第七話 助っ人
総会の決定で、加瀬 雫という個人に九条家は全面的に協力することとなった。
雫は何度もお礼を述べたが、静乃は変わらない笑みで礼を言うようなことじゃないと言った。
そして。
「なんっっっで、おれがこんなガキの面倒みなきゃなんねーんだよ!」
唯一、不満たらたらの羽織はいつまでも駄々をこねるように叫んでいた。
羽織は雫に協力して、魔害物討伐に向かうことが決定したのだ。
発案者は誰と言われれば……ひとりしかいまい。
「羽織ならできるでしょう? がんばってくださいね」
最強の笑顔で、主はそう言ったものだった。羽織は、もうなにも抵抗ができなくなる。
それでもせめてもの反抗とばかりに、文句叫びまくりの羽織。をさておいて、静乃はまずは雫に謝罪した。
「申し訳ありません。わたくしたちの領分は治癒でして、九条の名を持ち戦える者は随分と少なく、いま戦力面で協力できそうなのは、羽織くらいなのです」
「なっ、謝る必要なんてありませんよっ。充分感謝しています、私は!」
「そうですか? でも、協力させてと言っておいて、羽織しか戦力になれないのは心苦しいわ。
はぁ、せめて一刀と八坂が任務から帰っていれば……」
「いえ、本当に! 羽織だけでもすごく助かりますからっ!」
実際、羽織のことなど一切信用も期待もしちゃいないが、静乃に悲しい表情をされるほうが雫には困るのだった。
必死な取り繕いの成果か、静乃は曇っていた顔色を少しだけ戻し、そうね、と頷く。
「羽織はやればできる子ですから、きっと大丈夫ですね」
「はいっ!」
このまま乗り切る、雫は高速で首肯していた。
しかし。
そうなると、雫と羽織のたったふたりであの魔害物と戦うことになる。正直な話、雫は勝てる気がしなかった。羽織を戦力と数えていいのかも怪しいし、仮に戦ってくれたとして、強いとはあまり思えなかったのだ。だからと言ってこれ以上の協力を求めるのも心苦しい、雫の心中は複雑である。
「ああ、そうです」
ぱん、と。
思索の迷宮から雫を引きずりだすような清廉なかしわ手が響く。
唐突に静乃がふわりと笑って手を打ち鳴らしたようだった。その仕草表情は、なにやら青空のように晴れている。
「思い出しました。ひとり、戦力になれる方がいました」
「え?」
「誰か、二条 条さんを呼んできてくれるかしら?」
はっ、と傍に控えた羽織とは別の使用人が静乃の命を受け、早足でどこぞへと去っていった。というか使用人が複数、なんの違和感もなく屋敷にはいた。どうでもいいポイントの時々において、平凡雫から見れば、条家は金持ちだと感心させられるのであった。
思考がそれた。
まあともかく、雫にはよくわからないが戦力がプラスされるようだ。
嬉しいような、心苦しさが増したような、相反する感情ばかり浮かぶ雫であった。
しかし――二条?
疑問を口に出すより先に、羽織が血相変えて止めに入る。
「いけません、九条様! 条はこの屋敷の護衛役。奴がいないところをこの屋敷が狙われてはあなたがっ!」
「いいのですよ。屋敷が狙われたためしなどありませんし、長くもならないでしょう。そもそも、これはわたくしの不手際なのですから」
「しかしっ!」
主のことという応用的になると必死になる、基本的には最悪な羽織だった。
だが、一度決めたことを曲げないとばかりに、静乃は断固として首を横に振る。
「もう決めました。条さんの手をお借りします」
「…………」
なにやら決断したような静乃と口を閉ざす羽織。
であったが、横でひとり話についていけない雫は疑問符を溢れさせていた。交わされている言葉の意味が見えてこない。何故、二条がでてきて。何故、手を借りることが困るのだろうか。
このままの調子で話が進行されると雫だけ取り残されることが予期される。なので解説を要求するように羽織に視線を定めて問う。
「おい、羽織、どういうことだ? なにを言っている?」
「……条家ってのはな、別に十門全部が戦闘特化ってわけじゃねえんだ。たとえば、この九条家はさきほど九条様の言った通り治癒を生業としている、戦闘力なんてねえ。まあ、一部例外はいるが、それは今はどうでもいい。
で、そうなってくると、この九条家は敵に襲われればひとたまりもないわけだ。だから、戦闘特化の他の条家の者が、非戦闘的な条家の屋敷に居候する、ってことに七年前になったんだよ。
そして、現在この九条家に護衛として居候している者はひとり――二条家直系、二条 条だ」
羽織の解説が終わった。そんなちょうどいいタイミングで、フスマの向こうから声がかかる。
「お呼びでしょうか、九条様」
「ああ、条さんね。入ってください、頼みごとがあるのです」
「それでは失礼します」
ガラリ、とフスマを開け、部屋に入ってきたのは――なんとなく強そうな男だった。
すらりとした長身の青年。年のころは雫よりも少々、上だろうか。髪は短く純黒で、洒落っ気はあまりない。しかし戦闘者特有の硬質な雰囲気が彼の精悍な顔立ちを際立たせ、そんなものは不要だと誰もが思う。
彼こそが、この九条家に居候する護衛役、二条家直系――二条 条、その人だった。
条は頭を下げ入室し、すぐに話を始める。
「頼みごと、とはなんでしょうか、九条様」
「それがですね、こちらの加瀬さんの手伝いをしてほしいんです」
微笑んだまま静乃が雫を手のひらで示す。条は雫を観察するように僅かに眺めると、あぁと思い至ったらしい。
「手伝い――彼女が武器持ちの魔害物と戦ったという退魔師ですか」
「そうです。それで、彼女はその魔害物の討伐をなさるので、その手伝いを、わたくしはしたいのです。ですが、わたくしは戦うことなどできません。ですからわたくしの代わりに、条さんにお願いしたいのです」
神妙に、静乃は自分の我が侭に頭を下げた。
これが押し付けの優しさだと、静乃は理解していた。別に雫が頼んできたわけでもないし、この頼みは条を危険に晒すということにもなる。
ともすれば両人に迷惑な頼みごとということだ。それをわかっていても、静乃は自分勝手を貫きたかった。きっとそうしないと、雫が無事では済まないだろうと直感するがため。
傲慢なまでの好意。強引なまでの善意。そういったものを、勝手気ままに振り回す女――それが九条 静乃の浮かべる自己像である。
「お願いします」
ただひとことには万感の思いが、下げた頭には計り知れない重みが。
きっとあった。
それを受け止めるように、条はひとつ頷いて
「いいですよ」
「って、おい!」
軽く了承しやがった。軽すぎる条の態度に、羽織が不満を叫び散らす。
「九条様の嘆願に対してその軽さはなんか赦せねえ!
って、じゃなくてお前は仮にも九条家の護衛だろうが! つまりはこの家から離れるのは不味いってことだろうが! なに普通に了承してんだよ、ふざけんな!」
「九条様がそう仰るのだ、俺に是非はない」
「嘘だろテメエ! 単に暇だからだろ!」
「……そんなこと、ないぞ?」
つぃー、と条は目をそらす。
第三者の雫からでも思った。
誤魔化すの下手すぎ!
というか、暇だからという理由で戦闘に赴くというのか。一体、どんな思考回路しているのだ。雫は外野ながら呆れてしまう。
と。
「まあ! 手伝ってくれるのですね、条さん」
ワンテンポどころか、スリーテンポほど遅れて静乃が嬉しそうにそう言った。
おっとりとしている上に、羽織の反論は丸ごと気にしていなかった。
眩い笑みに、一瞬口ごもるも、羽織は必死になって声を大にする。
「……っ。いえ! ほんと! マジで! せめて一刀や八坂がいるのならばマシですが、今この屋敷での戦力は条だけです。外出はダメでしょう!」
条の適当さと静乃の独特のペースに、もはや敬語すら崩れ、それでもともかく静乃を抑えようと健気なまでに叫ぶ。
彼は確かに使用人であった。
とはいえ主は使用人の話を聞いてくれるタイプではなかった。全く持って、羽織の発言は素通りされる。
「勿論、条さんが断れば無理強いする気はありませんでしたけど……」
「俺はやってもいいですよー」
「と、条さんが仰るなら、お言葉に甘えてもよいかな、と」
「いえ、それでもダメでしょう!」
いや違う。
悪いのは適当過ぎる二条 条に他ならなかった。
二条 条は外見とは正反対に、毎回毎回ことあるごとに適当な言動と態度で場を引っ掻き回す厄介な男なのだ。
その厄介さが、静乃のお人よしさ加減と化学反応をおこすことで、羽織としては大惨事である。
条は言う。
「護衛といっても、襲ってくるような輩は俺が護衛を始めてから一度もありません。そのせいで、ずっと暇だったんですよ、俺」
「言った! 今、暇って自分で認めた! ほら! 九条様、暇つぶしで戦うとか、それはダメでしょう! 不謹慎という言葉がこの世にはあってですね!」
「あら? 条さん、暇だなんて仰りましたか?」
「いえ全く」
「ぅがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲しき慟哭が屋敷に響き渡る。
雫でさえ、その慟哭には同情が芽生えるほどの悲痛さ――というか不憫さであった。
羽織は完全に相手にされていなかった。
話し合いとは、互いが互いの伝えたいことを伝え、それを理解しようとするための行為だ。一切の理解が示されないのなら話し合いなど意味がない。
だからこれは話し合いなどではなく、どちらかが妥協するまで続く根気の比べ合いである。
ともかく自分の意見を述べ、他の意見には耳を塞ぐ。そうすることで相手が諦めるのを待ち続ける。そういう低次元な行為である。そうなってくると妥協が成立するまでは、この不毛な会話は終わらないわけで、ならば妥協をすべきは……自分だろう。
羽織はもうため息を吐き出すようにして、諦観の極致といった風情で首肯する。
「……わかった……わかりましたよ……わかりましたと言えばいいんでしょうが! 満足ですか、九条様!?」
「ええ、ありがとうございます」
パァと静乃の表情が輝き、それが素直な感情表記だとわかる。
ここでそのような煌いた笑顔――あぁもうこの人には絶対に勝てないと、羽織は毎度のごとく感じた。
けれども勝てずとも、羽織は負け方をどうにかマシにはしておく。
「しかし、あまり屋敷から長い間、条を離れさせるわけにもいきません。条が手伝うのは、短時間だけとします。いいですね?」
「わかりました、お願いしますね」
「条も、それでいいな」
「……まぁ、いいけどよ」
とりあえず最悪の展開だけは回避して、羽織は重くため息を吐いた。