焼けぼっくいで……
白のふわりとしたラインのファーつきのワンピース。一部髪を編み込みにして残りをあそばせた。お化粧もいつもよりフォーマル向け。全体的に華やかな感じに仕上げた。
『悪くはないかな』と三面鏡の前でヘラリと笑ってしまう。
牛の寝間着にドテラという姿の弟も鏡に映っているのは気にしないでおこう。もうだんだんこの凄い恰好にも慣れてきた。
「姉貴も女だったんだな」
表情は決して馬鹿にしている訳ではないが、言っている事はかなり失礼。こんなのじゃ、女の子にモテないだろうなと我が弟ながらに心配になる。
「アンタが子供の時から女よ!」
そう返すが正確には生まれた時から女である。
私がいつになく頑張ってお洒落をしているのは同窓会があるからだ。しかも今回は担任だった綿鍋先生が今期いっぱいで退職する。
生徒みんな集まりお祝いをしようという事でホテルで行われる。
会場の事もあるが同窓会というと、久しぶりに会う人相手。見栄ではないが、成長というか女っ振りが少しは上がった所を見せたいものである。
母情報によると私は近所の噂で東京でバリバリと活躍して頑張っている格好いいキャリアウーマン。という事になっているらしい。そうなると気の抜いた恰好も出来ないものである。
「やはり東京に出ると、垢抜けるのね~可愛いわ~」
母がニコニコと私をみている。
母がここまで私をベタ褒めするのは、娘を溺愛しているからでなく天然だからだ。
実際そこまで静岡も田舎なわけではないし、私もそこまで垢抜けているわけではない。
「そういえば、高橋くんもくるんだよな、宜しく言っておいてくれ」
廊下を通り過ぎようとした父がそんな事を言ってくる。その言葉にも私はハハと力のない笑いを返すしかない。
高橋くんは区役所に務め、父がJAに務めている事もあり仕事の上でも会う事が多いらしい。それだけにしょっちゅう合っている父と高橋くん。
久しぶりに会う私が何を宜しくと言えばよいのだろうか?
高橋くんは私の元彼。互いの家族にもオープンにしていたために、未だに当人以外は家族ぐるみの付き合いをしている。そのために互いの情報だけが耳に入る。
喧嘩したわけでもなく『じゃあ、バイバイ~元気でね!』と普通に別れた感じ。とはいえ恋人としてそれなりの事もしてきてしまった相手だけに再会が小っ恥ずかしい。
私は家族のどこかズレたテンポの会話に、若干の疲れを感じながら家を早めに出ることにする。
同窓会は三時。親友のゆかりこと田上ゆかりや友人数人と一時に待ち合わせた。
近くの喫茶店で旧交を温めてから会場に向かう。気分も盛り上がってきた。なんか楽しいワクワクのまま会場に入るともう結構人が集まっていた。
ざっとみた感じ、女の子はそれなりにお洒落をしている。
男性は普通にスーツを着てきた人。ジャケットを着ているもののカジュアルな人。ジーンズの人までいた。とはいえ、皆二十五歳、それぞれ大人になったなと思う。
会場の真ん中で白髪で鋭い眼光の一際大人の渋いオーラを発している男性がいた。それが綿鍋先生である。
目つきが悪く厳つい顔をしているものの、内面は優しく暖かい先生だ。いや熱いハートをもってる先生だった。
「先生~お久しぶりです!」
私達は綿鍋先生の所に真っ直ぐにかけよる。先生は眼を細め嬉しそうな顔で迎えてくれた。
「おお、お前らか変わらんな~相変わらずそのメンバーでつるんどるだな?」
先生からしてみたら十六歳も二十五歳も変わらなく子供に見えるのだろう。皆『こんなに美人になったのに~』と答えていた。
「先生が辞めてしまうのは寂しいです。もう教壇には立たないんですか?」
私の言葉に、綿鍋先生はハハハと笑う。
綿鍋先生の笑顔は私が卒業した時に比べて皺も多く頭も白くなっている。
厳しいけれど、ちゃんとそれは生徒に愛をもって言っている方。それが分かっていたのでクラスのみんなも大好きだった先生だった。
変わってないと思っていた先生だが、七年間の月日をその顔にシッカリ刻みつけられている。
「もう、教師は辞めるかな。かみさん孝行しないと、熟年離婚という事になりかねんからな」
その言葉に皆笑うが、私はチョッピリと寂しくなる。自分の大切な思い出の一つがなくなる気がしたから。
先生が学校からいなくなったからといって思い出が消えるわけではない。また先生がいなくなるわけでもないのだがそう感じた。
「しかし、お前らとこうして酒を飲み交わすというのも変な気分だな」
上機嫌に語る先生を囲み皆が笑う楽しい会なのに、やはりどこか切なさを覚える。
私はアルコールをとりに行くために輪から離れた。
会場内に漂う煙草の煙と、アルコールの香りのせいかなんか視界がホワンホワンしている。
ビールも飽きたので白ワインに手を伸ばそうとすると、そのグラスが先にとられてしまう。
「あ」「あっ」
同時に声を上げ、グラスに繋がる手の主をみると、それはスーツを着た男性だった。丸いおにぎりに、海苔で顔を描いたそんな感じの木訥な感じ。その男は、私の顔をみて少し驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑ってくる。それが元彼の高橋雅人だった。
「わかば!」
「雅くん?」
顔を見合わせて、そのまますぐに二人で微笑み合う。
「ひさしぶり~元気だった?」
「ああ。わかばも……元気そうだね」
会うまでは、どんな風に顔を合わせたらよいのか? と悩んでいたが。実際顔を合わせてみると意外に何てことないのかもしれない。
「あっ、このワイン飲みたかったんだよね」
私に手にしたワインを差し出すが、私は首を横にふりもう一つのワインをとることにする。
別にそのグラスのワインを何が何でも飲みたかったわけではない。
「雅くん、変わらないね~」
少し大人びたものの、柔らかい笑顔も、こういう優しい話し方も変わっていなくて、それが嬉しかった。
私が大好きだったそこが、そのまま成長している事が。高橋くんは、元々あまり大きくない眼を細める。
「わかばは、綺麗になったよね」
『わかばのそういう所いいよね』
『わかばが好き』
あまり多弁な方ではないのに、こういう言葉をストレートに言ってくる人だった。
頭で色々考えた言葉でなく、思った事をポロリと言ってくる所がある。それを知っているだけに私は思わず顔を赤くしてしまう。
清酒さんの『君は可愛いよ』という言葉とは別の感じで照れくさい。
「雅くんも格好良くなったよ。大人になったという感じで」
高橋くんは、私の言葉に少し照れたように笑い目をそらす。なんか付き合い始めた時のようなムズ痒さを感じる。
「久しぶりだし、座って話さない?」
私は頷き、二人で部屋の隅へと移動する事にした。