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第六十二話 孤軍








「あー、こういうの前もあったな……」


 羽織になんて言われるか。学習しないサルとか言われそうだよな。

 雫は木の陰から現れる六名の魔益師を前に、落ち込んで思い切りため息を吐きたかった。

 岩壁との飛行、そして着地に関しては、風を操る雫にとって比較的に簡単に済ませられた。だが、直後に突き刺さる殺気はそう易々とはいかなさそうだ。

 わざわざ分断したのだから、待ち伏せは覚悟していたし、まあ囲まれたのも想定内。とはいえ想定していても、打破できるかは別問題である。

 はじめて経験する戦争規模の戦いに湧き上がる高揚感、六対一という不利な状況に浮かぶネガティブな思考、人間相手という不慣れに生じる緊張。それら全てに蓋するように、雫は目を閉じる。

 ――落ち着けと呪文のように胸中で呟く。大丈夫だと暗示のように胸中で囁く。

 それは理緒に教えてもらった呪文。自己を律する魔法の言葉。唱えるだけで雫に力を与えてくれる。

 今この場にいる理由を落ち着いて思い出す。理緒と語り合い、悔恨に浸ったあのカフェを取り乱さずに思い出す。

 そう、こんなところで足踏みしてはいられないのだ――だから、突破する。

 雫は目を開くと、刀を正眼に構える。左手の平をゆるく開き、感触を確かめるようにぎゅっと柄を握り締める。活眼を引き絞る。

 相手は複数、こちらはひとり。

 後手に回れば振り回されて押しつぶされるのは目に見えた未来。ならば――


「先手ッ、必勝!」

「――ぇっ」


 一歩で、最も近くに立つ男へ急接近。刀を振りかぶって斬りかかる。雫の風のような俊足に、その男は反応遅れて手に持つ短刀――おそらく彼の具象武具――で防ぐが精一杯。

 だがそれは無駄。鋼の刃は防げても、風の刃は防げない。

 がきん、というぶつかり合う金属音と同時に、斬という風撃音が響く。わけのわからないまま身体に斬線が刻まれ、男は膝を折る。衝撃を感じた腹部になにかあるのかと視線を落とすと、はじめて斬られたのだと気づき、顔面から地面に倒れた。彼はなにもさせてもらえない内にこの戦争から脱落したのだった。

 ――雫は即座にその場から離れる。

 気を失った男を巻き込んで、直後にその場に網が降る。網は大風呂敷のように広がったかと思うと、瞬時に閉じられ縮んでいく。網のうちに捕らわれたモノは一瞬で締め上げられ、動くこと叶わず。

 とはいえその場にいない者にはなんの効果もなく。


「くっ」


 網を飛ばした男が、避けられたことに舌打ち。その頃には雫が間合いに踏み込んでいて、


「少し遅いな」


 柄尻で腹を打つ。鈍い音は男の気絶を物語り、雫はまた移動。

 ひとところに留まっては集中的に攻撃されてしまう。多様複数の能力に襲われては、対処し切れる自信は雫にはない。

 だから動き回る。縦横無尽に回避と攻撃を織り交ぜて、ついでにかく乱もできれば儲け物。

 ……その儲けは、なんとどうやら得られたらしい。数が多い中には未熟な者も混ざっていたようで、雫の動きについていけずに能力を乱射してくる者がひとり出たのだ。

 彼女は適当に地面から石ころを拾い、それを高速で投げつけてくる――投げた物を加速する能力だろうか。

 とはいえ無茶苦茶。狙いなど定まっておらず、そもそも的である雫を視認できているかも怪しい。それで雫に当たるわけもなし。それどころか味方のひとりにあたり、モロに剛速球を受けた魔益師は昏倒してしまった。それでさらにパニックが増し、少女は攻撃をやめず、そのせいで“黒羽”勢に混乱を生んでしまっている。

 好機。

 とりあえず、残る三名のうち一番冷静に石を投げ続ける少女に制止を叫ぶ年配の魔益師に向かう。やはり歳が上だと経験値が高いらしい。

 そういう頼りにされている者から落としていけば、さらなる混乱を呼べる。

 雫は全速力で駆け――背から来る針の群れを跳躍でかわしきる。背後にちらと視線をやれば、男が黒い縄のようなものを振り終えた姿勢で立っていた。

 推測――あの縄のようなものが具象武具で、それを振り切る勢いで針を飛ばした。能力は針を作る系統のもの。

 それが正しいのなら、次撃はまた振りかぶる必要があるだろう。つまり再度の攻撃には数瞬のインターバルがある。

 その間に、届け。

 せっせと足を動かし、叫び続ける年配の魔益師のもとへ。

 すると当の彼もこちらに気づく。腰をどっしり落として拳を握る。そんな年季と気合の入った待ちの姿勢は、易々と攻め落とせないことを雫へ明確に伝えてくる。

 なので雫は――間合いに辿り着く前に急停止。声を張る。


「どこを見ている、私はここだぞ!」

「!?」


 なにを叫ぶ。年配の魔益師は油断はしないが疑問に思い、三瞬でその意味を勘付く。

 慌てて声を荒げた。


「やめろっ、撃つな!」

「――え?」


 だが一歩遅い。

 少女は、とうに石を投げつけていた。停止しようやく視認できた雫へ笑みを浮かべて。その向こうに誰がいるかも確認せずに。

 雫はがくんと膝を折りたたむ。しゃがみこむ。髪の毛が揺れた。高速で石が擦過したのだとわかった。

 それをホイッスルに、雫は折りたたんだ膝をバネのように開いて飛び掛る。どこへ? 石ころと同じ方向へ、冷静さを未だ忘れぬ年配の魔益師のもとへ。


「くっ――」


 咄嗟、年配の魔益師は飛来する石ころをその拳で叩き潰す。

 その砕いた石の先には――白刃が煌いて肉薄。


「ぉぉおおおおおお!」


 過ごした歳月は伊達ではない。年配の魔益師は叫ぶことで自己を鼓舞。そして殴った腕に、その身を任せた。身体ごと拳の向かう先へと転げるように強引な移動をしてみせる。

 紙一重。どうにか刃を避け、そのまま転がって雫とすれ違う。

 だが


「破!」


 雫の刃は、回避されても止まらない。敵の代わりに、穿つのは地面。風の開放――土煙が通常以上に吹き上がり、そして拡散する。

 針の魔益師は、そこで狙撃を急停止。視界が悪いと巻き込んで味方にまで針が刺さりかねない。少女もまた、振りかぶった石を下に投げつけて無理にでも止まる。先の二の舞は御免だったのだ。

 ――そこに無色の斬撃が飛来する。

 目くらましをすれば、遠距離攻撃の手は急停止せざるを得ない。味方を巻き込むわけにはいかないのだから。その無理な停止による硬直を見越して放たれた風の刃。

 過たず、直撃。


「くそっ!?」

「きゃあ!」


 風は透明、目には見えない。風は高速、気づくこともできない。ましてその風の発生源が土煙で見えないのだ、避けられるはずもない。拳銃の弾丸を避ける時には、銃口を確認し射線から身を外すのが適切だろう。だが、銃口を確認できず、影すら見えないのだから、直撃は道理なのである。

 そうして、六人もいた魔益師は――


「あと、ひとりだな」

「そのようだ」


 ふう、と雫の三倍近く生きた人間だからこそできる重い嘆息が落ちた。

 どうやら視界が良好にならない内は動く気はないらしい。証拠にどこか独り言のように、しかし雫へと言葉を宛てる。


「血統ではなかろうと警戒は充分にしていたはずなのだが、やはり所属している時点で脅威か」

「……」


 発言で察する。

 飛ばされてきた相手の着地の仕方で、条家の血統か否かを判断する算段だったらしい。勿論、雫は血統ではなく、それは露呈しているようだ。


「若い、というのはそういう意味でも強みだな。油断を誘える」

「それは歳をくっているのも同じだろう。年老いた様は思わず敬老の精神が働きそうになる」

「小娘が、言ってくれる」

「年寄りには、辛辣だったか?」


 ……羽織の悪影響か、雫の口も随分と悪くなったものである。

 まあ、戦術的挑発行為という観点で見れば悪影響とも言い切れないが。

 挑発にのった、というわけではなかろうが、男はどこか吐き捨てるように言葉を投げつける。


「ふん、世の広さも深さも知らぬ若輩の大言ほど哀れなものはない。条家(そこ)にあることで驕るのならば、へし折ってやろう」


 そして土煙が――晴れる。

 視線が交錯し、感情が錯綜し、足が跳ねた。

 互いが互いを打ち倒さんと全力で斬り殴りかかる。

 初動は全くの同時。

 次の時点では年配の魔益師が速く――

 さらに次の瞬間に風が雫を加速して――

 衝突。

 互いに最高速にまで登りつめた段階で小細工抜きの正面衝突。捨て身のぶつかり合い。

 雫の刃金は振り下ろされ、男の拳はぶちかまされた。


 ――瞬間、雫の刀は消失した。


「!?」


 ワケがわからないのは男。

 消えた原理は即時に判明している。具象化の解除だ。だが、それをなぜこの場面でするのか。一般的に再具象化には待ち時間が必ず必要だ。その待ち時間は戦闘中には致命となるので、魔益師が具象を解除するのは相手の打倒を確信し確認した後でなければならない。

 その定石を捨ててまで奇策に走ったというのか。

 確かに最高速で向かった相手がいきなり消えて、男は空回りに無駄なすれ違いとなってしまった。拳の勢いにつられてたたらを踏んだ。数瞬の隙を晒してしまった。

 それでも、雫に反撃の手がなければいくら隙を晒したとて無意味。なによりここで振り返って殴りかかれば、今度こそ防ぐ手立ても避けるいとまもない。

 完全に失策。男は喜色をもって叫ぶ。


「娘ぇ! 奇策に走って溺れたな!」


 回転、振り向きざまに雫へと拳を――


「奇策ではないし、溺れてなどいないさ」

「!」


 ごふ、と血を吐いていたのは年配の魔益師だった。

 振り向く途中の捻った身体、そこに刀が突き刺さっていた。具象化した、雫の魂が突き刺さっていた。勢い余った体勢を整えるラグの内に、刃は滑り込んでいた。

 年配の魔益師は腹に突き刺さる刀を見ながら、呆然と呟く。


「な……ぜ?」

「魂制御なら得意分野だ。再具象化のインターバルは、私にはない」


 そう、雫にとってこれは奇策などでは決してなかった。

 具象化を解除し動揺を誘い、予測を上回る待ち時間の短さで再具象化して仕留める。幾度か使用したことのある、いつものようになした戦術の一手である。

 ゆえに男が突き刺され、理解に行き当たる前に戦闘不能となったのは当然の帰結といえた。

 とはいえ、それを納得できないのは敗北を喫した当人。


「馬鹿、な。そんな高速の……再、具象化など……聞いた、ことも……ないっ」

「そうやって自分の経験が全てだと、既知の範囲内で思考を止める。だから、お前は負けたんだ」


 それは以前、羽織に言われたような言葉で。

 最近では自己に心がけている訓戒で。

 この男に最も必要な言葉であると、そう思った。

 雫はゆっくりと刃を引き抜く、油断なく手負いの魔益師から遠ざかる。無論に反撃しようにも傷は深く、せいぜい最後に悪態をつくのが限界。


「ふ……条家の魔益師が、言ってくれる……」


 密やかな賛辞を織り交ぜて、後はもうどう、と激しい音を鳴らし、地面にのめりこむように男は倒れて意識を失った。


「…………」


 これにて待ち伏せていた六人は下した。

 雫はそれでも念のため周囲をざっと見回して、もう一度倒れている六人に目を向けて、それからまた周囲を眺めて。

 それをあと三巡繰り返して――よし、とひとつ頷き敵の不在を結論付ける。


「――ぷはァ」


 というわけで残心を解いて、思い切り息を吐く。へなへなと脱力してしまいそうだ。

 あー、きつかった。いきなりの六対一は本当に厳しかった。

 一ヶ月前の自分なら間違いなく切り抜けられなかったであろう苦境である。それを考えると結構、成長したなー、と他人事のように雫は感想を思い浮かべた。

 とはいえ、戦争試合ははじまって間もないというのに、いきなりこれでは次が切り抜けられるか不安がよぎる。

 まあ、最初から数の上では圧倒的に負けているのだ。六対一くらいはまだ優しいほうだろうから、次への不安が増加しても仕方がないことではある。

 あぁ、ちゃんと目的にまで辿り着けるのだろうか……。

 肩を落とす雫に、


「――へえ、すごいな。あの六人をたったひとりで倒すか」

「!」


 不意打ちのように声を投げかけられていた。

 跳ね上がるような驚愕に振り返れば、そこに立つは気安く笑う青年。

 新手か――即座に判じ、未だ解除していなかった武具を構える。残心は解いたが、まだ完全に戦闘状態が抜け切っていないのは救いか。

 すると青年は慌てて両手を挙げて待てと言う。


「あー、待て待て。やるなら向こういこうぜ、空き地がある」

「……」

「いや、森をフィールドに戦うとコケちまうかもしれないだろ? だからもっと戦いやすいとこでさ、やりたいじゃんか」

「…………」

「警戒すんなって。なんなら、ほれ」

「!」


 言葉を重ねても警戒がほぐれることはないと思い至ったのか、青年は行動で示すことにした。

 なんと青年は背を向けて、先にスタスタと進んでいくではないか。

 これでは、後ろから斬りかかることだって可能だし、逃げ出すなんてわけない。

 それを承知でゆく青年に、雫は少しだけ興味を惹かれた。

 驚きと迷いで歩き出せずにいる雫に、青年は振り向いてにっと笑う。


「俺は八雲(やくも)――織部(おりべ) 八雲だ」

「なに?」

「なにって、自己紹介だよ、自己紹介。今から喧嘩すんだ、そういうノリを忘れちゃつまらんだろ?」


 雫は目を見開き、小さく笑ってしまった。

 そもそも八雲は雫に気配を悟らせずに近づけるほどの実力者だ、不意打ち奇襲はし放題だったのにそれをしなかった。

 それに加えてこの言動――真性の喧嘩馬鹿と出会ってしまったらしい。

 突然の登場とか、いきなり声をかけられたこと、一戦終えた直後だということ。

 諸々のことは棚上げして、雫は自然と八雲の歩みに従い、後を追っていた。とはいえ、


「ふ、それもそうだな。だが、私は名乗れない事情があってな」


 ――お前は名乗るんじゃねぇぞ。

 開戦直前に、羽織に言われた言葉だ。

 ――お前は隠し玉だ、黒羽 理緒にとってのとっておきの予想外であるべきだ。予想外ってのは、驚いた奴の行動や思考を僅かの間妨げる。お前は弱いんだから、そういう隙間を突けるなら突いとくべきだ。だから名乗るな。変に誰それに名前が知れて、なんやかんやで黒羽 理緒にお前の存在が事前に知られるとアドバンテージが消えちまう。

 まあ理屈はわかるので了承したが、やはりそこはかとなく卑怯臭い羽織である。

 言うと、八雲は若干しらけたように顔をしかめる。


「なんだ、ノリの悪い。ま、なんか事情があるんならしゃーない。ともかく俺に倒されるまでよろしくだ」

「すまないな。それと、私は負けんぞ、八雲」

「おっ、威勢のいい女だな、へへ、嫌いじゃあないぜ。……ついたな」


 歩き出して一分も待たず、言った通り森がひらけて空き地に出た。

 ちょうど円形で、障害物はひとつもない。真正面からやり合うには絶好の場と言える。


「さて、やろうか」


 八雲は、子供のように笑った。













 どーでもいいキャラ紹介





“黒羽”第二十四支部員――木戸 信司


 魂魄能力:不明

 具象武具:短刀

 役割認識:なし

 能力内容:不明

 その他:結局、能力を披露できずに脱落してしまった。

 



“黒羽”第二十四支部員――上垣 裕真


 魂魄能力:“物質の捕縛”

 具象武具:網

 役割認識:捕縛者

 能力内容:網の内部にとらえた物を締め上げ、捕縛する。




“黒羽”第二十四支部員――雪平(ゆきひら) 雛子


 魂魄能力:“投擲の加速”

 具象武具:指貫グローブ

 役割認識:投手

 能力内容:投げた物を加速する。




“黒羽”第二十四支部員――新山 桐


 魂魄能力:“針の精製”

 具象武具:ベルト

 役割認識:なし

 能力内容:針を精製する。その強度や大きさはある程度、自在。同時に無数に精製することもできる。

 その他:ベルトを思い切り振りかぶり、そのしなる勢いで針を飛ばす戦法を用いる。




 衰えなき修羅――斉藤 天雄(あまお)


 魂魄能力:“身体の充溢”

 具象武具:インナー

 役割認識:格闘技者

 能力内容:身体能力を高める能力。

 その他:おじさん。

     衰えなきというのは、能力で自己身体能力を全盛期のまま保っているということ。







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