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私はコレで煙草を辞めました?  作者: 白い黒猫
第四種接近遭遇
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夜の訪問者

 私は自分の部屋で不機嫌に剥れている。こたつの上には缶詰の焼き鳥と玲奈さんから貰ったアップルパイ。その二つをつまみに、一人で缶チューハイ飲みながらテレビを観でいる。

 猫のヌイグルミを抱き締めながら大きな溜め息をついた。

 猫だけでなく、私の可愛いヌイグルミのペンギン、ウサギ、犬……。それらが、ぐるりとテーブルを囲み見守っている。

 このヌイグルミは私の宝物でKOSEN社の商品。可愛いだけでなくかなり精巧。パッと見て本物の動物と勘違いしてしまう程素晴らしい。こうしていると動物とお酒を呑んでいるファンタジーな楽しい状況に見えなくもない。

 しかし私はそんな状況で朗らかに酒盛りを楽しんでいる訳ではなかった。そして私はまた一つ大きく溜息をつく。

 テレビで流れているのはありきたりの恋愛ドラマ。明らかに好きあっているヒロインとその相手。

 周りの人を巻き込んだり、巻き込まれたり。ずっとあ~だこ~だしている。

 始まって一月程経過し人間関係はより複雑となってきた。だんだん泥沼化の様相もていしてきている。楽しいというよりむしろ退く。

 私が溜め息をついたのは、このドラマの内容についてではない。自分自身の今の状況に対してである。お気に入りのヌイグルミと一緒だとはいえ一人で酒盛りしても楽しいわけがない。

 ドラマも終わり、私はリモコンでTVをオフにする。テーブルの上に置いてあったスマフォを手に取った。

 友達や家族から今日届いたメールを読み返してみる。その暖かい文面に少し癒されながら、さらに私は落ち込む。

 また溜め息をついていたら、スマフォがブルブル震えて電話の着信を知らせる。画面を見ると清酒さんの名前。時間は十時二十六分。ソッと通話ボタンを押し、「もしもし……」と出てみる。

『ゴメンこんな時間だけど、今から君の部屋に行って良い?』

 清酒さんはそう訊ねてくる。少しムクれていた私だけど、清酒さんに会いたいと言う欲求には勝てずに了承の言葉を返す。

 十分程後して清酒さんはスーツ姿でやって来た。まあ平日なのだから当たり前と言ったら当たり前。

 残業をこなしてきた後だから、いつもより若干疲れたようにも見えた。でも少しムカついていたので、「こんな時間に、どうしたの?」と心の底にある喜びを隠して、あえて冷たい口調で清酒さんを玄関で迎えた。

「ゴメン、でも君に今日中に渡したかったから」

 そう言ってスッと差し出される紙袋。上からケーキの箱が見えた。

「あっ」

 思わず声が出た。隠していたつもりの喜びが、感動に押し出される。一気に面に吹き上がるのを感じた。

 実は今日は私の誕生日。その日の約束をキャンセルされたから拗ねていたのである。

 待ち合わせの場所で待っていた私にかけてきた電話。受話器の奥から『ご飯を買ってきましたよ~』という猪口さんらしき声。それが聞こえてますます面白くない。

 勿論清酒さんは会社で、その他の人の声や気配もあり仕事中である事は理解出来た。その事が感情をプラスに転化させる事にはならなかった。

 まだ付き合いだして間もない。清酒さんは私の誕生日だとは気が付いていなかったのは分かっている。

 聞かれもしないのに誕生日を教えるのは、お祝いを請求しているようで言いにくい。

 でもそれを理由に今日は思いっきり甘えて、一緒にこの日を楽しもうと思っていた。そういう予定だったからドタキャンされたショックは大きい。いや大きすぎた。

「本当はちゃんとしたお店で食事した後に食べるつもりだった。

 俺が突然の残業でそれも出来なくなってしまってゴメン。でもお店にケーキだけは残してもらっておいたんだ。ケーキだけで申し訳ない。

 誕生日おめでとう」

 ケーキの入った袋を震えながら受け取った。

 清酒さんは私が受け取ったのを見て嬉しそうに笑う。そしてさらにもう一つ小さな紙袋を私に示す。

 最近人気の出始めたブランドの紙袋で、多分中身はアクセサリー。

 ケーキだけでも、飛び上がる程嬉しかった。更にこんな素敵なプレゼントまで用意してくれるなんて。

 一瞬ここが薄暗い玄関である事も忘れて、夢の世界にトリップしてしまう程感動する。

「気に入って貰えると良いけど」

 老舗となっているようなブランドブランドした所のモノではない。日本にも上陸したばかりで知る人ぞ知るというこのブランドを選んでくる所が清酒さんらしい。

「……ありがとうございます……。何と言ったらいいのか……。

 あっ、今日が私の誕生日なんて何故知っているんですか?」

 感動に震えながら尋ねる私に、清酒さんはブッと吹き出し首を横にふる。

「気付かないわけもないし、忘れるわけもない。

 君のメールアドレスにシッカリ表記されているから」

 初めてメルアドを交換した時の事を振り返る。付き合うよりずっと前。初めて『じゃあ、今晩何か食べにいかない?』という状況の時だったと思う。『wakaba515@……』というメルアドをみて、『もしかして、これ誕生日?』と聞いてきたような記憶がある。そんな昔の事、覚えていたなんて……。

「今日ちゃんとお祝い出来なかった分、週末ゆっくり盛大にやろう……。今日はこんな遅くで本当にゴメン……」

 私は力一杯首を横に振る。振りすぎて少し目眩を感じた。でもすぐに持ち返し、自分の気持ちを伝えるために清酒さんを真っ直ぐ見上げる。

「ありがとうございます!!

 もっとこの私の今喜びを素敵に表現したいけど、これ以外の言葉が出てこない。感動しすぎて……。

 すっごく感動したし嬉しい。本当にありがとう……ございます」

 私も記者の端くれである筈なのにこのボキャブラリーのなさが情けない。でもそんな私を清酒さんは優しい表情で見下ろしている。

「その笑顔が見られて俺も嬉しい。じゃあ、もう遅いから……今日は」

 立ち去ろうとする清酒さんの腕を掴み引き留める。

「ケーキ一緒に食べませんか?」

 清酒さんの家は私の所から駅にして三駅離れていて、歩くには遠い。こんな時間に引き留めてしまうのは、社会人である清酒さんにとっては迷惑。分かっているけど、今日は一緒にいたかった。

 清酒さんはフッと笑って『お言葉に、甘えて』と返してくれた。清酒さんの手を引いたまま部屋に誘う。清酒さんが閉めてくれたのだろう。扉が閉じる音と鍵の音がして、やっと二人っきりになれたのを実感した。


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