いろんな意味で準備万端
キッチンや洗面台等の水まわりをピカピカに磨き上げておいた。
ワインの木箱に複数の靴箱に分けて入っていた細々した小物は買ってきたお洒落な籐の籠の中に入れ替えた。その上にコットンのグリーンのチェックの布をかけて棚に配する。
ベッドシーツやカバー、カーテンはすべて洗濯して清潔な洗剤と柔軟剤の良い香りを纏わせる。
別にそういう事を想定しているわけではない。ワンルームだから部屋に入れてしまったらどうしてもベッドが目に入ってしまうのは仕方がない。
だからこそ清潔感をもたせて、キルトのカバーを綺麗にかける。更にクッションを配して幅広なソファーな雰囲気にしておく。
思い出の写真等を飾っていたコルクボードに貼ってあった恥ずかしい写真。お洒落なポストカートと差し替える。
部屋を子供っぽく見せてしまうヌイグルミはクローゼットに待避。
代わりに可愛いけど使っていなかった卓上カレンダーを置く。プレゼントで貰ったものの使ってなかったキャンドル等を感じよく飾り付ける。
近所の公園で千切ってきたアイビーと昨晩買ってきたワンコインの花束。態とらしいけれどテーブルや棚に生けて飾り、おもてなし態勢は整う。
煮立てた鍋をシャトルシェフにセットし調理を託し。こんなものかなと部屋を入念にチェック。頷いてから、出かけにルームコロンをふりまいた。
私は万全の準備をすませ、清酒さんとの待ち合わせ場所に向かうことにした。
私が必要以上に部屋に彼氏がくる事に力を入れてしまうのは、清酒さんだからだ。
清酒さんは、今までの彼氏とは異なり様々な女性と付き合ってきた経験豊富な大人であるように見える。また几帳面であるだけに細やかな所に目が届いてしまう性格に思えるからだ。清酒さんの部屋もオシャレで恰好良かった。
仕事で会っている事が多いのもあるのだろう。みっともない姿はおろか、だらしない様子になっているのもみた事がない。
そんな清酒さんから、酔っぱらって暴れた末にスッピンまで晒してしまっている私。どう見えているのかを冷静に考えると怖いものがある。
だからこそ、私が意外とキッチリしている所も見せて、汚名返上したい所なのだ。
待ち合わせ場所にいくと、先にきていた清酒さんが私を見つけ笑顔で手をふってくる。焦げ茶のネルのシャツに、くすんだ赤の細みのパンツにジャケットタイプの黒のショートコート。それにマフラーという出で立ち。
男性でありながらカラーのパンツを着こなしてしまう所は流石だと思う。
酒のせいで迷惑をかけた事で呆れられて見捨てられたのではないのかな? とも思ったものの清酒さんはまだまだ私を彼女として扱ってくれている事に内心ホッとしていた。
人にぶつかられそうになった私の肩に手をやって抱き寄せてさり気なく守ってくれる。
ああコレが大人なエスコートなのだなと思う。スマートな女性の扱いは経験が豊富だからなのだろうか? と勘ぐってしまう事は止めておこう。
『付き合ってみないか?』と言われた時に比べかなり物理的な距離も縮まっているように感じる。近い距離にいる清酒さんが嬉しくてドキドキする。
まず二人で喫茶店に入った。そこで清酒さんはタブレット端末を使い、今販売しているPCについてのレクチャーが始まる。
私のニーズに合いそうなパソコンの情報を丁寧に説明してくれる所をみると流石営業マンだと思う。
「このWEBカメラって、個人で使うことはないよね」
「まあ、Skypeを使うときとかはあっても楽しいかもしれないけどね。
テレビ電話として使えるからそれなりに便利かな。ファイル交換しながら話せたりするから友達と旅行の打ち合わせとかするにはいいよ」
説明が分かりやすいし、質問にもキチンと答えてくれる。
自分にどの機能が必要で、どの機能が不要なのかがよく見えてきて選ぶべきパソコンも定まってくる。
清酒さんって家電量販店の店員をやっていても優秀な販売員になるんだろうなと思う。というより何売っても、上手く売れるかもしれない。
待ち合わせの前に予め価格はチェックしてくれていたみたいだ。私だけだと出来ない値段交渉も理性的なトーンで嫌らしくなく行う。私は無駄に歩き回ることもなくその辺りでは最安値になったらしい新しいパソコンを手に入れる事ができた。
軽くはないであろうパソコンを結局持たせてしまい申し訳ない気持ちになる。同時にこのシチュエーションが少し嬉しい。
急いで我が家に案内したのが午後二時チョット前という予定より早い時間だった。
『お邪魔します』
清酒さんがそう言いながら部屋に入ってくるのを、私は内心ドキドキしながら見守っていた。
別にチェックしている訳ではないのだろうけど、楽しそうに部屋を見渡している。
ワンルームな為にトイレやらお風呂やら物置のある廊下を通ってしまったら、部屋は丸見え状態なので。みるべき所も少ない部屋である。清酒さんはニコニコとニヤニヤの間という感じの笑いを浮かべている。
「へえ、タバさんのぬいぐるみとか可愛がっている印象だった。けど、そういうのって置かない方だったんだ」
清酒さんの感想に私はギクリとする。引き攣った笑顔をしながらケトルに水を入れてコンロに載せ火をかける。
コーヒーサーバーもない為に、ドリップパックのコーヒーを淹れる。
清酒さんに出してからそのメーカーがマメゾンの商品ではなかった事を思い出ししまったと思う。
清酒さんは別に気にした様子もなく、香りを楽しんでからコーヒーを飲みニッコリと笑う。
『美味しい』とも『不味い』とも言わなかった所が少し気になる所である。
「ネットにはどうやって繋いでいるの? モデムと電話線はどこに?」
そういう最低限の質問だけをして、すぐに作業に取りかかる。私は手伝える事もないので、
せめてもとBGMを流したり、そっとクッキーを入れた皿を差し出したり。役にたっているのか邪魔しているのかよく分からない行動をしていた。
私の部屋に清酒さんがいるというのが、なんだか不思議な状況に思える。
異物という違和感ではなく、清酒さんがいつも以上にリアルで強い存在感を発しているように感じた。
どうやら、今私の環境はセキュリティー的にはかなり問題がある状況だったようだ。
詳しい事は良くわからないが応急処置はしてくれた。まだ十分ではないようで、次来たときに何かを持ってきて何かまた作業をしてくれるらしい。
今の世の中、安全にネットを使うのも、色々大変である。
ついでにとSkypeも使えるようにしてもらった。コレからは清酒さんとTV電話でも会話ができる。
試しに清酒さんのタブレット端末と私のパソコンで通話してみることにした。PCの中で私の部屋にいる清酒さんの姿と話すのがなんともくすぐったい。
今時の恋愛をしている感じが楽しくて堪らない。清酒さんも同じ気分なのか、いつになく無邪気な感じで笑っている。
ディスプレイの中の清酒さんと何故か目が合わない。顔を上げると清酒さんが映像越しではなく直接私を見つめている事に気が付いた。目がバッチリあうと、清酒さんは目を細めてニッコリと笑いかけてくる。
オカシイ……笑っていて優しげだけれど、目力が無駄に強い。そんな清酒さんの男っぽいというか、雄な雰囲気にドキリとした。