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幕間(条家当主)







「うわーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 声はどこまでも響き渡る。まるで発生源を宣伝しているように、森の静寂を破って大爆笑が突き抜ける。

 それを耳にした条家側の者は等しくため息をついて離れていき、それを聞き取った“黒羽”の者は眉をひそめて声に近づく。

 その行動の違いは、声の主を理解しているか否かで決まっていた。

 同じ条家の者として理解した彼らは賢明で、条家の敵である“黒羽”の者たちは不理解のせいで失敗してしまったのである。

 まさか――四条家当主に近寄ろうなんて、失敗としか言いようがない。


「お? 敵発見!」


 不用意に近づいた“黒羽”の一団――数にして六名――を四条は捉え、即座に接近。

 ――弁明させてもらう。“黒羽”の六名は、別に油断してなどいなかった。驕ってなどいなかった。むしろ“黒羽”勢には珍しく慎重派の一団だったと言っていい。

 なにせ彼らは以前一度だけ、条家十門と仕事で出くわして、その実力の程を直に目撃していたのだから。だから、彼らは誰よりも警戒心が強くこの戦場に立って、どこまでも注意を払ってこの戦場を歩んでいたと言っていい。

 警戒、していたはずなのだ。

 なのに――彼らはひとりとして気付けなかった。指一本とて動かせなかった。

 何者かの大爆笑を聞いて、とりあえずその方向に向かって、どこの誰だと視線を彷徨わせていた。

 ――次の瞬間には地面を見ていた。

 視界一杯に緑が、眼前には大地が広がる。鼻先は土に触れ、、鼻腔には草木の匂いが一杯だった。


「――え?」


 その頃になってなにかされたのだと気付き、だが思考は回らず、腹部の激痛にばかり気が向いてしまう。

 なにがおきて。なにがあって。なにをされたのか。

 苦痛を耐えながらも、脳の隅っこでは疑問が風船のように膨らんでいる。

 すると、風船を割るような声がやけに鮮明に届いてきた。


「わりィな、いきなりで。けど今回ばっかは遊んでられねェんだ、うるせェボケどもが多いからなァ」


 その声は思い出すまでもない。先ほどの笑い声と同じもので、なにより驚くべきは――その声の主は、いつのまに自分たちの間に立っているということ。

 高速移動、とかのレベルではない。まるで時間を切り取ったかのような瞬間芸。瞬きしていないのに、瞬きしていたような、そんなデタラメの業である。

 気付く気付かないを、結果の段階でしか論じれない。

 六人の“黒羽”魔益師たちは、結果を知った頃には意識を手放していき、遠のいていく最後に、空を掴もうとする愚かを知った。

 あぁ、 条家十門――なんて、遠い……。








「…………」


 うるさい。五、六百メートルは離れたここまで笑い声が届くってどうなんだ。

 五条は呟かずに、そう思うだけに留めた。

 彼は無口な男だった。無口だが、心の中では割と多弁である。

 ふむ、と息ひとつ落とし、向ける視線の先を変更。四条が暴れている付近への攻撃は無意味どころか、四条の怒りを買う。それはよくない、別の標的を探す。

 五条は今、とある樹木の枝の上で弓を構えていた。

 弓と矢こそが、役割認識“狙撃手”五条の具象武具。弓束を握り、弦をキリキリと引き絞る様はなんと堂に入った姿か。足場は悪く、立っているだけでも困難だというのに、その構えは一切の乱れがない。まるで道場に立っているように泰然としている。

 そのたゆたうことなき姿勢のまま、五条は弓矢で狙撃せんと森を注視しているのだ。

 狙撃をするには視界の広く、敵から離れた位置に陣取るのが鉄則。

 ので、五条は広大な森の中でもやや盛り上がった丘の、さらに巨木の上にて狙いを定めていた。およそ敷地内を見渡せる高度で、また“狙撃手”の役割認識で強化された視力が揃い、狙撃する条件は整っている。

 とはいえ、森の茂みが深くては、流石に敵を捕捉するのは難しい。木々の合間か、円形の空白地帯に姿を晒した敵くらいしか狙えない。狙撃手には辛い地形である。

 それでも流石は条家十門当主か、それとも“黒羽”の動員数の多さからか、そこそこ目を回しただけで敵影を発見。


「――」


 無言で、指を離す。限界まで引き絞られた矢を放つ。

 瞬間、ミサイルのように発射される矢は、真っ直ぐに数百メートル離れたターゲットに向かっていく。まるで吸い寄せられるようにして、零コンマ一ミリの誤差もなく狙った男の服の柄――何故か書かれた英文「I Love Sun」のオーの文字の中――を射抜く。狙った意味はない。単なる遊び心だ。

 射抜かれた男は、射られるその瞬間まで狙撃など思ってもみなかったのだろう。まったく理解不能の表情をしたままで貫かれ、木にはりつけにされた。

 すると慌てだすのは他の仲間たち。いきなりどこぞから飛来した矢に仲間が射られ、ぶっ飛ばさ、挙句にはりつけにされたのだ、当然驚く。

 そのせいか彼らは反応が遅れた。五条の第二撃に対し、上手く反応できなかった。

 いや、それどころかさらなる驚愕に見舞われて、硬直してしまった。そう、撃ち終え、運動量を失ったはずの矢が再び動き出し、発射されるという事態を目の当たりにして。

 ひとりを射ても、五条の矢は終わらない。一度完全に停止しても、五条の矢は終わらない。

 彼ら五条の魂魄能力は“無窮の追尾”。言い換えれば、永遠のホーミング。自在に操れる止まらない追跡である。放った矢は、狙撃手の意のままに縦横無尽に飛びかうのだ。

 本来もっともっと数え切れぬほど無数に矢を立て続けに撃ち続け――物量と操作性で仕留めるのが五条家のスタイルである。

 だが、今相手にしてる程度の敵なら、矢一本で充分。射出した矢の軌道を変えて射線を欺く必要すらない。

 五条は随分距離の離れた矢を軽く操作すると、その場の“黒羽”の者を撃ち抜き、突き刺し、戦闘不能にしていく。逃げる者があっても、無駄だ。


「五条の矢からは逃れられない――」


 どこまで逃げようが、どれだけ逃げようが、絶対に追尾する。それが五条の魂の力なのだから。

 十名程度のグループをあっという間に殲滅。

 その事実だけを確認し、喜ぶでも安堵するでもなくまた矢を具象化。弓に添えて弦を引き絞る。索敵を再開する。


「…………」


 しばらくして、五条はため息をつきたくなった。やれやれと肩を落としたくなった。無論、構えを維持するためにもその両方は断念したが。

 敵は一万人を超える。五条のこのやり方では終戦にこぎつけるまでに一体どれだけの時間がいるのか。数を減らすにしても効率が悪すぎる。一面の更地ならば、まだ楽だったのに、こんな深い森じゃあ接近するか待ち構えるかしかないじゃないか。そして五条は接近は選択肢から外すので、こうしてどしりと腰を据えているのだ。

 そもそも敵の頭目の場所さえ六条が見つけ出せば、こんな不毛なことはしなくてよかったのに。

 六条が“黒羽”総帥を発見すれば、あとは五条が遠距離から射抜いてこの戦争も仕舞い。簡単に片がつく。

 なのに、六条は見つけ出せないという。

 なんでも相手方に捜索を邪魔するジャミング能力者か、こちらの目を誤魔化せるほどの隠蔽能力者がいるとか。

 そりゃあ探す能力があれば、それを妨害する能力や、逆に隠す能力があったって不思議ではない。道理だ。

 だが、条家十門当主ともあろう男が妨害されるほどの魔益師が、隠れきることのできる魔益師が、果たしてこの世にどれだけいることか。そしてその稀少な人材を“黒羽”が保持している確率はいかほどか。

 少し考えても六条の発言は疑わしいのである。

 つまるところ、実力的な意味で見つけ出せないのではなく――別に事情があって見つけ出せない、のである。

 その事情とは、言ってしまえば見せしめだ。

 こうも真っ向から条家十門に喧嘩を売るような相手だ、頭だけ叩いてもまたいずれ牙を向けてくるかもしれない。開始数分で総帥だけ倒しても、実力を出し切れなかっただけと条家十門を侮るかもしれない。だから、組織全体に植えつける。叩き込む。刻み付ける――条家十門に戦いを挑む愚かを。圧倒的なまでの、恐怖を。

 おそらくはそんな考えがあるのだろう。五条はそう思っているし、たぶん他の当主もそれを考えて、あえて六条に深くは追求しない。

 だが、それでも面倒である。もうそういう御託はいいから頭つぶして終わらせたい。五条の偽らざる本音であった。というか狙撃とかって神経すり減らす大変な仕事なんだよ、そう声高に叫べたらどれだけいいか。

 まあ、無口な五条がそんな阿呆な行為を実行するのは天地がひっくり返ってもありえないだろうが。


「……」


 そんな文句を脳内でまくし立てつつも、五条は目を皿のようにして森の合間合間を眺め続ける。

 不意に、とある空白地帯に三人の男が転がるように走りこんできた。

 なにやら怯えた様子で、挙動不審にやたらと首をぶんぶん回して周囲を窺っている。まるで見えない幽霊に出くわした子供のよう。

 それだけで、五条は彼らが何に追われているか理解した。


「十条殿……」


 彼らもまた、別の獣に追われたウサギ。

 手出しは無粋。またも視線をズラして、五条は別の獲物を探さんと俯瞰を続けるのだった。









「畜生ッ! なんだってんだ、なにがどうなってやがるんだ!?」


 静寂を破る怒声。怒りの中には不安や恐怖が見え隠れしていたが、本人は努めてその事実を意識から外していた。

 走る、走る、走る。

 草が邪魔臭くはえ、木の根がまるでトラップのように配置され、地面はデコボコで、ところどころにぬめった地面があってとても走りにくい。それでも必死に走った。

 息を切らしつつ、少し不安が勝って、男は小さく振り返った――仲間が残り三人になっていた。最初、開戦の時点では七人で行動していたはずなのに。いまや自分を含めて四人。

 荒々しく舌打ちし、前に向き直って足を回転させることに集中した。

 ――と。


「え?」


 場違いなほど呆けた声が後ろからする――またか!

 恐怖に叫びだしたくなるのをこらて、もう一度後ろを見やる。

 少し離れたところに、意味不明を顔に描いた友人の姿。今の今まで一緒に走っていたはずなのに、友人は静止して腹を押さえていた。赤々と輝く血が、腹部の傷から滴っていた。呆けた表情のまま膝を折る。

 その傷は一体いつつけられたというのか。一瞬前に見た時はそんな傷はなかったのだから、その一瞬でやられたのだろう。だが、接近の気配などなかったし、移動音も皆無、刺された瞬間の苦痛の声も聞こえなかった、なにより今の今でさえ――刺したであろう敵の影も形もない。

 こんな現象が、四度も巻き起こっては逃げ出すのも当然で。しかし逃げても逃げても、仲間たちは脱落していく。敵の襲撃は不可視のままに続いている。

 それが恐怖をかきたて、男はさらに必死になって足を前へ前へと押し出した。

 見えない敵、もしくは気づかれずに刺して去ることのできる敵、はたまた遠距離からの狙撃か。

 わからない。

 わからないことは恐ろしい。反撃の手がないのは怖い。ただただ一方的に虐殺されるだけなんて、恐怖の極みだ。


「ちくしょっ、なんで……なんで俺がこんな目に!」


 涙がでそうだった。

 この世の理不尽に大声で非難を叫びたかった。


「森を抜けるぞっ」


 後ろから仲間の声が聞こえた。見れば、確かに前方から木々の終わりがある。そうだ、密林なんて死角の多い場所だから敵を発見できないのだ。周囲に障害物がない平野なら、きっとこの敵といえど姿を晒すに違いない。

 パニック状態で見つけ出した希望。たまらず飛びついて、深く思案もせずに決行に移る。

 森の切れ間に身体を投げ出すように逃げ込む。そこは円形の空白地帯。

 三人は咄嗟に背を預け合い、円形の中心で周囲を警戒する。視界を補い合い、固唾を呑んで気配を探り続ける。

 頬の汗が垂れ落ちる。それぞれがもつ具象武具が微かに震えている。目を見開きすぎて痛みさえ覚える。

 それでも彼らは絶対に警戒は解かない。解きたくない。怖くて怖くて、せめて警戒は解きたくない。

 ――そんな決死の警戒網を、しかして嘲笑う暗殺者。


「――?」


 五感も六感も無反応。断言して警戒も緩んでいない。

 なのに、気づけば腹部にひんやりとした感触があった。滝のような汗がそう感じさせるだけだろうか。だがなんだか違う気がする。目を前方から逸らしたくはないので、武具を持たない方の手で素早く違和感ある腹に触れてみる。

 ――ねちゃり。

 

「ぇ」


 思わず顔を下向ける。手のひらを見つめる。赤くて赤くて輝いた――血。


「なんだよ……これ……」


 途端に激しく苛む刺し傷。美しいほどに綺麗な傷口から、どばどばと血が流れ出していた。


「なんだよぉ! これはぁあ!」


 いつ、いつ。どうして?

 なぜ刺されている。どうして接近に気づかなかった、なんで刺されたことに気づかなかった。

 なぜ、なぜ、なぜ……?

 そして意味のわからぬままくずおれ、ほぼ同時、ふたりの仲間たちもまた地に沈んでいった。同じように、気づけばあった傷口を押さえて。


 結局、その三名は――いや、この戦争試合においてこの暗殺者の手にかかった全ての者は、その現象の意味を理解できずに脱落したのだった。









「…………」


 えげつない。

 五条は呟かずに、そう思うだけに留めた。

 五条は他に敵も見当たらないので、もしも十条が逃したら仕留めようかと惰性でその戦況を眺めていたのだった。

 どうせこうなるのは分かりきっていたので、保険というよりは観戦でしかないが。

 しかしまあ本当に、あの老人だけは敵に回したくないな。五条は常々そう思っていた。そう怯えていた。

 十条の魂魄能力“人身の隠蔽”。完全隠行による不可視にして不可聴、不可知。五感で感ずることができず、六感で勘付くことさえできない。

 真実――そこにいない。

 そんな相手を敵に回して、どう戦えというのか。

 今戦っていた三人を見ればわかるが、怖すぎる。反撃しようにも位置が捕捉できないし、回避しようにも刃も見えない。というか存在するのかさえ疑わしく、そもそも攻撃が意味をなすかもわからない。

 一応、こちらの攻撃まで透過するわけではないはずだから、適当に攻撃を周囲に乱打すればいいらしいが――さて、狙い撃ったわけでもない攻撃を、あのしたたかな老人が避けれないだろうか。五条には信じられない。どちらかと言えば攻撃した隙に接近し、叩き斬られると思う。

 いや、なんにせよ戦うことはないだろうから考える必要はないか。

 五条はまた弓を構えなおして、思案を打ち消した。










「ふむ……さて、この辺りか」


 呟いて、三条は空白地帯から取り囲むような森の向こうの気配を探る。

 六条の情報が正しければ、この付近を“黒羽”の大軍が通過するはずであるが――なるほど、来た。

“黒羽”は支部を百四十五、点在させており、一支部におよそ百人の魔益師を抱えている。

 そして今回の戦争試合においては、支部ごとに行動していることが多い。見知った仲のほうが戦いは易いし、無駄に数を散開させるよりは支部ごとに百の軍で動いたほうがよいからだ。

 まあ、半数の支部は面倒だからか統率力がないからか、完全にバラバラで動いているようだが。

 賢明な支部長は、そうはしない。賢明で統率力のある支部長は、軍を率いて敵を打倒する。

 そして三条は、個別に敵を屠るより、そうした一軍に狙いを絞っていた。

 四条のように意味なく無駄に駆け回るようなことはせず、五条のように一箇所に留まってチマチマ数を削ったりはしない。とはいえ、前者はいずれ軍にあたるだろうし、後者はそれが役割なのだから戦術的な非難はすまい。

 ただ――無駄が多かろうという感想があるだけだ。

 もっと効率的に潰す。三条はそのため六条に一番近い支部の軍を探させ、その進路上に立ったのだ。


「不遜をしれ、我が名は三条――条家十門が一門、三条家当主なり!」


 媒介技法、懐からとりだした小剣に魂を宿す。

 即座に魂魄能力“劣弱の強制”を発動、広範囲に弱さを強制する。

 すると木々がしなびだす。草や花が枯れていく。大地が脆く崩れていく。効果範囲内の魔益師の、魂魄作用が低下していく。


「なんだっ!?」

「力がぬけ、る?」

「ぅあ」


 やや離れた森のどこかからうめき声が響きだす。力の弱い者はそこにあるだけで気絶して、中程の者は膝をついてあえいで、強き者も胸を押さえて呼吸を荒げる。

 急速に力が抜けていく感覚。眠気が悪魔のように頭の中を支配する。魔益が弱まり、具象武具が歪んでいく。


「みな落ちつけ! 敵襲だっ、索敵しろ!」

「りょっ、了解!」


 不意に怒声。誰かがようやく現象を攻撃と理解する。中々優秀な指揮官がいる支部らしい。それに慕われている、騒いでいた者がなりを潜めている。命令が飛べばすぐに応えるだけの信頼関係がある。

 ほどなくして、索敵を了解したひとりが叫ぶ。


「敵、発見! ここより東に百メートル先の空白地帯です!」

「数は!?」

「ひっ、ひとりです!」

「そうか……よし、ご苦労。全員、覚悟を決めろ! おそらくこの能力は三条の者、この規模を個人で行使していることから相手は当主であることは明白だ! 近づけばさらに力を封じられる! 自信のない者は退け。無為に自軍の損害を増やすわけにはいかない! 覚悟と自信のある者は――俺に続け!!」

『おおぉおぉぉぉぉぉぉおおお!』


 三手に分かれた。三条に向かう者、三条から遠ざかる者、その場で身動きできぬ者。

 三条は慌てず騒がず平静に待ち構える。追撃は面倒、動かぬ者は既に脱落。ならば待っているだけで負けに来る馬鹿どもの相手がよいだろう。


「ふん、どれほどたどり着けるか」


 三条に近寄れば近寄るほどにさらに強制力は増していく。弱く弱くなっていく。

 やがて走ることさえ困難になり、歩行さえも辛くなって、最後は直立すらもが不能になる。

 筋肉が弱まっていくから、魂が衰弱していくから。最低限、生き残るくらいにまで、三条は能力を制御して弱体化していく。

 そしてそうして数十秒後、林を破って三条の前に立ったのは、百人のうちでたったの三名だった。

 渇いた拍手を、三条は送る。


「おめでとう。あなた方は確かに強者と呼べる魂を秘めている。オレに近づける時点で優秀だ。褒めてやる」

「お前が、三条家当主だな……」

「その通り。それで、どうする?」

「倒す! ふたりとも、援護しろ!」

「はいっ」

「了解」


 叫ぶと、真ん中リーダー格の青年が大剣を振りかぶって三条に斬りかかる。

 肉薄される三条は特に感想もなく横に一歩。あらゆるスペックの低下した状態だ、三条は容易く斬撃を避ける。

 そのまま小剣を持った手を引き、突き刺――


「?」


 魂が冷めていく感覚を覚える。

 今までに感じたことのない、まったく未知の感覚だった。

 三条はそれを敵の能力による干渉と判断し、後ろに跳び退く。リーダー格の青年に援護を言われたふたりに視線を向ける。

 そこにはフルートをくわえ演奏する細身の少年と、腰を落としてロケット・ランチャーを構える大柄で筋肉質の男がいた。

 この干渉は前者の者か。そして後者はこちらの隙を窺って発射してくる気だろう。具象武具に膨大な量の魔益が収束しているのが視える、持てる力を一撃に注ぎ込む能力か。

 三条は冷めた表情のまま息を吐く。

 真っ向から斬り結ぶ者、それを補助するように音による干渉、そして最後のひとりはトドメとして隙を窺い続ける。よい連携だ。

 流石に“劣弱の強制”を受けながら自分の前に立った魔益師。強い、それは認める。

 

「だが条家十門は最強無比――お前らていどの強者など、幾らでも屠ってきた」


 小剣をフルートを演奏する少年に向ける。能力を、範囲指定発動から――個人指定発動へと切り替える。

 瞬間、その強制力は跳ね上がる。劣弱が一挙に襲い掛かる。

 少年はフルートを取り落とし、具象武具が掻き消える。そして死んだように表情も停止したまま前のめりに倒れ伏した。


「ッ! 雄ォォォオオオオ!」


 代わりに、弱さの鎖から解き放たれた青年が叫ぶ、唸りを上げて大剣が襲う。

 速度も威力も迫力も、先の一撃とは段違い。三条は避けるに届かず小剣で大剣を受け止める。

 その時、青年は確かに笑った。三条はそれを間違いなく視認した。


「圧!」

「ッ!?」


 いきなり三条の体重が百倍に跳ね上がった。

 頭が重くて首が軋む。身体が重くて足が地面に沈み込む。腕が重くて、鍔競りが困難。

 重量、または重力を操作された。三条は理解し、こちらも能力発現。

 この青年個人に向けて、“劣弱の強制”。

 それだけで形勢逆転。重圧は失せ、青年は膝を折る。

 だが――彼の唇は、なお笑みをかたどり続ける。

 なにを笑う。三条が不愉快に問いただそうとした時、訊かれずとも青年は返答していた。


「――やれ、石井!」

「了解」


 静かに青年の要請に答える男。

 ずっと隙を窺い続け、しかし青年が三条の近くにいたために巻き込まないため停止するしかなかった男。

 彼はその停止を、青年の声ひとつで解除。一瞬の躊躇いもなく、命令を遂行した。

 トリガーをひき、射出。

 しゅぽ、と気の抜けるほどに不気味な異音とともに、炸薬弾が中空を飛び――


「ち」


 破壊的轟音が森中を――響き渡りはしなかった。


「なっ!?」


 もろ共吹き飛ぼうと覚悟していた青年の、笑みこそが吹き飛ぶ。驚愕に目を見張る。

 そこに三条の刃が襲い、青年は突き刺された。


「ごっ……ぁ……がぁ、な……ぜ?」

「炸薬弾に能力を集中した。爆発するエネルギーすら、既にそれにはない」


 馬鹿な、無機物にすら劣弱を強制できるのか。石井が魂魄能力“力の収束”で溜め込んだ、一日一発の必殺弾でさえ一瞬で弱体化できるのか。

 なんて――デタラメ。

 

「ふん、オレに敵うつもりだったのか。愚かしいな、愚かしいぞ。カラスの分際で思い上がるからそうなる」


 彼は最後に、そんな侮蔑を聞いた気がした。

 だがそれも全部、闇に呑まれて消え去った。











 どーでもいいキャラ紹介



 先陣を征く勇士――烏丸(からすま) (よる)


 魂魄能力:“重力の制御”

 具象武具:大剣

 役割認識:剣士

 能力内容:斥力、引力を自在に制御し、大剣から発生させる。通常なら遠距離攻撃もできたが、本人が苦手としており、“劣弱の強制”下では扱えないと判じた。

 その他:“黒羽”第九十九支部支部長。仲間達から慕われている良きリーダー。





 鎮めの音色――佐藤 綾徒(あやと)


 魂魄能力:“魂の鎮魂”

 具象武具:フルート

 役割認識:演奏者

 能力内容:演奏を聴いた者の魂魄の力を引き下げる。また、位階が自己より下ならば能力も完全に封じる。ある程度以上離れた強者には効かない。

 その他:音色に能力を乗せ、耳にした者を鎮魂する。今回、夜や大樹は三人になった段階で特殊な耳栓をしていたため聴いていない。





 全なる一撃に捧ぐ炸薬――石井 大樹(たいじゅ)


 魂魄能力:“力の収束”

 具象武具:単発式ロケット・ランチャー

 役割認識:狙撃手

 能力内容:自分の力を収束し、一日に一度だけ限界を超えた一撃を放つことができる。

 特殊技能:自己規則

 その他:“黒羽”第九十九支部の副支部長。

     一日に一度しか弾を射出できないという規則を自己に課す代わりに、その一撃の威力を超強化している。




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