幕間(条家当主)
更新遅れて申し訳ありません。
「ふう、まったく……本気なのですか、お三方」
「ワシは逃げるつもりはない。迎え撃つ」
「八条は盾、誰かが戦うならば、盾が逃げることはできんのでごわす」
「わたくしも、みなにここにて治癒を確約いたしましたので、移動するのは心苦しく思います」
六条の何度目かの問いかけに、二条も八条も静乃も、同じ返答だけを繰り返す。
強い魔益師は意志が強い。基本的に自分の考えを曲げることはない。
条家十門当主ともあろう古強者が、こうも言い張ったのなら改めさせるのは骨が折れる。そして、そんな面倒をかけている暇に刻限が訪れる。
まったく、もう数分もしないうちに、ここに“黒羽”の大軍が押し寄せてくるというのに……。
六条はため息を吐きたい気分にかられた。特に自重の必要性も見当たらないので、ため息は吐いておく。
六条の魂魄能力“遠方の知覚”は、具象武具たる書物を読み解くことであらゆる情報を距離に関係なく収集することのできるものである。
これによりこの戦争試合の相手、“黒羽”の行動について大体を読んでいた。読み解いていた。
現状、“黒羽”機関には大本たる作戦のようなものは、ない。
各支部に任せた、ある意味で放置しきった体制である。“黒羽”総帥は、特になにかを命令したり策したりはしていないのだ。
この状況下で百以上もある支部は、だいたい三つの行動を選択していた。
ひとつは、特に統率もなく、自由に暴れまわっている者たち。これは数による利はないが、少数精鋭での攻めであるからこそ動きが読みづらく奇襲が容易、遊撃性において厄介となる。
またひとつはこの試合のルールにおいて最も簡単に済ませられる要項――すなわち敵の長の敗退を狙い、一条を数で叩こうという者たち。これは一条ひとりに支部が連携して襲い掛かるというもので、確かに理にかなっている。しかし一条の強さからして返り討ちにあうと予測でき、六条にとっては問題のないグループでもあるとも言える。
そして最後のひとつは、まずは当主のうちで戦闘力をもたない者から狩っていこうとする者たち。今、問題視しているのはこのグループだ。
戦闘力のない当主――それは六条と九条のことだ。“黒羽”にも条家の六条のように、索敵や探索に向く魔益師がいるだろうから、見つけ出されるのも当然である。
六条は自分が発見されたことさえ知覚し、そして発見と同時にこちらに向かい来る大軍も察知した。
その数、千人少々。およそ十の支部がまとめてこちらに向かっているのだ。
六条は冷静に書物から得た情報をもって、ともにいた二条と八条と九条にここから離脱することを提案したのだが――全員に拒否されたのだった。
それぞれの言い分はこうである。
「ワシらは条家十門、逃げも隠れもせん。千だろうが、万だろうが、敵わないとは思わんしな」
と二条。
「二条殿や九条殿を守るためにここに残ったのだから、その彼らをおいてはいけないのでごわす」
と八条。
「傷ついた者はわたくしのもとへと、確かに言いました。そのわたくしが移動しては、傷ついた誰かが指針を失い倒れてしまう可能性がありましょう。それに、二条様と八条様がいます。戦ごとで引けをとるとは思えません、きっと勝ってくれますでしょう」
と九条。
そして六条は再度ため息をついた。
わからなくもない三人の理屈だが、合理的な彼には納得しづらいのである。
もっと確実で、楽な手はいくらでもあろうに。いちいち真っ向勝負という手間のかかる手法に打って出る。
戦闘者というのは、なんとも度し難い。九条の場合は、まあ彼女個人の性質の問題だが。
「仕方がありませんね」
とはいえ六条はその戦闘者たちを支える立場の魔益師。なればこそ、彼らの意は尊重しようと思う。
尊重し、補強し、補填する。そう、これだって自分の役割だ。
「せめて援護を頼める当主に連絡をとりましょう」
携帯電話をとりだし、六条は素早く操作。誰に電話をかけるかの逡巡は僅か。事態はあまり時間的余裕はないし、なにより彼なら絶対に援護してくれる。
呼び出しの機械音が途切れる。六条は落ち着き払い口を開く。
「――五条ですか? 私です」
『……どうした』
短く答えるのは五条家当主。
今もどこかで誰かを狙っている狙撃手である。もしかしたら、五条はこの電話のさいに六条のいる付近を眺めているのかもしれない。
六条も六条で五条の位置は能力で把握しているので、見上げるようにして言葉を送る。
「現在、私たちの所在地は見えていますね? こちらに敵軍が迫っているのですが、その敵数が随分と多数、二条と八条だけでは荷が重いでしょう。援護をお願いできますか?」
『……了解した』
特に多くの言葉を必要とせず、五条は了承だけを伝えて電話を切った。
寡黙で優秀な男だ、この返答は上々の感触である。これで五条はどこぞの木の上から、こちらにのみ意識を集中してくれるだろう。
これでひとり目。あともうひとりくらいは助けが欲しいところだが――どうだろうか。六条は書物の具象武具を開き、ページをめくる。現在のこの森の状況を詳細に描いたページを開く。そこに記号のように記載された条家十門当主の位置、こちらに迫る“黒羽”の大軍を指でなぞり、距離を測る。この距離感で援護として間に合う当主は――
「やはり彼しかいませんね」
呟いて、また携帯を操作。着信をいれる。
コール、コール、コール。
長いコール、不意に途切れた。不思議そうな男の声が、代わりに耳に届く。
『んあ? 音が途切れた……? え、あれ? これでいんだっけ? それとも電話切れちまったのか? おーいっ、聞こえてる? 電話繋がってる? わっかんね。だから機械とかは苦手だぜ』
「繋がっていますよ、四条」
『お、聞こえた。六条か』
携帯電話すらもっていなかった四条であるが、今回の広域戦闘に際しては流石に他の当主たちがもたせていた。それが早速役に立った。
六条は手短に四条の興味をひき、こちらに急いでもらう単語を考え、すぐに口からだす。
「こちらに“黒羽”の大軍が向かっています。四条も援護に――」
『任せろ、四十秒で行く!』
言うや否やさっきまでおぼつかなかったはずの携帯電話の操作をし、通話を打ち切る四条。六条はやや半眼になって数秒ほど電話を眺めてから、ため息とともに懐にしまい込んだ。
なにはともあれ、これでこちらの戦力は二条、四条、五条、八条となった。自身と九条は足手まといであるが、それくらいはどうにかできるメンツである。
さて
「九条、私たちは少し離れていましょう」
「そうですね、お邪魔してはいけませんから」
静乃は微笑んで頷いた。
円形の空白地帯において、向かい来る敵とは逆側の隅に移動しておく。大した意味もない気休めかもしれないが、こちらには八条がいる。
彼がいるのなら、戦闘の余波や流れ弾の心配すらいらない。
六条は気負いもせずに書物の具象武具で“黒羽”の進軍を眺め、九条はのほほんと顔に手をおいて傍観していた。
そして十数分が過ぎ――六条は突如、鋭い声を上げる。
「来ます、みな油断なきよう」
直後に襲来するのは、巨大剣。
「!」
「これは……っ!?」
巨大、超巨大、超超巨大――大きいの規模が違い過ぎる。その銀色の鋼は実に、“高層ビルと同じほどの長さ”をしていた。
デカイ。いくらなんでもデカ過ぎる。アホなくらいなでっかさだ。
そんな超超巨大な剣が、いきなり森の木々から突き抜け出現したのだ。流石の条家十門当主でさえも困惑と当惑が最初にくる。
次に敵の強襲かと当主たちが正常に判断したが、それとビルの傾倒、いや剣の振り下ろしは同時であった。
重々しい威圧とともに空気を裂いて巨人の刃は小さき人々を押し潰さんと地へと向かう。
大きさから言って、その質量は桁違い。圧力は甚大無辺。重力まで手伝って当主たちに降りかかる破壊は既に災害クラスであろう。
全てを潰し、全てを壊し、全てを均す。
まさに――
「――“山神斬断”!」
誰か――巨剣を振りぬいた魔益師か――が叫んだ通りに、山を住まう神ごと斬断する一撃!
四人の当主は、それでも揺れぬ。
しかも、前に出るのは八条ひとり。六条と九条はもちろん、二条でさえ動かずにただなりゆきを眺めるだけ。
まるで諦めてしまったよう。まるで圧倒的な破壊を前に諦観し、死を覚悟してしまったよう。
――まるで違う。
ただ単純に知っていた。彼にとって、八条家当主にとって、
「この程度では――」
圧!
振り下ろされた太刀は爆発に等しい轟音を響かせ、空間ごと激しく振動させる。あらゆるものを圧壊する。
地球よ割れよとばかりの容赦なき斬撃。大地を砕き、木々を薙ぎ、山を崩す――地形を変形させかねない途轍もない一撃。
それを、
「――雑魚でごわす」
それをなんと、たったひとりの人間が押しとどめた。両手でもって刃の落下を阻止し、停止させて見せたのだ。
頑強とか、そんなレベルの話ではない。耐久力に優れるとか、防御力が高いとか、そのような些細な問題ではありない。
なんだそれは。なんだこれは。山をも断つ刃を、ただの一個の人の身で受け止め、受け切り、倒れない。
このデタラメな耐久性、まさに不落不壊の盾――八条、八条家当主の真価!
「二条殿!」
「わかっておる!」
叫びに応じて割り込んでくるのは二条。
八条には攻撃能力は一切ないのだから、攻めを請け負うは条家十門で最大の攻撃力を保有する二条だ。
二条当主は跳躍し、拳を引いて、突き出す。単調かつシンプルな動作でもって、大剣目掛けて一撃必倒!
それは巨剣に比すれば小さく些細な拳。特に脅威とは思えない雑なパンチ。だが、その威力は強大膨大、条家十門最強の一撃である。いかな弩級のサイズを誇る巨剣といえど、強い魂の具象武具といえど、容易く砕く。打ち砕く。
ぴしりとヒビが走る。二条の拳が突き刺さった箇所から亀裂が瞬く間に広がり、やがてその亀裂が剣の全身に侵食し――高層ビルの長大さは破砕され、千千の欠片となって消えた。
「戦闘開始、ですね」
ガラスのように舞い落ちる剣の破片の風流さ――殺傷力のないほどに粉々――に目を細めつつ、六条は囁くように呟く。
それが森から大人数の“黒羽”魔益師の突入に対する彼の唯一の感想であった。
それは――はじめ虫眼鏡のように見えた。
持ち手があって、その先に平たい円形がくっついている。その円形には五円玉のように真ん中にさらに丸い穴が開いている。ただ穴は五円玉のそれよりもずっとずっと大きく、枠の部分面積が随分小さい。
本当に虫眼鏡のようであるが、しかし肝心のレンズがない。穴の部分が空白だ。ではこれはなんだろう。
和服姿の男は、その枠の具象武具を口元に添え――ふうと吐息を吹きかける。すると、枠から飛び出るのは透明な泡。いや違う、シャボン玉だ。
シャボン液もないのに、枠はシャボン玉を作って見せたのだ。
シャボン玉はふわふわと中空を漂い、風に急かされ静乃のもとへと運ばれていく。
彼女の具象武具は拳銃だった。
なんの変哲もないハンドガンである。しかしその拳銃は具象武具だけあって本物のそれを凌駕した性能を誇る。
特に、拳銃を具象武具とする彼女には拳銃に対する知識がほとんどなかった。皆無ではないだけで、ほぼ無知と言っていい。そのため本物の常識を覆した銃撃を平然となす。
引き金を引くと、物凄い速度で銃弾が直線的に放たれる。そんな感じに認識している。リロードの概念も知らないので必要がない。撃鉄や安全装置もわからないので端からない。弾切れは理屈として理解できるが、どう補填するのか知らないので勝手に内部で精製されると変に納得している。
そんなある意味では恐るべき、またある意味では阿呆で胡散臭い銃弾が、六条に向けて放たれた。
風を引き裂いて突き進む手斧。
高速で回転し、空気を引き千切るようにして前へと飛来していく。
そしてその表現は、比喩でもなんでもない。
この手斧の具象武具を扱う魔益師の魂魄能力は“空気の呼吸”。周囲の空気を吸い、吐く手斧なのである。
もちろん無機物で魂の具象である手斧がするそれが、生きるためにおこなう呼吸であるはずはない。その呼吸の規模は人間や動物たちとは桁が違う。狭い空間なら空気を吸い込み、素早く敵を酸欠に陥れることもできる。このように開放的空間であっても、空気――空気抵抗さえも、この能力は吸い込む。これは魔益師の認識問題で左右される部分であろうが、この魔益師は空気抵抗を空気と認識し、具象武具から吸い込むことができた。それにより投げ出された手斧の飛来速度は減速なく加速だけを重ねることとなる。
さらには、吸い込んだ空気は手斧が敵にぶつかった瞬間に吐き出される。斧の内部で圧縮に圧縮を重ねて吸い込み続けた空気が一瞬で炸裂するのだ、それは爆撃のような一撃を生み出す。
その一撃は、高速で六条と静乃のちょうど中間点へと飛行する。
この他にも多数多様な遠距離攻撃を得意とする魔益師たちの攻撃が、初っ端から六条と静乃を狙い撃った。
爆撃、斬撃、銃撃、狙撃、雷撃。音波、吹き矢、衝撃波。石ころから九ミリ弾に至るまで、ありとあらゆる攻撃が一挙に叩き込まれる。その苛烈さに爆煙と土煙が舞い上がり、集中砲火を浴びたであろう二名がどうなったか、即座には視認できなかった。
煙が立ち込める中、正直やりすぎたと大半の“黒羽”勢は感じ、殺害のルール違反に触れてしまったのではと心配せずにはいられない。それほどの火力であった。
弱い奴から先に狙い、戦力を落とす。定石であるし、“黒羽”の者たちの選択は正しいのだろう。どう考えても非戦闘員の二名がくらって無事な攻撃ではなかった。
だが、それはこの場において当てはまらない。
この場、八条が立つ場において――彼の背に守られた者を先んじて倒すなど、不可能だ。
実に二百十四の遠距離攻撃が立て続けに六条と静乃に牙を剥いて、しかし彼らに害を与えたものはひとつとして存在しない。
「ばっ……ばかな……」
爆煙と土煙が晴れ、“黒羽”の魔益師たちは気づく。気づいてしまう。
「そんな馬鹿なっ!」
全ての攻撃を受け切り受け止めた八条の存在に。
二百を超える魔益師の総攻撃をくらって、未だ健在。当然、狙ったはずの六条も静乃も無傷で佇んでいて、戦慄を隠さずにはいられない。ふたりの無傷は、つまり八条が全ての攻撃を一撃さえ余さずその身に請け負ったということなのだから。
驚愕による硬直――間髪いれずに降り注ぐ矢の豪雨。
五条の助勢だ。
きっかりと、今しがた六条と静乃を狙い遠距離攻撃を放った者全てを射抜いて仕留める。
いくら八条でも、遠距離攻撃を連打されては少しくらいは流れ弾が発生する可能性も極小ではあれ存在した。八条の呆れるような頑強性に驚愕があり、その手を僅かでも止めたのが失点。その隙を突いて五条が割って入ったのである。
些細といえどリスクは先に摘んでおく。五条も周到な性格をしているものだ。
その間にも、近接戦闘を得手とする者たちは嵐のような雄叫びを響かせ進軍してくる。
連なる足音はもはや地鳴り、多勢一斉の進行はいわば津波。
その軍勢に臆せず立ちはだかるは二条。そして――
「間ァに合った! 危ねェ、危ねェ」
「では、片付けるぞ、四条」
「おうよ!」
ギリギリで駆けつけた四条である。その唖然とするほど素早い登場にも当然のように二条は応える。どこにいようと、喧嘩と聞いて四条が遅れるはずがないと知っているのだ。
掛け合いの直後には四条が消え、二条は大地を殴りつけた。
どがんと景気の良い打撃音を高らか鳴らし、たった一撃で大地を崩落させる。“黒羽”の足音が地鳴りならば、こちらは地割れ。一撃は地を震撼させ、広域にまで裂け目を刻み、果ては土を吹き飛ばす。抉り掘る。
出来上がったのは深く広い穴――もはやクレーターである。たった一撃が隕石落下のよう、まるでバトル漫画の所業だ。なんとも馬鹿げていて、荒唐無稽はなはだしい。
大幅に抉れた大地、そこを足場としていた“黒羽”の者たちは自然、踏みしめるものをなくして落下。大軍を丸ごと叩き落す。
すぐに二条も自身でつくった大穴に降り立ち、構える。
「ゆくぞ小僧ども」
間断なく告げ、足裏を強化。ロケットのように跳躍し、多勢に向かって突貫する。
その直線状の者どもを問答無用の突撃だけでぶっ飛ばし、吹っ飛ばし、軍勢の内部にひとり入り込む。
中心に立つ。
「お前さんたち、もうこの穴からださんぞ」
囲まれているのは己だというのに。数の不利は己だというのに。
その言葉は傲岸不遜で、なにより自信に満ち溢れていた。
強者の格をにおわせる態度に、かえるのは反論と糾弾。
「なっ、なにが条家十門だ! そんなメッキにおれは負けないぞ!」
「この数の差でどう戦うというのだ」
「脅せば竦むと思うなよ!」
“黒羽”の者たちにも意地や誇りはある。
負けたくないと思い、己への自負だってあり、勝てると信じて戦っている。
だから退かない。たとえ二条家当主という強大相手でも、食らいつく覚悟くらいならある。
「よい威勢だ。だったら烏合の衆ども、ワシを倒してみせい! 条家十門二条家当主を、倒してみせい!」
二条は言い放ち、拳を固めて躍り出る。
数の不利に臆すことなく、全方位敵しか存在しない現状に怯みもせず、真っ向から堂々と叩き潰す。
「はァーはっはっはっはっはァ!」
二条の穿った巨穴、その一角にて四条は笑う。
流石、二条の旦那だ。こうして戦うしかない空間を作り出して敵に真っ向勝負を強制するとは。
とてもとても面白いじゃないか。
四条は抑えきれない高揚を、声とだして大口あける。
「あー、でもこれは流石に敵多すぎだな」
それに、穴が深く広いといっても、所詮は一撃で作った穴。限度がある。
通常戦闘には支障はなかろうが、四条のような戦闘スタイルには少々物足りない。というか行動を制限されて戦力が割と低下しかねない。
また、数が多いのをいいことに穴から抜け出ようとする者だってチラホラ見受けられる。そいつらもできれば叩き落したいという思いが、四条にはあった。
こんな楽しい舞台から逃げるヤツが気に入らないのである。
「んん、どうしたもんかなー。下手に油断して前みたいなことになったら、他のヤツらもうるせぇだろうしなー」
四条には珍しく唸るほど思案をして――しつつも、実は足は動いていて走り回ってかく乱と、時には蹴りをいれたりもしている。本人にとっては戦闘ではなく、ただ考え中にペン回しをしているような感覚だが。
「ち、しゃーねぇなぁ――ちょっとはマジにやるかぁ」
なんて、やる気の感じさせない声でぼやいて、急ブレーキ。脈絡なく足が止まる。
四条はわざわざ敵の視線が集まるように声をあげる。
「よぉ、おれは四条家当主だ! お前ら全員、おれがぶっとばしてやっからよ、覚悟しとけよー! じゃ、いくぞー、しっかり構えろぉい!」
先にこうでも言っておかないと、誰も気づかず一方的にハッ倒しまうのである――四条がマジになって駆けると。喧嘩好きとしては抵抗がないのは寂しいので、親切にもあらかじめ告げておく。真面目にやるんだから、これくらいは勘弁してほしい。
とはいえ攻撃がくるとわかっていても、応ぜられる者が一体どれだけいるのかは不明だが。
不意に、常時浮かべていた好戦的な表情が死に、
「さァて――おれについて来れるかな?」
底冷えするほどの無表情を最後に、四条は消えた。
――もうこの穴からださん。
二条はそう言ったが、流石に頭から二条との交戦を避けて穴から逃れる者も存在した。自己の実力を把握している者や、真っ向勝負を馬鹿にしている者、あくまで非戦闘員を狙おうとする者たちである。四条が端から叩き落しているが、それでもやはり数が多い。運よく逃げ延びることに成功した者も少なからずいた。
それに、もとから穴を穿った瞬間に回避していたり、飛行系統の能力保持者である者は落ちてすらいない。
半数、とまではいかないが相当数の残党。
「…………」
五条はそれを無言で射抜き続ける。
空を飛んでいる者を撃ち落し、回避に成功し安堵する者を狙撃し、やっとの思いで這い上がった者を撃ち沈める。
まあ、穴のほうは二条と四条がなんとかするだろうから、自分は後はこれだけやっていれば文句あるまい。そんな思いを浮かべつつ、機械的に淡々と弓をつがえる。
本当ならどんな混戦であれ、どれほど密集していても、狙った獲物のみを五条は撃ち抜くことができる。
たとえば、二条がバッタバッタと物をどけるように“黒羽”の魔益師たちを薙ぎ払っている状況下にでも。
たとえば、四条が視認不可能なほどの速度で慌てふためく敵を蹴散らし続けている阿鼻叫喚の風景にでも。
割り込んで敵だけを選出し、狙撃することはできる。それくらいの腕前はある。
だがやらない。
面倒だし、無粋だし、そもそも必要がない。
あの二名が立つ戦場において、援護が必要とは到底思えないのである。
というわけで、とりあえず逃げた者への追撃だけやっていればいい。
五条は気楽であった。
ところ変わって、森深くのある地点。
一条はひとりでぼんやりと座していた。気を抜いたように、木々の合間から青空を眺めていた。
それは戦闘を終えて、一息ついている風情である。
少し付近を見渡せば――“黒羽”の魔益師たちが数え切れないほどに倒れていた。そこかしこに、死屍累々と。そのくせ樹木草花は無傷で風に吹かれていて、なんとも不自然な戦場である。
ソウルケージの戦闘不能者処理班の者だけがせっせと倒れた者たちを運び、介抱している。介抱していると気づくのだが、気絶している者たちは本当に気絶しているだけで、それ以上に無駄な外傷はないのである。
手加減している――第三者であるソウルケージの者だからこそ、その事実に容易に気づけた。
と。
「来たか……」
一条は刀を持ち、立ち上がる。
あらかじめ六条に聞いていた――三度ほど軍勢の襲撃があると。
一条を狙い徒党を組んだグループが三つあると。
第一弾は既にまとめて片付けたので、残るは二組。そのため気を緩めているように見えて、内実では警戒を怠ってはいなかった。
一条が立ち上がるのに気づくと、働いていたソウルケージの者たちが慌てて退散していく。一条の戦いを観戦するのはいいが、巻き込まれては洒落にならない。
「さて」
ソウルケージの者が去り、一条と気絶した“黒羽”の魔益師、それに木々のざわめきだけがあとに残る。
大勢で大挙してやってくるのだ、その接近に気づけぬはずがない。そして森は静かで、見える周囲に敵影はなし。
だというのに、一条は自身の感知能力を信じて抜刀――能力行使“斬撃の結果”。
「いくぞ」
そして、数百メートル先に姿を消していた“黒羽”の魔益師は叩き斬られた。
とたんにその周囲に数百人ほどの軍勢が突如として現れる――一条が斬ったのは、姿を消す能力者で、その能力を広範囲にまで使用していたらしい。
それを既に看破していた一条に驚愕はなく、ただ静かに相対するのみ。
「先に言っておくが加減はできん――痛み恐れる程度の覚悟ならば、退け」
告げた警告に、返ってくるのはあらゆる能力による攻撃。
流石にそんな忠告を聞く者はいない。それを返事と受け取り一条は刀を握る。
――反撃の斬撃は、襲い来る全てを叩き落して斬り裂いていた。
「え……?」
誰の呟きか。不明のまま大半の“黒羽”魔益師は第二波の斬撃に倒れることとなる。
速過ぎる。そして同時に多過ぎる。
なにせ一条がやったのは単純明快――能力を連続で発動しただけに過ぎないのだ。
どれだけの速度で連続発動すれば数百人の攻撃を一度に斬り落とせるというのか。しかも速度が速くほぼ同時に斬撃を放ったというなら、なんという手数の多さだろうか。敵の一手に百手で返している。
どうにか防ぐ、避ける、凌ぐことのできた少数の実力者たちも、三手目には沈む。
なにせ数百人分に分散していた斬撃が、その少数にのみ向けて放たれるのだ。一撃はどうにか生き延びた者たちでも、その数十倍の物量が襲ってきたら一溜まりもない。
そして一条は何事もなかったかのように、また腰を下ろした。
戦闘所要時間――四十七秒。
撃破した敵の数――六百八十二名。
一条は、それでも本気をだしていなかった。
どことも知れぬ、なんともわからぬ、暗闇の立ち込めた空間が、そこには広がっていた。
暗く、黒く、しかし何故か視覚は確かにそこに在るモノを捉えることができるという不思議。
見える闇、とでも言えばいいのか。それとも透明な黒か。
なににせよどうしても矛盾を生じてしまう言葉でしか語れない、そのような場所だ。
ここは人々が住まう世界の存在する空間とはまた異なった、別空間。捻れ歪んだ亜空間。切り取られた小部屋。
そんな暗黒にひとり漂うのは七条家当主。
そう、ここは彼女がその魂魄能力“空間の隔離”にて創りだした、隔離された空間なのである。
「…………」
科学的物理的ないかな手段でも到達しえないその場所にて、七条は通常空間と小さく繋いだ窓から戦争を俯瞰していた。
その冷めた瞳はまるで観察しているよう。遠く隔絶した高みから覗く、神のごとき静謐とした目である。
七条はこの試合において、開始直後からこうして傍観し続けていた。
戦闘行為はおこなわず、ただじっと戦いを眺め続けていた。開戦の際に語った言葉が嘘であったように非戦の体である。
さりとて敵数くらいは減らしていたが。
適当に歩いていた“黒羽”の魔益師を捕縛しなにもない空間――七条本人がいる空間とはまた別に隔離した空間――に放り込んでいるのである。事実上はこれで戦闘への参加が不可能となり、脱落である。言ってみれば神隠しのようなものか。
空間のささやかな濁り、微細な歪みを察知できない程度の者を刈り取ってはいるのである。
戦闘はおこなわず、けれど敵は減らす。まあ戦闘特化とは言えない七条には最善と言えるのかもしれないが――戦争に参加している、という雰囲気ではない。
もっと先を見据えているかのよう。もっと強い敵を見越しているかのよう。
七条は、結局このまま亜空間に終戦まで留まり続けたのだった。
条家と黒羽の大合戦――戦争試合開始から既に二時間ほどが経過していた。
当初はそこかしこ数多に展開されていた大小様々な規模の戦闘が順次決着していき、喧騒は随分と収まりだしていた。
しかしこれはこの祭りの失速を意味しない。この静けさはつまるところ雑魚が淘汰され、強者が機を窺っているということに他ならない。嵐の前の、静けさに過ぎない。
“黒羽”の魔益師たちは、条家十門の噂に違わぬ豪傑ぶりを目の当たりにして、ようやく本気で警戒を引き締める。
条家十門の魔益師たちは、ひたすら戦い続けたことによる疲労に気づき、やや戦闘に消極的になって体力を管理しておく。
両者わかっていた。
おそらく――この静寂が崩された時にこそ、この戦争の決着はつくと。雑魚のない戦場にて、強者と強者が刃を交えることで、雌雄が決すると。
現在、“黒羽”機関の残存戦力――六千二百八十四人。
条家十門の残存戦力――二十二人。
――そして戦争は終結に向かう。
どーでもいいキャラ紹介
山断つ巨撃――東郷 和也
魂魄能力:“刀身の肥大”
具象武具:大剣
役割認識:剣士
能力内容:自身の武具を肥大させる。巨大化したそのサイズはビルに匹敵する。
その他:実は彼は自身の能力の性質上、それを全力で行使したことがなかった。そのため、今回はじめて全力を出し尽くすことができて満足したらしい。
しかしそれにしてもデカ過ぎ。本人さえビックリしたとか。
溶けゆく泡沫――木島 幽裏
魂魄能力:“吐息の酸化”
具象武具:シャボン玉の枠
役割認識:なし
能力内容:吐いた吐息を枠に通すことで強い酸を作る。作った酸の状態はある程度、決めることができ液状でも可能。
その他:和服着てる。
無知なる凶器――和柿 椎佳
魂魄能力:“弾丸の操作”
具象武具:拳銃
役割認識:射手
能力内容:撃った弾丸を操作する。具象武具以外にも、実物の銃を撃った場合でも操作は可能。ただし“始点の限定”があるため媒介技法でも使わなければ意味はないが。
特殊技能:曲解
その他:曲解について――武具や能力について実物の知識を持たないがために実際のそれとは食い違った現象、性能、状態となってしまう認識。彼女の場合はよい方向に向いたが、普通はマイナスに働くことのほうが多い。
深呼吸する戦斧――赤沢 潤
魂魄能力:“空気の呼吸”
具象武具:手斧
役割認識:なし
能力内容:具象武具である手斧が空気を吸い、吐き出す。密閉された空間でなら、空気を吸い続け敵を酸欠に持ち込むことができるが、自分も気をつけなければ酸欠になる。また空気を吸い続けて斧の内部に圧縮し溜め込むこともでき、それを一気に解放することで空気の爆弾を作ることも可能。
その他:呼吸するくらいだし、笑ったりしないかなー。とか自分の武具に対して謎の期待を寄せている人。
輝き彩る光化学――束 縁
魂魄能力:“光の制御”
具象武具:羽衣
役割認識:なし
能力内容:光を操る。今回は光を屈折させて姿を消していた。ただし視覚的にしか隠れてはいなかったので、一条にはあえなく看破されてしまう。
その他:科学者。戦闘は専門外であるが、その能力は応用力が高く強い。
“黒羽”第百支部支部長――蘇芳 成行
魂魄能力:不明
具象武具:不明
役割認識:不明
能力内容:不明
その他:実は一条にやられた数百人の中にいた。……というか、覚えている人はいるのだろうか。