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第六十三話 動機







 敵の能力により吹き飛ばされ、森の各地に散っていった羽織を除く六名だが――彼らはなにもむざむざ六手に分散されたというわけではなかった。

 実は岩壁がせり上がってきた段階で、動いていた者がふたり、いたのだ。

 その習慣と理念から身体が反応していた八坂。そして――その命がけと言わんばかりの懸命さで庇いに走ったリクス。

 このふたりはそれぞれの守るべき対象に向かい、その身を盾としていた。まあ直接的な攻撃を受けたわけではなかったので、警戒強く背に庇うくらいだったが。

 ともかく、岩壁ごと吹っ飛ばされた時には同じ空間に存在したので、飛ばされた先もまた同じとなったのである。

 故に飛ばされたのは四組。

 羽織が楽観しているのは、この四組がまったくちょうどよい組み合わせであったからだ。

 個人で戦うことに向く雫と条。ふたりで戦うことに慣れた一刀と八坂。そして、戦えない浴衣とそれを守ることに全霊を賭すリクス。

 どの組も戦力的にはほぼ均一、そう負けることはないだろう。

 そうは言っても試合の形を装った戦争、予想外なんて頻発してもおかしくない。

 羽織の心配は、やはり浴衣へと向く。








「随分、飛ばされちゃいましたね」

「合流には時間がかかる」

「困りました――でも、庇ってくれてありがとう、リクスちゃん」


 いえ、とリクスは首を振った。

 あの分断工作の急撃でとばされた一組、浴衣とリクスは、後者の尽力によりどうにか最小限の被害で着地に成功していた。

 その最小限もまた、浴衣の治癒により回復して――さて、この取り巻くような敵意の束をどうするかとリクスは思案を開始する。

 索敵の結果、捕捉した敵影は数にして七。

 正味な話、浴衣を守りながらこの数を打倒するのは困難。逃走は難題。

 しかし、やらなければならない。

 困難、難題関係なく――リクスは浴衣を守り通さなければならない。それが今の彼女の生きる理由なのだから。

 す、と腕を掲げる。周囲からの視線が一層強くなった気がした。

 構わず、具象化。

 ずしりと重みが腕にかかる。漆黒に光る巨大銃砲、無骨で重量感のある移動式砲台。

 それを、ゆったり振り下ろす。鷹揚に振りかぶる。全力で


「浴衣、伏せて」

「わっ!」


 振り――ぬく。

 爆音、爆音、爆音。

 身体全体で独楽のように一回転。その長大な銃身を円形に振り回す。触れた木々は爆砕し、掠った木の葉は爆裂し、比較的近くに位置しかわし損ねた魔益師を爆撃する。

 それはもう凄まじい轟音が連続し、周囲から鳥が逃げ去っていく。鼓膜が苦痛に軋んでしまう。

 今回は理由がないので爆撃に遠慮は込めず、正直とんでもない破壊力となっていた。一回転を終えた頃には、彼女らを中心に数メートル円にまで被害が及び、木々は薙ぎ倒され、地面は焼け焦げ、もう爆心地のような様相である。無論にリクスたちを囲うように攻め時を計っていた魔益師もまた、その一撃のもと吹き飛ばされていた。

 それでも全てではない。やや距離を置いていた三人の魔益師は生き残る。とはいえリクスの凶悪すぎる脅威を見せ付けられ、戦闘どころではない。背中を向けて逃げ出していく。

 不様だが、ある意味では正しい。勝ち目のない相手に無理をして挑むのは馬鹿者でしかないのだから。

 しかし、逃走は恐怖によってではなく、冷静さで決断すべき事柄だということを覚えておくべきだった。もう少し頭を回すべきだった。ほんの僅かでも相手を観察しておくべきだった。

 そうすれば気づけていただろう――リクス相手に背中を向けて遁走するのは愚策だと。

 がちゃり、と機械的な音。銃砲を、遠ざかっていく“黒羽”の魔益師にポイントする音。

 距離を計算、風向き確認、風速計測。

 それを勘案しながら密林の隙間を縫う弾丸ルートを検索――確定。

 あとはもうささやかな指の力で、引き金を引き絞り――。


「――シュート」


 悪魔のような銃声が上がる。

 はじめから一直線のコースが決まっているかのように、弾丸はひたすら真っ直ぐ撃ち放たれて進撃し、そのルートを邪魔する者を打ち砕く。

 逃走していた三名は、轟音に振り返ることもできずに巨大な弾丸に瞬く間に追いつかれ。

 爆撃。

 やはり周囲の樹木を焼き、大地を焦がし、クレーターを作る大爆発が発生。そのような強大な爆破の衝撃をモロに受けては、魔益師とはいえ大ダメージは免れようもない。たった一撃で三人の魔益師は行動不能にまで陥ったのだった。

 一瞬の静寂ののち、リクスは銃身を下ろし一言。


「敵勢力消滅。浴衣、もう大丈夫」

「えっ、えぇと……」


 声に浴衣は立ち上がり、ちょこちょこ周りに視線をやる。その壮絶な惨状――ルール上殺してはいないだろうが――に困った表情で冷や汗を流す。


「リクスちゃん、その……なんだか前より強くなってませんか?」

「? そんなことはない」


 無表情の中にも不思議そうな色を見せつつ、リクスは首を傾げる。そのような自覚はないらしい。


 だが、勿論そんなことないわけが、ない。

 彼女は確かに雫と戦った時よりも強くなっていた。

 それはなぜだろう。

 リクスは雫や条のようにこの戦争試合のために向上心高く修練に励んだわけでもないのに、なぜ。

 簡潔に言えば、その答は動機の違い。

 モチベーションが、あの時よりも段違いに高いのだ。

 その程度でこうも強度が変化するのかと言う者もいようが、リクスは魔益師。たったそれだけの要因で、実質的な戦闘能力に変容が生じるものなのである。

 そもそも彼女は狂気の天才科学者マッドサイエンティストの最高傑作。

 最も強化処理への拒否反応が低く、強化が著しかった個体。

 かの狂人が、疑いなく最終兵器として運用していた少女。

 それこそがリクスという少女なのである。

 その上で、彼女は認識によって自己を変革することのできる魔益師だ。

 そういう処理が施されている――“そんな自分は強いに決まっている”という認識により、さらに全能力値は向上しいていた。

 おそらくは強化の程が最も顕著だったのは、この自己認識のせいもあるのだろう。他の個体には、自分が強化されたから強くなったに違いない、という認識があるはずがないのだから。

 どんな形式であれ、どのような意味であれ、魔益師であるということは――自己を改革する者ということ。

 リクスは強化されていた時点で自己認識が尋常ならざる強化を得ていて、さらに動機による役割認識の亜種の性能向上。合わさって通常の魔益師などでは手も足もでないレベルの強力な戦闘力を保持しているのだ。


 浴衣はそれを明確に理解しているわけではないので、まあリクスが否というなら追求はしない。


「そうですか。そうですね、リクスちゃんは最初から強かったです」

「そっ、そんなことは……ない」


 真正面からお世辞の色のない褒め言葉に、思わずリクスは顔を背ける。

 そんな姿に浴衣はくすくすを笑った。あんなに強いのに、こんなにも可愛い。それがなんだか可笑しかった。

 浴衣の笑顔を見てると、肩の力が自然と抜ける。和むような雰囲気に、リクスは具象武具を解いた。


 瞬間――風切る気配。


「! 浴衣っ」


 風の動きに対し、以前の一戦からやや鋭敏となっていたリクスは、気づいた。

 空を裂き襲い来る、目に見えない斬撃に。

 咄嗟に手を伸ばして、浴衣の目前にまで迫っていたそれを片手で受け止める。

 掴ん、だ――?

 感触はあるが、手触りはない。音はかろうじて聞き取れるが、視界には映らない。

 不意にひゅんひゅんという音を耳にし、ついで受けた手がなにかに絡められた感覚を受け取る。


「?」


 目を凝らす。気づく。

 糸だ。ごくごく細い、ワイヤーだ。

 ワイヤーがリクスの右手を捕縛し、絡めていた――敵の具象武具か。どうやら逃した魔益師がまだ残っていたらしい。

 気づいた頃には糸が巻き終わっていた。そして、締め付けられる。糸が囲った円を縮めようと、強くリクスの手を締め上げる。

 ぶしゅっとその手から血が噴き出す、糸は頑丈でいて鋭く研磨されていたのだ。


「っ」

「え? リクスちゃん?」


 そこにきてようやく浴衣がことの次第に気づく。だが、


「えっ、ええ? どうして、なんで血が……?」


 極細の糸までは、視覚に捉えられていない。見えていない。

 手短にリクスは警戒を促しておく。


「敵の襲撃、細い糸による視認困難の不意打ちをうけている。浴衣、私から離れないで」


 言いながらも、リクスは深く後悔に沈んでいた。

 失態だ――まさか七人以外にまだひとり残っていたとは。

 しかもそいつは先の攻防を観察したのだから、リクスの能力や浴衣を庇っていることに勘付かれたと判断していい。

 だからこそ、リクスが具象化を解除するのを待ち、浴衣に奇襲する方を選べた。リクスの最もやってほしくない手を選択できた。

 これはまずい。具象化せねば遠距離への攻撃はできないというのに、再具象化には時間がかかる。――加瀬 雫は例外である。

 ともかく、敵を見つけ出さないと話にならない。リクスは再度の索敵をはじめる。

 極限まで視力を向上させ、自分の手から順次その糸の先を追う。とはいえ、

 ――やはり、無理。

 一瞬だけ眉を曇らせるリクス。常人も魔益師も超える身体性能を誇る改造強化人間とはいえ、流石にこの細すぎる糸は視認していられない。距離があいて、さらにくねくねとそこらの樹木を引っ掛け経由することで余計に至難。

 敵影もない、気配も感じられない、完全に隠れてこちらを仕留める戦法だ。どうしたものか。

 その間にも、キリキリと糸は締め上げられ、肉に食い込み切断せんとしている。血がぼとぼとと流れ落ちていく。

 なにより――浴衣の表情が悲しげに歪んでいく。

 時間がない。リクスは仕方なくあまり気の進まない方針を決断した。決断し、即座行動にでる。

 とはいえ再具象化をするにはもう少し時間がかかる。ちなみにリクスの再具象化インターバルの最短時間は四十七秒フラットを記録している。――ノータイムでおこなう雫の化け物具合がよくわかる数値である。とはいえ一分切る時点でリクスだって充分優秀な部類と言える。

 ではなにをするというのか。単純。


「っ」


 糸の絡まる右手を握り締め、ぐいと思い切り引っ張る。

 無論に手が痛むし、糸が一層激しくリクスを苛む。それでも力は緩めない、糸を――糸を操る魔益師を表に無理やり引きずり出す!

 リクスは確信していた――糸のような具象武具を形成する魂だ、その思想のどこかに力は技に劣ると思っているはずである。もしかしたら日々、周囲に公言しているかもしれないし、意識にはあがらずぼんやり思っているだけかもしれない。だが、具象武具とは魂の現前、ならばその魂を具象武具から推察は可能。まず間違いなく糸とは業師の具象武具。

 そうであれば――改造され筋力を追加し、強化され膂力を増したリクスと、綱引きで勝負になるはずが――ない。


「きゃ」


 思いのほか可愛らしい悲鳴で木の陰より引っ張り出されたのは、どうやら浴衣と同年代ほどの少女。

 彼我の距離、およそ三十メートル。思ったよりも離れていない――おそらくは糸を長くあらゆる方向に経由させるために、直線距離のほうを犠牲にしたのだろう。まあ近いほうが攻めも易いのだろうし。

 距離によっては逃走も考慮していたが、この距離なら反撃可能。逃げる必要はない。手早くここで蹴散らしておくべき。

 リクスは左手一本で――無理にでも具象化、できない。

 もう一度試す。できない。

 また一度試す。できない。

 それでも試す。できない。

 諦めず、叫んだ。


「具象……しなさいっ、私の魂でしょう!」


 克己の叫び――それが功を奏したのか、四度目の試みで具象化できた。なんとこの時リクスは、具象化の待ち時間をベストタイムよりも十秒は短縮していた。

 それほどまでに、浴衣の悲しげな表情を見たくなかったということか。とんでもない少女である。


「!」


 ぎょっとするのは糸を扱う少女。予測よりも再具象化が早い、これでは狙撃される。あの威力に撃たれては、耐え切れる自身は皆無。

 少女の内に巡る複数の思考――お構いなし。

 リクスはトリガーを引き絞る、弾丸を射出する。

 空中では回避はできないはず――そんな目算はあっさり崩される。

 いきなり、少女は奇妙に右に身体を移動させた。違う、あれは引っ張られている。おそらくは糸をどこかの木に引っ掛けておいたのだ、そしてその糸を手繰って強引に身体の位置を動かした、弾丸の軌道から逸れた。

 とはいえ、甘い。

 爆音は――少女の真横で響き渡った。

 リクスの能力は“爆撃の生成”。そしてその具象武具は巨大砲台、それに弾丸もだ。だから、弾丸の爆撃は着弾を待たずして引き起こせる。リクスの意志で能力を行使できる。敵にかわされても、間近で爆発するくらいは可能。

 そして爆破し、爆炎が少女を呑みこんだ。






「――ふう」


 今度こそ周辺に敵はないと確認し、ようやく一息いれるリクス。

 小さな嘆息とともに、とりあえず浴衣の身に別状はないかと――


「リクスちゃん、手を見せてくださいっ」

「っ」


 それより早く、リクスの手を浴衣が掴んだ。

 そこで手を傷めたことを思い出し、咄嗟に強がりを口からだす。


「え、あぁ。この程度、問題は――」

「ありますっ」


 強く言われて、たじろぐリクス。先刻の勇猛さは、浴衣の前では形無しである。

 浴衣はぎゅっと優しく優しく、ぬくもりを与えるように傷ついた手を握って――魂魄能力“存在の治癒”を発動する、

 瞬く間に傷は癒え、リクスは感触を確かめるようにグーパーして、浴衣に頷いてみせる。すると笑顔の花が咲いて、互いにほっとした。


「えっと、それじゃあ、これからどうしましょう」


 周囲をキョロキョロと眺めても、目に映るのは木々の緑くらいのもの。現在位置を特定できるわけもなし。

 森のど真ん中に飛ばされたわけで、ぶっちゃけ迷子である。

 リクスは顎に指をあてて黙考。ややして口を開く。


「おそらく、浴衣のことだから羽織が動く」

「うーん、そうですよね。でも、はじめから羽織さまを頼りにするのは――」


 ヴヴ。


「? あっ、電話です」


 一瞬なんの音か考えてから、思い出したようにポケットの中を調べる。あった。

 ディスプレイを見ると、自然と浴衣は表情を綻ばせる。すぐに応答。


「はい、浴衣です、羽織さま」

『よかった、ご無事でしたか。リクスが上手いことやりましたか』

「うん、リクスちゃんが凄く強くて、待ち伏せていた人も簡単に倒しちゃいました」

『そりゃ重畳。では、浴衣様、リクスを伴って吹っ飛ばされる前の地点まで戻ってもらえますか? 飛ばされたルートを逆に辿ればつくはずです、私はそこにいますので』

「えっ、羽織さま、あの時に飛ばされなかったんですか?」

『ええ、まあなんとか。……あぁ、そうです。それで思い出しました』

「はい?」

『申し訳ありません、浴衣様とは少々距離があって庇えませんでした。私の失態です』

「そんな、あんなに突然だったんです。避けるだけでも充分ですよ、流石ですね、羽織さま」

『……ぅ、あー、いえいえ。そんな、褒めるようなことでは……』


 直球の褒め言葉に、羽織はやや口を濁す。単純に照れているのと、やはり庇えなかったことの不甲斐なさが混ざり合って、どうにもよく舌が回らない。

 ごほん、と気を取り直して。


『ともあれ、私は分断された地点にいますので、来てください』

「あっ、はい、わかりました。それでみなさんとも合流するんですね?」

『はい。本来なら他はほっといて浴衣様のところに私から赴くべきなんですが――』

「いえ、わたしのほうから向かいます。羽織さま他の方への伝達と目印をお願いします」

『……ですよね』


 渇いた笑みが、携帯電話を通して聞こえてくる。

 それでも浴衣は知っている。なんだかんだ言っても、羽織はこの手の作業を言われずともやってくれると。


『それでは私は他の奴らにも電話しなければなりませんので、これで失礼します。くれぐれもお気をつけて』

「羽織さまも、負けないでください」

『了解です』


 電話を切り、ほうと笑みとため息とを同時に顔からだす浴衣。

 それをジト目で見やるリクス。

 さきほどの言動と現状が、噛み合ってなくない? 浴衣は表情を読み取るスキルにより、リクスの表情からそんな感じの意図を読み取りから笑い。


「あっ、あはは……その、やっぱり羽織さまは頼りになりますね」

「……そう」


 なんだか微妙な空気になりながらも、ともかくふたりは歩を進めた。










「ん、次は雫か条か一刀か……面倒になってきたな」


 はあ、と森の隙間の道の真ん中で、羽織は乱暴に頭を掻く

 なんであいつらのためにおれがせっせと伝令役をしなきゃいけないんだ。

 それでも浴衣に頼まれたのだから、やるけれども。

 はあ、ともう一回だけため息。

 携帯電話を操作して、最初に雫に着信――でない。

 条――でない。

 一刀――でた。


『あ、羽織? よかった、ちょうどこっちから電話しようと思ったところだよ』

「囲いは打破したか?」

『まあ、なんとかね』


 流石は多対二に強い二人組みである。こういう形式には最も向いている。

 他のふたりはおそらく戦闘中なのだろうが……ふむ。


『それで、羽織は今どこ――ってわからないか』

「おれとお前らのようなアホを一緒にすんな。飛ばされてねぇよ、分断されたポイントにいるから、飛ばされた方向から逆に向かって来い」

『えっ、飛ばされてないの? それじゃあ最初のところにいるのか――あぁ、それで羽織が待ち合わせ場所になるってことか』

「そう言ってんだろが」

『うん、わかった。僕たちもそっちに向かうよ。他の人に伝達はした?』

「浴衣様以外には繋がらんかった。またあとで連絡してみるが――やばい状況なのかもしれん」

『……そっか』


 声の沈み具合に、羽織はやれやれと肩を落とす。ただ声だけでその感情まで見とれる、なにを考えているのかもわかる。

 単純というか、一辺倒というか。

 まったく、世話のかかる連中だ……。


「条の飛ばされた先なら、お前んとこから南に進めば行き当たるぞ」

『え?』

「雫は駄目だ、正反対に飛ばされちまったからな」

『羽織……』

「どーせ助けが必要かもとか考えてんだろ?」


 これだから、九条の血縁は……。

 そして、この九条特有の善性に弱い自分もまた、本当にやれやれだ。

 一刀は一転して声を明るく浮かせて礼を告げる。


『ありがとう、羽織! 僕たちは合流に少し時間がかかるかもしれないけど……』

「問題ねぇよ」

『じゃあ、あとで必ず会おう』

「はいはい、早くいけっての」


 ぶち、とこっちから通話を打ち切り、さっさと電話を袂に仕舞う。

 いい加減、切らないと長くなりそうだったし――こっちも、あまり駄弁っていてはいつまでも視線が鬱陶しい。

 羽織は完全に定めた方向へ、視線をとばす。


「あー、隙を探ってんのか知らんが、さっさと出て来い、めんどくせぇ」


 どうやら客。これで六度目の敵襲で、十人目の敵手である。

 一所に留まっているだけでも結構、敵に襲撃されるものらしい。とはいえ動くわけにはいかないし、そもそも敵数が万だ、どこにいようと遭遇は避けられないのだろう。

 なので半ば諦めの色を、羽織の声は含んでいた。とはいえどんな語調であれ、気取られたことには変わりなく、茂みから立ち上がる背の高い男。


「バレてたかよ。まあ、そこに転がってる身内の数見ればただ者じゃないってのはわかるが」


 羽織は倒した敵をその場に放置していたので、割と死屍累々な状況なのである。いや、だからルール上、殺してはいないが。

 その状況を一瞥してなお、男は不敵に笑ってみせる。


「へへ、だが俺には勝てねーぜ?」

「……」

「見せてやる、俺の具象武具だ」


 言って、男は手をかざす。すると具象化、二メートルはあろう槍が手に握られる。なんだかやけに装飾が多く、金色に輝く槍であった。

 彼はその槍をくるりと手の内で回転させ、脇でもって挟み込む。ごく短い演舞のように洗練された動作は、槍の使い手としての熟練度合いを垣間見せる。

 

「さあ、お前も具象化しろよ。それくらいは待ってやる」

「…………はぁ」


 頭痛に悩むように頭を抱え、羽織はうつむく。

“黒羽”の奴らは、どうしてこう自信満々なのだろうか。倒してきた者にも、この手の輩は少なからずいたし、うざったいことこの上ない。

 もしかして、今の若造は条家十門の脅威を弁えていないのだろうか? なんだかそう思い至ると、この戦争自体が馬鹿げたものに思えてきた。

 とっとと片付けよう――羽織は手元にナイフを転移、見せ付けるようにかざしてやる。


「おれの武具はこれ。んで、ついでに教えてやる、能力は“刃の分裂”――この一本のナイフも」


 と、真顔でとんだ嘘をつきながら、さらにナイフを四本転移し握る。右手にのみ注目を集める。


「ほれ、五つに分裂だ。この意味がわかるか?」

「なっ」


 まさかここまで大っぴらに佇んでいた奴が、遠距離攻撃を主とすると思いもよらず――遠距離攻撃するなら隠れて狙撃したほうがいいだろ――長身の男は即座に寄らなかったことを後悔した。

 後悔先立たず、ともかく攻めに備えて構える。ほぼ同時。


「おらっ」


 羽織が自然な仕草でナイフを投擲。五本のナイフは高速で飛来し、


「――分裂」


 言葉とは裏腹に、身体で隠した左手が投げていたナイフ八本を転移。正面から一気に十二本のナイフが襲う図を作り出す。

 とはいえ正面から見えれば、確かに刃が分裂したように見えるだろう。長身の男は羽織の能力を“刃の分裂”であると無意識から確定した。

 飛来するナイフは分散しており、拡散している。右も左も塞がれ、後方なんてもっての外。これでは避けようにもだいぶ困難。だが、逆に言えば分散したお陰で、


「正面突破ができる!」


 長身の魔益師は、前にでる。手にもつ装飾槍で目の前のナイフだけ重点的に弾く。一気に駆け出す。刃が肩を、わき腹を、太ももを擦過し浅い傷を残して飛び去っていく。それでも足は止まらない、それどころか加速して自分の間合いまで詰め寄る。


「お前! 実は大したことないな! 分裂がたった十二って、ショボ過ぎんだよ!」


 嘲笑とともに風を裂いて槍が突き出される。銀の穂先が羽織の腹部を狙い、流星のように煌いて駆ける。

 ――羽織は一瞬も焦りを見せない。肩を竦めてかったるそうに顔を弛緩させる。


「あー、はいはいそうですね」

「――えっ?」


 ずぶり、と男は“背中からナイフに突き刺されていた”。


「なんで、後ろに……?」

「てめえで考えろ、ボケ」


 刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺。

 直後に、また十二の刃が男の背中に突き刺さる。衝撃に思わず振り返れば、男の背は針のむしろのように刃で一杯になっていた。


「な、だ……こ……れ……」


 そうして長身の男は、まったくなにも理解できぬままに崩れて折れた。

 



 ――まあ、なにが起きたかといえば、当然にナイフを転移させただけなのだが。

 羽織の魂魄能力は“刃の分裂”などではなく、“万象の転移”なのだから。とはいえ諸事情で今は“軽器の転移”で、ともあれ現状の説明はこれだけで不要なのである。

 ナイフを十三本投げて、十二本はそのまま前面に飛ばして見せつけ、残る一本を相手の背後に転移する。それで背後に転移させた一本がターゲットに直撃したら、未だ飛んでいる途中だった十二本を方向と位置を調節してもう一度転移。

 それでお仕舞い。これでお仕舞い。

 単純なトリックで、ちゃちな手品である。羽織にとって、だまし討ちというのもおこがましいレベルの小手先の技でしかない。


「さて――」


 羽織は男に突き刺したナイフを全て袂に転移し戻す――そのさいに血液は転移させず、綺麗な状態で。

 ただ、その内一本だけは手に握り締め、腰を落とす。目を細めて脱力のような構えをとる。一戦直後だというのに、まるでこれから戦闘がはじまるのだというように戦意を練る。

 ――まさにその通りだった。


「来たか」


 待ち伏せていたわけではない。隠れていたわけでもない。隙を窺っていたわけでさえない。

 ただ、今ちょうど歩いてきて――ここに辿りついただけだ。

 歩行の途中でこちらの気配に気づいたのだろうから、偶然ではないが。それでも必然というには心もとない。

 無論こうして構える羽織も同じように気づいていた――強い魂が近づいていると。警戒に値する相手が接近していると。

 互いに姿さえ視認していないのに、互いを強く意識していたのだ。

 そして――逃げも隠れも恐れもせず、真正面から、敵は現れた。














 どーでもいいキャラ紹介



 空想に絡まる糸――道明寺(どうみょうじ) 神楽


 魂魄能力:“武具の鋭化”

 具象武具:糸

 役割認識:なし

 能力内容:武具である糸を鋭くし、人体でさえも切断できるほどの刃とする。ただし対人戦闘では――本当に人を切断する勇気がなく、能力を調整し鋭度を落としている。

 特殊技能:創作認識

 その他:創作認識について――思い込みの激しい若者によくある特殊認識のひとつ。現実的にはありえない現象を、フィクション内でありえると肯定されることで認識してしまうことを指す。

 彼女の場合、具象武具が糸だからこそ生じた認識。

 たとえばフィクションで糸を操り戦う者がいたとする。彼らの糸は、彼らの意図の通りに現実を無視してどこまでも伸び、触れるものを遍く裂く。まさにフィクションである。

 実際現実どこまでも伸びる糸などありえないし、人体ひとつをどうこうするほどの強度も難しく、そこまでなにもかも両断するのも不可能だ。そう考え、フィクションと現実に折り目をつけた認識をするのが普通である。しかし、少女はそのフィクションを信じた。すると認識と現実にズレが生じる。そして彼女の魂は、現実よりも己が認識を優先させた。だから、少女の糸はフィクション同様の現実離れを見せる。




“黒羽”第十一支部員――通天(つうてん) 御門(みかど)


 魂魄能力:不明

 具象武具:装飾槍

 役割認識:不明

 能力内容:不明

 その他:割と“黒羽”では典型的な魔益師かも。




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