悲しい日常
頭の真上から大きな音が聞こえてくる。普通ならありえない現象だが、今はベットに横になっている状態。俺は音の元である目覚まし時計の目覚ましを切り、上半身だけを起こすと、予想したとおり涙が流れた。周りにはもう克服したと言ってある夏海の消失。けれど、実際はこの通り。月に数回はあの夢を見て涙を流す。夏海がいなくなったのは自分のせいかどうかは分からない。……けど、おそらく……いや、絶対に、あの時夏海と一緒にいれば夏海はいなくならなかった。
あの日、いい加減に夏海に付き合いきれなくなり、怒って先に帰った後、夜になっても夏海が帰って来ないと夏海の親に言われ、不安になり大勢で探し始めた。まだ子供だった俺も一緒に探した。夏海の行きそうな所は全部探した。……けど、どこにも夏海はいなかった。大人は神隠しだと言った。この町には大きな神社があって、俺や夏海は勿論、学校の人もよくそこで遊んだりしていた。夏には肝試しに使えるほど夜中は不気味で有名な神社。町の人は未だに神隠しなどを信じていて、そこの神社の神様が連れて行ったと言った。俺はその時になって、自分の行動を嘆いた。なぜ、あの時夏海を置いていったのか。突然涙が込み上げてきて、泣いた。母に抱かれ、家に帰ってからも泣き続けた。そして泣き疲れて寝た。しかし、起きても自分のしたことを責める気持ちは治まらない。俺は神社に行き、神様にお願いした
夏海を返して下さい
勿論、そんな頼みが聞き入れられるわけがない。夏海は返ってこない。けど、今の自分に出来るのは願うことだけ。
俺は涙を拭き、制服に着替える。着替えた後にもう一度涙が出ていないかを確かめ、目が赤くなっていないかを確かめる。もし赤くなっていたときは親にバレないよう、誤魔化す口実を考えないといけないから面倒だが、幸いにも今日は赤くなっていないようだ。
俺は荷物を入れた鞄を持って下に降り、リビングへ行った
「おはよう、父さん、母さん」
「おはよう」
「おはよう」
リビングの椅子に座って新聞を読んでいた父さんと、朝食の最後の仕上げをしている母さんに挨拶をして席に着く。季節は夏。もうじき夏休み。……ただ、高校3年生である俺にとって、夏休みは決して楽しいことばかりではない。夏海のことで普段から集中できていない俺は現在、志望校に行けるかどうかが怪しい。この機会にでも勉強しなければ、この不況の時代に高卒で働かなければならない。だから、この夏休みは遊ぶことは考えないようにしようと決めている。
俺は母に盛り付けられた朝食を食べらがらテレビを見る。親には受験のためにニュースを見ていると言っているが、本音では夏海の手がかりを探している。ご飯を食べながらニュースを見ていく。
【中学校に盗撮犯が現れる】【買い物帰りの主婦への轢き逃げ】【有名芸能人のスキャンダル】【連続殺人犯、とうとう捕まる】
ニュースをザッと見る。夏海に関するニュースは当然ない。今更見つかるわけがない。頭ではそう分かっていても、ニュースを見る。ニュースが中盤に差し掛かると、俺はテレビを消し、鞄を持って立ち上がる。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
両親に返事をして玄関を出る。外に出ると突然暑い空気に包まれる。俺はドアを閉め、一瞬止まるがすぐに歩き出す。夏になると毎年暑さで学校に行きたくなくなる。けど、行かないわけにはいかない。俺は暑さを気にしないようにしながら歩き続ける。家から学校まで、幸いなことに坂は少ない。だから、夏のこの時期でも、そこまで体力は使わないで済む。元々運動神経だけならいい方な俺だが(それでも平均よりやや上な方だが)無駄な体力を使って、元々無いような集中力を更になくさないでいいのは嬉しい。
俺はそのまま淡々と歩き続ける。何も考えないように勤める。夏海のことを考えると、時間がいくらかかるかも分からない。考える必要はない。考えてはいけない。
学校に着くとチャイムが鳴るまで近くの友達と話をする。昔は夏海と一緒にいたせいか友達がなかなかできなかったが、今では仲がよい友達はいる。その人となんでもない話をする。いくら勉強があまりできないと言っても、休み時間にまで勉強をする気はない。
授業が終わるとそのまま家へ帰る。友達の中には遊びにいかないかと誘ってくる人もいるけど、俺はそれを断る。流石に放課後に遊ぶ暇はない。
家に帰ると、少し休んで勉強を始める。
……そして夜中になると、俺は外へ出る。あの日から毎日していること。
神社での祈り
その神社はなぜか山の中にあった。それも林の中に自然にできたであろう空地にポツンと建物がある。無人で、賽銭箱さえない。とは言っても、昼間にはそれなりに光が届くので、遊び場所としてはもってこいの場所。俺は手を叩き、神様にお願いする。
夏海を返して下さい
俺は基本的に神様を信じない。でも、夏海が消え、大人が神隠しだと言い、神隠しとしか思えない現状、神に祈るしかできることはない。俺は祈り終わり、目を開け、いつも通りに帰ろうとすると――
「え!?」
建物の中に何かが見えた。無人のはずの神社に人のような影。……いや、見えたのは上半身だけだから、子供の悪戯という可能性もある。けど、俺の頭の中からその考えはすぐになくなった。その考えをなくした理由などない。ただ、数年も祈り続けて、今日、突然人のような影が見えた。それだけだけど、俺にはその影が夏海のような気がした。俺はすぐに神社に近寄り、開けた
「夏海!」
しかし、そこには何もなかった。夏海どころか、悪戯の後さえなかった。けれど、俺は諦めきれずに中を探した。床に抜け穴はないか。壁に扉はないか。
……結局、そんなものはどこにもなかった。俺はそこに……中央に座り込んでしまった。見間違いかもしれない。いや、確かに影が見えた。悪戯かもしれない。いや、あれは夏海だ。夏海は消えた。嫌な考えを否定する反面、望みの可能性すら否定する。
俺はとうとう立ち上がった。そして、ここに来るのを止める決意をした。ここに来るから夏海のことを忘れられない。だから幻覚なんかを見てしまう。俺は最後になるであろう神社の中を見渡した。中は特になんてことはない作り。でも、何年もこの外で祈っていたのかと思うと、ただの建物には見えない。一通り見渡し、出口の扉に手を掛けた。その瞬間――
≪ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!≫
地面が揺れた
すぐに地震だと分かり、体勢を保つ。そのまま神社の中央へ。地震の揺れは長かった。しかし、構造がしっかりしているのか、神社は崩壊することなく、ホッとした。揺れが収まっても俺は数分、その場でジッとしていた。……しかし、結局はもう揺れることはなかった。俺は親の安否が気になり、すぐに立ち上がって、扉を開け、足を踏み出した…………が、違和感があった。
何もない。感じるはずの板の感触が足から伝わってこない。そう思った瞬間、体重を前にかけていたせいで前に倒れた。しかし、そこには地面がなく、暗闇が広がっていた
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
落ちる。一瞬、死の恐怖を感じた。が、その落下はすぐに止まった。背中に強い衝撃を受け、気絶してしまうのと引き換えに