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第八十四話 再来

 二ヶ月放置してしまった……。

 申し訳ありません。









「やあやあリクス、久しいねえ。本当に、本当に。なんだか何年も会っていない気分さ。久しいという思いで一杯だよ」


 待ち合わせの場所は、リクスのよく知る場所だった。わざわざ地図など添付せずともよかったのは、当然に相手もわかっていただろうに。それでもそんな無駄を好むのがこの男だと、リクスは知っていた。

 その場所は改築のため閉鎖されたビルディング。男とリクスが住まっていた――“黒羽”機関所有の高層建築であった。

 一階エントランスにてひとりソファで待ち受ける男――マッド、マッドサイエンティスト。

 浴衣を誘拐して、羽織と敵対した元“黒羽”の研究者。リクスの父親、ジャックの父親。狂った科学者。生の支配などという愚かを求むる夢追い人。

 だが――


「あなたは……死んだはず。黒羽 理緒に刺されて、死んだはず」


 リクスはその目で見た。確認したのだ。なのに何故だ、何故目の前でこうして生きている、喋っている。信じられない、確かにこの男は死んだのだ。

 マッドは笑って言う。簡単な話だと。


「馬鹿だねえ、お前は。まあ馬鹿な子のほうが可愛いけれどね? 可愛い娘と賢い娘なら、私は断然に前者を選ぶから大丈夫さ。

 あれはダミーだよ、羽織は気付いたというのにお前は気付かなかったのかね」

「……ダミー」


 マッドの魂魄能力は“人形の創成”、それくらいなら可能か。だがリクスは、マッドが創成する対象の姿形まで任意にできるとは知らなかった。母のことを引きずって、女性個体しか創れないのだと思っていた。迂闊であった。

 ……羽織が気付いていたという事実も知らなかったが、そこは言及しても意味がない。彼は浴衣のことしか考えてはいない。

 

「何故、死の偽装を?」

「黒羽――おっと、今は上条 理緒かな? 彼女に変な反感を買っていたからさ。あの偽装がなければ、私は彼女に殺されていただろうね」

「それで、彼女の失脚に伴い、表に出てきたということ?」

「その通りさ。まさかジャックが総帥の座に着くというのは些か予想外ではあったけれどね。あの子もやはり私の息子だねぇ、アクティブでチャレンジャーだ」

「…………」


 一緒にされて、ジャックのほうは怒るだろうが。激怒して掴みかかるだろうが。嫌われていても、マッドは嫌い返してはいないらしい。

 マッドの舌は油が乗ったように滑らか。言葉を連ね連ねる。


「勿論、君も私の娘だろう? さあ、こちらへ来なさい、リクス」

「…………」


 リクスは一瞬だけ目を伏せ――具象化。巨大銃砲を手に収める。構え、照準を目の前の父親に定めた。

 マッドはわざとらしく瞠目し、演出的に肩を竦める。その何故を問う。


「なんだい、どういうつもりだい、リクス」

「……私は」


 銃口を父親に向け、感情を露に叫ぶ。全ての縛鎖を振りきるように。


「私は戻らない。もうあなたのもとへは戻らない。私は――浴衣とともに生きると決めたっ」


 それが今のリクスの至上目的、存在理由。自らが決めた、ささやかな願い。

 今日こうして父の呼び出しに応え出向いたのは、己の中の最後の未練を断ち切るため。父に己が意志をしかと伝えて聞かせるため。

 リクスははじめて父に真っ向から反抗し、決裂したのだ。

 マッドはその返答になにを思ったのか、目を細めてため息をひとつ。


「……はぁ、馬鹿な子だ。実に、実に。やはり君もまた、私の娘だねぇ」


 半ば予測はしていた。日の光を浴びた少女が、どういう選択をするのかなど。今更暗闇に戻りたいと思うはずなどないと。

 それはそれで、父親としては歓迎すべきことなのかもしれない。狂した精神構造であっても、マッドはそのように帰結できた。そんな真っ当さが、なんだか可笑しかった。


「だが、そうしたいならそうすればいい。そろそろ親離れの頃合というわけか」


 呟き、ゆっくりとソファから立ち上がる。

 なんだか寂しげに背を向けて、マッドを立ち去ろうとするが――騙されない。


「待て」

「なんだい? 娘にお父さんよりお友達がいいと言われて、私は傷心中なのだがね」

「あなたは、これからどうするの? まだ、浴衣に害を与える気?」

「……くく。くくく。おやおや、それを訊くかい。訊いてしまうかい?」


 途端に寂しげだった雰囲気は消し飛んで、いかにも楽しげに笑い出す。台無しじゃないかと。


「あーあー、いい雰囲気で別れられそうだったというのに。君はそういう機微が読めないのかね? 嘆かわしいことだよ」

「質問に答えて」


 付き合わない。この男の言葉に意味などない。言葉を交わしては相手の思う壺。話に付き合えば付き合うだけ、振り回されて付け込まれる。

 これ見よがしに銃砲を突きつける。マッドはおどけたように両手を挙げた。参った参ったと笑ってみせる。


「君の問いには、是と答えよう。羽織にちょっかいをかけるのに、あの娘はとてもちょうどいいからねぇ。当主のほうも主らしいが、そっちは流石に警備が厳重だからね。楽なほうを選んで当然だろう?」

「じゃあ、死んで」


 かちん、となんら躊躇いなく銃爪が引かれた。

 轟音とともに発射される弾丸。高速回転を持って一直線にマッドに向かい――


「ふぅ、やれやれ。困ったものだね、我が娘ながら短気でいけない――リーレット」

「っ」


 爆音。

 着弾前に弾丸が破裂し、四方八方に爆炎と爆風を撒き散らす。なにが起きたというのか。

 リクスは見ていた。マッドを狙った弾丸が割り込んだ第三者によって打ち落とされ、阻まれた瞬間を。地獄のような爆炎を防ぎ、マッドを背に隠すように佇む少女を。


「え……っ」


 その姿は――恐ろしくリクスに似ていた。

 否、同一人物と見間違えても当然と言えるほどに似ていることを、類似とはなさない。これは、同じだ。同一なのだ。顔立ち、背丈、髪の毛から目つきまで、違いがない。

 ただひとつの違いをあげるならば、その少女の瞳はふたつの光を帯びていた。右目は赤で、左目は青。オッドアイ、という奴である。

 リクスからすればドッペルゲンガーを垣間見たかの驚愕――ではない。当の本人からして見れば、目の前の異彩の瞳の少女は、自身に似ているというよりも。それよりも――


「かあ……さん……?」

「いやいや違うよ、違うさ。この娘はリーレット、特別とはいえただのヒトガタの一種に過ぎない。ローズなはずがないだろう?」


 リクスの母親、マッドの妻――ローズ。そのヒトガタは、歳若い頃の母に酷く似ていた。だからこそリクスにまでそっくりで、同じで、違いが見出せない。驚愕する。リクスには珍しく、酷く動揺してしまう。


「なっ、なぜ……」

「おやおや、そんなに動揺することかい? 私としては特に意識したわけではないがね、最後のヒトガタだ、余力残さずに能力を行使した結果、このような形に結実したよ」

「……最後。まさか、生存できるギリギリまで魂を削ったの?」


 マッドの能力“人形の創成”。その能力は通常とは異なり、魔益ではなく魂魄自体を削り、創成をする。簡潔に言って、命を削り能力を使っているのだ。故に他の魔益師とは違い、限界があり、使い過ぎれば寿命を縮める。

 そのような能力を魂に宿すこととなったのなら、使いたがらないのが一般的だろうが――彼は狂人。至極あっさり笑顔で肯定。


「まさしくまさにそうだよ。だから彼女、リーレットは私の最後の娘さ。君を凌ぐ最高傑作でもあるよ。ふふ。

 ――試してみるかね?」

「っ」


 電撃の速度で感情を統御。驚愕や批判などの感情を抑えこみ、ただ冷徹に戦闘態勢へと移行。殺意を研いで、戦意を燃やす。やると言うならやってやる――それが浴衣のためならば。

 決意を固めるリクスに、マッドは笑う。勢いを挫くように、どうどうと制止する。


「おいおい、冗談に決まっているじゃないか。私が可愛いお前を殺すとでも思ったのかい、心外だね。そんなことをするはずがないじゃないか」

「……」


 嘘だ。この男が、娘だからと排除を躊躇うような感性を保持しているはずがない。

 警戒は解かず、リーレットと呼ばれる少女を見貫き、その向こうのマッドを見抜く。指一本でも動くようなら即応できるように。

 反して、マッドは無警戒極まりない。つい、となんら無防備にリクスから目線を逸らす。別の方向を見遣る。


「ま、さて、そろそろかな?」

「?」


 なんだ? なにを言っている。リクスはじりじりと気付かれぬよう僅かずつ後退しながら、目を細める。マッドは今、なにを見た。どうにも嫌な予感がして、一瞬間だけ敵から視線を外す。眼球の動きだけでマッドの視線を追う。

 ――そこには時計がかけられていた。


「!」


 時計。時間。なにかのタイミング。まさかっ。

 マッドはにんまりと口角を吊り上げる。


「気付いたかね? そう、時間だよ。


 ――条家十門が滅ぶ時間だ」


「な……にを……っ」

「お前だけは残してやろうと思ってこの時間にわざわざ呼び出してあげたんだがね。まあ、突っぱねられてしまったのだから仕方ない。私はもう行くよ、ちゃんと終わりを見にいかねばね」

「なにを言っている、あなたはなにを言っているの! 父さん!」


 リクスは鬼気迫る勢いで問いかけるも、マッドは聞いた風もなし。

 わかっているのか、自分の発言のイカレ具合を。とんでもなく馬鹿げた話じゃないか。あの条家十門が、滅ぶだって?

 リクスは即座に断ずる、そんなの。


「条家十門が、滅ぶ? そんなの、ありえるはずが――!」

「ありえるのさ。私はそれを可能とする女性と手を組んだ。条家十門を滅ぼし、羽織の魂を抉る。それが彼女と私の盟約さ」

「彼、女?」


 この男は狂っているのか。狂っているのだろう。

 だが、なんだ。狂った男はなにを言っている。彼女とは誰だ。盟約、条家を滅ぼす、羽織の魂?

 わからない。わけがわからない。だがわかる。こいつを野放しにしてはいけない。今すぐこの場で殺さねば。

 だが、トリガーを引くよりも尚早く。


「……ふ」

「っ!?」


 ぶん殴られる。

 いつの間に距離を詰められていた――気付くより先に殴り飛ばされていた。なんとか踏ん張り、足でブレーキ。轍を残して停止する。前を向く。

 見れば殴った姿勢の少女、リーレットが佇む。彼女に殴られたらしい。なんて素早い。不意を突かれたとはいえ、強化されたリクスですら反応できなかった。

 そんな娘たちのイザコザなどそ知らぬ顔で、マッドは背を向ける。もはやこの場に用はなしとばかりに。


「まあ、リクス、お前の友達は今日死ぬよ。そして私の誘いも断ったのだから、精精ひとりで生きたまえ」

「まっ、待て!」

「待たないよ」


 言葉とともに、唐突に空間が裂けた。ガラスが割れたようになにもないそこに亀裂が走り、暗黒を噴出させる。

 マッドはなんの躊躇いもなくその暗黒に足を踏み入れ、最後にちらと振り返る。


「それじゃあ、さようならリクス。どうか健やかに生きるのだよ。はは、あはは、あはははははははははははははははははははははははははははははははは――!」


 すぐにリーレットも後を追い――笑い声だけが残響する。

 リクスも追いかけようとしたが、足を踏み出した瞬間に空間の裂け目は閉じてしまう。今の今までマッドの立っていた場所に行っても、もはやなにもない。羽織のような、空間系の能力か。だが、一体誰の。あのリーレットか。それとも、マッドの言う彼女とやらか。

 わからないことが多すぎる。意味不明が乱立しすぎている。なんだ。なんなのだ。


「一体、なにを起きているの……?」








 マッドってこんな感じだっけ?

 書くのが久しくて忘れ気味です。

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