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幕間(春)







 戦闘というものは。

 それがいかに実力差のあるものでも、些細な事柄でひっくり返ることはある。

 どれだけ強者でも、油断し切っていれば敗北の可能性はゼロとはいえない。どれだけ弱者でも、知恵を振り絞って隙をつけば勝ちの目が皆無というわけではない。

 まして相手が明確過ぎるほどの最強者であったならば、こちらは全身全霊全てをぶつけて戦わねば簡単に負かされる。

 だから試合のルールで殺しを禁じられているからと、力を制限しようなどとは思わない。殺さないように加減して、打ち負かされては話にならない。

 春原 冬鉄はそう考えていた。相手が誰でも、殺すつもりでかかり、それでちょうどよいであろうと。

 そして春は自分の父親のそんな危うい思考を察知しており、故に絶対に浴衣と父を交戦させるわけにはいかなかった。

 代わりに自分がタイマンすることになったのは、だいぶマズイが。

 春原 冬鉄は油断しない、加減しない、躊躇しない。

 それが息子相手でも、誰が相手でも――全力を尽くして潰しにかかる。

 肩の力を抜けよ、と春は日ごろから言ってはいるものの、聞いたためしは一度もなし。

 本当に、面倒な父親である。羽織とは全く違う意味で、そりが合わない。

 はぁー、と深いため息をはき捨て、春は眼光強く睨みつける。とりあえず話を振る。


「親父とマジでやりあうのはいつぶりだろうな」


 春の一刀目の斬撃。容易く避けられた。冬鉄は後方に跳び退いた。

 距離を置いてくれたのは、浴衣たちが逃げる時間を稼ぐ結果となるでのよいが――なぜ冬鉄は退いた。春なんかに構わず追いかけるかと思ったのだが。

 冬鉄は春の想像とは裏腹に、落ちついたまま問答に付き合ってくれる。


「もう四、五年はお前の剣は見ておらんな」

「はっ、じゃあ約五年ぶん、アンタとの距離は縮まったってことか」

「馬鹿息子めが。距離が縮まった? 広がったの間違いだろうよ。俺は衰えたりはせん、いついつだとて精進している」


 ぐっと拳を握り、その手に具象武具たるメリケンサックをつけ、冬鉄は構える。どこか集中し切れていない息子に余裕そうに嘯く。


「安心しろ、あの娘どもを追いかけるのはお前に仕置きをしてからだ」

「!」

「だから俺が戦線放棄し追いかけるなどと考えずに真っ向勝負に没頭して構わんぞ。そんな乱れた集中ではなくな」

「け、お優しいお父上様だな。後悔すんなよ、ぶった斬ってやる!」

「優しさではない。お前は、全力をもってしても、まだこの父には届かぬと――その現実を教育してやろうというだけだ。ではいくぞ!」

「言ってろ、クソ親父が!」


 春は叫び、全速力で駆け出す。もう面倒事を考えるのはやめ、ただ思い切り刃を振るう。

 接近されると少々面倒。冬鉄は春の実力を過小評価したりはしない。故に近接される前に対処――どん、と冬鉄はすぐ隣に聳え立つ巨木に殴りかかる。その木を媒介に地面に干渉し、己が魂魄の力によって新たなる芽を現出させる。

 春原 冬鉄の魂魄能力“樹木の創成”――草木を創り出し、操って戦う能力。

 にょきりと生えた新芽。異常な速度で成長し、数瞬後には複数の長く強靭なツタへとその姿を変えていた。

 冬鉄の操作により、ツタは春の足元に茂り、そのバランスを崩す。


「っと、その程度!」


 春は余裕の顔で跳躍、剣を振り抜く。地面から襲うツタどもを難なく伐採する。

 春の魂を媒介した刃に、木やツタなどでは容易く両断されてしまう。五行で言えば金剋木の関係だ、真っ向のぶつかり合いなら春に分がある。

 冬鉄だってわかっている。そして春がここで跳び上がることもわかっていた。

 樹木とは違い、成長のない息子にため息ひとつ。

 

「軽々に飛び跳ねるな、餓鬼じゃあるまいに」

「あ?」


 冬鉄の攻撃はツタだけではない。すぐ近くの木にも干渉、育成、操作。枝が不自然に伸び、飛び上がった春に直進する。

 ここは森、周辺には数え切れない木々が犇く空間。辺り一帯全てが冬鉄の手足となる、彼にとっては絶好の戦場だ。

 だが、春だってそれくらいは承知している。

 地面に振り下ろした剣、それが大地に突き立つ。その剣を支点に、春は器用に身体を逸らし、伸びてきた鋭利な枝を避ける。


「ほう」


 少しだけ感心したように冬鉄は声を上げ、すぐに次手に移る。

 地面が揺れた。


「うわっとと、地震かぁ?」


 まるで水面のごとく、大地が大きく揺れて動く。春は咄嗟に足から地面に降り立ち、突き立てたままの剣に体重を預け揺れに耐え忍ぶ。

 軽口を叩いてはいるが、春はなかなかどうして先ほどから慎重に立ち回っていた。なんだかんだいっても冬鉄の強さを理解しているのだ。

 大地の揺れは収まることなく、なお酷くなっていく。地の底から這い上がってくるような地響きは、まるで土の下でなにかが蠢いているかのよう。

 ――土の下で、蠢く?

 春はそこで揺れの正体に気づく。これは地震などではない――これは、木の根の律動だ。

 見得る範囲には無数の木が林立している。ならば地面の中、見えない地中には木の根が縦横無尽と張り巡っているに違いないのだ。それを、冬鉄は操作している。

 だが根を操ってどうするんだ、このあとの攻め方について春が疑問を浮かべていると、冬鉄は獰猛な笑みを浮かべる。


「そら行くぞ、春」

「く――そっ」


 土が吹っ飛んだ。

 まるで龍が身を起こしたように、太く強靭な根が地中からしなって出現する。それも膨大数、囲うように。

 根は鋭い刃と化して春を包むよう突き刺さんと襲う。まるで嵐のように、吹き荒れる刺突の乱打。

 しかも直前まで地面が揺れていたせいで、咄嗟に回避が間に合わない。膝をついた足は、即座には逃避に動けはしない。それすら冬鉄の計算内か。

 ならば斬り伏せる。どんな状況も、計算も、最も信頼するこの剣さえあれば斬り開ける。

 それは春の魂の底から信じた認識。


「だァァァァア!」


 そして魔益師の認識は、現実へと実現する。

 刹那の連撃。

 一斉に襲う木の槍を斬断。裁断。切断。

 斬って斬って斬りまくる。

 だが流石に準備に時間をとっただけあって、根の刃は止め処ない。いくら斬り続けても根は後から後から春を突き刺すべく乱打する。

 負けじと春も斬撃を加速させる。対応し適応し刃を躍らせる。


 ――そして頬をぶち抜かれる。


 ただの拳で。握り締めた岩のような冬鉄の鉄拳で、春を殴り飛ばした。

 根の攻撃に集中させておいて、横合いから不意をついて殴りかかる。したたかな手だ。

 互いが近しい者同士。

 癖や戦法などは熟知している。だから相手の行動をある程度読めるのだ。事実、小手調べの段階では、互いに互いの行動を大まかに読みとって行動していた。その読み合いを制するために、冬鉄は予期できても回避できない方策に打って出たのである。

 予期できないとは、つまり近接戦に利のある春に向かって、奇襲とはいえ拳をぶち当てに行ったということ。先ほどから春が近寄ることを阻止しながら攻めていた冬鉄なのに、一瞬で翻して急接近したのだ。根の束に押されていたこともあって、予測はできず、回避も防御も――できなかった。

 

「ふん、馬鹿息子が――せめて魔益師として能力を使っていればまだマシだったろうに、なぜ制限するのだ? わけがわからん」


 殴り飛ばされ、近くの大樹に叩きつけられた春を一瞥し、冬鉄は心底理解不能といった風体で吐き捨てた。

 くだらぬ意地に固執し全力で戦おうとしない――冬鉄は冬鉄で、春のことを理解できないでいた。そりが合わないと感じていた。

 剣士であるという自負など捨てて、魂魄能力を使ってさえいれば、勝負はわからなかったかもしれない。冬鉄はそう思っていたのだ。

 だが。


「ばぁか……オレに(こいつ)以外の武器があるもんかよ。オレは魔益師じゃねぇ、剣士なんだからな……」


 春は、それを否と言う。

 己が魂にかけて、否と言う。

 春原 春は剣士であって、剣士でしかない。それは魂に刻み込んだ誓約。誰にも汚されない、否定させない、春の決意なのだ。

 冬鉄は春の言葉に特に心動かされることもなく、ただ平静に気絶していなかった事実にだけ触れる。


「なんだ、まだ意識が残っていたか。確かに成長したらしい。五年前なら今の一撃でお前は死んでいた」


 冬鉄の具象武具はメリケンサック。拳による打撃を強化する原始的な武器である。

 能力による樹木だけでなく、その拳まで冬鉄にとっては強力な武器として途轍もない破壊力を有していた。

 その威力は、下手をすれば傍系の二条家の一撃に匹敵しかねない。それほど鍛え上げた膂力は力強く、纏う魔益は巨大、練り上げた具象武具は堅固なのである。

 春は震える足に渇をいれ、木を支えに立ち上がる。剣をぎゅっと握りしめる。


「まだ、だ。オレは……まだ、負けちゃいねぇ」

「阿呆、負けておるわ」

「うるせぇ! まだ剣を握ってるんだ――だったらまだ負けじゃねぇ!」

「ふん、たわ言を。では、その剣を手放せ」


 春が立ち上がる支えにした木がうごめく。歪む。幹からぐにゃりと竹のようにしなり、次の瞬間には元に戻る。いや、その修正力の勢い余って、曲がった方とは逆側に――春に、反動の全てが叩きつけられる。

 春を叩いた反動で、また木は逆側にしなり――再び元に戻る。春を叩きつける。まるでシーソーのように叩いて戻って叩いて戻ってを繰り返す。繰り返す。繰り返す。

 その繰り返しは、春が力尽きて剣を手放すその瞬間まで続いた。

 生死の確認を後回しで、剣を手放させることだけに注力したのだ、この男は。


「さて、生きておるかな?」


 今更にそんなことを言う。しかもあくまで自身は反撃を恐れて近寄らず、樹木や草木を通して確認をとる。

 ――心臓は動いている。呼吸は残っている。まだ、生きている。


「運のいい奴だ。いや? この場合は俺の運がいいのか?」


 どうでもいいことを呟きながら、冬鉄はくるりと身を反転する。

 春との決着はついた。きつ過ぎるほどの仕置きは施した――では、本命を追いかけよう。条家十門を、打倒しよう。

 周囲の木々は全て冬鉄の味方、浴衣たちの行き先は梢が教えてくれる。冬鉄は迷いない歩調で追跡を開始した。






 ――そして、残された春は。


「ちく……しょっ。ちくっ、しょ……」


 身体中ボロボロのまま、ただ必死に手を伸ばす。指を動かす。

 呼吸するだけで軋む。筋繊維一本の稼動だけで痛みが滲む。ただ生きてるだけで辛くて仕様がない。

 倒れふし、もう戦えるわけもない身で、それでも――魂は折れず、剣も折れたわけではない。

 剣へ、手を、伸ばす。


「へへ……オレは、負けて……ねぇぞ……くそ、おや、じ……」


 春は剣に触れ、握り――最後の意地だけ言葉にして、気絶して暗闇に落ちた。















 どーでもいいキャラ紹介


 樹木将軍――春原 冬鉄


 魂魄能力:“樹木の創成”

 具象武具:メリケンサック

 役割認識:拳士

 能力内容:樹木を創成し、操る。彼は認識により、自身で創成していない通常の木でさえ操ることができる。

 その他:春の父。“黒羽”第四支部支部長。春からはウッドマン将軍と呼ばれ、からかわれている。だがその実力は本物で、“黒羽”最高クラスの強者。

     



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