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第八十三話 宴






 千年の歴史を誇る条家十門――その一門、六条家によって記録された書物にはこういう記述がある。


『紛いし獣、進化の果てにて人をも模す。最果ての獣は人となりて知識を蓄え、言葉を語り、そして魂をも操る』

『甚大にして強大な魔は戦を求め、あらゆると争い滅ぼし去る。各所赴き戦と破壊を波及させる』

『条家十門参戦し、それでなお敗色濃厚。幾多の敗走と死者をだす。遂に盟主が動きてようやく拮抗、魔と最後の戦いに打って出る。そして数多の英雄の死と引き換えに、紛いし獣を封ずるに至る』

『彼の日を戦勝の日と定め、封印を忘れず、数多の犠牲を忘れず、向上を忘れず、子々孫々永劫の繁栄を願う』

『魔の永遠の眠りを、こいねがう』


 要するに戦勝記念日。

 年に一度、十門全てが顔をあわせる唯一の日であり、また無礼講の日だ。

 広大な一条の屋敷に朝から集まり、夜まで騒ぐ。毎年の慣例である。屋敷中のフスマを取っ払って広々とした空間に酒やご馳走が並び、十門の者や使用人まで陽気に話して、飲み食らう。

 今回は特に“黒羽”機関打倒の祝いも兼ねていて、例年以上一層の盛り上がりとなっている。あちらこちらで乾杯の声が聞こえ、飲んで食べては騒ぎ、笑い声が響く。

 ――さあ祝えや、祝え。勝利を祝え。今日は笑うに良き日なのだから。





 そんな宴の片隅で、雫は場違い感にうな垂れていた。

 何故、私がこんな場にいるのだろう。幾度も疑問に思った問いは、すぐさま記憶の内から答えが示される。

 ――雫先輩も、あの試合で大きな貢献をしたんです、宴に参加する権利は充分ですよ。

 ――おお、来いよ来いよ、別に結局メシ食うだけだし。

 などと、笑う少女がいたものだから。軽々しく言ってくれる奴がいたものだから。

 それに敗者であるところの理緒にまで行って来るといいと勧められたら、雫としては断ることもできない。自分がいるべきではないと理解していても、こうして酒宴の席に畏れ多くも参加させていただいている。

 だが、ものの数分で帰りたがっている自分に気付く。というか、やはり自分に参加資格などあるはずはないと思ってしまうのだ。

 自分はよそ者で、部外者で、外様。条家十門の人間ではない。余所のお宅の夕食にご招待された浮遊感の最上級というか、なんというか。劣等感とは違うにしても、この場の誰よりも相応しくないのではないかと、そんなことを考えてしまうのだ。

 と、周りが明るければ明るいほどにネガティブに落ち込んでいく雫に、拾い上げるような声が届く。


「おーう、雫、ちゃんと食ってるか?」

「……ああ頂いている。まあ、条ほどではないがな」

「へへ、ちゃんと食えるだけ食っとかないと勿体ないぞ。こんな日じゃねえと食えないしな」


 並べられた料理を片っ端から食べに食べる条。本当に今日を食事の豪華な日ていどにしか考えていないのだろう。その単純さはやや羨ましいかもしれない、と雫は思った。

 雫の横にやって来て、それでもがつがつとメシを食う手は止めない。


「ま、俺的には祝賀というより残念会だけどな」

「ん? ああ、試合の話か」

「ああ、俺結局あんま勝てなかったしなー。しかもあのオッサン、あれはない。マジでトラウマになりそう……」

「私は見てないが、そんなに強かったのか?」


 試合の話になる度にぼやいている気がするのだが。よほどに堪えているのかもしれない。


「いや強かった、マジ強かった、ほんと強かった」

「……適確なコメントだな。痛み入るよ」

「そういう皮肉の言い方、羽織みたいだぞ」

「む」


 それは結構耳の痛い悪口である。

 というか、皮肉と気付けるならもっと説明文をちゃんとしてほしい。雑過ぎて伝わらない。

 仕方なく、こちらから歩み寄る。雫だって口下手な自負はあるが、条ほど適当な質ではない。


「条に一刀、八坂、リクスの四人がかりでやっても勝てなくて、羽織が時間稼いで作戦練ってもやっぱり勝てなくて、最終的に羽織の案で浴衣がもうひとり連れてきて辛勝、だったか」


 並べてみると、半端でない戦力である。条家が二名、直系一名、条家に等しいほどの強度をもつ強化人間一名、あの羽織に、さらに羽織をして強者という春という剣士。全員合わせてようやくの辛勝とは……春原 冬鉄、その強さは本物、見てみたかったものだ。

 雫にとっては事実の羅列でしかないが、条としては先ほどまでの明るさが曇りに曇る嫌な記憶。涙するように呻き声を絞る。


「そんな詳しく、言うな……落ち込む……」

「すっ、すまない」

「はぁー、下手すりゃ当主勢とタイマンはれたんだろうな、あのオッサン」

「負けても恥ではなかろう」

「でも、負けは負けだ。相手の強さなんざ言い訳だよ。それに、恥とかじゃなくて悔しいだけだって」


 こういうところは頑固。決して自分を責めることをやめない。それが向上心に繋がって、きっと条はまだまだ強くなる。もっともっと強くなろうとする。

 雫は、それが少しだけ嬉しかった。そうではなくてはと思う。二条 条はどこまでも求道者であって、落ち込みも自責も全部、強くなるための礎なのだ。そういう在り方は好ましい。見習いたいと思う。

 そして雫の思った通りに、条は前向きに上を目指してこんなことを言う。


「てーか、そうそう、雫」

「なんだ」

「“魂魄賛歌”教えて」

「……無理」


 重々しくも力強い、明確なる否定であった。

 それは、それだけはできない。

 羽織に口止めされている。それはもう徹底的に脅されている。ナイフで頬をぺちぺちされた。悪人面で脅迫された。


『ほんのちょっとでも、一言分でも他言してみろ――お前の家族友人知人に至るまで拷問の末に皆殺して、その断末魔を録音してお前に聞かせてやるよ』


 脅し方が悪役過ぎる。というか知人の部類に貴様自身も入っているだろうが。

 と、突っ込みを入れた記憶は新しい。

 それ以前にこの件に関しては本当に世話になったのだ、裏切るわけにはいかない。

 条もさほど期待していたわけではないらしく――羽織の性格、雫の性格、考えればわかる――大仰にため息だけ吐いて不貞腐れる。


「ちぇー、やっぱダメかよ。今日はもうヤケ食いするしかねぇなぁ」


 言って、条はまた料理の並ぶテーブルに脚を向けた。

 なんだか愚痴だけ零して去っていってしまった。なんだったんだ今のは。

 それとも、浮かない顔の雫を慮ってくれたのだろうか。誘った手前、気を回してくれたのか。ない、と思うが、絶対ではない。わからない。あれで人のことを考えるくらいは――思考を遮る声。


「ああ、加瀬か。お前も来ていたか」

「っ! いっ、いいい、一条様っ!?」

「久しいな。模擬戦以来だったか?」

「はいっ、お久しぶりです」


 話しかけてくれたのは、条家十門盟主――つまりこの場で最も偉い人、一条様である。気配に気付けなかったのは流石というべきか。

 雫との接点はあまりないはずだが、よもや名を覚えていてもらっていたとは。それだけで感激してしまう。

 かちこちに固まる雫に対し、一条は苦笑しながらも柔らかい態度で言う。


「試合では、お前に助けられたよ」

「えっ」

「黒羽 理緒は、お前との戦いで妄執を失い、俺と対峙した時点で力のほとんどを失っていた。お前のお陰だ」

「ぁ……」


 それは、羽織に推測として述べられていたことで――だが、事実として当事者から聞かせてもらうというのは、また違った感触が湧き上がる。自然と笑みがこぼれ、涙腺が緩む。すぐに一条の前だと思い出し、慌てて両方押さえ込む。綻びを正す。

 一条はそんな雫に朗らか笑う。


「今日は祝宴だ、そう緊張せずともいい。お前も楽しんでいってくれ」

「あっ、ありがとうございますっ」


 やっぱり緊張しながら頭を下げる雫に、一条はまた苦笑した。

 と、割り込むようにしてまた別の軽快な声が。


「よー、加瀬ェ。めでたい日だし、喧嘩しねェ?」

「四条様っ?」


 四条家当主である。以前少しだけ会話した仲だが、名前は交換していた。呼ばれて驚くが、一条ほどではない。

 四条はまったく友人感覚で舌を回す。


「おー、おれおれ。久しぶりじゃん、雫。一条の旦那の話によりゃ、お前も戦争じゃ活躍したらしいじゃん。いっちょその腕前をだな、おれに見せてくれや」

「いえ、すみませんが遠慮させてもらいます」

「つまんねェ奴だなァ――じゃ、一条の旦那でもいいや、喧嘩しようぜ」

「四条、今日は荒事無粋はなしだ。純粋に祝え」

「ちぇー、喧嘩なしで祝ってもつまんねェって。やろーぜ、やろーぜ」


 大きい戦いが終わったばかりだというのに、四条はまだ喧嘩したがっているらしい。なんとも本当にバトルジャンキー。つける薬もない。

 たじたじな雫を見取り、一条は盛んな四条を抑えこむ。連れて行く。


「加瀬、失礼する。

 ああ、それと黒羽――いや、もう違うのだったな。お前の姉にはよろしく言っておいてくれ。ではな」

「ちょ、おい、旦那? なんで引っ張るんだよ!」


 一条はそれだけ言って、四条を引っ張るようにして余所へと去っていく。

 小さく安堵と、一条に感謝を。別に四条のことを嫌悪しているわけではないが、ああも喧嘩腰の相手は難儀する。

 まあ、気は紛れたけれど。劣等感を抱いていてはずの実力者――しかもこの場で五本の指に入るだろう男にあっけらかんと言葉を交わし、一番の青年には気遣いを受けて、当初の思考は訂正せざるをえない。もう少し気楽にいこう。ある意味で最大の難関を通り抜けたことで、雫はなんとなく気を強くしていた。投げやりとも言うけれど。


「――おや?」


 宴の日だからだろうか、今日はいろいろな人から声をかけられものだ。続けてまた低い声に呼び止められる。雫はもはや堂々と向き直る。


「あ、えっと、六条様、でしたっけ」


 声の相手は六条家当主だった。羽織の友人であり、様々な便宜を図っている人。

 その程度しか知らない。間接的には幾度か関係しているが、こうして直接顔をあわせたのもはじめてのはず。

 六条にしても初対面のはずなのに、なんとなく親しげに言葉を連ねる。


「ええ、あなたは加瀬 雫殿ですね? 羽織殿よりかねがねお噂は聞き及んでいますよ」

「……どうせ、悪口でしょう」

「ふふ、羽織殿も素直ではありませんからね。ただ、彼はあなたを嫌っているわけではありません、そう卑屈にならずに」

「そんなことないと思いますけどね」

「じゃれているんですよ、一種のコミュニケーションと思っていただければいいかと。素直ではない、ですからね」

「……そうは、思えません」


 いつもの言動、毎度の会話。どういう角度で思い返してみても、親愛は感じられない。精精、手ごまとかの扱いではなかろうか。

 六条は真剣に言い放つ雫に、くすくすとなんだか楽しげに笑う。なにが面白いというのか。


「あなたもなかなかに頑固であられますね。まあ、魔益師とはそういう者ですか」


 笑みを締め、六条は唐突に俯く。いや、違う。頭を下げていた。深々と、雫に向けて。

 いきなりなにを。雫は面食らって言葉もでない。疑問符を乱舞させる雫に、六条は平静とした声で、しかし確固たる意志を込めて言う。


「近い将来、羽織殿はあなたの力を必要とするでしょう」

「えっ」

「彼はあれで無鉄砲な質で、無茶も平然とします。隣に立てない私では、あなたにこんなことを言うしかできません――どうか羽織殿を、よろしくお願いします」

「あの。それは、どういう――」

「そのままの意味ですよ。なにも衒いなどない、言葉通りでしかありません。

 私はこれで失礼しますが――お友達のようですよ?」


 雫の後ろをやんわり示すと、六条はそれ以上言わずに立ち去ってしまった。

 一体なんだったんだ、あれは。羽織が私の力を必要とするなんて、それは望むところではあるのだが――ありえるはずがないじゃないか。羽織は私などより、ずっとずっと強くてなんでもできる奴なのだから。

 意味を噛み砕けずにいる雫だが、指された友達という単語を思い出し、慌てて振り返る。

 少し不安そうに立ち尽くすのは、浴衣だった。


「あ、雫先輩」

「浴衣か……どうした?」


 なんとなく、心なし顔色が悪い。

 気分が優れないのだろうか。心配ごとでも? 雫は問おうとして、それより先に浴衣はそれをズバリ自発的に告げる。


「あの……羽織さまとリクスちゃんが、いません」


 それは親を見失った迷子のような風情だったと、雫は思った。








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