第六十一話 分断
「ぅぁー、未だに震えがくるぞ」
「確かにあれはすごかった……。親父もあんな威圧だせるんだな、はじめて知った」
一条の激励、当主たちの珍しい臨戦状態による滲み出る威圧感。
これらは当主以外に参加する条家側のメンバーに恐ろしいほどの緊張を強いた。
なんというか、戦意の質が違う。刃のように鋭角なるそれは、周囲の者にまで波及し、魂を押し潰す幻覚さえ見せる。誰もが近くにあって身体を強張らせずにはいられず、心を萎縮させずにはいられない。
化け物だ化け物だと大概理解しているつもりだった。条などは特に父のことだ、その強さは把握している気でいた。
だが――違う。
戦場に立つとこうも変わる。雰囲気も、戦意も、顔つきも、なにもかもが変動する。戦士は戦場においてしか真価を表に出すことはないのだ。戦場に立つ条家十門当主の姿を見たことのある者は少なく、だからこそ鮮烈に映る。本来の戦士の姿は、ヒヨっ子どもには刺激が強すぎた、のかもしれない。
そんな浮き足立ったメンツの中、唯一動揺もなく平静な羽織はため息。
「阿呆。お前らの相手は当主じゃねぇんだ、そんなにビビる奴があるか」
「それは……そうだが」
「まあ、味方でよかったってホッとしておこうかな」
「そうですね、とても頼りになります」
当主たちはそれぞれ好きにバラけて行動を始めたが、羽織らはとりあえずは同行していこうという話に相成り森を歩んでいた。
同行者は七名――羽織、雫、浴衣、条、一刀、八坂、リクス。
他にも当主以外の条家側参加者は複数いたが、流石によく知らない彼らと道行きをともにしようとはならず別々だ。まあ、この戦争に推薦されるほどの魔益師だ、勝手に上手くやるだろう。
むしろ問題がありそうなのはこっちのグループだ。なにを余裕に会話なんてしてるんだ。殿をつとめる羽織は、六人に向けて半眼を向ける。
「てかよ、もう戦争――おっと、試合か。「そろそろその言い直し、わざとらしいぞ」うっせ。
ともかく試合ははじまってんだ、のほほんと構えてんじゃねぇよ。警戒しろ、集中しろ、具象化しとけ」
「む、正論だな」
「俺はもう具象化済みだけど」
「僕も刀のほうを」
「おれも」
「なんだ雫だけか……」
「え!?」
あーやれやれ、みたいな羽織のため息。雫の想定外に対する驚愕の声。
まさかいつの間に――驚いて言葉がでてこない。とにかくなにか言おうと口をパクパクとして、して、して、なんとか声を絞り出す。
「……あー、いや、浴衣やリクスはどうなんだ?」
「すみません……わたしももう」
「…………」
「ちなみにリクスは具象化したら目立って仕方ないし、しないほうがいい」
無言なリクスに代わって、羽織が代弁しておく。それで雫へのダメージが大きくなるのをわかっているからだ。
今度こそ絶句する雫に、羽織は楽しそうに笑みを浮かべて続ける。
「あーあー、雫ちゃんは警戒心の薄い駄目な子ですね。それでよく今まで生きてこれたもんですね。え? 今日の目的ってなんだっけ、逃げ延びることだっけ?」
「うっ、うー、うー」
言葉もない。
唸ることしかできない雫は半泣きであった。
流石に割って入ってくるのは一刀。
「そんなになじらなくても。加瀬さんだってこんな大規模な試合ははじめてなんだから――だよね?」
「いやっ、その、それどころか、それ以前に、人と戦うっていうのに……なんか、慣れない」
前回のヒトガタと斬り結んだ時でさえ、そう感じていた。
魔害物と戦い、魔害物を倒し、魔害物を殺す――退魔師として生きてきた雫の感性としては、なんだか人との戦いには慣れない。どこかにズレがあるような、そんな違和感が腹の中にどっかり居座っている。
「まあ、なんだ雫、殺し合いってわけじゃないんだ、深く考えるなよ」
「そうです。なにか失敗してしまっても、わたしたちがいます。大丈夫です」
条は苦笑で肩を叩き、浴衣は微笑で笑いかける。
気負い過ぎだ、
――と。
踏み出した一歩が――ごとん、と沈んだ。
「へ?」
「おい」
「ん?」
「あっ」
「わっ」
「?」
「っ」
そして大地が地鳴りを上げて、突然に隆起した岩壁が七人を完全に分断した。
岩壁――高さ十メートルほどで、厚さは不明の長方形の板と表したらわかりやすいだろうか。それが七人の合間合間を縫うように地面から七つ隆起し、見事に集団を各個へと分断して見せたのだ。互いに互いの姿は見えず、無論に触れ合えない。
そして急展開に戸惑う七人に、さらなる追撃がかかる。
林の中から、飛び出してくる男がひとり。
分断されたうち――現れた男が接近したのは最も近くいた条。
「ぅお!」
突如きたる男に驚きながらも、条はどうにか反応。咄嗟に岩壁を背にし、迎え撃たんと拳を固める。
男は身を驚くほど低く構え、両手を前後に伸ばした状態で肉薄。奇妙な構えに条は眉をひそめつつも、停止したまま拳を振りかぶる。
向かう男。待ち構える条。
その機先は腕の長さが決定した。
つまりがぴんと腕を伸ばした男が、先に一撃をとる。
条は特に武具をもっているとは思えない掌底に、もう一発うけることを覚悟した。一撃で落ちなければ次瞬で拳を決めてやる――そんな二条らしい思考回路で、回避を捨ててでも殴る手をやめない。
だが、今回はそれが裏目に出た。
確かに手の内には武具と呼べる物はない。だが。だがそれで具象化していないと考えるのは浅はか過ぎる。思考が足りなさ過ぎる。
「破ッ」
掌底が条の左肩に叩き込まれる――物凄い勢いでぶっ飛ばされる!
「な――あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「条!?」
遠くなっていく絶叫。その声に誰かが心配の悲鳴を上げるも、既に条は森の彼方へ飛ばされ消えていた。
それを確認するでもなく、男はぐるりと反転。
その回転の勢いを味方につけ、目前の隆起した岩壁に向けて――下から押し上げるような掌底を叩きつける。
すると今度は岩壁が冗談のように吹き飛ばされる。まるで打ち上げれた野球ボールのように青空へ飛び去っていく。そして当然に岩壁の向こうにいた誰かも巻き込んで森の奥深くへと落下した。
――この段階で。
正直、岩壁の目くらましのせいで状況を誰も把握できていない。冷静に考えれば岩壁から離れるのが賢明というものだが、突然過ぎて思わず壁を背にしてしまったのが大きなミスである。
人間、壁が背を守ってくれていると安心できるものなのだ。特にこういう、分断され、いつ敵が襲ってくるかもわからぬ時は。さらに追記させてもらえば、条の遠のいていく絶叫が、一段と警戒心を煽っている。下手に行動にでようとする者はいなかった。
その心理をついて、男は黙々と岩壁を飛ばし続ける。全員が別々の方向にバラけるように考慮しながら。
掌底、掌底、掌底、掌底、掌底。
都合七度の掌底で、七人を明後日の方角に飛ばすことに成功。
その場に残るのはついに男だけとなっていた。
それでも僅かな警戒か、周囲をキョロキョロと窺って――誰もいないと気を抜いて嘆息。
「ふう、もう出てきて大丈夫だ」
「うん」
声に応じ、またひとりの男――どことなく面影が似通っている。血縁者だろうか――が茂みから現れる。
彼こそが七人に驚きの硬直を仕向け、最初の分断をしてみせた、岩壁の隆起を引き起こした魔益師だ。
練りに練った奇襲の成功を喜ぶようにふたりは笑顔でハイタッチを交わす。
「やったな」
「ああ、やった。僕たちはやったんだ」
「へへ、条家十門とか言っても大したことないな」
「本当だよね、まあ僕らの連携の勝利かな?」
「――マジで馬鹿ばっかで参るぜ。戦いしか頭にねぇから奇襲も罠も考えてるつもりで考えてねぇんだよな。
たく、敵は正々堂々正面から現れて名乗り上げて戦うとか、絶対そんなこと思ってるぜあいつら」
「「!?」」
いきなり割り込んできた声に、ふたりは振り返ろうとするが――する間もなく、意識を刈り取られた。
どさりと倒れる姿に軽く一瞥くれてから、羽織は他のメンバーが飛んで行った空を仰ぎ見る。
「とはいえ、ひとりは分断用の能力、ひとりは――単純にぶっ飛ばすだけの能力か。これなら着地に失敗しなけりゃいきなり脱落とかはなさそうだな」
じゃあ、これは分断工作か。まあ序盤に仕掛けるには妥当な策略ではある。
「あー、なーんか前にもあったなこんな展開。せめて雫は学習しろよ……」
おそらく飛ばした位置は計算してあって、その地点に仲間が待機しているのだろう。飛ばされてきた間抜けを袋叩きにするための仲間が。
とはいえ、それは飛ばされたほうが悪いので自分でキッチリ処理してもらうとして。
懸念はただひとり、主である浴衣だ。
だが。
「ん、まあ自分の役割を理解してる奴はキッチリ果たしてるか……」
おそらくそこまでの心配には及ぶまい。
羽織は意外なほど楽観的に、とりあえずは携帯電話をとりだした。
――まあ、はじまって早々にこれでは、どっちにせよ先が思いやられるがな。と、そんなため息を吐き出しながら。
どーでもいいキャラ紹介
孤独を強制する壁――御門 颯太
魂魄能力:“岩壁の隆起”
具象武具:釘
役割認識:なし
能力内容:釘を地面に打ち込むことで大地から任意の箇所に岩壁を作り上げて隆起する。また大地に能力を付加しておけば罠を設置することも可能。
遠く彼方への運び屋――御門 双牙
魂魄能力:“斥力の発生”
具象武具:リストバンド
役割認識:なし
能力内容:両の手首に具象化したリストバンドから斥力を発生させる。ただしこの斥力には殺傷能力は皆無であり、本来は壁や地面に叩きつけて攻撃する能力。なんにせよ颯太との連携相性はよい。
その他:たぶん双子。