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第七十四話 画策







「ふ、ん? 頭数がひとり、足りないな」


 条の戦意の顕現に対し、反射で構える冬鉄。同時に相手の戦力確認に視線を走らせ、気づいた。

 羽織に阻まれ、逃した人数は五人。今、目の前にいるのは四人。ひとり足りないのだ。

 逃げたか助けを呼びにいったか。そこらへんだろう。もしも後者なら、面倒。ここも手早くケリをつけるべきか。

 ――羽織の件も、あることだし。

 あの男がなにに苦悶し倒れたのかは知らない。病でも患っていたか、認識的な問題か、異常な力の反動か、外部からでは判別がつかない。だが、冬鉄にとってはそうしてくず折れている間が打倒のチャンスだ。あの戦闘不可状態がどれほど続くのかが不明、できれば一刻も早く確認し、倒しておきたい。でなければ――戦闘が可能な状態にまで回復されては、今度こそ、負けてしまう。

 

「小僧ども、時間はかけてられんでな。悪いが早々に沈んでもらう」

「やってみろロートル!」


 条は犬歯を晒して叫び、ぎゅっと拳を握る。挑発でもない言葉に挑発されて戦意を燃やし、打倒の念を増大。

 さあ、先手必勝――いつも通りになにも考えず駆け出そうとする条……を、一刀と八坂が両肩を掴んで押さえる。怒鳴りつける。


「さっきの話し合いを忘れないでよっ」

「直情ばか」

「う、すまん、忘れてた……」


 はっとした顔つきになり、条は振り上げた足をゆっくり地面に戻す。戦闘ごとになると頭に血がのぼるのは悪い癖だ。

 ――既にリクスなどは、その姿を木々のどこかへと隠しているというのに。

 リクスの行動は冬鉄からはおおよそ視認され、バレてはいるが、この後に他三名と戦闘の最中に移動しないとは限らない。戦いながら場所の確認を怠らずにいるのは、少々厳しいだろう。あまりアテにはならない。

 どうせ弾丸を発射すれば居場所は知れる。いや、それ以前に冬鉄ならば集中を少し割けば見つけ出せるだろう。ここは森で、隠れるのは緑の中でしかないのだから。冬鉄は思考を回しながら、粛々と木々を創成し、成長させていく。

 モタついているヒマなど、条らにはない。思い出したように、三人は頷きあい散開。

 作戦開始――全員別方向にいきなり走り出す。


「む」


 条は右、一刀は左、そして。


「……」


 正面、一番槍として八坂は冬鉄に向かう。

 接近してくるのなら返り討ちにするまで。冬鉄は今まで育てていた樹木を地面から一挙に放出、展開、迎え撃つ。

 地面から水柱のごとく生え伸びる数十の木が、不自然に曲がる。ぐにゃりと、まるで竹がしなるようにして激しく折れ曲がる。次瞬には反動。やはり竹のごとく、思い切り返りが来る。

 そして、その全てが吸い込まれるように八坂に向かい、大地に叩きつけられる。しなりを利用した、樹木たちの袋叩き。

 竹などよりもずっと太く、硬い樹の幹で、ひとりの人間を一斉に叩き潰す。


「ぐっ」


 激しい打撃音、大地を抉るほどの衝撃――その能力により耐える八坂だが、気にせず木々のしなり返りは続く。折り重なって八坂を圧殺せんと次々に樹が襲う。

 同時。

 冬鉄は八坂を樹に埋める作業を維持しながら、左に走る一刀を狙う。走り出す。

 防御役を足止めすれば、あとはひとりずつ始末すればいい。冬鉄はそう考えていた。

 が――


「むッ」


 意識を一刀へ割き、足を動かした段階で――八坂を攻撃していた木々が、その力を失う。追撃はやみ、重なっていた樹木は彩りを喪失した。朽ちている、冬鉄の能力が解除され、樹木が朽木と化しているのだ。


「これは……」


 一体どういうことか――逡巡すれば、即座に思い至る。

 そう、これは、羽織との戦闘におけるダメージだ。喰らった分のダメージが、今になって支障を訴えてきている。

 いつもなら能力を操作しながら移動も攻撃もできたはず。だが、先ほどの羽織との一戦が肉体的にも魂魄的にも響き、大きくパフォーマンスを減衰させている。意識を能力操作から少しズラしただけでもう乱れる。正常時よりも魔益量がだいぶ減っている。魂にまでダメージが届き、制御が困難と化している。

 冬鉄の自己分析の間に、八坂は力なく重なるだけの樹木から抜け出ていた。そのまま冬鉄の目前にまで迫り、立ち止まる。


「?」


 八坂は八条の者。攻撃能力など一切皆無だ。

 なのに、なぜひとりで冬鉄と対峙しているというのか。一瞬わからなかったが、冬鉄は思考を打ち切り、八坂を無視して一刀を追うことにした。

 防御役を縛ってはおけないなら、防御役が守るより早く叩く。すぐに戦術を切り替えることができるのは、戦闘経験の豊富さゆえだ。

 八坂をすり抜け一刀の元へ――


「いかせない」

「!」


 冬鉄が走り出した瞬間を狙って、八坂も動く。回り込む。冬鉄の道行きを阻むべく。

 ありていに言って、通せん坊である。


「む……まさか」


 冬鉄は呟き、今度は試すように動こうとしてみる。八坂が反応して、その行き先を閉ざす。

 押しのけようとしても、八坂の能力は“耐久の増幅”である。微動だにせずに受け止められるだけ。押しても引いても、それは変わらない。八坂は動かない。


「そうか、お前が足止めになって、他のメンバーの渾身の一撃を俺にぶつけようと、そういう作戦――いや、作戦とも呼べんくだらぬ浅知恵か」

「さあ?」


 肩を竦めて八坂は曖昧に言った。

 だが、それは正解。八坂が時間を稼いで、その隙に他の三人が力を溜め、大技で仕留める。五人が拙いなりに考えた、全員が力を出し切って勝つ方策であった。


「つまり、お前を抜けば、俺の勝利というわけか」


 この策のネックは八坂ひとりで冬鉄を引き止めなければならないという点だ。

 冬鉄ほどの強者を、止めていられるのか。逃さず留まらせていられるのか。


「へえ、できるつもりなんだ、へえ」


 とはいえそこは八条。

 彼らの役割は“護り手”、背に護る者への攻撃すべてを阻む者――つまり自身の背にまで攻撃を届かせないような立ち回りが、自分という境界線を越境させないための役回りが、異常に巧い。

 敵を引き付ける動作、敵を逃がさない所作、後ろの味方を隠すような機微。

 前衛としての役割を、徹底的にこなしている。敵の集中力の全てを自分だけに向ける――牽制が、素晴らしく達者。

 それは八条として叩き込まれた戦闘技能。役目を果たすための必須技術。千年かけて編み上げ洗練された、巧緻技法。

 自分と、相手。それ以外の思考の全てを絶つ。自分とその背を、前衛と後衛を、切り離す。


「……そうか八条。本当に、厄介な奴らだ」

「褒め言葉、だね」

「ならば、お前を無視することは諦めよう。代わりに」


 ぐっと拳を強く握り締め、その丸太のような腕の筋肉を隆起させる。

 獰猛で凶悪な破壊を撒き散らす鋼鉄の拳。それで打ち倒せぬ者などないと確信をもっているが故に。


「まずはお前を真っ向から殴り倒す。たとえ八条であれ、殴り続ければいつかは崩れ去るだろう?」


 鍛え上げた肉体への強固な信仰、練り上げた魂への恒久の信頼、築き上げてきた強さへの絶対の狂信。

 それらが全て詰め込まれた渾身の拳撃が、躊躇も容赦もなく放たれる。

 混じりけなしに本気の全力、殺意さえ迸らせて八坂をぶん殴る。

 八坂に回避の意志は、元よりなし。真っ向からその身でもって岩砕の拳を受け止めきる。

 だが、


「が、ぁっ」


 八条の途方もない耐久力をもってしても、ダメージをもらう。なんて一撃だ、下手な二条の傍系なんて軽く凌ぐ破壊力してやがる。

 痛みに呻いているヒマなど、当然になく。冬鉄は嘲笑のように言う。


「一撃で声を漏らしていて、情けない。続けていくぞ」


 乱打乱打の滅多打ち。

 八坂に避ける意志がないのをいいことに、ジャブに類する攻撃は皆無。大振りで、隙を晒すような大打撃ばかりを選んで連撃する。

 おそらく、冬鉄にダメージが蓄積していることを考えて、この大振り連打を回避するのは容易だったろう。もしも八条の信念をもたない誰かであれば、避けてカウンターをかませる程の隙を露出している。

 だが、八条はいくら隙だらけでも反撃しない、回避しない。

 反撃は、そもそも攻撃法がないので無理であり。

 回避は、防御に自信を持っている者として自己否定となって魂魄弱体を招くのである。

 それを把握しているからこその、全霊こめた隙だらけの力任せ。これは、完全に八条家と戦う時にしか使えぬ戦法だ。

 八坂はボコボコに殴られながらも、冬鉄はその傲慢さの裏で敵情の下調べも怠らない慎重さも保持しているのではないかと仮説を立てた。八条への対処を、ハナから備えていた者の動きだ、これは。

 あぁ、それはなお厄介。

 平坦な瞳をして考えていると、殴打していた冬鉄が不意に口を開く。拳の流星は止めず、問いを発する。



「ふむ? お前、やる気があるのか?」

「……」

「力みを感じられない。瞳に意志を感ぜられない。やる気がないのなら、なぜ戦っている!」

「……はあ」


 いきなりなにを言うのか、こいつは。八坂はため息を吐き出す。殴られているのに、なんだか余裕そうだ。


「おれはアンタや他の人とは違う。ひとり倒してハイお仕舞いってわけにはいかないんだよ。どうせ倒すだけの攻め手もないし。

 ――だから、おれは誰かと一緒に戦う。その誰かがどんな強さでも弱さでも――八条は仲間を信じて守る」


 冬鉄の頬を突き刺す右ストレート。腕でガード。

 左の薙ぎ払い。歯を食いしばって胴で受ける。冬鉄は薙ぎ払いの反動を活かして脇を抜けようとする、その剛体を回り込んで抑え込む。

 この境界線を、越えさせることはさせない。それが八条のなすべき役目なのだから。背にある仲間の反撃を信じて、彼らのために立ち回ること。それこそ――


「我らの魂に刻まれた、千年の約束。未来への誓い。

 どれだけ仲間が弱くても不甲斐なくても、盾がずっと守っていればその内きっといつか敵を倒してくれると信じてる。だから、おれは誰よりも長く戦場で仲間を守らないといけないんだよ、アンタみたいに無駄に力こめて生きてちゃあ長続きはしないさ」

「ふん、呆れるほど他力本願の原理だな。そんなに気長に構えても、どうにせよ長続きはさせんさ。すぐに沈めてやる!」


 大樹の化身の断ち切るような雄叫びとともに、拳はさらに大振りになる。

 薙ぎ倒し、押し倒し、捻り潰す。爆撃的な鉄槌。一撃でどんな大岩をも砕く壮大な破壊の拳。

 が、届く、前に。


「そんなこと言われちゃ、張り切るしかないなぁ!」


 それをも凌ぐ、絶大な破壊を秘めた二条の拳がここにある。

 岩どころか鋼鉄さえ粉砕するその破壊の具現が――八坂に気をとられ過ぎた冬鉄の、頬をブチ抜く。


「ぉぉお!?」

「ぶっ飛べぇぇぇえええ!!」


 二条家直系二条 条の練りに練った魔益による強化をなされた拳撃が、冬鉄に見事クリーンヒットしたのだ。

 めきめきと樹木の鎧を砕き、咄嗟に守りに充てた魔益を貫き、その顔面に打撃を叩き込んだ。

 それでも。樹木が柔軟にしなって威力を吸い取り、硬度の高さが勢いを減らし、砕けた欠片が条に降り注いで踏み込みを躊躇わせた。

 故に地面を削り後退する冬鉄は、派手にぶっ飛ぶことはなく。確実にダメージは与えていても、その眼光に衰えはない。

 直後。


「っ! そんな即座かよ!」


 損害を負っても、反撃は素早い。死なない限り喰らいつく、そんな執念を感じられるようなツタの捕縛。

 条を捕らえ、逃走を封じる。先の一撃に全てを込めたため、条にはそのツタを打ち破ることもできない。


「今の不意打ちは、してやられた。いい一撃だった。これは――相応の返礼だ!」


 巨撃に対する回避の余地はなく、受け流す技術を条は保持しておらず、ガードはハナから意味がない。

 やばっ――条の最後の思考は、そんな短く意味のない言葉。

 どん、と鈍い打撃音。なにかがなにかをぶつけた音が、嫌に近くで耳を震わした。

 そう、内部ではなく、付近だ。

 驚き目を見開く条の視界には、大きな背中が映るのみ。一瞬、状況を把握できず、次に気だるげな声に全てを理解した。


「無事、だよね」

「な……っ!? やさ、か?」

「はっ、はは。無事だ、よかった」

「おまっ」

「八条は、仲間の盾――盾より先に、誰かが倒れちゃあ、盾の意味がない。ま……おれは、九条……んだ、が」


 バタリと遂に八坂は膝を折り、地に身を臥せって倒れた。

 今までのダメージの蓄積に、今の一撃。流石の九条 八坂も耐えられず、くず折れた。意識を失った。

 驚きをあらわにするのは冬鉄。ここで確実に条を戦闘不能に追い込む手はずだったのだが、予定がズレてしまった。それもあるがそれより驚くのは


「なっ、八条!? こいつにもツタは伸ばしたはずっ! まさか、かわしたのか!? 八条が!?」

「八条に捕縛技は効かないよ、それと察知すれば――攻撃とは違って上手く避けるから」


 攻撃を全て受け止める八条の性質。回避すれば、己の認識の否定に繋がり、弱体を招くから。だが、捕縛に関しては、その自ら攻撃を受ける技術の逆を使って全力で避ける。足をとられて守れなかった、なんて笑い話にもならないのだ。

 ――と、それは誰の声。


「いちじょっ――!」

「八坂は八条の信念に殉じて戦い続けた、じゃあ、僕は? 僕は――」


 いつの間に冬鉄の背後に回っていた一刀は目を閉じ、強く魂を稼動させる。魔益を精製する。次の一撃をより研いで尖らせる。

 ――治癒の領分には、活性という分野がある。

 それは言ってみれば奥の手であり、普通の治癒師は全く知らない、知る必要もない技法だ。しかし、九条においては、可能な者が五名ほどいる。一刀は、そのひとり。己が身体を活性化することができる。極限まで活性化し、限界を超える駆動をすることが――できる!

 一刀は剣を握り締めたまま、その右手の中指に指輪を物質化する。

 素っ気無い銀色の円環――それこそが一刀の九条としての具象武具である。

 とはいえ二種の能力を保持していようと、同時に具象化するのは困難極まる。尋常ではない発汗が、一刀の苦悶を物語る。能力の同時発動は鍛錬がまだ不足しているのだ。

 それでも、この一撃のために一刀は耐えて力を蓄える。八坂が見せた信念に、相棒として応えるように。

 己が身を活性化し、強化し、最強という幻想を体現せしめんと指輪を始点に“存在の治癒”を発動し続ける。


「僕は九条 一刀! 一条の最強を受け継ぎ、九条の治癒を授かった、一と九の交わりし魂! その名が示す通りに、全てを一刀両断せしめん!」


 一条と九条の――二種の血統が混ざりあいてようやく現出する、最強に近付かんとする一刀の冴えを! 最強の血、その半分を受け継ぎしこの斬撃を!

 ――受けてみろ!


「一条一刀流・無限斬刀術が変則奥伝――“九斬(くぎり)”」


 刮目し、振り向かんとする冬鉄の胴に斬撃を振りぬく。

 その刀身は樹木の鎧に止められた。しかしその能力を止める術などありはしない。

 斬撃が――同時に九つ結果した。


「ぐぅう!」


“九斬”――それはなんの小細工もなく単純に活性化した全力でもって敵を斬り裂くだけの技。一刀だけの、最強を目指した変則の奥伝である。

 一刀にしか成し得ぬ、という認識。一刀の隠し続けた奥の手、という認識。このふたつが相乗効果で技の威力を倍加させ、確かに奥伝に相応しい斬象を起こす。

 だが、冬鉄は不敵に笑う。この程度かと血に塗れながらも哄笑する。


「ふん、一条の能力を使う割に、なんとも不甲斐ないな! 最高の攻撃は初撃に持ってこい、二撃目では対処されるに決まっているだろうが!

 確かにお前の斬撃は鎧を抜けて肉体に届く。だが魔益による肉体の硬化を突破することはできない。そもからして威力が、鋭さが、まだまだ足りんのだ!

 彼の一条当主には、遥か遠いな!」

「っ、わかっているよ、そんなことは!」


 あれに届かないのは知っている。

 あそこまで辿り着けないのは、至れないのは痛感している。

 だから、だけど。

 あの背中まででいい、後姿を眺めるだけで構わない。

 一刀の一生は、ただ追いかけ続けることだけに完結させるのだととうの昔に決めている。


「あの人には届かない――けど、あなたに負けるとは、思ってない!」


 その瞬間、一刀は後方へ退避。全力で冬鉄から離れるように走り出す。

 見れば条もまた気絶した八坂を抱えながらトンズラしている。なんのマネだ、そうまで大言を吐いておいて、ここまで来て、逃げるつもりか。

 呆気にとられる冬鉄を無視して、ふたりが、叫ぶ。


「「今だ!」」


 必勝を期した最後の一撃。第三人目の砲撃。終わりの号砲――!

 そして。













 そして。


「え?」


 返るものは、なにもなく。

 ただただ静寂が森の中を支配し、砲撃どころか風すらそよぐことはない。

 決着のための最後の一手――リクスからの支援砲撃は、何故か不発と終わったのだ。


「……あぁ、成る程そういうことか」


 沈黙の中、冬鉄は条らのやりたかったことを理解し、得心の顔色を見せる。同時に、哀れむように首を振る。


「あの大砲の小娘なら、狙撃できる状況ではないぞ」

「どういう、ことだ」

「言葉の通りだ。狙撃手とは場所を定めたら、その場から動くことはない。不意を討つのは、容易なのだよ」

「まさか……」

「ふん、あの娘はお前らの中で最も厄介だったからな、戦わずに済むならそれに越したことはない」


 などと、ブラフをかます冬鉄であるが、流石にリクスを有無も言わさず遠距離から瞬殺した、というわけではない。

 冬鉄は条らと戦いながら木々の根を伸ばし、また別の樹木の根に接続。それを繰り返すことで樹林のネットワークを形成、半径数十メートルを知覚範囲としていた。

 そして、木の茂みに隠れていたリクスを、そのネットワークを介して発見。同時に付近を彷徨っていた“黒羽”の魔益師数人を見つけ、木々をごく自然に用いてリクスの隠れる茂みへと案内した。あとは勝手に接敵、この戦闘とは別に戦っていることだろう。

“黒羽”の魔益師の実力がどうだか知らないが、おそらくリクスにとって苦となるほどの実力者ではないだろう。しかし、一時的にでもこの戦闘から目を逸らしてくれるだけで充分だ。

 ここで残る条と一刀を片付けるごく短い時間さえ稼いでくれれば、後は自分で潰しに行けばいいのだから。


「お前らの考えた策など、所詮はこの程度だ。お前らが力を溜めてまで放った攻撃など、やはりこの程度だ――しかと自覚するがいい、お前らは、弱い」


 断定する冬鉄であるが、しかしてその身は既に満身創痍である。

 連戦が祟って身体中ボロボロのクタクタ。今こうして喋っているのも立っているのも驚嘆に値するほど重傷を負っている。もはや肉体が精神を凌駕して無理矢理に駆動している。気力で動いているに等しい。

 それでもなお、一切の衰えを外部に漏らすことはない。激しく苛む苦痛を毛ほども見せたりはしない。恐ろしいほどギラつく双眸は、油を注がれた炎のように燃え盛り続けている。


「っ……いや、うん、そうだね、その通りだ」


 一刀は、そんな冬鉄に恐怖を覚えたのか俯いて肯定した。

 己の弱さを、己の至らなさを、己の不足を、悔いるように肯定するしかなかった。


「僕たちの作戦なんて、やっぱり付け焼刃で拙いさ。でもね」


 反転。

 弱気な言葉は、逆接によってくるりと真逆に入れ替わる。

 条が続けて、疲労困憊ながらも今できる最高の笑みを浮かべてやる。


「けどな、はっ、こっちにもずいぶんと悪辣な野郎はいるんだぜ?」

「なに?」

「僕ら五人の作戦はまだあなたを倒すに足りなかった。けど」

「俺ら七人の作戦はもうお前を倒すに充分だ」


 条の言葉の、その途中。 


 さくっと。


 冬鉄の腹部に、剣が突き刺さっていた。


「――は?」


 何度確認しても同じだ。冬鉄の腹部が、背から貫かれている。

 馬鹿な。

 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!

 なぜ、誰が!?

 条も一刀も目の前にいる。八坂にはそもそも攻撃方法がないし気絶状態。リクスはまだ付近で別な戦いを繰り広げているはず。もうひとりいた小娘に至っては治癒師であり、この場にすらいない。まさか羽織――いや早過ぎるし、攻撃手段が異なっている。

 では、なぜ今、冬鉄は攻撃されている。一体誰の攻撃を受けている!

 半狂乱になるほどの驚きに、冬鉄の思考は乱れ惑って結論には至れない。

 いや、待て。この刀身、どこか見覚えが――悪寒を感じながら振り返れば、そこには――


「なっ、おっ、お前は!?」







 五人の作戦会議の最中。どうすればいいかと意見を交し合う会話の一端で。

 考え込む一堂の内、おずおずと浴衣は小さく手を挙げてひとつ発言する。

 

「あの……羽織さまの言葉で、ひとつ違和感がありました」


 ――あの馬鹿も絶対生きてます、おれはそう信じてます。

 浴衣を慰め、励ますための言葉とはいえ、羽織が春を信じるなどと口にした。そこに、なにか違和がある。


「もしかしたら、なにかのヒントだったのかもしれません」

「っ、ぁあ! もしかして、その春って奴を使えってことじゃないか? 浴衣ちゃんが治癒すれば、まあ動けるようにはなるだろうし」

「なるほど、浴衣様の役割だけは確保してくれたってことか、流石は使用人だね」


 九条 浴衣は、彼女だけは、この場の魔益師の中で戦闘能力がない。

 そのため五人でなんらかの策を組み立てたとして、浴衣だけにはどうしても役割を与えてやれない。戦闘に参加できない。

 九条である限り割り切るしかないのだが、浴衣は役立てないことに悲しむ。なにもできない自分を責める。

 それを見越して、羽織はあらかじめ布石を打っておいたのだ。


「羽織さまが言っていた二種類の策、それ以上に有効なのは、それを同時にできた時、だそうです」

「俺たちが全力をだして戦って、なお勝てなければ」

「極め付けに、ありえない六人目の不意打ち、かぁ」


 感心するふたりだが、ひとりだけ、違う方向に思考が向かっていた。


「でも……それは、ひとりで行くの?」


 リクスが不安げに――その感情は浴衣にしか伝わらなかったが――おずおずと口を開く。


「確かに、浴衣ちゃんひとりだと危険か……」


 今この森には“黒羽”の魔益師がそこかしこで駆けずり回っている。治癒師ひとりを放りだして、接敵せずに春のもとへ辿り付けるだろうか。

 敵に出会えば戦闘力のない浴衣だ、簡単にやられてしまう。つまり出会った時点で終わりなのだ。危険は高く、成功率は低い。そんなことをさせるのか。

 リクスが不安を口にするのも順当なのである。

 それでも浴衣は微笑を変えない。


「いえ、わたしひとりで行きます。こちらの戦力を削ぐのはよくないです」

「でも……」

「リクスちゃん、あなたは足手まといがいなければ、すごくすごく強いはずです。その力で、どうかみんなを助けてあげてください」

「そんなことはない……けれど、了解。浴衣、気をつけて」


 珍しく力強い調子で、リクスは頷いた。浴衣は少し意外そうに目を広げたが、すぐににっこり笑って返した。


「はい、リクスちゃんも、皆さんも、どうかご無事で」


 言葉を最後に浴衣の顔から笑みは消え、あとはもう必死な表情で走り出した。

 自分にできることを、精一杯がんばる。それがきっと勝利に繋がってくれるはずだから。







「――よぅ、クソ親父。さっきぶりじゃあねえか」

「春……!? なぜ、お前……がっ」

「へっ、オレには女神がついてるんだよ。最高に最高な癒しの女神がな」

「そうか、あの小娘、九条か……っ!」


 浴衣が最初から足りないとは思っていた。どこかへ行ったのだろうとは考えていた。

 だが、まさか春のところに戻り、彼を治癒、再度戦力として駆り出すなんて、思いつきもしなかった。

 完全なる、想定外。

 勝利を確信した際の僅かな油断も相まって、冬鉄は春の一撃に対処もなにもできずに突き刺されてしまった。

 これこそが、条と一刀、八坂、それにリクスと浴衣の五人に加え、羽織の知恵を足して春の力を借りた七人での作戦の決め手。

 冬鉄を打倒する、本当の最後の一手。


「ごふっ……くそ、まさか、こんなガキどもに……この、俺が……」


 度重なるダメージ。酷使し続けた肉体。枯れるまで魔益を吐き出した魂魄。

 積み重なった全てが、冬鉄の意識を総動員で奪っていく。暗闇へと誘っていく。

 そう――冬鉄は、敗北したのだ。


「あぁ、ちくしょう……ちく、しょう」


 それでもせめて惨めは晒さない。

 冬鉄は倒れはじめた自分の肉体を、最後の意地で一瞬だけ耐え忍び、その間に魂魄能力“樹木の創成”によって近くの木から枝を伸ばす。

 そこでしぶとかった冬鉄も遂にはまぶたを閉ざし、支えを失くして倒れて――枝に引っかかる。地面にだけは触れない。

 最後の最後まで地には身体を横たえず、気絶しても倒れ伏すような不様だけは拒絶して。


 樹木将軍、春原 冬鉄は――ここに討ち取られたのだった。











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