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第六十九話 強者









 ぞわ。

 と、リクスはなにかとんでもない悪寒を感じ取った。背骨が氷柱に変質したかのごとき悪寒に、思わず立ち止まって警戒を強化する。

 なにかとても嫌なものが接近してい――


「浴衣ちゃーん!」

「きゃっ」

「!?」


 瞬間、浴衣は敵に抱きしめられていた。

 リクスの反応速度を超えて、先に確保された。

 まずい、と急ぎ手を伸ばすが――


「また会えたね! いやぁ、やっぱ運命感じるなぁ! 赤い糸が確実にオレたちを繋げてるよ!」

「春さん!? あなたもこの戦いに参加していたんですか?」


 手が止まる。どうやら知り合いらしい。いや、そういえばよくよく思い返せばリクスにも見覚えがある。

 確か、父と羽織の騒動の時に見た“黒羽”の魔益師……名を春原 春と言ったか。

 春は何故だか自信満々の様子でにっと笑みを刻んでみせる。


「勿論オレも参加してるさ。“黒羽”の大半は強制参加だし、なにより羽織のクソをぶっ飛ばせるまたとないチャンスだからな」

「そっ、そうですか……」


 困った笑みを浮かべて、浴衣は曖昧に頷く。

 春が羽織を嫌っているのは知っているが、だからと言って倒すと宣言されて嬉しい顔にはなれない浴衣である。浴衣にとっては、羽織は大切な人なのだから。

 だからこそ春が羽織を嫌うのだが――浴衣本人はそんなことは気づきもしない。

 不意に抱きしめている春を、リクスは強引にでも浴衣から剥がす。


「リクスちゃん?」

「一応、敵。警戒はする」


 不思議がる浴衣に、リクスはまさしく正論を厳しめに伝える。

 そこに反発するのは浴衣ではなく春。剣を引き抜きリクスに敵意を向ける。


「なんだてめえ。“黒羽”か? 浴衣ちゃん狙いか、お?」

「違いますよ。リクスちゃんはわたしの友達です。戦えないわたしを守ってくれてるんです」


 慌てて浴衣が訂正にはいる。羽織の時のように喧嘩をはじめられては困るのだ。できればみんな仲良くして欲しい。浴衣の切なる願いだった。

 すると、春はなんだと剣を引く。浴衣の言葉への信頼度が極めて高いのである。というか、以前、敵に回っている最中のリクスの姿は見たはずなのに、既に忘れ去っているのはどうなのだろう。まあ、その記憶力のなさは今はよい方向に向いたが。面倒な説明を省けた。

 春は剣をおろし、労うようにリクスの肩をぽんぽん叩く。


「そうか、よくやったぞ。じゃ、これからはオレが守ってあげるよ浴衣ちゃん」

「えっ、いえ、そのぅ……春さんは“黒羽”の魔益師じゃないですか。わたしは敵ですよ?」

「そんな些細かつどうでもいい区別なんざ知ったことじゃないんだよ。オレはオレのしたいようにする」

「身勝手……」


 なんだか誰かみたいな横暴に、リクスは呆れてひっそりとため息を吐く。

 そんな身勝手好き勝手な春にも、浴衣は誠心誠意真面目に首を振る。春の立場が悪くなるのを懸念しているのだ。


「だめですよ、そんなことしたら春さんが“黒羽”の人から恨まれちゃいます」

「浴衣ちゃんのためならそんなの屁でもないさ、なんならもう“黒羽”抜けてもいいし!」


 浴衣の配慮の甲斐なく、清清しく裏切り発言をかます。春の笑みに一点の曇りも見受けられはしなかった。

 本気で言っているのである。本当に小さなことを考えられない性分なのだろう。

 だが、それを遮る声が横合いから降ってくる。


「――おいこら、春。なにを勝手に阿呆なことを言っている」

「げ、やべ。親父と来てるんだった……っ」

「春さんの、お父様?」


 林を割って現れたのは巨躯の男。筋肉質で外面から膂力を判然できるような、武人風な雰囲気をかもす、そんな魔益師である。

 今度こそ敵かとリクスは浴衣を背に庇い、いつでも具象化できるように構える。具象化しないのは、逃走も選択肢にあるから。流石に強化された筋肉であっても、巨大銃砲を持ったまま走ることは難しいのである。

 リクスの即応に、その隙のない所作に、男は小さく感嘆の声を上げる。


「ふん? 条家の者か、女にしてはよい反応をしている。

 先に名乗っておこう。俺の名は春原 冬鉄とうてつ――“黒羽”第四支部支部長だ」

「通称、ウッドマン将軍」


 ぼそりと春が付け加えるが、冬鉄は否定を叫ぶ。


「それはお前が勝手にそう触れ回っているだけだろうが」

「いやぁ、よく表してるじゃん。あんたの魂魄能力“樹木の創成”をさ」

「……」


 リクスは抜け目なく聞き知る。冬鉄の能力を。

 おそらくは、春がこちらに情報を渡してくれているのだろう。そして気を引いてくれている。先ほどの発言通り、“黒羽”を平然と裏切るらしい。

 リクスは会話する親子を細目で眺めつつもじりじりと、浴衣とともにゆっくりと足を退いていく。このまま隙を見て上手く逃げおおせることができればベスト――

 ――地面が爆ぜた。


「!?」


 咄嗟にリクスは浴衣を抱えて跳び退く。地面から生え伸びる尖鋭樹木を避ける。

 一瞬前に能力を知りえてなければ串刺しだった――リクスは冷や汗をかく。


「ほう、今のタイミングで回避できるか。だが、次はどうする?」

「……っ」


 今はえた木はさらにどんどん成長していき、すぐに巨木となって――切断される。

 春原 春が自分の媒介武具の大剣でもって斬り倒したのだ。そのまま冬鉄に向かって文句を叫ぶ。


「こら親父なにやってやがる!」

「決まっている。敵を見つけたから打倒している。お前こそなにをする、せっかく育った俺の木を斬り倒しおって」

「馬鹿! やめろ! 浴衣ちゃんに手をだすな!」

「親に向かって馬鹿とはなんだ――ん。浴衣?」


 なにかを思い出したかのように、冬鉄を一旦手をとめ思案にふけりだす。

 この機に全力で逃げるか攻めにかかるかとも考えたが、隙を晒しているようで、まったく隙がない。リクスをして、どちらを選んでも返り討ちにあう未来しか想定できない。

 春原 冬鉄――相当の実力者だ。

 そんなリクスの分析も知らず、冬鉄は気楽そうに手を叩く。


「おお、思い出した。お前が第百支部に戻りたいと喚いた原因の少女か。条家の者だったのか……」

「そーだよ! だから浴衣ちゃんに手を出すな! もしもそれでも浴衣ちゃんを攻撃しようってんなら、親父でも許さねぇぞ!」

「阿呆。個人の感情のために動いて、この試合に勝てるか。“黒羽”という組織の命運を賭けているのだぞ、忘れたのか」

「知るか。“黒羽”なんざ解体しようが、オレには関係ねぇ」

「餓鬼が、四大機関の一角が落ちることの意味がわからぬか! この戦い、我らに負けは許されん!」

「どうでもいいって言ってんだろ!」

「古き力はもう老いた。世の均衡を保つためには誰かが成り代わる必要があるのだ!」


 どれだけ言い争っても、互いの意見は平行線。交わることはどうしたってありえない。

 春は面倒臭くなって対話による解決をさっさと諦めた。短気な男なのである。


「あーもう、聞き分けねぇクソ親父だな!」


 言いながら、春は大剣を自身の父親に向ける。

 冬鉄は、静かに静かに問う。


「……本気か、春?」

「はっ、本気も本気、マジ本気だよ。オレは“黒羽”と条家の間の喧嘩なんざ知ったこっちゃねえ。浴衣ちゃんがいて、それを倒そうとする親父がいた。そんなのどっちにつくか決まりきってるだろうが」

「なんだあの娘に惚れておるのか、春」

「だったらなんだボケ!」

「親に向かってその口のききかたは許せんな。よかろう、お前に先に仕置きをくれてやる」

「あぁ、上等だ。やってみやがれ!」


 強気に言い放ち、それからくるりと首だけ振り返る。

 にっこりと浴衣に笑いかける。


「浴衣ちゃん、ここはオレが引き受けるから、君は逃げな」

「えっ。でも、春さん!」


 言わせない。春は遮るように今度はリクスに言う。


「そこの金髪、浴衣ちゃんをしっかり守れよ」

「わかっている」

「ん、じゃ、逃げろ」


 告げ、春は冬鉄に向かって斬りかかる。

 頷き、リクスは浴衣を抱えて駆け出した。















「春さんは、大丈夫でしょうか……」


 どれだけか走り、走り、唐突に抱えられたままの浴衣が口を開いた。既に遠くに離れてしまった春を案じているようだ。

 リクスは足を止めることなく、少し低い声で自身の予測を述べる。


「たぶん、大丈夫ではない」

「えっ」

「あの春原 春という彼、おそらく私よりも強い――そしてあの春原 冬鉄という男は、その春原 春よりもさらにずっと強い」

「そっ、それじゃあ春さんは!」

「自身の敗北も折込済みで、先に行かせた」


 春ほどの実力者が、彼我の戦力差に気づかないはずはない。まして父親だ、強さを把握していないとは考えられない。

 だというのに、ひとりで残った。負けることを自覚しながらも、浴衣を守るために。


「そんな……っ」

「身内同士、そこまで酷いことにはならないと思う」

「っ」


 やっぱり引き返しましょう。浴衣は言い掛けて、それはどうにか呑みこんだ。

 これは“黒羽”との戦いで、ある意味では生存競争。奇しくも冬鉄が言ったとおり、負けは許されない。

 戦闘参加者が少ない条家十門としては、自分でさえ負けてしまっただけでも組織的には大損失となるのだ。

 感情的になってはいけない。感情的になっては――


「羽織と、他の者と合流してから、助けにいけばいい」

「――えっ」


 リクスの言葉に、浴衣は目を見開いて驚く。

 言葉を継げないでいると、リクスは今度は問いかけに言葉を変えて言う。


「助けたいんでしょう?」

「それは……はい。春さんも、わたしの友達です。友達を助けるのは当然です」

「だったら、助ければいい。私は浴衣の――とっ、友達だから、その手助けくらいする」


 リクスは自発的に言っておきながら、物凄く恥ずかしそうに赤面した。

 自然と浴衣の表情は笑みをかたどっていて、愛らしくも頼もしい友人に応える。


「はいっ。お願いしますね、リクスちゃん」

「じゃあ、急ぐ。羽織との合流地点はもうすぐ」


 リクスはさらに加速し、木々の緑に吸い込まれるように消え去った。

 









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