれど味噌汁椀が見つからなかったので、カフェオーレマグで代用する事にした。
落ちつがずイソイソして部屋を歩き回っていると、ようやく玄関のベルが鳴る音がする。私は玄関まで走り、扉を開けて「おかえりなさい!」と出迎えた。
清酒さんに家で、お客様である私がこういうのはオカシイけれど、この場合はこれが正しい気がした。ニッカニッカの顔になって迎えた私を、清酒さんは顔を傾けて見下ろしフフフと笑う。
「ただいま。プリン買ってきたよ」
清酒さんはケーキ屋の箱を持ち上げて私に示す。なんでもない筈のこのやり取りになんかムズムズする。プリンが嬉しいからではなく状況が嬉しいからだ。
私は清酒さんが着替えている間、沸騰させたお湯でブタのしゃぶしゃぶ肉を茹でて湯切りした肉をお皿に盛りつけてその上にめんつゆにつけ込んでおいた白髪ネギをのせ、残った汁も少し垂らす。
「うまそ! でも今度は酔わないよね?」
私の背後からのぞき込んでくる清酒さんにドキリとしながら、私は『そこは、大丈夫』と力強く頷く。ブタシャブのお皿は清酒さんに運んでもらい、なめこの味噌汁をカフェオーレマグに注いでテーブルに持っていく。二人で顔を見合わせて食事を楽しむ事にした。今日は清酒さんが酔っぱらうという事もなく無事に楽しく食事を終える事が出来た。
食事が終わり私が食器を洗っている間に、清酒さんが珈琲を淹れている。二人でテレビを見ながらソファーに並んでプリンと珈琲を楽しんでいるうちに、舞い上がっていた私は漸く落ち着く事ができた。
凄く楽しい時間な筈なのに改めて清酒さんと落ち着いて一緒にいると、また昼に感じた良く分からない気持ちが湧き起こってくる。私はチラリと隣の清酒さんを見上げる。清酒さんは『ん?』という顔をして、食べ終わったプリンの器をテーブルに置き私の肩に手を回してくる。
「あのさ、清酒さん、今そんなに、お仕事大変なの?」
清酒さんは、首を傾げ私を見下ろす。
「色々、トラブルがあって大変そうだなと思って……」
私が遠慮がちにそう続けると、清酒さんが不快気に顔を顰める。
「それに、異動出来なかった事もそんなにショックだったの?」
肩に回されていた手が離れ、清酒さんは乱れていない髪の毛を整えるように手を動かす。眉を寄せ顔を顰めて明らかな怒りを示す清酒さんの顔をみて、言わなかった方が良かったかなと後悔してしまう。
「相方に何聞いた? ったくアイツ何ベラベラと」
低い声になる清酒さんに、『シマッタ』と思う。今日の今だけに、情報源がモロバレである。
「相方くんは何も、ただ私が気になって聞いただけ! へ、編集長も、そ、そんな事言ってて」
私は首をブルブルとふり、そう言っておく。この調子だと、相方くんが怒られそうだ。私の困ったような顔に清酒さんは一旦怒りを静める。
「……あのさ、それを聞いて私……清酒さんに対して何か……」
改めて落ち着いて向き合った事で私は、間が辛くてさらに語り出す。清酒さんは、真面目な顔で上半身を捻り身体から私の方に向けちゃんと聞こうという態度をみせる。
「寂しかったというか、むかついたの。スゴク!」
清酒さんは『えっ』驚いた顔をしたけれど、言った私はもっと驚いた。
コチラで煙草さんが作った料理のレシピは拍手の先で紹介しています。もしご興味のある方は作ってみて下さい。