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第七十三話 奴









 めきめきめき、と。

 大地から野太く力強い木々が次々と芽吹き生え出て成長、林立する。

 幹は伸び、枝は広がり、葉が茂る。

 幼い新芽は若木へと瞬時に発達し、朽木になることもなく延々と天を目指して生長していく。春原 冬鉄の魂魄能力によって、樹木がいつまでも増殖し、増長していく。

 木々の発生と成長は地面の全てを埋め尽くすよう。不自然なほど密集して樹林は既に小さな樹海とさえ称すこともできるだろう。


「――ち」


 羽織に殴り飛ばされた――それを逆に利用し、冬鉄は接近されるまでに樹木をできるだけ創成している。

 こちらから近づけば、既に百を超える木々の歓迎を受ける。だが、立ち止まっていても、冬鉄の手数が増えるだけ。樹海が拡大し、いずれ羽織を呑み込むだけ。

 どうする――その時、羽織の足元が弾けた。先手をとられた。


「っ」


 咄嗟に横転。すぐに体勢を立て直し、一瞬前に己が立っていた場所に目を向ける。

 鋭利に尖った木の根。それも、異常にでかい。丸太サイズの棘とでも表現すればいいのか、常識的にはありえない大きさだ。突き刺されば胴体に風穴があいて上下に千切れるだろう。

 ――見とれているヒマなどなく。

 地面が揺れると思えば、そこから立て続けに根が刺す。刺す。刺す。

 足元からの刺突連打。踏みしめる地から襲う槍を、立て続けに狙う串刺し針を、羽織は冷静に移動しかわす。焦りも恐れもなく、踊るように回避動作を舞う。

 回避には自信がある。地の歪みを知覚すれば避けえぬこともない。ステップを踏んで掠りもしない。

 だが、足下に注意を払っていると、気づく。大きな影が、地に映りこんでいることを。


「! マジかっ!」


 面を上げる。天を見上げる。それを視認する。

 そこには、雲さえ突き抜けそうな巨木がそびえ立っていた。否。倒壊し、羽織に向かって落下してきていた。周辺一帯を均す巨大なハンマーのように、巨木が猛スピードで崩れて振り下ろされる。

 樹齢千年にも達しそうな馬鹿でかい樹。離れた羽織に届かせるため、長さを重視し生育させたか。それを単純に横倒しして押し潰す気だ。

 分析しつつ、根を避けつつ、羽織は拳に魔益を集約する。

 下からの根はまだ避けうる。倒れてくる樹を避けることもできるだろう。だが、上下同時に回避するのは困難であり、集中が乱れる。意識が上下に割かれる。

 だから、もう上の樹木攻撃を避けるのは諦める。下の回避だけに専念する。

 落ち来る大木の大質量は――


「へし折る!」


 魂の咆哮。

 また一歩、力が解放される。羽織の実力が表に引き出されていく。魂が歓喜と悲鳴を同時に絶叫し、魔益を増産して羽織の肉体をさらに強化する。

 膨れ上がる魔益、充実していく身体、硬質となっていく拳。

 これで折れぬものなどないッ。

 それすら踏み潰すとばかりに巨人が山を崩せと鉄槌を振り下ろす――ただ、小さき人間ひとりを目掛けて。


「――破ッ!!」


 巨人の大樹の圧壊に抗して、羽織はその小さく頼りない拳を振り上げた。巨木に拳を叩きつけた。

 それはなんて馬鹿げた光景か。どれほどふざけた状況か。

 通常で考えて勝負になるはずのない大樹と拳の衝突。だが、これは魔益師の争い。魂の信仰が勝敗を分ける戦い。

 そこに常識の付け入る隙間など、あろうはずもない。


「くっ」

「ちっ」


 ――拮抗。

 莫大な質量で押し潰す樹と、絶大な魔益で殴りつける拳は、ちょうど拮抗して鍔競り合う。

 羽織の足は地面に数センチは沈んでいる。だがそこで停止。

 大樹には羽織の拳がめり込み、ヒビが走っている。だがそこで終わり。

 拮抗、である。

 それを打ち破らんと叫ぶふたりの魔益師。


「潰れてひしゃけろ!」

「ぶち砕く!」


 言霊による認識強化だ。

 だがそれも両者同時に行ったことで、戦況の変化には繋がらない。

 ならば


「挟み潰れろ」


 ぐぐぐっ、と羽織の足元が不自然に持ち上がる。

 木の根が動けぬ羽織の足下から成長し、上の大樹と挟み込んで圧死させんと押し上げてくる。

 しかも先の棘のように尖れた鋭利な根だ。突き刺さんと足元から刺す。それを、羽織は足裏で踏みにじって押さえ込む。当然、鋭角な棘が刺さるが、魔益の集約で貫通はしない。痛いが押さえ込めている。

 だが、魔益を足に振り分けたため、巨木との拮抗が崩れた。すぐに圧され、このままでは大樹に潰される。

 やばい。マジで死ぬ。

 というかこの冬鉄、人死御法度を完全に忘却してやがる。本気で本気に殺す気だ。

 くそ――まだ、大丈夫。……のはず。

 重みに押し切られる前に羽織は即決即断――の割には迷いが混じったが――し、魂魄解放、魔益をさらに上昇、力を引き出す。

 上下からぺしゃんこにされる前に、拳をさらに強く。強く。強く!


「今度こそ――ブチ砕けろォォォォオオ!!」


 下から押し上げる根の力も利用して、アッパー気味の拳撃。

 裂傷が駆け、樹全体に衝撃が巡る。そして遂に大樹はへし折れ、砕かれ、崩壊した。


「砕くと思った、お前なら!」


 そして目の前には春原 冬鉄。

 大樹の倒壊、その裏に隠れてこの機を図っていた。羽織が巨木を砕いた直後、そこを狙うために。

 

「死ねェい!!」


 顔面を狙った躊躇なしの全力パンチ。まさに殺意が漲る破壊の拳。

 それを


「おれも、いると思ってたぜ」


 羽織は、まるではじめからわかっていたように、伸ばした右手を添えて捌く。拳を、明後日の方向に逸らす。


「なっ!」

「魔益が駄々漏れだ、もうちょい抑えて隠れろや」

 

 冬鉄の奇襲、それさえ羽織は予測していた。樹の裏の冬鉄の存在を、知覚していたのだ。

 故に樹の破壊と同時に冬鉄への対処はしており、その攻撃をズラして避けた。

 そして、今度はこちらの番。左拳を握り締め、振りかぶって――


「これで仕舞い――!!」


 ――瞬間、反転。


 どくん、と激しい拍動がその身から壮絶に響き渡る。

 身体中が軋みを上げ、魂が悲鳴を上げる。

 限界が、来た。


「ぐっ!?」


 ――■■■■■。


「てめっ、」


 思った以上に限界が早くにあった。

 まだ半分の力もだしてはいない。なのに、もう抑えこめないなんて。

 もう“奴”が顔をだしてくるなんて!


「がっ……ァアァアアアァァァァァアァァァアアァァァアアアアアア!!」


 魔益とは違う、破壊衝動の塊のような悪意が底からわき上がってくる。わさわさと身体の内部でおぞましい蟲が這いずり回っているような気色の悪さがどこまでもこみ上げてくる。魂の輝きを翳らさんと黒いなにかが羽織という人格を浸食してくる。

 常態であれば莫大な魔益が抑え込んで留めていた真っ黒な力が、そのタガを砕かんと荒れ狂う。

 まずい――まずいまずいまずい。

 これは。とても。まずい。

 膝を折り、顔を地面にこすり合わせ、腹を押さえる。身体を抱きしめるようにして、苦痛に抗う。衝動を押し殺す。

 現状の全てを忘却し、外部との接続をあらかた切断し、ただ内部の己に専念する。そうしなければ暴力的な悪意に呑まれて、意識が消失してしまいそうだった。

 だが、外への意識が完全に途切れる直前に、聞こえた。


「……力の反動か、他の理由かは知らんが――好機を逃すほど、俺は愚かではないぞ」

「ち」


 こんな時に!

 羽織は苛立ちながら拳を握る冬鉄を睨みつける。その威圧に、一瞬ひるむ冬鉄に手を向け――空間転移。どこか遠くに飛ばして消す。近くの魔益の反応から、おそらく条たちがいるであろう地点付近を選択したが、今の状態で上手く転移できているかはわからない。

 能力の使用、魔益の消費、魂の減衰。

 一瞬後にその代償とばかりに喀血する。内臓腑を掻き回されたような苦痛にあえいで空気を求める。

 既に魂の異常が肉体にまで害を及ぼしている。


「黙ってろ……くそ野郎が」


 誰に向けてか。どこに向けてか。羽織は憎悪剥き出しで吐き捨て、魂の制御を取り戻そうと集中する。

 既に羽織の魂は、己以外と断交していた。








 条と一刀、八坂、それにリクスの立つすぐ傍。二十メートル離れた空間にて。


「え?」


 いきなり――本当になんの前触れもなく、突然にそこに現れた。

 春原 冬鉄が、手品のようにふっとそこに出現した。


「なん、だ?」


 驚いたような冬鉄だが、それ以上に条らの驚愕のほうがでかい。

 倒そうと策を考えていた、その当人が突如目の前に現れたら、そりゃあ驚く。

 こっちの気も知らず、冬鉄は独り言のように事の事象について呟いていた。


「ここは……あの男がいない。場所が変わっている? どの程度離れた、そもどうやって……?

 まさか、奴の能力なのか? 人間サイズを、強制移動――否、一瞬過ぎる。これは、空間ごとの、移動。空間転移? 馬鹿な……」


 小声であったのと、距離があったので、誰に聞き取られることもなく風に吹かれて消えたのは、羽織にとって幸いだっただろう。この場にいないので、その幸運を実感することはできないが。

 この謎の事態に、誰より早く結論したのは――考えるのを諦めたのは、やはり条である。

 拳を握り、腰を落とし、膝を曲げ、にやりと笑う。


「なんでもいいや――とりあえず、リベンジだ」











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