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第六十七話 複数

 戦ってばっかですね。







「ふ――ん」


 ちょん、とつま先で跳び、八雲(やくも)は己が魂の結晶を振るう。

 ショートソード――短剣よりは長かろうが、間合いで言えば雫の刀にやや劣る。

 故に跳びかかる八雲は大胆。潜り込むように雫の懐へ。


「っ」


 一足で迫る八雲が間合いに入った、その瞬間に雫は腕を霞ませる。錬鉄の刃でもって返り討ちに――

 くん、と八雲の身体は蛇のように沈みこむ。膝を曲げ、腰を落とし、背を折り、首を下げる。立ち姿では雫を越す身長の八雲が、今や雫の股を通れるほどにまで身を下げている。


「んなっ!」


 およそ女子からぬ声を上げ、雫は唖然と空振る。

 なんという肉体の精密制御か。移動中――跳躍にも近い全力疾走中でここまで身体を縮められるなど、驚きを通り越して呆れ返る。

 ――無論に、雫にそのような暇はない。


「くっ」


 八雲はふぉ、と風を裂くではなく、風に刃を乗せるような感覚でショートソードを振り上げる。

 掬い上げる斬撃に、雫は防御の術をもたない。ならばかわす。

 一戦前の敵の動作を思い出す――無駄撃ちした刀の勢いに全身を乗せるイメージ。右に思い切り刀を振り切った――だから脱力し、刀に引き摺られるように全身を右へ。

 

「すげっ」


 結局、第一幕の剣劇は、雫の左肩を掠っただけで互いにほぼ無傷と終わる。

 雫は右へかわしたまま、さらに跳んで距離を置く。間合いを離す。

 それに追撃の気配もなく、八雲は手を叩く。剣を持っていて高らかには響かないが、それは賞賛の拍手。流石に今の攻撃がこうも軽微で済むとは思っておらず喝采をあげる。


「お前、すごいな。それさっきの幾島のオッサンのテクだろ? ひと目見ただけでよくもまあ、そんなトンデモ体術使いこなせるな」

「それはこちらの台詞だ、よくもそこまで人間という身体を巧く駆動できるものだ、敵ながら感心する」

「へ、お互い様ってことかい。ちょっと面白くなってきたな、やっぱ名ァ名乗れよ、女! お前ほどの奴の名を知らずにやりあうなんて、つまんねェじゃんよ!」


 一瞬の逡巡。だが雫はその真っ直ぐさに破顔で応えた。


「――私の名は雫、ただの退魔師――加瀬 雫だ。ただし他言はしてくれるなよ!」


 すると八雲も堪えきれないほどの笑みを破裂させる。


「確約してやるよ。俺が名、八雲の名に! “黒羽”第二十四支部支部長――織部 八雲の名に懸けてな!」


 名乗りあったことで、ふたりは打ち解けあったように微笑んで――剣劇の第二幕を開く。


「ぅら」

「破ッ」


 今度は同時。

 地を蹴り、空気を引き裂いて、いざ尋常に敵元へ。

 やはり今回もリーチに優位をもつ雫の攻めが先んじた。それも、間合いに入る以前に。


「?」


 届くはずのない位置で横一閃の斬撃一振り。

 咄嗟には行動の不可解に得心をもてない八雲に、


「――っ」


 無色透明の風刃が迫る。

 慌ててまた身を屈めようとするも、断念。


「ち」


 とりやめたか、雫の落胆が舌打ちとでる。

 八雲は看破していた。雫が振るった刀は横薙ぎ――だが、襲う風刃は縦斬りであると。

 雫の魂魄能力は“風の制御”。このくらいの芸当は可能だ。

 とはいえ、初対面の八雲は能力のことを知る由もない。それでも看破してのけたのだから、それだけ強者ということはわかる。

 だから、


「っぅうらぁァァア!」


 やはり、八雲は風の一太刀を避けてきた。それは予測の範囲内。

 予測して――次撃へ繋ぐ。


「斬り、裂け!」


 この時、雫自身はさらに前へと踏み込んでいた。風の太刀を放ってそのまま駆けていた。回避直後を狙い、追撃の白刃を閃かせる。

 八雲はここでクイと“指を不自然に折り曲げる”。


「!!」


 弩級の警戒音が脳内に響く。

 なにが危険か畳み掛けろ――別方向の楽観にして焦燥の声を握りつぶし、雫は転がるようにしてその場から逃れる。

 その直後。


 ――主なくショートソードが後方から飛来してきた。


 なんだそれ。

 雫は受け身をとりながら目を見開く。

 が、八雲にとっては予定調和らしく、自分めがけて直進する剣を無造作にキャッチする。そこで雫は気付くが、飛んできたショートソード、それは八雲が既に持つ剣と完全に同一のそれだった。


「具象武具が、ふたつ?」

「あー、いやいや」


 雫の疑問符に答えず、八雲は剣を持った手で頭を乱暴に掻く。


「面白いよ、加瀬。思った以上にずっと面白い――まさか今の不意討ち、今のタイミング、今の決定的場面で、躱すとか。面白い、面白ぇって」


 どうやら必殺――殺すつもりは、ルール上なかっただろうが――を凌がれて、かなり気落ちしているらしい。

 まあ、当の雫とて回避できた自分に驚愕の坩堝である。客観的に見る八雲からしてはそれどころではないのかもしれない。

 八雲は気を取り直し、右の剣先で雫を指す。


「でも、今の一幕でわかったぞ。加瀬、お前の能力は“風の操作”か――それ以上だろ?

 攻撃は斬撃を飛ばしたとかじゃなく、刀の揺らした風を操った。だから刀を横に振ったのに飛んできた斬撃は縦だった。そんで俺の攻撃は、風の微妙な波紋かなんかを感じ取ったってところか」

「……」


 沈黙は雄弁な答え。

 雫はわかっていたが、誤魔化すのは得意でないので、口を開いたほうが墓穴を掘ると判じた。

 とはいえ無言を通しても追求は連続するだろう。だから、逆に問いを発することでそれ以上の追求を避ける方策にでることにした。

 だが、およそ問い詰めてもはぐらかされるだろう。まあ敵の問いに誠心誠意返答する者は普通いない。

 ならば、と雫は不意を突くように一撃目に核心的な言葉を投げかける。


「確か……“複数武具”、という奴か」

「……へぇん、その名をよく知ってるな、博識だ」


 知っている、という程でもない。

 以前、条が口にしていたのをたまたま覚えていただけに過ぎない。

 だが、名を覚えていてよかった。八雲はこちらが複数武具について知りえていると勘違いをしてくれた。知っているのなら隠す必要はないと思ったのだろう、口が軽くなる。


「増殖剣インクリアスという」

「――なに?」

「名前だよ、名前」

「武具に、名を? まさかそれで武具認識の強化を?」

「そうだよ、名は体を表すって言うだろう?」


 インクリアス――Increase。

 増える、増殖するという意味を持つ単語。


「馬鹿な……名をつけた程度で、認識が強化されるものか」

「バカはそっちだ。魔益師の認識なんてのは個人差アリアリの、流動的極まる曖昧オボロゲなものだろう? 俺が俺の認識でもって強化されるとしたのだから、されるのさ」

「――」


 魔益師は 強い者ほど 我が強い。

 そんな五七五な洒落が昔から言われている通りに、八雲は我の強く、魔益師として強い男であった。

 ――少しだけ、羽織を連想するな。

 雫は苦笑して、


「であれば、まさか当初は複数武具などではなかったということか」

「そうだよ。最初は剣一本の身ひとつさ。だが、俺が能力は――ぁあ、もうバレてると思うからぶっちゃけるが、俺の魂魄能力は“武具の戦舞”という。武具が踊るように泳ぐように担い手無く中空で舞い遊ぶ」


 誰が握るでもなく空中で斬りかかってくる剣。それで、先ほどは雫の後ろをとったのか。


「だがよぉ、この能力、剣が一本じゃああんまし使い道ないと思わないか?」

「それは……」


 確かに、そうだろう。

 もしも剣一本でその能力を使えば、八雲は徒手空拳となってしまう。それでは近距離に詰められてまずい、かといって能力を使わないのでは意味がない。


「だから俺は、この能力には先があると思った。もっと強くすることができると思った」


 普通ならそこで造形師に武具を依頼して徒手を改善するとか、素手でも戦えるように鍛えるとか、能力で浮遊した剣で近接戦ができるように戦術を練るとか、そういう思考に行きつくものだろうが――八雲は違った。

 八雲はこの現状を自分の実力不足と考えたのだ。

 足りないのを、余所から補うのは簡単だ。だが、それは自分の不足を放置しそのままにしているだけなのではないか。己の完成に辿りついていないのに、勝手に終点を早合点しているだけなのではないか。

 この武具には――まだ先があるんじゃないのか。

 些細だが、戦士として重大な問い――今の己は完成か、途上か。成長の見込みはあるのか、改善の余地は残っているのか。

 そうした問いと、その返答の連続。己はまだ途上、成長も改善もまだまだ無限にある――こう思うことが八雲を強くした。


「それで名付けによる、複数武具化か」


 おう、と八雲は鷹揚に頷く。


「ま、名前をつける程度じゃあ全然だめで、色々と頑張らせてもらったよ。こうまで形になるには数年を要した」

「だが成した」


 雫は慄いて目を細める。

 後天的に己が能力を変質させた――なんという才気か。

 魔益師として、戦士として、八雲は疑うまでもなく強者であった。

 雫は刀を強く握り締め、短く目を瞑る。

 ――落ち着けと呪文のように胸中で呟く。大丈夫だと暗示のように胸中で囁く。

 目を開く。そして、なにより訊いておかねばならぬことを、声が震えぬよう慎重に問う。


「……それで、何本まで増やすことに成功した?」

「今の俺にできる複数は百が限度だ――だから“百剣(ひゃっけん)”なんて呼ばれることもあるな。けど、いずれこれをもっと増やして、俺は総帥の座をとる」

「な――!」


 百! 想定した数字と桁が違う!

 せいぜい十や二十がいいところ、下手をすれば十本未満と考えていた。それを軽く凌駕する武具の数に、雫は冷や汗をかいて一歩足を後ろにしていた。

 だが魔益師にとって気圧されるというのは随分まずい。

 雫は後ずさったことを自覚すると、すぐに歯を食いしばって前に一歩でる。強気な言葉を形作る。


「流石は“黒羽”、野心家が多いようだな……」

「はっ、男として生まれてトップを目指さねえ奴なんざいない。違うな、逆か、目指さねえのは男じゃない――そして俺は男なのさ」


 最高に最高な笑顔を浮かべ、八雲は断言した。

 その理屈だと羽織は男ではなくなるので、割と同調したくなる雫であったが――そんな益体ないことを思案している猶予はない。

 八雲は両手にもった刃を前方にかざして、笑みの質を変える。会話を切り上げ、戦闘に立ち返る。


「さぁて能力もぶっちゃけたし、これで出し惜しみはなしだ」

「っ!?」


 八雲は手にもつショートソード二本を空へと放り投げる。すると投げられた剣の軌跡からまた別の剣が生まれ、増え、増殖する。

 増えて、増えて、増えて――投げた剣が頂点に達し中空で停止した頃には、膨大数のショートソードが八雲の頭上に停止していた。


「散開」


 ひとことで総ての剣群を指揮する。その姿は楽団の指揮者か。ショートソードの群れはくるくると回転しだし、その場からゆっくりと移動しだす。

 ぐるんぐるんぐるん。

 回転する刃の風切る音が、少しずつ鋭くなっていくのがわかる。それはつまり、回転速度が増しているということ。


「……」


 じり、と雫は数歩後退しようとするも、既に後方にも回転する刃が配置されており、その足を止めた。

 結局は陣形が完成するまで、雫は黙って見ているしか手がなかった。

 陣形――雫を中心に円形に刃が設置されており、無論に頭上にまで手は及んでいる。逃げ道も生き残る道もなし。

 やばい状況。それでも雫は余裕っぽく言う。


「これで百本なのか?」

「あー、いや九十九本だけだ、故にこの陣の名を“九十九(つくも)の檻”という。残る一本は――」


 無手の八雲は虚空を掴むと、武装していた。最後の懐剣を握り締めていた。


「これで俺の増殖できる複数武具の全部だ」

「正直で、正々堂々だな」

「ははっ、卑怯に勝ってなにが楽しいんだよ」


 誰かに聞かせてやりたい言葉だった。


「しかし名前つきの技までを披露してくれるとはな」

「舐めてかかった侘びだよ。言ったろ――出し惜しみはなしだ」


 いくぞ! 獣の咆哮と牙たる刃の射出は同時。

 しゅん、と矢のごとく放たれた刃金は視界的情報に六本、気配とかまだ完全とはいえない風の情報から約十三本を知覚。

 囲うように放たれた刃が、僅かずつズレて自身に着弾することを悟り雫は顔をゆがめる。

 ――集団をひとりで相手どる時に重要なこととは。

 まあ、今回敵対するは刃の軍勢であり、集団とは少々趣が異なるが――重要事項はきっと同じ。

 すなわちが敵を群と捉えるか、個と捉えるかである。

 群と捉える――つまりが敵個々人の個性を認め、別々の存在として対処するか。

 個と捉える――つまりが敵一群の個性を否定し、ひとつのシステムとして対処するか。

 前者であれば定数を超えると処理能力のパンクをおこし、忙殺されていくだろう。

 だが後者であれば、敵を巨大な一とするために、擬似的な一対一で構えることができる。

 無論に集団を敵とする雫は後者となるべく立ち回り、集団で戦う八雲は前者とするべく心がける。

 そして、この一撃は圧倒的に八雲の思惑が先んじた。


「くっ!」


 一斉攻撃のほうがまだ回避のしようがあった。こうバラけて攻められると、回避してもその回避直後に刃が迫る。狙いをわざと甘くしているのも地味にうざい。

 雫は必死になって身体を逸らし、曲げ、揺らす。

 そのついでに刀も動き風を作るので、回避と迎撃は同時に行う。

 風の流れが四のショートソードの軌道をズラす。雫の柔軟にして軽やかな舞が残る刃も掠ることなくかわす。

 八雲は少しも動揺せずに笑った。いかにも楽しそうに。


「なんだよ踊るのか加瀬!」

「ああ、誰より華麗に軽やかに踊ってやるさ! 見惚れるなよ、八雲!」

「惚れさせてみな!」


 射出、射出、射出。

 九十九の刃がまるで九十九の弓に射られた矢のように雫を襲う。しかも放つタイミングは全てバラバラ、狙いもやはり甘くしてあり精密な立ち回りさえ危険だ。全弾必中を期すなど、一動作で避けられるのだと熟知しているのだ。

 それを雫が回避し続ける。踊るように舞うように、刃を相手にダンスを続ける。風のレーダーを作動させ、回避に徹し、反撃の機会を放棄し、それでようやくどうにか大きなダメージを負わずにいられる。

 だが、言わずもがな――ジリ貧だ。

 このままの拮抗を続け、根競べとなった時、八雲はヤケになって刃の射出を粗くするか? それとも業を煮やして自ら刃を振りかぶってくるか?

 ――ありえない。雫はそう断ずる。

 八雲ならこのまま一時間でも十時間でも持久戦を維持し、雫の体力切れか緊張の糸が切れるのを待つ。それが最も安全で確実な勝利の方策なのだから。八雲は目先の勝ちに戦法を見誤るような未熟ではない。

 だから打開は、相手の油断ではなく――自分であみ出さなければならない。

 雫は声を張る。気勢を飛ばす。


「――なあ、八雲! お前、一騎当千という言葉を知っているか?」

「あ? そりゃ一で千を倒せる強者だろ」


 戦闘真っ最中だというのに、律儀に返答する八雲。雫は微苦笑を浮かべた。


「ああ、だから私は今それになろう――百をも踏み潰す千と同義の一刀の冴え、刮目して見よ!」

「へ」


 自己暗示による速成瞬時の認識強化――大技か!

 八雲は瞬く間にそう判断し、散らばる己が魂の結晶どもを集う。雫もさらに声量を一段上げる。


「集結!」

「わざわざくるくると回して、無用心だぞ――」


 周囲で回転する刃、それが副次的に作る空気の揺れ。一本の風は緩くとも、その風は波紋のように空気中を響き渡り、そして響いた他の波がぶつかり、ぶつかり、ぶつかり、反響しあうことでまた揺れが膨らむ。九十九の刃が旋回する度に空は乱れ荒れ、相乗効果で風は増幅を続けていた。

 ――その風が逃げないように、雫は周辺一体に風のドームを敷いていた。無論にそこまで強力なものではない、薄く脆く儚いそれは原子一個を遮ることもできやしない。ただし、風だけは逃さない。これはいわば風を喰らう円陣。

 八雲が檻を形成した時点から、雫は回避に身を費やしておきながら、魂では時間をかけて檻さえ囲む円を編み上げていたのだ。

 外部の風の強奪――それの昇華技。

 八雲の檻を見て即興で思いついた変則技、風の強奪を空間的に行う風喰らう結界!


「集え風の子、舞え風の刃、貫け風の一閃!」

「百剣収束――盾となれ!」


 キン――と鉄のこすれ合う音が鳴り、轟――と風が吼える声が叫ばれた。

 続く物凄い衝撃、八雲に殴りかかる大自然の風の槌。


「ぐっ、ぅぅう!」


 強烈な向かい風。

 言ってしまえばそれだけのものだが、その強烈さ加減が常軌を逸している。集まった風が絶大すぎて、もはや甚大なハリケーンを相手取っている気分だ。

 辺りの木々を吹き飛ばし、大地を抉り、鉄を砕かんと吹き荒ぶ風。破壊に従事する風の猛威は、人など容易く踏み潰す。

 その圧力を受け止めるのは、密集密着し盾となった百本の剣。“黒羽”支部長の地位に立つ男の魂の具現。

 ぎしぎしと耐え忍ぶ百本の剣が軋み声を上げる。みしみしと耐え忍ぶ百本の剣が断末魔の声を上げる。

 なんという威力。

 百剣が残らず薙ぎ倒されそうだ。魂ごと吹き飛ばされそうだ。

 だがそれがどうした。


「俺は負けねぇ、折れねぇ、諦めねぇ!」


 雄たけびは、確かに八雲の刃たちに活力を与えた。

 風に押され、風に圧され、風に膝をつかされ――そこで耐える。耐える。耐える。

 負けでなければいくらでも不様をさらして構わない。泥にまみれても、最後に勝てばそれでいい。

 八雲は決意を胸に、絶対にこの暴風をこらえ切ることを誓い――


「!」


 落ちる影――上か!


 それに気付けたのは奇跡のような偶然。耐え忍ぶ体勢をとって、少しでも刃の支えにでもなればいいと頭を下向け押し当てていたから。

 咄嗟、八雲は収束された剣の束から一本を引き抜き上方に構えて静止。

 直後、鳴り響く甲高い金属音。ぶつかり合う刃金。儚く迸る美しい火花。


「複数武具は、武具を分散してるせいで強度が下がると考えたのだが――」


 雫が、その魂の刀でもって斬りかかってきたのだ。

 正面から風を吹かせ、八雲に防御姿勢をとらせる。そこへの盾を跳び越えて奇襲。なんとも滅茶苦茶な手を使う。あの大技を牽制にするなんて、馬鹿げている。

 だからこそ不意をつけるはずが、今回は八雲にツキがあったらしい。雫は不満げだ。


「ふむ、気絶していないということは、一本も折れていない――強度はそのままということか。渾身だったのだがな」

「阿呆。強度は下がってるし、二、三十くらいはやられたわ。ただ複数武具は全部で一だから、強度と同じく武具破壊のリバウンドも百分の一なんだよ」

「そうなのか。しかしならば二、三十ほどのリバウンドは受けたわけだな」

「ああ――」


 ツ、と八雲の口からは一筋の血が滴る。


「そりゃあもう、痛くてたまらん」


 その痛みは、既に引いていることに気付く。核たる雫を失い、風がやんだようだ。

 それならばと、さらに収束された束から一本のショートソードが走る。鍔競ったまま背後から斬りかかり、挟み撃つ。雫は背後からくるそれを避けるようにその場から――


「おっと逃がさんぜ」

「っ」


 がきん、とまた別のショートソードが踊り、鍔競る刀の上から押さえつける。

 上から押さえつけられ、下から押し上げられ――上下を剣に押さえ込まれ、刀を握る雫は身動きができない、


「まだまだ!」


 こともない。

 雫は瞬時に具象解除。刃の囲いから逃れて、横っ跳び。勢い任せの跳ね方だったのでややバランスを崩し、転がるような姿となったが、当人は気にせずとかく距離を置くことに専念する。

 その退く段で攻め立てることもできたろうに、八雲はそれを見送った。ただ、賞賛のひとことだけを送る。


「っは、いい判断」

「褒めている場合か?」


 雫は再度具象化、口の端を少しだけ吊り上げて笑う。


「追い討ちをしなかったこと、悔いても遅いぞ?」

「……再具象化、早ぇなぁ」

「それだけが取り柄だからな」


 互いに驚いてはいるが、それを表にださない。

 素晴らしい体術。百の具象武具。莫大な風の奔流。想定外の奇襲。奇襲を防いでの反撃。高速過ぎる再具象化。

 あぁ……まさかここまでのツワモノとは――


「思ってなかったぞ」

「思ってなかったぜ」


 同時に放たれた言葉に、ふたりは一瞬だけキョトンとして――すぐに獣のように笑いあう。


「楽しいなぁ、加瀬。楽しいよ」

「ああ、そうだな。私もなんだか凄く楽しい」


 まるで子供のように、ふたりは無邪気だった。

 戦いという遊戯を通じてお互いの心を通わせあったような気がしてくる。もう何年来の友との語らいのような気分になってくる。

 だが――


「これも勝負だからな、どっちかが勝って、どっちかが負けねぇとな」


 勝ちと負けがあるからこそ、勝負というものは成立していて。

 だから、これが加瀬 雫と織部 八雲の正々堂々とした全力の勝負だというのなら、


「決着はつけねばならない」


 楽しくても長引かせるわけにはいかない。嬉しくても手を抜くわけにはいかない。

 それが戦士としての礼儀。


「じゃあ、次で終わりにしてやる。いくぞ加瀬、もう反撃の隙もやらん、布陣変更――“百剣戦舞”!」

「ああ、終わらせよう。来い八雲、真っ向勝負だ!」


 白銀の刃は煌いて風となる。

 百の刃は舞い踊り牙となる。












 どーでもいいキャラ紹介



 舞い踊る百剣の主――織部(おりべ) 八雲(やくも)


 魂魄能力:“武具の戦舞”

 具象武具:ショートソード

 役割認識:舞剣士

 特殊技能:複数武具

 能力内容:具象化した剣がひとりでに空を舞い、主なく風に踊る。

 その他:“黒羽”第二十四支部支部長。夢は黒羽総帥。

     複数武具という特殊技能を修練の果てに会得し、百個まで武具たるショートソードを具象化できる。そのため“百剣”などとも呼ばれる。

     認識というものを特に上手く活用しており、魔益師としてある意味で正統派。

     たとえば彼がやたらと技名をつけているのは、それによる認識強化を意識しているため。

     




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