私の帰る所
同窓生も居酒屋の三次会も終わり、私達はテンション下がる事もなく散会となる。始まった時間も早かった事もありまだ九時前である。私とゆかりと高橋くんは方向も同じ。同じ電車で並んで座り思い出話や今日の事とかを話で盛り上がっていた。
こうして三人でいるとちょっぴり高校時代を再現しているようでなんか楽しい。しかし会話は弾むもののその話題はそれぞれの今の事。三人とも大人になったんだなと改めて実感する。しかもアルコールが入って酔っぱらいなので、そう言う意味でも子供とは言い難い。
ふとバックが震えるのを感じた。多分メールだろうなと思うものの、スマフォを確認してしまうのが現代人の悲しき習性。ライトの光り方からメールのようだ。ディスプレイのメニューバーに清酒さんの名前が一瞬表示されたのをみて、ついメールをみてしまう。
『同窓会、楽しかった?
別に急ぎではないけど思い出した時に言っておいたほうが良いかなとメールしました。
ミュージカル ロント うちの会社が協賛しているから安くチケットがとれるらしい。良かったら一緒にいかない?
公演は八月から九月です。もし観たいならチケットを押さえますから、その辺りでスケジュール空いている日教えてね』
前回見逃して悔しかったあの作品が、また公演なのだと思うと嬉しくてニンマリしてしまう。前に会社が共催のイベントで忙しくて見に行けず、私が悔しがっていた。それを覚えてくれていたようだ。
「な~に? もしかして彼氏?」
ゆかりは興味ありげな視線でコチラを見ている。高橋くんもジッとコチラを見ている。確かに話をしている最中にメールチェックは失礼だったかもしれない。
「ゴメ~ン、話をしている時にこんな事したら失礼だよね~」
私は謝ってみたけらど、二人はコチラを見たまま。
「で~。ソレ、彼氏からメール?」
ゆかりはもう一度聞いてくる。私はその質問を改めて頭の中で一瞬だけ考えて頷く。お試し中とはいえ今の段階では彼氏で嘘ではない。
二人はあからさまに驚いた顔をする。そんなに私は彼氏がいるよう見えないのだろうか?
「いや、先週わかばのお母さんに会った時言ってたから。あの子は仕事頑張っているのは良いけど彼氏も全然作れないようだって。だから心配だって……」
ゆかりは言い訳のようにそう言い、何故か高橋くんに一瞬目をやる。
母もどれだけ私の恥ずかしい情報を近所に振りまいているのだろうか? 溜め息をついてしまう。
「どんな人?」
高橋くんの言葉に私は首を傾げる。
「まだ付き合い始めたばかりで分からない事も多いけれどいい人だよ。でもコレから色々わかり合っていくんだと思う」
頭の中で清酒さんを思い浮かべながら、思った素直な気持ちを伝える。
「そうか。頑張って」
高橋くんはそれだけ行ってニコリと笑った。私は『ウン』と小さく頷く。そのタイミングで私の降りる駅に到着したので私は二人に別れを告げ電車を降りる。
一人になってしまうと、色んな意味で寂しさと寒さを感じた。お酒で若干ふらつく足で改札を出で大きく深呼吸する。
私はスマフォを取り出し、先程から表示されたままのメール画面を見つめた。手が何も考えず電話アイコンを押し履歴にある相手へと電話をかけてしまう。
『あれ、タバさん?』
清酒さんの声が聞こえ、私はフフフと笑ってしまう。電話越しの清酒さんの声も何か良い。
「うん、メールを読んだから電話したの!」
『え? どうしたの、同窓会では』
お酒で熱くなっている頬に当たる、冷たい風が気持ちよくなってきた。
「終わったよ、今。始まりが三時だったから、三次会まで出席してもこの時間なので~す♪」
フフという声がマイクから聞こえる。
『やっぱり、酔っぱらってね』
私は「ん~」と声を出して、首をふって否定する。
「全然~。ただ、煙草の煙に燻されまくった煙草の香りの煙草になってます♪」
『気をつけろよ、色んな意味で、タクシー拾えるならそれで帰って』
清酒さんは信じてないようで、チョット厳しめの口調でそんな事を言ってくる。
「大丈夫だよ~もう散々通いなれた道なので!」
『そう? 明日は二日酔いで帰って来れないなんてことはないようにね』
意外に心配性なところがあるようだ。それに今日飲んだくらいでは二日酔いにはならないからその心配もない。
「それは大丈夫! 実家から会社にいくなんて面倒な事はしませんから~。とりあえず午後一には東京に戻るという余裕をもったスケジュールで帰りますし♪」
『ふーん』という声が聞こえ、少し間があく。
『ならば、迎えにいこうか? 新幹線? 特急?』
いつもの私ならば、申し訳ないと思う気持ちの方が先立つはず。やはり今は酔っぱらっているのか、喜びの気持ちの方が先にきて私は大きく頷いてしまう。
「嬉しい! 清酒さんに会いたいし♪
新幹線で帰るよ」
この時は思ったまんまの事を素直に伝えた。私はその後酔いが醒めてアワアワと慌ててしまうことになる。清酒さんも私の言動から酔っぱらっていたのが分かっていたのだろう。
『酔っぱらって覚えてないかもしれないけれど、とりあえず迎えにいくよ。
ソチラを出た段階でメールして。新幹線到着予定時間に品川駅で 待っている』
そんなメールをよこしてきた。流石に記憶を飛ばす程まで酔っぱらっていないだけに、恥ずかしさがさらに大きくなる。
残念がる母親に謝りながら早めに家を出た。
母の愛という名の食材や衣類らが入った荷物がズッシリと重い。
清酒さんへのお土産を駅で必死で選び、新幹線に乗った。新生活を始める時に乗った新幹線くらいワクワクなのかドキドキなのかわからない動悸がしている。
ふと静岡らしくて旨いモノと言うことで、干物を買ってしまった自分に若干後悔も覚える。
フルーツとかお菓子とかお洒落なモノの方が良かったのではないかと。
清酒さんは、お酒は飲まないから、こんな酒のつまみなモノは喜ばないのではないのかなとも思えてくる。そんな事を考えている間だにも新幹線は凄いスピードで私を品川へと運んでいった。
辿り着いた品川駅ホームで私は大きく深呼吸をして歩き出す。階段を降りて、混雑している駅構内を歩き改札へと向かった。
改札の向こう側にもうスッカリ見慣れてきた清酒さんの姿が見える。相手も私に気 が付いたのか、笑顔になりコチラに手を振ってくる。
私は両手が塞がっていたので、笑みだけを返し少し歩いていたスピードを速めた。
改札を出ると、清酒さんが近付いてくる。
「おかえり、タバさん」
清酒さんの優しい表情とその言葉に何だかホッとした暖かい気持ちになる。
「ただいま!」
私の言葉に清酒さんは、フワリと笑う。
「随分大荷物だね、持つよ」
私が答える前に、鞄をサッと手にして歩き出す。
『いいですよ、大丈夫ですから』
そう言おうと思ったが、この時素直に甘えた。
「ありがとうございます」という言葉だけを返した。
荷物も減って身体も軽くなり、心もどこか浮かれて軽くなっていく。
私と清酒さんはそのまま他愛ない会話を楽しみながら、品川の街へと歩き出した。
第二章完