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第七十一話 無策









 いの一番に拳を振りかぶるのは血気盛んな条。

 羽織の言葉の末尾の時点で足は跳ね、言い終わった時には既に駆け出していた。

 条の無思慮な突貫に慌てることもなく、冬鉄は冷静に構えて待ちに徹する。わざわざ接近してくれるのだから、こちらは移動の手間を反撃の準備に充てられる。

 だが、そこで気づく。


「! その手袋は二条かっ」


 正体がバレたところで変化なく拳は進撃する。二条の拳はその内実を知られようと確実に敵を屠るのだから、バレても問題がない。

 条の側に変化はなくとも、冬鉄は対処を応じて変えなければならない。とにもかくにも二条と拳のぶつけ合いは拙い。接近自体がリスクの高い避けるべきこと。なので、来たる条を迎撃しようとした手を止め、そのまま地面に向かわせる。拳で叩き、大地に干渉する。

 にょきりと生え伸びる木の根。小さな輪の形を作って条の足元に出現する。ちょうど足を引っ掛けて、転倒してしまいそうな位置にである。


「流石に転ぶかっ」


 条は察して危なげなく跳び上がる。木を相手どるのだ、足元への警戒は怠らない。

 だが――滞空時に行動はできない。

 冬鉄は鋼のように固めた右拳を避けえぬ条にぶちかます。唸りを上げて直進する破砕の一撃だ。

 足元に意識を集中させ、拳を叩き込む。冬鉄の常套殺法だが――


「させないよ」

「八条、か」


 巨大な冬鉄の拳を横合いから掴みとり、八坂は役割通りに条を庇う。

 渾身の一撃を平然と止められたことに瞠目しながらも、


「だが、八条に攻め手はない」


 構わずに追撃。豪速で左拳は条に殴りかかる。条が着地する、その瞬間である。

 これも避けられない。また、庇う八坂も立ち位置からして身を張るしかない。そういう角度で殴った。誘われているとわかっていながら、八坂は条に体当たりし、場所を入れ替え代わりに剛拳に相対する。

 体勢が悪い、タイミングが悪い、捉えられてしまった部位が悪い。八坂は歯を食いしばり――メリケンサックをつけた冬鉄の豪腕が、顔面を思い切り殴りぬいた。


「ぐっっっ」

「「!?」」


 ここで驚くのは羽織と一刀。

 八坂が一発の拳で後退させられ、苦鳴を漏らすだなんて。それは冬鉄の一撃の威力を物語る。

 普通の攻撃であれば、どんな状況下であれ、顔に直撃であれ八坂は無表情で済ますし、目潰しされたって平気顔で笑ってのける。八条の耐久度は並みの攻撃を無力となすのだ。

 だというのに、八坂が小さく短くとはいえ声を漏らすなんて。

 八坂以外が直撃をもらえば一撃で意識を刈り取られる。当たり所が悪ければ最悪、命にすらかかわるかもしれない。


「ち」


 羽織は眼光を絞って、猶予なくナイフを七本手元へ転移。投擲。また転移。

 冬鉄の眼球狙いを二本。頚椎狙いを三本。アキレス腱狙いを二本。同時に、叩き込む。

 視界を奪う。致命を穿つ。機動力を削ぐ。三種類の思惑の乗った刃は、狙い過たず空間を転じて殺到する。


「むお」


 冬鉄は驚きながらも一瞬で転移攻撃を察知。嵐のように身体を動かし、眼球の二を避け、頚椎の三を背で受け、足の二を蹴りで軌道を変えて条へと向ける。

 咄嗟に条は拳でもって二本のナイフを砕き去り――その刹那に足元からうねるように生えた樹木の拳で顎を打ちぬかれた。流石に八坂でもすぐ足下からの一撃は庇えず、歯噛みしながらせめて冬鉄から視線を離さない。睨みをきかせる、追撃はさせない。


「はぁあ!」


 そこで一刀がようやく到着した。冬鉄を自身の間合いにいれた。転瞬、刃を振り抜く。

 奔る斬撃、烈風のごとく。だが、大木の化身は天敵たる刃物さえ恐れもせず。

 その野太い腕で刀刃を受け止める。


「! なん、だ!?」


 人体の腕を斬り落とすに充分な切断力を乗せたはずの斬撃だった。魔益で腕を強化しても、傷は免れないであろうと思っていた。

 なのに無傷。冬鉄はただの無手で具象武具の一撃に耐えたのだ。


「騙されんな! なんか腕からでてるぞ!」

「えっ」


 ただの無手――ではない。そうではなかった。

 樹木だ。冬鉄の肌から生えた樹木が、身体中を這い覆っていた。包むように、守るように、遮るように。

 その木が一刀の刃を食い止め、冬鉄へは届かぬようにしていたのだ。見れば先ほど羽織が背に突き刺したナイフも、纏った厚木に遮られている。木を削っただけで、身を傷つけていない。


「樹木の鎧だ。その程度の攻撃では、この鎧が全てを防ぐ」

 

 樹木将軍と呼ばれる――春からウッドマン将軍と呼ばれる、所以たる戦技である。

 肌から直接生えているために剥ぐことは叶わず、また砕かれてもすぐにまた肌から再生し生えてくる。硬くどんな攻撃も弾く性質をもちながら、木のしなやかさをもって衝撃を殺すという相反性を含んでいる。なんとも優れた鎧だ。

 しかし、どんなに強固強靭な鎧であれ、どんなに優れた鎧であれ、そんなものは一条には通じない。一刀は己の魂を感じながら、その威を顕現させる。


「でも――僕の刃は鎧を超える!」

「なに?」

「一条一刀流・無限斬刀術が一手――」

「なっ、一条だと!?」

「“選斬(ヨリキリ)”!!」


 ずぱん、と一刀の魂魄能力“斬撃の結果”は鎧の内側、冬鉄の身を袈裟懸けに斬ってみせた。

 結果する斬撃の位置を選ぶ“選斬”であれば、鎧をすり抜け生身に攻撃することが可能なのだ。重装備の相手を討ち取るための、一条一刀流の技である。

 だが、そこで気を緩めてはならない。残心を解いてはならない。

 斬られながら、痛みを無視して、振り下ろされる隕石のような拳が一刀を襲う。

 僅差で八坂が割り込んで拳撃を防ぎ――だが吹っ飛ばされる。背に庇った一刀を巻き込んで後方に殴り飛ばされる。

 冬鉄は殴った反動を活かしてやや後退し、自己の負傷と記憶を確認する。


「一条は……当主を除き全滅したという話だったが……」


 傷を負ったとて、この程度では揺るがぬ大樹は膝折れることはない。

 記憶のほうも、まあ秘匿されていたのだと解釈して現実を受け入れる。動揺などしない。

 ふむ、と気を入れ直し、構え直す。一条の名は、それが当主でなくとも警戒に値する。

 と。

 その瞬間、冬鉄の周囲から味方がいなくなった瞬間――動く者もいる。

 がきん、と容赦なく白い指が引き金を引く。


「――シュート」

「!」


 発射されたミサイルのような銃弾に驚き、対処を焦り、拳を急ぐ。冬鉄は迫る脅威に顔を歪めながらも樹木を創り出す。ずずず、と異常な成長速度で巨木が大地から起立し――爆発。

 激しい爆撃の余波に、一番近くにいた条は腕で目を庇いながら叫ぶ。


「おい、これやったのか!?」

「やってねぇ! ありえねえぞあいつ、弾丸を木で下から押し上げやがった!」


 一瞬で羽織に否定された。

 そう、冬鉄は爆撃の威力の高さを込められた魔益量から即時に理解し、木を盾にしてもダメージをもらうと判じたのだ。故に真っ直ぐに飛来する弾丸の真下から樹木を創成し、高速成長の勢いで軌道を上方に逸らしたのだ。

 あの一瞬で、なんて無茶な。そして、なんて対処に冷静な奴だ。

 羽織は心底面倒そうに、かつ厄介そうに他のメンツの警戒を促す。


「やべえな、これはマジで考えなしに向かって勝てる相手じゃねえぞ」


 連携なしの単発的な攻撃ではその場で対処され、ついでに反撃をもらってしまう。

 六対一という数の上では圧倒的に有利な状況下において、今もって五分五分――いや、こちらがいささか負けているか。

 本物の強者だ。実力で劣っている以上、無策で挑んで敵うはずもない。

 しかし、この場で作戦の提示ができる者がいるのかと言えば、それは羽織くらいのものだ。

 それは六人の共通意識で、だから。


「だったら羽織なんか考えろ!」

「時間なら僕たちで稼ぐ!」

「まあ、専門分野だし、やるよ。そっちも専門まっとうして」


 条と一刀と八坂からのまる投げ発言。弁えているとも言うが、他力本願である。

 羽織はその思い切りのよ過ぎる他力本願に思わず重くため息を吐き出し――にやりと笑う。


「――ハ、駄目だ」

「え?」

「作戦はてめえらで考えろ、これはお前らの戦いなんだからな。いつまでも年寄りに頼ってんじゃねえ、若輩どもが」


 作戦なら敵と対面した時点から思考しているし、今までの戦闘で既に策は完成してはいた。戦闘者として、この思考回路は当然であると羽織は思う。怠ったほうが悪いと考える。

 だが、それでも、羽織は編み上げた策を捨てても、考え無しの若人の成長に賭けたほうが――この試合の意義に沿うのだろうから。先を見据えて、羽織は言うのだ。


「おれに助けを求めるな。自分で考えろ、今からでも考えろ、考えることを諦めるな――まあ、全部任せるのは酷だしな、時間稼ぎくらいなら引き受けてやるがよ」

「そんな……でも!」

「たぶん、羽織さまがああも言いきったなら、撤回させるのは難しいと思います」


 反論しようとする声を、浴衣が苦笑で遮った。

 誰より羽織のことを知っているから、わかる。こうまで言って、あのような表情をした羽織が意見を変えたことなどない。

 たとえ主たる浴衣がなにを言っても、羽織の意見は不変だろう。

 いや、正確には、浴衣がそれをやめろというような行為で、羽織は強く意見を主張したりしないのだ。だから、浴衣からやめろと言うことがないというだけなのである。

 だって、羽織の言葉は、まったくもって正論だから。


「そうです、いつもいつも、わたしは羽織さまにばかり頼っていました。それじゃあ駄目だとわかっていたのに」

「まあ、羽織と浴衣ちゃんの言う通りでも……あるよな。これは条家十門の戦いで、条家十門の人間が解決すべき事柄だ」


 戦いの場ではシビアになれる条は、自信なさげだが、それでも強く言い切った。

 流石は当主直系のふたりと言ったところか。こういう逆境でにも挫けず、己を通せる。魔益師として、強い魂を保持している。

 羽織は、かすかに笑う。


「ん、よし、よく言った。助けを誰かに求めず、自分で先を切り開く――そういう奴は嫌いじゃねえぜ」


 言って、前に出る。未だ爆煙晴れぬ、だが強い威圧が発散される樹木のもとへ。

 まるで境の線引きたろうと、浴衣たちと冬鉄の間にまで足を進め、止める。

 その背に浴衣は頼もしさを感じつつも、不安を抱き、思いが揺れる。


「でも、羽織さま! 羽織さまをひとり残していくわけにもいきません。あの人は強いです。確実に時間稼ぎできるような人数で――」


 春を残して逃げたことを思いだしながら、浴衣は縋るように叫ぶ。

 羽織は、そんな取り乱す姿に安心を与えようと、できるだけ優しげに、気楽げに笑う。


「大丈夫です、浴衣様。おれはあの馬鹿のようにはなりませんし――あの馬鹿も絶対生きてます、おれはそう信じてます」

「? はおり……さま?」

「おら、リクス、浴衣様つれてけ。命令だ。そんで条、一刀、八坂、お前らもとっとと行け――大丈夫だ、お前らは条家十門の血統だ、それを忘れるな」


 言い放ち、羽織は拳を固めて煙の晴れた瞬間に殴りかかった。








 殴りかかった――というのは、浴衣たちに発破をかけて行かせるための演技であって、羽織は冬鉄の手前辺りで静止した。今これ以上近づいてはこっちがやられるだけだ。

 背ではもう駆け出した五人の気配を感じつつ、高木を見上げるようにして冬鉄に疑問を投げてみた。


「なんだよ、こっちのやりてえことは聞こえてただろう? あいつらの邪魔しなくていいのかよ」

「ふん、俺の見た限り、作戦の立案に最も優秀なのはお前だろう。状況判断に最も優れているのもな。お前を逃すよりはあの五人を逃したほうがマシだ。

 それに、会話の内容からして、あの五名で頭を突きあわせて有効策ができあがるとは思えん」


 特に考えもなく敵に攻撃を仕掛け、ハナからお前に思考を一任するような輩どもではな。

 侮蔑のように吐き捨て、肩を竦める。同情の眼差しで羽織に言う。


「だが、それと同時にそういう若者の成長のためにお前が身体を張るのも頷ける、俺も親だからな。乗ってやるさ」

「はっ、ありがてぇこって」


 冬鉄の本音と、今の建前は実は少し違う。

 羽織の作戦思考能力が条家十門の人間さえ認めるほどに高いのであれば、そんな奴に考える時間を与えるのはまずい。ここで無視して他の五人を狩る間に逃げられ、その間になんらかの対抗手段を考案されて、別の者とともに狙われれば負かされるかもしれない。

 慎重に、長期的視点で考えて、五人と羽織ひとりの危険性の天秤が、わずかに羽織のほうに傾いたのだ。これは冬鉄の長年の経験に基づいた勘でもある。

 この男は危険であると――なぜか魂がざわつくのだ。


「まあ、お前の能力は大体わかった。ひとりであればそう手間もかからず終わるだろう。追いかけるのは、その後でいい」


“黒羽”らしい、傲慢とも言える自信。だが、実際その通りで、春の時だってほとんど時間をとらずに追撃してきている。

 彼の強度は本物だ。現状では、羽織が足止めに精を出しても、春より時間を稼げるかすら怪しい。

 そこは認め、羽織は大きく頷く。


「ま、そうかもしれねぇな――」


 頷いたついでに、下を向いていつも前を開いている和風羽織りの具象武具をとじる。紐を結んで、身体の前面を覆い隠す。少しでも、攻撃されても大丈夫なポイントを増やすために。


「けど、おれもまあ、無能って思われんのもシャクだしな、ちょっとはマジにいかせてもらうぜ」

「?」


 久々にナイフを構えずに拳を握って、羽織はニヤリと嫌味っぽく笑って見せた。








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