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私はコレで煙草を辞めました?  作者: 白い黒猫
第二種接近遭遇
11/35

投げられた球

 その日清酒さんが連れて行ってくれたお店は住宅街の中にあった。一軒家の一階部分を店舗にしているイタリアンのお店。

 レンガの壁でそこにワインのラベルがランダムに張られアクセントとなり味わいを深める。角が取れた柔らかい暖かみのある感じの木の椅子に、ヨーロッパ風な布が掛けられたテーブル。

 何処か小洒落た感じのお店の様子にドキドキする。ムード満点のデートが始まった事のドキドキではなく、奢る身としてお値段が大丈夫かしら? というハラハラの要素のあるドキドキである。

  促されるままに入った為に、表でメニューを見られずに入ったから。


 暖かい笑顔が素敵な店員さんが、窓際の席に私達を案内する。その席につくまで周りのテーブルを確認する。

 大皿で料理が出てきてそれをシェアして食べているという感じの人が多かった。

「イタリアンって気取らずチョットお洒落に楽しめる感じが良いよね」

 清酒さんが席についてメニューを、ジッとみている私に話しかけてくる。

 確かにイタリアンはお洒落な感じのわりに、価格設定がフランス料理よりも低め。

 この店のメニューもパスタもシンプルなモノだと千円切る料理もあり、ピザも千円からある。

 清酒さんの後ろのサラリーマン二人組が食べている。見るとサイズもそれなりにありリーズナブルに思えた。

 イタリアタイプの薄めのタイプでハフハフ言いながら食べているのを見るとかなり美味しそうだ。

「そうですね。しかも此処ピザが凄く美味しそう!」

 後ろのテーブルを見いったままの私の言葉に清酒さんは嬉しそうに頷く。

「実は此処。本場イタリアから特別な薪の釜を取り寄せているんだ。それだけに拘りのピザを出してくれる」

 清酒さんはそう言って、厨房の奥の壁がわにある釜らしきものに視線で示す。

 今現在まさに稼働しており、中でピザが焼かれている。丸くて大きくてなんとも言えないホッコリとした味わいと存在感があった。ジブリの映画にも出てきそうな雰囲気である。

 是非ともそのピザは頂くべきだろう。二人で考えた結果、前菜に旬の鱈とホタテのカルパッチョとトリッパ(牛のモツで所謂ハチノス)の煮込み。オーソドックスであるマルゲリータピザに豚の頬肉のパスタという感じのモノを注文した。


 最初に出てきた前菜二皿を食べた段階で私のテンションは上がった。カルパッチョはビネガーとオリーブオイルでシンプルに仕上げたもの。その調味料も旬である素材の味を邪魔せず引き立てている。

 トリッパの煮込みもトマトベースなのだが余計な味付けはしていない。トリッパならではの旨味と野菜の甘み、トマトの酸味が穏やかに手を取り合って調和している。そんな優しさのある味わいだった。

「トリッパの味付け最高! それに鱈にして正解でしたね。やはり旬のモノをシンプルに味わう! それに限るというのを、こういう料理を食べると感じますよね」

 食べて早くも幸せな気持ちなりそう語りかける私をみて、清酒さんは頷きながら何故か笑う。

「いや、タバさんって本当に美味しそうに食べるなと思って」

 私の視線をうけて清酒さんは、そう言いニッコリと笑う。私は首を傾げる。

 『タバちゃんって見掛けに寄らず、冷静で慎重な性格だよね』

 友人からそう言われる事が多いだけに、そんなに感情を弾けさせているつもりはない。

「いや、やはり美味しく食事するには、タバさんみたいな人と一緒に食べるのに限るなと思う。

 美味しいモノを『美味しいね』と当たり前のように語り合いながら食べられるっていいよね。

 逆にさ、好き嫌いがやたら多い。少しだけ食べて残してしまう。そういう人と食べると、美味しい料理も不味くならない?」

 言っている事は理解できたので私は素直に頷く。友人とかでも、そういう人はいるけれど確かに一緒に食べていても美味しくない。

「まあ、私は好き嫌いだけはないですからね! とりあえずワニ、トド、カンガルー、ダチョウとかもバッチコイですから。でも虫は駄目かな?」

「虫は俺も嫌かな?」

 清酒さんはクククと笑う。そんな話をしていると、お待ちかねのピザがやってきた。

 早速二人で熱々の内に頂くことにした。熱いモノは熱いうちに食べるのに限る。

 ピザはカリッカリの生地なのに、上にのっているモッツアレラチーズはトロ~としてジューシー。またバジルのフレッシュな香りがチーズのくどさをうまく消していた。

 私は満足気な溜息をつき、清酒さんと言葉もなく微笑みあう。

 そしてやってきたパスタも生パスタの茹で具合が絶妙でモチモチ。柔らかく解けるような肉の旨味と絡まりさらに素敵な存在と昇華していた。

 パスタまで食べ終わり、私は幸せな溜息をつく。

「清酒さん、あの、相談なのですが」

 私の言葉に清酒さんが、少し真剣な顔をして首を傾げ『何?』という顔をする。

「もう一枚、ピザ食べませんか?」

 ブブと吹き出しながら、頷き店員さんにメニューをもってきてもらう。

 魚介のピザを注文して、改めて清酒さんと向き合う。気が付くと目の間の料理もなく、なんか少し手持ち無沙汰。そこで私はある事を思い出す。

「あの、清酒さん、昼間の話なのですが。清酒さん部署が移動になるの?」

 私の言葉に清酒さんは少し困った顔をする。

「いや、そこは本当に分からない。でも異動希望はかなり前から出し続けている。資格を十分すぎる程取ったり、その為の準備が出来ている事もアピールし続けている。

 営業も長いからそろそろ来てもおかしくはない」

 大きい会社にありがちな、有無も言わせぬ異動ではない。希望出して異動と言うのに何故かショックを受ける。

「何故? 清酒さんは営業の仕事を楽しんでいるみたいだし、それに天職に見えるけど」

 私の言葉に清酒さんはビックリした顔をするが、不意に笑い出す。

「いや、俺の仕事ぶりを認めてくれるのは嬉しいけど、俺は営業向きではないよ」

 清酒さんが意外な事を言ってきて、私は首を捻るしかない。

「モロ理系人間だから。理論で物事を考えて進めようとする。人間相手だとそこでいつも失敗する」

 清酒さんが実際失敗している姿を見たこともないし、想像も出来ないから、私はポカンとする。

「天性の営業マンって多分、君の所の羽毛田(ハゲタ)編集長とか、ウチの営業部長みたいのをいうのかも。

 天性の人タラシ。存在感そのものが何か面白く、見ているだけで、関わりたくなるようなオーラ持っている人?」

 確かに羽毛田編集長も、数度会った事のある清酒さんの所の部長さんも、なんとも愛嬌のある面白いオッサン。一緒にいると楽しく仕事が出来るそう思わせる事は確かだろう。

「でも……清酒さんも、かなりのタラシだと思いますよ」

 ポツリと言ったつもりの言葉が何故か店の会話が途切れた瞬間に填ってしまったようだ。店の中に響く。清酒さんは目を丸くして私をみて、周りの人は興味ありげに私達二人を交互にみてきた。

「いや、あの、今清酒さんがおっしゃっていた『良い意味で!』の話ですよ! ウチの職場の人もみんな清酒さんが大好きで、来社を楽しみにしていますし!」

 清酒さんはククと笑う。最初に『タラシ』の言葉を使ったのは清酒さん。清酒さんだけは悪い意味には取らなかったのだろう。

「そう言ってくれると嬉しいけどね。だいたい俺は物言いがストレート過ぎて相手を怒らせる事が多いから」

 私は頭を横にふる。それは清酒さんが嘘とか、媚びるような事を言わない人なだけだと思う。

 営業トークというような調子の良さ気な口調はあまりしない。そこが清酒さんの言うところの営業向きではないという所なのだろう。

「多分、ウチの編集長。マメゾンの珈琲ではなく、清酒さんの売る珈琲だから買っているような気がします」

 清酒さんは珍しく口ごもり、困ったように笑った。黙られてしまったので、間が怖くて私は口を再び開く。

「清酒さんが、私の職場に来なくなるのは、私は嫌だな。寂しいし」

 清酒さんは、途端にいつもの何処か楽しげな目に戻り私の言葉の続きを待つ。

「会えなくなるのは、困る……」

 清酒さんの目が少し細められ、唇がクイっと上がる。

「その問題は、君次第なのでは?」

 私は清酒さんの言葉の意味が分からず、ポカンと見上げる。

「人間関係なんてそういうものだろ? 出会いはどれも偶然だと思う。しかし関係を継続するのと終了させるは意志次第でどうにでもなる事。君が会い続けたいというならば、俺との関係も続くし、いらないと思えば終わる。そういうモノだろ?」

 私はその言葉の意味をジックリと考え、チョット怖くなる。

「私だけの意志ではないですよね? それは」

 清酒さんは、真面目な顔で頷く。

「そうだね。だから俺は担当の終了とともに終わるのはチョット嫌だなと思い、君にその意志を投げかけた。後は、君がどういう意志を返してくるかだよね?

 まあ、異動はないかもしれないから、まだ仕事上の関係は続くかもしれないけど」

 私は、落ち着く為にグラスの水を飲む。そして心の中で浮かび上がってきた言葉をそのまま口にしてしまう。

「もし、私が清酒さんの求めるモノとは違う意志を返したらどうするのでしょうか?」

 清酒さんは、私の言葉に『ン?』という小さい声をあげ、少し悩む素振りをする。しかし何かを思いついたのかニヤリと笑う。

「ま、ソレがどういう意味なのかにもよるけれどね。その状況に合わせて『対応』するしかないかな?

 より……とか?」

 私はその言葉と表情を見て固まってしまう。時々清酒さんが見せるこの企み顔。いや、鳩を前に尻尾をパタンパタンとしながら伺っている時の猫の表情。

 ソレも少しちがうか。多分映画やドラマでいう所の仕掛けて来ているムードと言うのだろうか?

 私がもう少し恋愛レベルが高ければこの表情にも対応した態度を示せただろう。それなりに大人な駆け引きを楽しめるのかもしれない。お子様の私はどうして良いのか分からずフリーズ。

「お待たせしました、イゾラ ヴェルデです」

 注文していたピザがやってきた事で、私の身体は時間を思い出し動き出す。薄い生地の上で湯気をたてるクリームに赤い海老とルッコラの美しい緑が私の目に飛び込んできた。一気に私のテンションも上がる。マルゲリータとはまた違った魅力に輝いていた。


(やっぱ、コレも頼んで正解! ね! ね!)


 流石に店員さんの前でそう言うのも恥ずかしい。だから私は視線で清酒さんに必死でそう語りかける。通じたのか通じなかったのはかよく分からないが、清酒さんは笑って小さく頷く。その後何故か溜息をついた。


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