少女と少年
「ようこそ。我が城へ」
声が聞こえ、顔を上げた。そこは後ろの闘技場の半分ほどの大きさで、何も無かった。……いや、4つだけあった。1つの椅子と、椅子に座る人と……妙な機械とそれに座る……いや、囚われている夏海。部屋は暗くて椅子に座っている人はよく分からないが、夏海の顔はよく見えた。夏海を捕らえている機械は光っていて、夏海は眠っているようだ。おそらく、あれが夏海の力を制御する機会。俺はホッと安心し、椅子に座っている人を見る。声からして男性。……だけど、そんなことはどうでもいい。こいつを倒さなければ、夏海は助けられないのだ
「さて。……君はこの娘を助けに来たのだろ?轟恭介」
ビクリと体が震えた。なんで……俺の名前を知っているんだ?
「意外そうだな。だが、よく考えてみるがいい。誰がこの娘、アリサ……いや、早瀬夏海を追放した?」
暗闇の中、男が気味の悪い笑みを浮かべた気がした。けど、納得がいった。そして、1つの絶望感が浮かんだ。もし、本当に夏海がアリサで、この世界の住民なら、俺は……俺は今、森での男が言ったように、夏海のことを考えずに自分勝手夏海の幸福を奪っているんじゃないか?一瞬、そう考えたが、すぐに思いなおす。ずっと人形のように囚われているのが幸福なわけがない。俺は剣を構え、男を睨む
「……では、最後のゲームといこうか」
男は立ち上がり、ゆっくり歩いてくる。次第に、男の顔が明らかになっていく。その顔は老けていたが弱々しくなく、逆にアランよりも、森での男よりも力強く見えた。男は腰に指した2本の剣を抜き、構える。数秒、どちらも動かない。……が、男の体がほんの少し動いたかと思った次の瞬間には敵も俺も動いていた。男の動きは森での男に比べると遅く、それを見ていた俺にとっては十分反応できる速度だった。俺は迫り来る剣を避け、ガードできそうもない位置を狙って斬る。しかし、男はそこをもう片方の剣で受け止め、再び攻撃をする。
その場を動くことなく、攻撃と防御を何度も繰り返す。だが、相手は2刀流。そして俺以上の実力者。次第に押され気味になり、後ろへ下がるようになり、服を斬られ、辛うじて傷だけは負わないようにするのが精一杯になってくる。焦りからか、敵の攻撃もドンドン早くなってきたように感じ、遂には思いっきり後ろへ飛び、距離を取る。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
俺は息をつきながら考えた。敵の攻撃スピードは速いわけではない。だから反応できる。力もそこまで強くはない。ピコルの弾の方が強いくらいだ。……だけど、攻撃を受ければ受けるほど体力は削られていく。あの男もおそらくライウェンだろう。けど、どんな力だ?攻撃すれば体力を削る力か?……いや、それはない。ライウェンの力は自分に効果を与える。……ならどんな能力なんだ?
「来ないのならこちらから行くぞ」
男の声にハッとなり、咄嗟に見えた軌道上に剣を構え、ガードした。……が
「がっ!」
俺は吹き飛ばされ、壁にぶつかった。……けど、今のでなんとなく分かった。
「はぁ!はぁ!お前の能力……単なる力を上げる能力だろ?」
「ほう。よく分かったな」
誤魔化されるかと思ったが、男は素直に認めた。
「確かに私の能力は筋力を上げる能力だ」
男が言い、横へ剣を振った瞬間――
『ギィン!』
壁に何かがぶつかり、横に真っ直ぐ、切れ込みが入った。
「ただし。これでも半分ほどの力だがな」
男は見下すように笑いながらそう言った。だけど、俺はすぐに剣を構え、切りかかった。
「あれを見てまだ立ち向かうか!」
「どれだけ大きな力でも当たらなければいいんだ!」
男は俺が切りかかったのを嬉しそうにしながら俺の剣を捌く。俺は捌かれた端から体勢を立て直し、敵に攻撃の隙を与えない。攻撃されても同じように捌く。
「はあぁぁぁぁ!」
そして遂に、男に攻撃が入った
「ぐっ!」
今度は男が俺から距離を取った。……だが、それは俺にとってもありがたかった。俺は息を荒げながら、剣を杖に休みたいのを堪え、構える。
「貴様……」
男は顔を怒りで真っ赤にし、俺を睨みつける。ヤバイ。そう思った。俺はいつでも動けるように構え、相手の出方を待つ。こちらから切りかかれば、確実にカウンターで殺される。……だけど、そんな恐れさえ、無駄だった。気づいた時には男は消え、まるで森の男のようにいつの間にか後ろへ動き、俺の左手が消えていた。
「ああああぁぁぁぁ!」
俺は剣を落とし、左手を押さえる。
「さっきの攻撃も無駄だったな」
男は俺の目の前まで迫り、見下ろしながら呟く。おそらく、さっきのスピードは筋力の強化を足にしたのだろう。
「くっ!」
俺は咄嗟に剣を握り、男へ振った。……だが
「ふん!」
呆気なく剣は上空へ飛ばされ、剣を振り下ろすと同時に右腕まで斬られた。数秒後、剣は俺の隣へ落ちてきたが、拾うこともできない
「諦めろ。これが……貴様の運命だ」
視界が歪み、意識が朦朧とするなか、男はそう言った。俺はそれでも男を睨みつけ、何か策はないかと考えた。何度も致死レベルの攻撃を受けたおかげで、この傷でもまだなんとか冷静に考えられる。……だけど、両手を失っている状態で何ができる?俺は必死に考えた。足を使うか?……無理だ。靴を脱ぐ時間も、扱える自信もない。なら…………………口?頭がその考えへ行き着いた次の瞬間には朦朧とする意識の中、足だけで立ち上がり、剣を咥えて男へ振った
「嘗めるな!」
しかし、当然のように軽々あしらわれ、右肩から斜めに一線、斬られた。口から剣は落ち、今度こそ、死ぬと思った。男はもう俺は死ぬと思ったのか、俺に背を向け、元の椅子へ歩いていく。そして、俺はすまないと思う気持ちを伝えられたらと思い、最後に……夏海をもう一度だけ見た瞬間、違和感があった。夏見が……黒く侵食されていっているのだ。ゆっくりと、中心から。それは次第に大きくなり、夏海の全てを覆った。男がそれに気がついた様子はない。それだけで……なんとなく、あれがなんなのかが分かった。分かった瞬間、夏海から……影が現れた。いや、正確には夏海の体から影が抜け出たように見えた。影はゆっくりと歩きながらこちらへやってくる。男を無視し、男も影を無視し、影は俺の方へやってくる。
「夏海……だったのか?」
影が俺のそばに座ると、俺はできる限りの声を上げた。その声はか細く、呟くような声になった。しかし、影には聞こえたようで、頷いた。そして影は立ち上がり、手を差し出した。俺は手の無くなった左腕を出し、影はその腕を握った。その瞬間、影が歪んだと思ったときには、俺の中へ入ってきた。そして、見る見る内に腕が再生していく。……いや、再生などしていなかった。影の腕が生えてくる。俺はその腕を使い、立ち上がる。腕に感覚などない。……けど、動かすまでもなく、動かしたいと思ったように動く。俺は立ち上がり、剣を握る。そして、握った場所から光に包まれ、錆がなくなっていく。男はまだ俺が立ったことに気づいていない。俺は走り出した。
「!」
男は突然の足音に驚いて振り返り、俺が切りかかっているのを認識した瞬間、すぐに剣を抜き、ガードの体勢に入る!
「はあぁぁぁぁ!」
俺はそのまま森での1撃のように、思いっきり振る。その振りは自分にも見えず、その速さは男のガードを崩し、思いっきり横へ飛ばした。
「ぐっ!」
「はぁ!はぁ!」
男のぶつかった壁には人の形をした穴が開き、男はそこへめり込んでいた。
「まだ……終わってねぇぞ……」
俺は息を切らしながら言う。
「ガキがぁぁぁぁ!」
男はそう叫んだ瞬間、さっきまでのようなスピードで迫ってきた。そして、俺には全く見えず、今度は右足が切られた。視界の端で右足が飛んでいくのが見える。……だが
「はああああぁぁぁぁ!」
斬られると同時に、そこへは影の足が生える。俺はそのままその足を使い、男へ切りかかる
「ぐあぁっ!」
咄嗟に男は左腕で庇ったが、当然のように左腕は斬れた。男は斬られると同時に距離を取った
「はぁ!はぁ!はぁ!」
「はぁ!はぁ!な、なぜ……そんな姿で生きていられる。……動いていられる!」
一瞬、男の言っている意味が分からなかったが、すぐに理解できた。おそらく、男には俺は左足以外を失い、空中に剣を構えたまま立っている姿が映っているのだろう。
「貴様はただの人間。我々、ライウェンの玩具に過ぎんのだ!」
男は叫ぶと同時に走る。左手を失い、バランス感覚がおかしいのか、さっきまでのスピードはなく、ギリギリ反応できる。俺は迫り来る攻撃を弾き、同じか、それ以上の速さと重さを持った攻撃をする。相手が下がれば追いかけ体勢を立て直させない。こちらが下がれば追いかけてくる。そんな攻撃が続く。俺は首より上だけは絶対に斬られないようにし、他の部分は犠牲にしてでも斬る。当然、左足は切られた。左腕も失った。体にも何回も斬られた。だけど、それと同じくらい相手の体にも傷を付けた。
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」
だけど、そんな攻防にも限界はあった。俺は体を精神力のみで動かしていた。戦闘に関して素人もいいところの俺に、こんな激戦を何分も続けていられる精神力はない。そして男の方も、俺のなりふり構わぬ攻撃にダメージを受け、立っているのもやっとのようだ。お互い、次が最後だと分かった。俺は走り、男と間合いを詰める。男も走り、間合いを詰める。そして互いの間合いに入った瞬間、再び攻防が始まった。……だが、今度は少し違う。俺も、相手も、例え致命傷の攻撃が来ても相手を殺せるなら相打ちでも殺す勢いでチャンスを作る。そしてそのチャンスはアッサリ来た。俺が相手の剣を跳ね、心臓がある胸の中央へ剣を導く。対して、男は避けることもせず、むしろ自ら刺さりにくるように迫ってくる……剣と一緒に。そして……
「ぐっ!」
「がはっ!」
俺の剣が男の心臓を貫くコンマ数秒後、男の剣は俺の左肺を貫いた。そしてそのまま、俺と男は倒れ、≪ドサッ≫という音だけが部屋に響いた。勝った。そう思った。……だけど、俺はそのまま倒れているわけにはいかなかった。俺は地面を這い、夏海へ近づく。その瞬間、体の中にいる夏海が俺の行動に拒否反応を出す。おそらく、俺が夏海の捕まっている装置を外そうとしていると分かったのだろう。そして、それをすれば夏海は俺の中から消え、元の体に戻り、俺は死ぬ。……けど、もし開放しないなら、夏海は一生このまま、俺の中にいないといけない。……なら、開放すべきだろう。とうとう俺は装置の前へ来た。夏海は未だに拒否反応を起こし、俺の行動を妨害しようとする。
……けど、俺は装置の解除ボタンらしきものを押した
≪プシュウ≫という音が聞こえると同時に装置は夏海を解放する。そして、それと同時に激しい痛みが俺を襲う
「恭介君!」
装置が開くと同時に夏海が寄ってくる。その姿も、声もアリューさんのところで見たのと同じで、昔の面影があった。
「久しぶりだな……」
俺は必死に笑顔を作り、そう呟いた
「……うん」
しかし、夏海は今にも泣きそうな顔をして頷くだけだった。おそらく、今からまた眠っても俺は助からないと分かったのだろう。だから、生きている内に言える事は言っておこう。まず、夏海は無事にここから帰したい。外の音は聞こえないが、誰かは生きているだろう。そう思った瞬間――
≪ドォオオン≫
爆発音と共に、部屋の両サイドからいくつも爆風が飛んできた。天井からは瓦礫が降ってきた
「夏海!外に……俺と一緒に来た人がいる……。その人と一緒に――」
「嫌!」
言葉の途中で夏海は叫んだ。
「私はここに恭介君と残る」
夏海は泣きながら、俺に言い聞かせるように静かに言う。
「どうせ俺は死ぬ……。夏海だけでも生き残れ……」
「嫌。だって、ここに連れて来たのは私だもん。こんなになるまで戦わせたのも、私だもん」
なんとなく予想はしていたが、やっぱりあの神社で見たのは夏海だったのだ。夏海の……影。夏海は絶対に離れないとでも言うかのように俺にしがみ付く。
「私ね、怖かった。突然こっちの世界に連れてこられて、変なこと言われて、逃げ出して、また捕まって、眠らされて。昔のこと思い出さされて。ようやく……恭介君に会えたんだよ?もう……離れたくないの……。1人で生き残るぐらいなら、今からでもまた装置に入って恭介君を治してから2人で生きる」
俺がいるだけで安心してくれるのは嬉しいと思った。だから迷った。このまま夏海だけ生かして、夏海は生きていけるのか?死んだ方が幸せなんじゃないのか?そんな疑問は、振り払っても振り払っても纏わり付いた。……そして
「ありがとう、夏海。……なら、2人で生きよう」
俺は精一杯の笑顔を夏海に向けた。
「うん!」
夏海もそれに笑顔で答えると装置の中へ入っていった。……けど、はっきりと分かっていた。俺にも……夏海にも。2人で生き残るなど、無理なのだ。動物と戦って傷ついたときとは違う。致命傷を治すなど、不可能だろう。直せても、それまでに瓦礫に埋もれる。
だからこれは自殺。
俺の選んだ答えは……一緒に死ぬこと。…………これが正しいのかは分からない。夏海に『生きてればいいことがある』と言って、説得するのが正しい選択なのかもしれない。だけど……結局は一緒に死ぬ道を選んだ。だから……この選択は、ただ単に1人で死ぬのが怖い俺の我侭なのだろう。少しして、装置の起動する音と共に、影が降りてきた。
「じゃあ、頼んだぞ」
自殺と分かってても、俺は精一杯の笑顔を夏海に向ける。おそらく、夏海も笑顔を向けているだろう。
そして、夏海は俺の中へ入ってきた