儚い希望
「ライ。…………ライ!」
突然、横で叫ばれた。少しの間、夏海を見たせいでの放心で自分の新しい名前へ対応ができなかった。
「とりあえず、家に戻ろう」
アリューさんは俺が体調を悪くしたとでも思ったのか、心配そうにそう言うと歩き出した。周りには既に俺たち以外の人の影はなく、2人だけになっていた。俺は慌ててアリューさんを追い掛けた
「それで、何か思い出したかい?」
家に着くとアリューさんはコーヒーのようなものを淹れ、俺を席に着かせた。
……しかし、俺はどう答えるべきなのだろうか。もし俺の直感が間違っていないなら、ソフィアは夏海だ。俺の大切な幼馴染。けれど、アリューさんたちはソフィアを神様のように扱っている。横目にだが、沢山いた人の中……特に老人はソフィアが現れたとき、手を合わせて拝んでいた。もしここで彼女は俺の幼馴染の夏海だなんて言ったら、どうなるか分からない。だから――
「いえ、何も」
「そうか……」
アリューさんは自分のことのように残念そうな顔をして、ため息をついた。そして、さっき自分にも出してくれたコーヒーのような黒い液体を一口飲み、話し出した
「じゃあ、ソフィア様について教えるよ」
「お願いします」
さっきまでは軽い気持ちで聞こうと思っていたソフィアの話。……けど、もう軽い気持ちでは聞けない。少しでも多く、ソフィアのことを知らなければならない
「まず、ソフィア様が数年前、突然現れたのは話しただろ」
「はい」
数年前、突然現れた。これはただ、俺がソフィアは夏海だと信じたい気持ちがそう思わせているのかもしれないけど、数年前、夏海は俺と同じようにここへ来た。俺にはそう思えた。……いや、それ以外は考えられない
「そして、正確にはどこにソフィア様が現れたのかは知らないけど、ソフィア様はセントラル・シティーで保護された。初めはただの迷子のソフィア様をどうするか考えていたとき、ソフィア様に関して、1つだけ分かったことがあった」
「分かったこと?」
「そう。ソフィア様は寝ている時、とてつもないエネルギーを生み出す。それがなんのエネルギーなのか、なぜそんなエネルギーを出せるのかは分からないけど、セントラル・シティーの科学者はそのエネルギーを使う装置を作った。結果、さっきのような映像などの高度な機械を使うことができるようになった。ソフィア様の力は膨大で、国全体に力を供給しても有り余るほどの力だったんだ。」
夏海にそんな力があったのは驚きだが、この世界で俺の常識は通じないと思った方がよさそうだ。この世界と俺の世界では根本的に違う、そう思うべきだろう。そう思えば、俺たちとこの世界の人の構造が違い、寝てるときに分泌される何かをこの世界の人は利用できたと考えられる
「……けど、ソフィア様だってずっと寝てるわけじゃあないでしょ?」
いくら寝るのが好きだった夏海でも、そんなにずっと眠ってはいられない。この世界がどれだけ広いのかは知らないし、夏海の力がどんなものか、どれだけ大きいのかも知らない。……けど、そんなにも長く使えるわけがない
「そう。だから、噂では強制的に眠らせてるんじゃないかなんて噂が流れていた」
「!……けど、それなら誰かが見に行けばいいじゃないか。会うことも許されないんですか?」
その言葉を聞いた時、アリューさんの表情が暗くなった。俺はすぐに相当悪いことを聞かされると分かった。俺は次にどんな言葉が来てもいいように身構える
「こんな風に発達したのは、あることが起きてからなんだ」
「あること?」
「ああ。それまではソフィア様の力に頼ってはいたけど、いなくても生活できるほどだった。……けど、ある日、どこからか現れた者たちにこの地は侵略された」
「え!?」
「彼らは圧倒的な力でこの地を攻めた後、ソフィア様を誘拐して僕たちに無条件降伏を求めた。彼らはセシルムを奪い取り、そこを拠点にした。その後、無条件降伏を受け入れた僕たちの国は生まれ変わった。中には今の国の方がよかったと思う人もいるけど、僕はそうは思わない」
「……どうなったんですか?」
「彼らはソフィア様の力を僕たちにも供給して文明のレベルを上げた。ソフィア様を誘拐された時点で、僕たちは抵抗できなくなった。けど、文明のレベルを上げ、さらにソフィア様なしでは暮らせないようにすることによって、ソフィア様の人質の価値を上げてるんだ。噂ではソフィア様の力を利用する装置も、大本はこちらが作っていたらしいが、完成させたのはあちららしい。そして、ソフィア様を月に1度見せることで、生きていることも証明している」
……これは予想以上だ。俺は初め、夏海を見たとき、呆然としたのと同時に喜んだ。アリューさん達の様子からすぐ会えると思ったからだ。……けど、実際は全く違う。夏海は今、この俺のいる国に対立している国にいる
「あの……なんとかしてソフィア様に会う方法はないんですか?」
駄目もとで聞いてみる。もし会えるなら、とうに取り返しているだろう。攻めて来たときだって、圧倒的な力で捻じ伏せられたと言っていた
「残念ながらないよ」
答えは予想通り。俺は俯き、拳を握る。ずっと探していた夏海。その夏海を見つけた。……けど、決して手は届かない。ようは地上から見えない星が見えるようになっただけ。見えても見えないでも、決して届かない。
「…………」
黙り込んだ俺をどう扱うのか迷っているのか、アリューさんは視線を迷わせながら言葉を選んでいる
「……その……」
「え!?」
アリューさんはゆっくり口を開き、言い難そうに口を動かし、視線を漂わせた。しかし、少しすると決意したように声を出した
「あくまで可能性なんだが……ソフィア様に会う可能性はないこともない……」
「本当ですか!」
「ああ。……けど、オススメはできないよ」
「なんですか!教えてください!」
例え危険なことだとしても、夏海に会いたい。そのためなら、なんでもやってやる。
アリューさんは教えるべきかどうか少しの間迷っていたが、ついには諦めたように口を開いた
「ソフィア様が誘拐されてから大体半年に1度、奪還作戦が行われる。」
「奪還作戦?……じゃあ、もしかしてセントラル・シティーで決行されるのって!」
「そう。奪還作戦。……だけど、僕は君にそれに参加してほしくない」
「え!?」
「なぜ、半年のように行われる奪還作戦を敵国は止めないと思う?」
「それは……」
確かにそれはおかしい。無条件降伏したのに攻めて来る敵を放って置くのはおかしい
「彼らは……絶対の力の自信がある。攻めて来ても、勝てる自信がある。だからこそ、攻めて来るのを咎めず、ただ、攻めてきた者を皆殺しにする。そうして力関係を分からせようとしているのさ」
想像してみる。いくら攻撃してもビクともしない巨大な岩。それは、攻撃している間に戦意を失わせ、諦めさせる
「だから、君がいっても死んでしまうだけなんだ。なぜソフィア様に会いたいのかは分からないけど、この方法だけはやめてほしい」
アリューさんはそれだけを言うと、立ち上がって家を出て行った。
俺は……どうすべきなんだろうか。夏海に会いたい。その気持ちは変わらない。……けど、会いに行けば確実に死ぬ。なんの武術の心得のない俺が立ち向かって勝てる相手ではない。なら大人しく引くか?……いや、そんなこともできない。ようやく会えたんだ。だから……夏海と一緒に絶対に元の世界に戻る。とりあえず、明日はこの世界のことを知ろう。なんでもいい、とりあえず知っておいて損はないだろう。決行までまだ数ヶ月あると言っていた。
結局、その日はアリューさんの家に泊めてもらうことになった。