ピコル
いくらかたった頃、足音が聞こえてきた。足音は2つあり、入り口からはアランとクリスが現れた。2人は俺とヴィンセントを一瞬見ると、ピコルへ顔を向けた
「ようこそ。そして初めまして。僕の名前はピコルと言います」
俺とヴィンセントは立ち上がり、2人と合流するとピコルは再び自己紹介した。
「……で、さっそくルールってのを聞かせてもらおうか」
『ルール?』
ヴィンセントは合流するとすぐにそう切り出した。アランとクリスは全く意味が分からず、無表情ながらもそう聞いた。なので俺は軽くさっきのことを話した。説明が終わると、ピコルは話し出した
「先ほども言いましたように、これは僕達にとってゲームなんです」
「ゲーム?」
「そう。ゲームです。簡単に言えばいくつかの試練を用意し、ゴール……つまり貴方達がソフィアと呼ぶ少女の元へ到達できるかどうかというゲームです」
「その試練ってのはなんなんや?それに景品はあるんかいな」
「試練は全部で5つあります。ここまで来るのが第1の試練。今回は僕ですが、準フロアマスターを倒すのが第2の試練。この先にある城の前にいるフロアマスターを倒すのが第3の試練。城の玉座の間へ行くのが第4の試練。そして、玉座の間にいるマスターを倒すのが第5の試練です。」
「……本当にゲームみたいだな」
「けど、それは事実なのかしら」
ピコルの説明に、納得がいっていないようにクリスが言う
「どういうことですか?」
「なぜ、敵である私達にそんなことを説明するのかしら。そちらにはなんのメリットもないでしょう?」
「いえ、メリットはあります。これは景品に関係してきます。これは試練であり、テストでもあるのです」
「テスト?」
「ええ。このテスト、クリアした者にはクリアしたレベルの称号が与えられるのです」
「どういうことだ?」
「……つまり、第2の試練をクリアした者は準フロアマスターの称号を貰える……ということか」
俺の疑問に答えるように、アランが言う
「そういうことです」
「ちょっと待ちぃや。つまり、勝てばあんさんらの仲間にならなあかんのか?」
「いえ。必ずしもそうではありません。仲間にならない方法は2つあります。1つ目は試練から逃げ出すこと。ただし、この方法を取られた際には常に次の試練の担当者が地の果てまで追います。その担当者が死ねば次の試練の担当者が追います」
「まるで犯罪者やな。……2つ目はなんや?」
「マスターを倒すことです。僕達はマスターには逆らえません。つまり、マスターになりさえすれば僕達を解散させることも、自害させることも可能です」
「そうか。じゃあ、ついでにもう1つ聞くが、もし死んだらどうなるんや?」
「この森に住む動物の餌になります」
「そうか……」
ヴィンセントの質問が終わると沈黙が流れた。それはもう誰も、質問などないことを表していた。……瞬間、戦いは始まった
≪ダンッ!≫
ヴィンセントの銃声を合図に、クリスが右にアランが左に走った。俺は戦いの始まりを感じていたとはいえ、あまりにも突然過ぎる始まりに戸惑い、全く動けなかった。しかし、ピコルはそんなことには動じず、体を逸らしながら、背中のライフルを構える。そして、俺は『ヤバイ』と直感し、右へ飛んだ
≪ドン!≫
その瞬間、ライフルから撃たれたとは思えないほどの音と共に、俺の頭のあった位置の直線状の民家に、拳1つ分ほどの穴が開いていた。
「……どういう原理や?それは……」
ヴィンセントも不思議に思ったのか、そう言った。民家に開いた穴と銃口の大きさ。その2つは明らかに多きさが違う。開いた穴は、銃口の大きさの数10倍はある。
「簡単ですよ。僕の撃つ弾は空気中で鉄を吸収するだけです」
そんな弾を作ることができるのか?……いや、この世界で常識を考えるな。例えなんであろうと、相手の撃つ弾は拳ほどの大きさ。それは事実なんだから。俺はようやく刀を抜き、構える。アランとクリスの姿は見えないが、おそらくどこかで攻撃の機会を窺っているのだろう。それに対してヴィンセントは隠れることも銃を構えることもせず、ただすぐ動けるように構えているだけだ。俺は斬りかかるかチャンスを待つか判断に迷った。……が、すぐにピコルが動いた。
「ドン!ドン!」
どういう腕をしているのか、ピコルはまるで普通の銃を両手で扱うかのように、片手で軽々と連続で2発、右の小屋へ向けて撃った。そしてピコルが撃ったと同時に小屋から何かが伸びてきた。しかし、それはピコルに当たることなく、ピコルの撃った弾が当たったことにより軌道が逸れる。ピコルの弾が弾いた物はクリスの伸びた剣のようで、小屋が半壊した煙が収まるとそこにはクリスがいた。
「……凄い射撃の腕ね。見えてもいないのに軌道をうまくずらすなんて……」
「お褒め頂ありがとうございます」
「…………」
「…………」
≪ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!≫
突然、銃声が聞こえた。2人に見惚れていたが、ピコルは今無防備だったのだ。ヴィンセントはいつの間にかクリスの方に移動し、わざと気づかれるように何発も弾を撃っている。そして、当然のようにピコルはその何発の弾をも銃で弾く。俺はヴィンセントが何をしたいのかが分からなかった。数秒後、≪カチカチ≫という、弾切れの音がした。それと同時に、まるで弾切れがいつなのか分かっていたかのようにピコルは銃の持ち方を変え、ヴィンセントに銃口を向ける
「危ない!」
俺は動けないまま、大声を上げるしかできなかった。……が
≪ビュンッ!≫
何かが風を斬る音がした。瞬間、ピコルは危機を察知したのか、腕を無理矢理動かし、ガードに入る。しかし、無理矢理に構えすぎたせいなのか、ガードした方向から突然現れた長剣を防ぐことはできたものの、堪えることなどできず、当たった瞬間にピコルの体は吹き飛んだ。ピコルの体はまるでゲームのように吹き飛び、民家をいくつも貫通した。しかし、それでもまだ攻撃は終わっていなかった。いつの間にマガジンを交換したのか、ヴィンセントはピコルの飛んでいった方向へ銃を乱射する
≪ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!≫
その銃声は再び弾切れの音がするまで続き、弾が切れた時には煙でピコルは勿論、いくつかの民家さえ見えなくなっていた。
「やった……のか?」
俺はヴィンセント達とに近づき、確認した
「……いや、生きとるやろな」
「そうね」
ヴィンセントの言葉にクリスが同意する。
「ま、骨の1本ぐらいはアランの攻撃でやったやろうけど、わいの銃弾は意味無かったやろな」
ヴィンセントは特に残念がるでもなくそう言う。……けど、普通の人間ならあんな状態で撃たれれば確実に死ぬ。いや、万全の状態であっても死ぬだろう。……本当に、あのピコルもだが、この3人は人間離れしている。俺が無力感に俯いた瞬間――
≪ドン!≫
……何かが頬を掠めた。すぐにはそれがなんなのか分からなかった。が、すぐに頬に鈍い痛みが走る。手の甲で拭いてみると、血が流れていた
「やはり左手では精度が低いですね」
血に驚いていると、民家からピコルがそう言いながら歩いて出てきた。しかし、その右手はありえないほど外側へ回っており、左手に持った銃口からは煙が出ている。それを見ただけで、さっき頬を掠めたのはピコルの銃弾なのだと分かった。
「……どうやら、貴方達を甘く見ていたようですね」
「……降参でもするのか?」
「いえ」
未だにニコニコ笑っているピコルはアランの言葉を否定する。……そして、急に『ニタァ』と気持ち悪く口が変わったかと思うと
「死ぬ前に1人でも多く殺せとマスターが仰いましたので、手始めにそちらの剣を背負った少年から」
そう言うと同時に、ピコルの銃の乱射が始まった。俺はすぐに走り出した。当たらない自信などない。……けど、あの場にいたら確実に死ぬ。俺は思いっきり走った。なんとなくだが、3人の誰かが守ってくれることなんてないと思う。俺が狙われているなら、俺を囮にしてピコルを攻撃するだろう。そして案の定、3人は散らばり、ピコルの左右と後方へ飛び、攻撃を開始する。しかし、ピコルはピコルで3人の攻撃を回避しながらもこちらへ弾を撃ち込んでくる。さっきのように左手のせいなのか、走り回っているだけでピコルの弾は俺には全く当たらない。俺は銃口を見ながら回避し続ける。
……数分、そんな状況が続いた。未だに誰も攻撃を当てられない。俺は狙われている緊張感から疲弊し、足も覚束なくなっていた。そしてそのせいなのか、『しまった』と思ったときには足が絡まった。
「くっ!」
「死になさい!」
足が絡まった瞬間、まだ体がほんの少ししか傾いていない状況でピコルの声と銃声が聞こえた。顔は自然とピコルの銃の方へ向いた。辺りはまるでスローモーションのようにゆっくり移動し、俺の目はピコルと銃とヴィンセントとクリスとアラン……そして俺に迫ってくる弾丸を捕らえた。だからこそ分かった。この弾は俺に当たる。俺は諦めて目を閉じた。その動作でさえゆっくりと感じ、次第に迫ってくる弾丸を視界から無くした
「斬るんや!」
閉じた瞬間、ヴィンセントの叫び声がした。俺はハッと目を開けた。視界には目前まで迫った弾丸とこちらへ顔を向け、必死の様子で口を開けたヴィンセントが映った。体は既に半分ほど傾いている。……が、まだ刀は手放していない。足は空中にあるが、前に出ている。俺は咄嗟に、地面を蹴り、右手を無造作に振った
≪ギンッ!≫
刀に振動が伝わる。それと同時に、足を地面に付けたまま、上半身だけが横回転する。と同時に、足が地面から離れ、体が横回転する
「ぐっ!」
俺はそのまま地面に倒れこんだ。体が痛む。右手が痛い。咄嗟にヴィンセントの言うとおりに弾に刀を当てれたようだが、ピコルの弾は拳ほどの大きさ。俺の右手はその振動に堪えられなかった。幸いなのは弾の軌道を逸らせ、外傷はなかったことだ。しかし、俺は起き上がることができなかった。どれだけの力で地面に落ちたのかは知らない。……だが、刀が弾に当たった瞬間、確かに地面に落ちるスピードは上がった。その痛みで俺は起き上がれない。だが、起き上がらなければならない。次に撃たれれば死ぬ。…………が、いつまでたっても銃声は聞こえてこない。俺は痛みで瞑っていた目を開けた。すると、目の前にはヴィンセントがいた
「ほんまに斬れるとは思わんかったで」
ヴィンセントはニヤニヤ顔でそう言った
「ピコル……は……?」
「ああ。アイツならあんさんを撃ったと同時に油断したんやろ。クリスの剣が切り裂きよった」
よかった。結局、俺はなんの役にも立てなかったが、死ぬことなく第2試験はクリアすることができたのだ。俺はそのまま、意識を失った。