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第七十七話 姉妹喧嘩








「はッ!」


 無手の理緒にも遠慮はなく、雫はただただ全力でもって刃を振り抜く。

 振り下ろされる一閃は疾風の如く素早く、迅雷の如く鋭い。

 その熟達した練磨の斬撃を受ける理緒は、


「ふぅ」


 やれやれとばかりに一息吐いて――それだけ。

 特に対処をとろうとも、回避に転じようともしない。ただ聞き分けの悪い妹にどう言い聞かせるか悩む姉の姿が、そこにはあった。

 そして吸い込まれるように刃は理緒へと触れ、斬り裂く――斬り裂かない。

 ぼうっと、突如紅蓮の火炎が巻き起こる。


「なっ」


 発生した炎が理緒を守護するように吹き上がり、刀を遮り押し留める。

 物理的に触れ得ないはずの火炎が、壁となって斬撃を受け止めたのだ。


「なんだ、これっ」

「あなたと私の実力の差よ」


 炎の壁を突き破って襲う拳。雫には害なす火も、理緒には一切の熱さえ与えていないのか。

 驚いている暇も考えている暇もない――ぶん殴られる。

 

「つぅっ」


 後方に跳んで少しはダメージを軽減。間合いが離れたついで、雫は数秒だけ自戒に費やす。

 ――おそらく奴は複数の能力を保持してやがる。いきなり変な事態が起っても慌てんな。そこから能力を推測できる分、こっちが有利だと思え。

 羽織の言葉を思い出し、反省。

 驚くよりも分析しなければならないのに、動揺して反撃の機を与えてしまった。未知の力を複数使う相手と戦っているのだから、未知の現象がおこって当然。精神を乱すのは間抜けの謗りを受けざるを得ない。

 再度己に言い聞かし、向き直って構える。

 真剣な雫に、しかし正面の理緒はいつまでも困り顔であり、どこまでも厭戦的なことを言う。


「もう今のでやめましょう、雫。私はあまり体力を浪費したくはないし、あなたと戦いたくもないのよ」

「止めてみろと言ったのはあなただ」

「それはもう少し力量差が縮んでからの話よ。こんな、私にしか勝ちの目が見えない戦いなんて、ただのイジメになっちゃうじゃない」

「……」


 言い返しはしない。

 確かに現状では、まだ雫は理緒に圧倒的に劣る。

 だが、勝ちの目が見えないかと言われればそうでもない、はずだ。雫は彼我の実力差を覆す方策を、あの意地悪い男から授かっているのだから。

 とはいえ、それを即座に披露しても駄目だ。切り札を切るのに考えなしではそのまま敗北するだけ。その前に、せめて理緒の手札を明かしておくぐらいの善戦はせねば。

 雫は鎌掛けに推測を述べてみる。


「今の炎、起点はおそらくその首に下げた首飾り。つまり媒介武具がそれでしょう」

「得意げにわかりきったことを語らないで。滑稽に映るわよ」

「そしてその能力は、私が接近し刃をたてねば発動しなかった。つまりカウンター的にしか使えない、防御の能力」

「それはどうかしら?」


 くすくす笑う。推論が飛躍していると、理緒は指摘する。

 確かに雫を舐めている、というかあまり危害を加えないようにしている理緒だ。防御に使った炎を攻撃に回さなかっただけという線もある。

 だが、雫は断言する。断言して決め付ける。


「いや、防御にしか使えない能力だ」


 武具が首飾りという攻撃性のないものだから、とか。炎という攻撃的な具現を理緒姉ぇがわざわざ防御に使用したという違和感、とか。

 まあ、何個か予測の種となっている理屈はあるが、最大の要因は勘である。

 迷うくらいなら直感を信じろと言うのが、羽織のアドバイスだった。迷って戦闘に乱れを生じさせるくらいなら、適当に確信を持って戦ったほうが雫は強いのだという羽織の判断である。たとえそれが間違った確信でも、なら間違いと気付いた時に修正すればいい。

 騙まし討ちに警戒するくらいなら、真正面から叩け。そのほうがお前らしい。騙し合いなんざ考えず、いや、騙されたって真っ直ぐ行け。それが――


「私の刃だ!」


 愚直さここに極まれり――相も変らぬ威勢で、雫は真ん前へ踏み込む。剣を振りかぶる。

 今度は接触の前に斬撃一閃、風を飛ばす。理緒の腹部を狙い、不可視の刃を突き立てる。


「無駄よ。燃えなさい」


 言った通り、首飾りから鮮血のような火炎が燃え上がる。透明でも無関係に風を焼いて、威力を殺す。断絶する。理緒へはそよ風すらも届かない。

 構わず雫はさらにもうひと太刀。風刃を焼く炎に錬鉄の武具を叩き込む。

 無音で衝突。斬撃が火炎の壁を少しずつ削り取る。このまま力尽くで散らしていく。散らし尽くす前に、

 

「だから、無駄よ」


 また拳が襲う。

 二度目の殴打を避けられぬほどに未熟ではない。雫はバックステップ――


「震えろ」

「がっ!?」


 ぶっ飛ばされる。

 拳に触れたわけでもないのに、雫は激しい衝撃を受けて吹っ飛ばされた。付近の巨木に叩きつけられようやく停止。苦しそうに咳き込む。


「えほ、えほっ……いま、のは――振動波?」


 大気の揺れを、風使いの雫は確かに感知していた。見えずとも風の報せは届く。

 情報を噛み砕いてから眺めれば、理緒はいつの間に西洋剣を左手に具象化させていた。どうやら炎の壁に隠れて具象化し、剣を持たない手でフェイントのパンチを仕掛けられ、本命の振動をぶつけられたようだ。

 理緒は、ゆっくりと剣を右手に持ち替え、薄く笑う。


「あら? 私の能力を忘れてしまっていたのかしら、雫」

「忘れるわけがない。理緒姉ぇの魂魄能力は“振動の支配”、具象武具は西洋剣。だけど、騙まし討ちは警戒し忘れていたよ」

「だからあなたは甘いというのよ」

「そうだな、それは自覚してる。

 けれど理緒姉ぇ、あなたの能力も少しずつわかってきた。あなた自身の能力である“振動の支配”、羽織が看破した“視力の拡大”、それに名称は不明だが短時間だけ加速する能力、今把握した火炎による防御の能力――これでよっつだ、理緒姉ぇ」

「強気ね。でもさて、私の能力は幾つあるのかしらね?」


 不安を煽る言葉。だがハッタリであると雫は思う。

 羽織の予測では、流石にそこまで多くはないであろうという話であったからだ。

 まず媒介技法を扱える者が少ないのだから、彼らから奪ったまたは譲り受けたのだとしたら、数は極めて限定的とならざるをえないだろうという推理だ。


「十はない、はず……」


 やや難儀そうに、羽織は言っていた。

 であれば既に最悪でも半数程度、最上ならば全てを晒している。

 まあ、これで全ての能力とは到底思えないが。少なくともまだひとつ、ふたつは隠しているに違いないが。

 ざっと見たところ、理緒の身に着けた装飾品は警戒に値する。

 既に発動を見た義眼と首飾り、ブーツを除けば――地味めな耳飾、両手首に装着した別々のブレスレット、不自然に左手だけ嵌められた白い手袋、右手の人差し指にある指輪、女性向けとは思えない無骨なベルト、これまた女性物ではない漆黒のコート。

 怪しめば幾らでも怪しめる。

 一体どこからどんな能力が撃ち出されるのか。

 どこからでも来い――雫は刀身に手をあて、瞬間だけ目を閉じる。

 落ち着けと呪文のように胸中で呟く。大丈夫だと暗示のように胸中で囁く。

 それを簡易プロセスとして、風との接続を開始。知覚を拡大し、風によって理緒を視る。

 

「?」


 ――雰囲気が、変わった?

 是が非でもそんな気負いを混ぜた言葉など零さないが、それでも理緒はやや警戒心を上げる。なにかしていると、直感的に理緒は感じ取ったのだ。

 みたび、雫は刀を振りかぶる。


「理緒姉ぇ、いくぞ!」

「っ」


 大上段からの振り下ろし。

 刀の間合いではなくとも、風刃の間合い。風の斬撃が一直線で吹き抜ける。


「…………」


 理緒は繰り返される同じ攻撃に、しかし油断しない。

 なにかある――半ばそう確信していた。

 だから瞳を朱に染める。魂魄能力“視力の拡大”を発動――視力の可能性を無理矢理広げ、不可視の風をその眼で視る。


「成る程」


 右目の視界に映るのは風の斬撃――が、二閃。

 上下横薙ぐ二の字斬り。能力の始点である首飾りから近い斬撃を囮に、遠い斬撃を同時に撃って仕留めるつもりか。


「でもね、雫。私のこれは、媒介武具なのよ?」


 浅はかな策略に理緒は笑い、首飾りの媒介武具を発動。始点を無視してふたつの斬撃をあっさり焼き尽くす。

 ――直後、襲う第三撃。


「っ」


 刃を防ぎ焼き尽くしたその守護炎に、さらに風の刃が叩き込まれる。

 無論、それも焼いて棄てるが、続く四撃目に理緒の身は押される。轍を残して後ずさる。

 連打される風刃。同じ一点を叩く遠距離攻撃。それも重い、これではあと二撃ほどで守りも破られる。


「ち」


 淑女にあるまじき舌打ち。同時に五撃目の斬撃が降りかかる。火炎の盾はそれを防ぐが、削り取られた、次には剥がされる。

 理緒は守護炎を消す、剣を構える。盾を棄て剣を執ったのだ。防がず風刃を斬り裂くつもりか。


「やってみろ!」


 叫び雫は六度目の風刃を放つ。これまでよりもより強力に、鋭く――ブッた斬る。

 

「言われずとも」


 苛烈な雫に、理緒は湖畔のように穏やか。

 不可視の斬撃を視認するという矛盾を通し、タイミングを合わせて振動剣で受けて立つ。


「「っ!」」


 拮抗は二瞬ほど――理緒の具象武具は風の刃を斬り捨て、破った。

 かなり魔益を込めたのに、正面から砕かれた。雫はそれに怯まず、一息の内に駆け抜ける。


「まだまだ!」

「ふぅ……『転びなさい』」

「え」


 浮遊感が身を支配する。引き伸ばされた刹那に視界が反転した。瞬く間に青から緑に変じ、暗転。

 派手に顔面から地面にすっ転んだ。

 転んだ、その事実に気付いたのは頬を草が撫ぜた時。

 だが何故転ぶ。こける要素などどこにもなかったと、風の知覚は把握していた。不自然である。

 自然でなければ人為――


「理緒姉ぇの能力か」

「ふふ、そそっかしい子ね。手、貸しましょうか?」

「……無用だよ」


 ぐいと両手に力を込めて跳ね上がる、立ち上がる。

 倒れた隙に幾らでも攻め込めたはず――いや、今までだって幾度となく攻めるチャンスはあった。なのに、理緒は自分から攻撃を仕掛けない。

 未だ手を抜かれている。傷つけるのを躊躇われている。そんな状況でさえ、雫は優位に立ってはいなかった。

 そう考えていたから、次の言葉は意外であった。


「それにしても、うん、雫、強くなったわね」

「なに?」

「白状すれば、今の一瞬少し焦ったわ。それに、隠しておこうとしていた能力を全て露呈させられた。本当に、強くなった」

「! そうか、今の転倒の能力で、全てなのか」

「ええ」


 理緒の魂の具象たる両刃の西洋剣――魂魄能力“振動の支配”を有する具象武具。

 黒く野性味あふれ強靭そうなブーツ――魂魄能力“一歩の加速”を有する媒介武具。

 右手人差し指に嵌められた金色に輝く円環――魂魄能力“転倒の強制”を有する具象武具。

 火炎を固定し石の形に押し込んだような首飾り――魂魄能力“火炎の守護”を有する媒介武具。

 なにもかも貫き見通すかのごとく鋭く紅い片目の義眼――魂魄能力“視力の拡大”を有する媒介武具。


「名をつけるなら、“遺魂いこん能力”――まあ、違法行為チートよ」


 明確でわかり易い示威行為。

 だがそれ故に与えるプレッシャーは大きい。本来ひとりひとつと定まった魂の力を、五つも備えて襲う敵。考えるだに恐ろしい。しかもそれを運用するのは“黒羽”総帥に立つ無敗の戦巧者だ、誰であれ脳裏に敗北を思い浮かべざるを得ないだろう。


「さあ、雫、ここからは私も攻めに回るわ。手を抜いて足を掬われても堪らないもの。勝負はここから、ということね。

 それでもまだ――やるのかしら?」


 これだけの能力を向けられ、実力差は明確に晒され、それでもなお、戦うというのか?

 威嚇の言葉に、雫はだが笑った。ようやく理緒の本気に立ち会えることが心底嬉しいというように。


「勿論だ。その通り、ここからじゃないか、理緒姉ぇ。ようやくここから謎の解けた上での勝負だ、私は負けんぞ!」

「っ」


 どこまでも前向き直向き。定めた決意を揺るがせない。なんて真っ直ぐな、なんて鋭い刃だろう。

 ああ、そうだ、加瀬 雫は昔からそうだ。昔からこうだった。そんな雫が理緒には『■■■■』。

 遥か昔の感情がわき上がり、理緒は奥歯を噛む。今更なにを思っている。

 雫の不屈に動揺を見せる理緒に――雫は考えてのことではないが――さらに畳み掛ける。この場面で切り札を切る。


「理緒姉ぇの全力は見せてもらった――今度は、こっちの番だ」

「……なんですって?」











「んで、あれ、本当に勝てるのか?」

「あ?」

「いやだって、ほら、だいぶ遊ばれてね? 全然手ぇだす気なさげじゃん? 雫がひとりで暴れまわってるのを諌めてるようにしか見えないぞ」


 観戦する条は思わず羽織に問うていた。このままで本当に大丈夫かと。

 対する羽織は気楽げ、軽薄に笑う。


「そーか? あのやろ、雫を相手に能力を四つも使ってるぜ? それに以前の加速を考えて既に五個。これはもう手札をだいぶ晒してるぜ」

「だいぶって、今全部って言ってたぞ?」

「阿呆。んな自白信じる奴があるか。絶対嘘だ、あと一個は確実にある」

「……雫は信じてそうだけど」

「それは流石に……ない、と、信じたい……」


 歯切れが悪いのは、雫の素直さと実直を把握しているがゆえ。いや、それでもこの一週間でいろいろ教えておいたはず、大丈夫だろう。たぶん、きっと。

 振り切って、羽織は別方向に懸念をぼやく。


「だけど、ひとつ気になる点があるな……」

「気になる点、ですか?」


 今度は浴衣が反応したので、羽織は丁寧言葉に変更。


「はい。今のところ理緒が使った能力は――振動を支配する能力、視力の可能性を拡大する能力、炎で身を守る能力、転倒を誘発する能力、短時間のみ加速する能力。

 これをまとめて聞いて何か気付きませんか?」

「んん? なんか、あれ?」


 ぴんと来たのか、条はおおと驚きの声をあげる。

 丁寧言葉の時にお前が反応すんな、と条にぼやきそうになったが、嫌味のひとつで勘弁する。話がこじれても困るのだ。


「気付いたか、流石は攻撃バカ。そうだな、あいつ自身の能力を除けば、直接攻撃する能力がないな」

「え、ってことは、」

「ああ、おそらく最後の隠し玉が残ってる。推測するに、殺傷に向いた能力が、な」


 あれだけ多彩に能力を保持しておいて、まださらに奥の手を隠している可能性があるのか。

 本当に、雫は勝てるのだろうか。条は観戦者の身分で心配してしまう。

 浴衣も心配を露にしながら、だが少しだけ嬉しそう。


「それは……もしかして雫先輩を傷つけたくないから、使わないんですか?」

「ああ、奥の手ってよりその考え方のがほうがそれっぽいな。妹思いの姉ちゃんだな」

「さて? 単純に怖いのかもよ? 妹を自分の手で殺しちまうんじゃねえかって、さ」


 ひひ、と羽織は悪者っぽく笑う。

 ――不意に空気が変わる。

 文字通り、風を司る少女が空気を張り詰めさせ、空間を支配する。

 羽織は、唇の端を吊り上げる。


「ん、お? はは、雫もようやく本気だすっぽいぞ」

「は? 今まで本気じゃなかったのか?」

「そりゃな。おれが教えたの、使ってねえじゃん」

「いや、お前がなに教えたのか知らんし……なに教えたんだよ」

「まあ、見てろって。媒介技法を裏技というなら、そしてそれを利用したあいつの“遺魂能力”とやらが違法チートだってんなら――こっちは正規の正攻法、遠き先代の一条が編み出した隠しコマンド――“魂魄賛歌”っつう、とっておきの隠しコマンドだ。しっかり見てろ」


 風は渦巻いては轟き、轟いては唄を歌う。

 祈りの唄を、誓いの祝詞を、今よりここで高らかに――謳い上げよう。








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