第五十七話 十門
「――と、そんな感じになった」
羽織はいっそ軽々しく言ってみた。
「とんっっっっっでもないな!」
絶叫で返ってきた。
耳が痛い。羽織以外のその室内に同席する五人――浴衣、一刀、八坂、雫、リクスもまた、少々うるさそうに顔をしかめる。とはいえ驚愕は全員等しく同値で、驚くタイミングを先取られただけに過ぎない。
叫んだ条は、それでも言い足りないのか音量を下げずに言葉を重ねる。
「おいマジかよ、マジかよ、ありえねぇだろそれ! 条家と“黒羽”が? 真っ向から抗争だってぇ!?」
「違う、試合だ」
「おんなじだろ!」
「同じようで、ちゃんと違うって。この差異はデカイぞ、一条の――一条様のギリギリの功績だよ」
「それは……そうか」
憮然として条は黙りこくる。羽織があまりしっかり取り合ってくれないので、言葉が無為に流されてしまうからだ。
羽織としては、条よりも浴衣への報告という意味合いが強かったため、浴衣の反応がこそ気にかかる。
果たして浴衣は、
「……その試合は、わたしも参加してよいのでしょうか?」
意外にも、最初の発言はそんなものだった。
ともに聞いていた一刀や八坂やリクス、それに雫――対談の日ということで九条家に訪れていた――でさえ驚く。九条 浴衣はそのような好戦的なことを言う性格だっただろうかと。
羽織も戸惑うが、主の問いだ、素早く回答する。
「それは無論、可能でしょうが……参加なさりたいのですか?」
「いえ、そうじゃないです。わたしの出場枠を、雫先輩に渡せないかと思いまして」
「なっ、浴衣?」
これには声を上げる雫。
いきなり何を言うか、驚いて立ち上がってしまう雫。その雫を、浴衣は澄んだ瞳で真っ直ぐ見据える。
「雫先輩は、理緒さんと向き合いたいんでしたよね。戦ってでも、止めてあげたいんですよね?」
「!」
「だったらじゃあ、これはいい機会だと思います。雫先輩は――この戦いに参加すべきです」
それはどこまでも透き通った笑みだった。
雫は透徹し切ったその美しい表情に見とれてしまって、見惚れてしまって、言葉がでない。
それでもどうにか動かした口から出たのは、やや間抜けなもの。
「浴衣は、でないくていいのか?」
「わたしは……そうですね、でなくても構いませんよ。ただ……」
浴衣の権利を譲渡するのだから、そこまで承知で発言したに決まっている、雫だってわかっていた。ただ言葉を反芻しただけだ。
とはいえ言い切って、だが浴衣にも僅かな気がかりがないでもない。
弱弱しい視線を、羽織に向ける。
「羽織さまは出るんですか?」
「あー、私は――」
「出ますよ」
いきなり新たな声が混じってくる。
それは九条 静乃。その場の全員が一斉に畏まる。
「っっ、九条様! 突然どうなさいましたか――ってぇ、私は参加確定ですか!?」
「ええ、勿論です。わたくしが信頼を置く者といって、羽織が入らないはずがないじゃありませんか」
「ぐ」
名誉で光栄なことだが、そう確定されるとなんだか困る。いや、はじめから参加したくはあったが……なんか困る。
「それを伝えに来たのですが、皆さんお揃いならちょうどよくあります。条さん、あなたは二条様から参加したければすればよいとの伝言を預かっています」
「! 本当ですか、ありがとうございます!」
やる気満々の条である。
「それと、八坂さん、あなたも八条様がどうかと仰っていましたよ」
「……どうしようかな」
反してやる気を感じさせない八坂。
ある意味で対極なふたりなのかもしれない。
「もちろん一刀さんや浴衣も他の者たちでも、参加の意があるならばわたくしが推薦いたします」
「ありがとうございます」
「わたしは……」
言いよどむ浴衣に、静乃は承知の微笑で頷く。
「最後に、加瀬さん」
「っ、はい、なんでしょう」
「お願い、というよりこれは提案なんですが――今日からこの屋敷で働いてみませんか?」
「……へ?」
間抜けな顔を晒してしまう。
先ほどの浴衣の時と同じく、突然の言葉によく意味が呑みこめない。
静乃は雫の理解を待たずに言葉を続ける。いつもならしそうにない話術だが、続けたほうが理解に繋がるという判断だろう。
「羽織と同じように、リクスさんと同じように――この屋敷の使用人になりませんか? そう、ちょうど二週間ほどの期間だけでも」
「そっ、それは……」
つまり、浴衣と同じだ。
浴衣と同じく、雫の因縁を晴らすためにこの抗争に参加をしないかという提案だ。
浴衣のように感情だけでなく、正式に参加権を与えるための方便まで用意してくれて――もう雫は泣きそうになる。
親子二重の後押しに、どうしようもなく嬉しくて、雫の涙腺は緩む。それを我慢して、精一杯の礼をつぎ込み頭を下げる。
「本当に、本当になにからなにまで、ありがとうございます……っ」
「はーい、では馬鹿で無知で阿呆な雫のための羽織さんの条家十門講座ー」
ぱちぱちと浴衣などは楽しげに手を叩くが、雫の目は剣呑だった。
その視線に気づき、羽織は鼻で笑ってやる。
「事実だろうが。なんでお前はこう魔益師としての常識に疎いんだ」
「それは……あまり余裕もなく過ごしたから、だろうな」
“黒羽”での教育を施された時期には戦闘についてばかり学んでいたし、理緒と脱走してからも一般教養で手一杯だったのだ。魔益師として最低限の知識もないのは仕方ないのかもしれない。それを考慮してくれる羽織ではないが。
「ともあれ、お前も抗争――や、試合に参加すんだ、その能力くらいは知っとけや。これから十門のひとつひとつ解説してやる、ありがたく黙って聞きやがれ」
「いちいち一言多いんだ、貴様は。だが、まあ、わかった。それは確かに聞いておきたかったしな」
本当はこんな面倒極まりないことはしたいはずがなかったが、静乃が去り際に「わからないことはちゃんと羽織に訊いてくださいね」とか言うもんで、雫が問うて、浴衣の目があるので断れず、こうして話すことになってしまった。悪口のひとつふたつくらい許せというもんである。
さておき、羽織は咳払いをひとつ。
息を吸いながら、周囲に目を配り、全員が注目してるのを確認してから言葉をつくる。
「まあ、後ろからにするか。
てことでまずは十条。
その理念は“隠密隠行”――『どこにもいない。いつにもいない。見えない。聞こえない。感じない。けれど、そこにいる。誰にも感知されずにそこにいる』
魂魄能力“人身の隠蔽”、具象武具は小太刀。役割認識は“暗殺者”。
ひと昔前は忍者と呼ばれてた奴らだ。
あいつらはヤベェぜ? 戦闘特化じゃあねえが、それは暗殺に特化してるからだ。
今でこそ一条の護衛をやってるからあんまし表に出てこねえが、ヤバさは条家でも上のほうに位置してる。
何故って、全然知覚できねえからだ。戦闘になってあいつらを視界に収めることはほぼねえし、声を聞くことも足音、息遣いさえ鼓膜を震わせない。物理的な気配や魂の気配までまとめて隠蔽されて――本当にそこにいたのかの方が、疑わしくなってくる。
マジで空気よりも存在が希薄な奴らだよ。不可視どころか不可知――暗殺させたら世界一の集団だ。
しかもな、具象武具が小太刀だから、刺されても、刺されたことが隠蔽されちまう。刀を引き抜かれるまで、刺されていた事実にすら気付けねえんだよ。
言っちまえば、今ここでおれがブッ刺されてたとしても、気付けやしねえんだ。気付く時ゃ、死の直前くらいじゃねえか?」
一息。
すぐに再開。
「九条は……言うまでもねえが、まあどうせなら言っとくか。
理念は“瞬間再生”――『どんな傷でも、どれほどの深手でも、瞬く間に全てを癒して再生させる』
魂魄能力“存在の治癒”、具象武具は指輪。役割認識は“治癒師”。
誰でも周知のように、その治癒力は世界で最高峰。九条で無理ならもう死人だ。ま、つまりが死人でなけりゃ、癒して治すとさえ言われてる。
ちなみに人だけでなく、物の損壊や損傷、朽損やらも再生させることができる。普通は人と物の治癒再生って、別個なんだがな。そこは九条の流石かね。
その上、魔害の浄化ができる稀有な治癒能力でもある。魔害の浄化っつうのは、そのもの浄化能力でもなけりゃ無理なもんだが、九条は例外的にそれができちまう。だから治癒能力って称すのは、正確には間違ってる。それを圧倒的に上回ってるんだからな」
浴衣などはこそばゆげに困った笑みを見せる。
羽織もつられて表情を綻ばすが、和んでばかりではいけない。なるだけ早く終わらせたい、続ける。
「次、八条な。
理念は“絶対不屈”――『全ての害悪受けて立ち、膝折ることなく生きて立つ。いかほどの害あろうとも魂は屈さず、肉体は倒れず、命は死なない。我ら絶対不敗なる盾』
魂魄能力“耐久の増幅”、具象武具は服。役割認識は“護り手”。
全部の攻撃を受けてたつ、ある意味マゾみてえな奴らだ。でもって生き延びるっていう正直、敵にしたら厄介この上ないぞ。いっくら攻撃しても、全部平気顔で受けとめんだからな。そうこうしてる内に、攻め手の方も、こいつは殺せないんじゃねえかって認識がゆっくり形作られて、最終的には全部の攻撃を無効にしやがる。しかも護り手の認識と、一族に伝わる技法として他人を護ることが異常に巧い。後ろに足手まといおいたほうが動きがよくなるっつう、理不尽な奴らだよ。
ただ、攻撃はてんでダメだ。カスだ。防御面に比重を置きすぎてんのか知らんが、貧弱すぎて魔害物も倒せねえ。
だから絶対にどっか別の家の奴と組む。そんで、個人でやるよりもずっと高い実力を発揮する」
少しだけ、八坂が誇らしげな顔をした。
八坂は九条だが、どちらかと言えば八条の理念にこそ共鳴している節があった。
とはいえそうした個人の思いにはつっこまず、羽織は次に移る。
「で、七条。
理念は“永久隔離”――『世界を分かとう。其処と此処を隔離しよう。そうして分かたれた其処に閉じ込め閉ざす。永遠に、永久に』
魂魄能力“空間の隔離”、具象武具は鍵。役割認識は“境界線”。
上位能力である空間系でな、空間を隔離して敵を亜空間に閉じ込めるっつうヤバイ能力だ。その分、色々と便利なもんで忙しいんだよな、あいつら。
手に負えない魔害物封印したり、結界張れないような低級の魔害物どもと退魔師を隔離して逃がさないようにしたり、謹慎処分の魔益師を一時的に閉じ込めたり、敵を捕まえたりと戦闘行為だってできる。
あんま怒らせねえほうがいいぜ、あいつら怒らせると最悪死ぬまでなんもねえ空間に放逐されちまうからな。
閉じ込められちまえばもう後は発狂するのが早ぇか、死ぬのが早ぇかのどっちかだろうぜ。
ちなみにこの隔離空間から抜け出るのはかなり至難だ。ていうか普通の魔益師じゃあ無理だな。空間的に隔離されてんだからな。魔害物どもの結界なんぞ目じゃねえ。閉じ込められたら、即終了だ」
手に負えない魔害物の封印の辺りは条家の内情に関わることだから、あまり語らない。まあ今は戦力について話せばいいわけで。
変に興味をもたれる前にさっさと口を回す。
「んで六条、も結構知れてるか。だがまあ全部言っておく。
理念は“完全予知”――『過去を知り、現在を知り、そして未来さえも知る――全ての音はその耳に、全ての事はその眼に、全ての報はその手に入る』
魂魄能力“遠方の知覚”、具象武具は本。役割認識は“先見”。
ひとことで言って、よくわからん奴らだ。
条家のお仲間同士でも、その内情は知れてない。基本的に引きこもってるし、表に顔をださねえんだ。総会に当主はでるが、補佐もつれてこねえし。正直な話、おれでさえも時久以外の六条は見たことがねえ。たぶん、他のどの当主でもそうだろうぜ。だから、何人いるのかとかもわからん。ツチノコかっての。
まあ、でもとりあえず情報収集がメインの仕事で、索敵やら人捜し物探しなんでもござれの集団だな。
その情報網や情報量は半端じゃねえ。日本で随一、世界でも有数と言っていい。しかも条家創設の頃から書き溜めてある膨大な資料も保管保存してるから、まあ賢者と異称されることもある。
常にこの町を警邏して、敵が見つかればすぐに他の条家に連絡するのが主な役目だ。
それと役割認識でも触れたが、こいつらは未来のことまで知覚できる。無論にそれは上位の者だけだろうし、今の時代じゃあ直系でも無理らしい。できて当主、時久だけだ。しかも、よほど大変みたいなこと言ってたから、理想はどこまでも理想でしかないんだろうな」
時久とは長い付き合いだが、先見をなしたなどという話題は一向にでてはこない。
本当に先を見たことがないのか、隠しているのか、話す必要がないと判断しているのか、それはわからないが。
「それで、五条。
理念は“万里必中”――『たとえ万里の距離が隔てられようが、射抜きて必中してみせよう。射程の外にて、知覚の外にて、警戒の外にて討ち滅ぼす』
魂魄能力“無窮の追尾”、具象武具は弓。役割認識は“狙撃手”。
んー、まー、こいつらはなー。
もう理念の通りなんだよな。説明いらないんじゃねえか? つまり、すっげー遠くからでもすっげー小さい的を射抜けちまう、そんな現代のロビンフッド、那須 与一みたいな感じ。
遠距離戦闘のエキスパートで、狙われたらまあ生き残れねえわな。反撃とかできるような距離には陣取らないしな。たぶんだが、世界で一番射程距離が広いぜ。流石に冗談だろうが、地球の裏側にも届きますってキャッチコピーにしてた五条もいたな。
まあシンプルだが、それが故に強いって奴のいい例だな。遮蔽物はあんまり意味ねえし、逃げ回っても意味ねえし、反撃なんて意味ねえどころか隙を晒すだけだ。相手の能力が近距離にしか効果を及ぼさない奴じゃあ、普通に手詰まりだろうぜ」
雫はつい先日経験した遠距離戦を思い出し、苦々しい顔色に落ち込んだ。
確かに遠距離戦のエキスパートが相手では、基本的に近距離戦闘しかしない雫には圧倒的不利である。
いや、今回は味方なのだから相手取ることを考える必要性はないのだが。それでも考えてしまうのは、戦闘者としてのサガというべきか。
「ほいで四条。ここは当主と直に会ってるよな。思い出しながら聞けよ。
理念は“瞬殺舞踏”――『踊るように舞うように、足運びは美しく。ただしその足捌き、誰にも知覚できやしない。光を視認できないように、気付けず気付かず瞬殺する』
魂魄能力“物体の加速”、具象武具、靴。役割認識は“踊り手”。
ちょっと思い出せばわかるだろうが……メチャクチャ速い連中だ。
もう他の言葉がいらねえくらいに速いな。ただし、当主の見せたあの戦法は完全に喧嘩殺法で一般的な四条の技とは全然違う。百八十度違う。ていうか真逆だ。
普通の四条の動きは、凄まじいまでに流麗だ。美しいとさえ言える。踊り手の役割は伊達じゃねえ。とはいえ、速いんでその美しさは見てられねえし、そも見えん。おれはあいつらの型稽古を見たことがあるから知ってるんだがな。あいつら稽古の時は自分の技を確認するために物凄く緩やかな動きで組み手するんだよな、その水のような動きがすげー華麗で――って、こりゃ蛇足か」
おそらくは、あの喧嘩大好き当主も本気をだす時は型どおりに流麗美麗な舞を魅せてくれるのだろう。型無しよりも、確実に型を意識したスタイルのほうが四条は強くなる。羽織は半ば確信していた、条家当主の実力があの程度のはずがないと。
あの、敵の強さに合わせる悪癖と、真面目に戦おうとしない姿勢をとり除くことさえすれば――おそらくはもう手に負えない。
思考を切り上げ、説明に戻る。
「そろそろだるいが、三条だ。
理念は“敵手弱化”――『別に、強くなくてもいい。人は小剣の一刺しだけで死ぬのだから。人外だろうと、ならば人ほどの弱体を強いればいい。誰より弱い、敵を殺す』
魂魄能力“劣弱の強制”、具象武具は小剣つうかナイフ。役割認識は“殺し手”。
どこよりも条の名を最強と疑わない一門で、それ故に三条どもは強い。
戦闘特化は一条から五条なわけだが、三条はその中でも特に戦場に出る。役割なんて殺し手だぜ? ヤベェよ、こいつらは。なにがヤベェって、自分たちは殺すことを生業としてるってことを自負し、誇ってる。殺しが当然で、殺すことが常識なんだ。認識強度が強すぎる。十門の中でも、たぶん一番ヤバイ。
その能力“劣弱の強制”も、厄介だな。どんだけ強い奴であっても、そいつの力の全てを奪い封じて貶める。もうな、これまでの修練とか努力とか、全部をもってかれちまうから勝ち目なんざねえ。赤ん坊と同程度にまであらゆる力が下げられて、劣弱であることを強制される。ステータスダウンスキルとしては最上級だろう。
だから、こいつらの刃は異種とはいえ一撃必殺だ。触れたら終わり、刺さったらもう死ぬしかねえわな。つまり防げもしねえ。敵に回すんなら遠距離からやるのがベストだ」
他とは違い、そっと敵に回す際の対処方を織り交ぜるあたり、羽織は三条を好ましく思っていないらしい。
雫はそう感じ取った。
本人はどう思っているのか、別にどうということなく話を推し進める。
「条のお待ちかね、二条。
理念は“一撃必倒”――『一撃のみで打ち砕く。一撃のみで打ち倒す。一撃のみで打ち滅ぼす。そこに次撃は不必要。何故ならその一撃に、全ては篭っているのだから』
魂魄能力“一撃の強化”、具象武具は手袋とかグローブ、人によっちゃあ篭手とかもありうる。役割認識は“拳士”。
論より条を見ろと思うが、まあここまで来たら最後までやるか……。
三条とは正反対の、正統派の一撃必殺――いや、一撃必倒だ。そりゃあもう攻撃力、破壊力、殺傷力はピカ一。こっちもこっちで防げないな。強すぎて防御に意味がない。防いだその防御ごともってかれる、吹っ飛ばされ砕かれちまう。
いやもう理不尽の一言に尽きるな。ただ攻撃力を上昇させるってだけな能力で、だからそれだけを追求してやがる。奴らの学ぶ格闘術も、本当に当たればいいって技だ。なんでもいいから、どうでもいいから、とりあえず拳を決めろって教わるんだぜ? 嫌な教育だよな。
ま、やることはド突くだけで単細胞な輩が多いのが救いだな」
「…………」
条が微妙な笑みを浮かべる。褒められたり貶されたりで、どっちを受け取ればいいのかわからないのだ。
付け加えのように、羽織はそんな条に訊いてみる。
「まあ、条はまだマシな方かもしれんがな。そういや、条はこの特化戦法は身に付けなかったのか?」
「俺は単純にまだ修練の途中ってだけだ。ある程度は伝授されてるけど、あそこまで行き着くにゃもうちょいかかるだろ」
「え、条って二条家で当主の次くらいに強いんじゃないのか?」
雫が素朴な疑問を打ち立てる。羽織は即座に否定。
「んなわけねえだろ。若い直系よりも、古参の傍系のほうが強いに決まってんだろ? 経験値が違ぁわな」
どれほど才知に溢れていても、強さのために費やした時間が根底から違う。練度の差は明確過ぎる。
それは、どの一門にも言えること。どんな事例にも言えるであろうこと。
へぇとしきりに頷く雫を横目に、とうとう最後にまで辿り着く。羽織はもうひと頑張りと自らを鼓舞し、ノドを揺らす。
「最後に――一条。
理念は“無限斬撃”――『一撃、二撃、三撃四撃――一撃一撃、重ね続ける斬撃。それはやがて無限へと至る。無限とは即ち、最強なり』
魂魄能力“斬撃の結果”、具象武具は刀。役割認識“剣士”。
ま、とりあえず最強だよ。読んで字の如く最も強い。最強が故に言葉は要らねえ。……が、まあ締めがそれじゃああんまりだわな。
とりあえず能力は斬撃の結果だけを残すっつうトンデモ能力だ。空間系と同じく上位能力である因果系能力――刀を握らず、振るわず、当てずに斬撃が刻まれる。
雫と戦り合った時はかなり手加減してたが、本気でやると手数がヤバイ。さっきからヤバイヤバイ言い過ぎてる感あるがよ、マジでヤバイ手数だ。こっちが一仕掛けりゃ、千だか万だかで返ってくる。攻撃しても攻撃そのものが叩き斬られて届かない、防御してもそれごとまとめてブッた斬られて貫かれる、回避しようにもそれができる安全圏なんざ何処にもありゃしない。
対個人でも対多でもドンと来い。どんだけの強者が相手でも、どんだけそれが多勢に無勢でも、どんだけ何であろうとも――全部を斬り捨てる。
……ま、とかなんとか言っても、強いのは当主だけなんだがな。一条の能力は完全に媒介技法ありきの能力で、媒介なしの具象化状態じゃあ本来の強さの半分ていどしかだせん。
なんつうか、一条は強いのは強いが、最強はひとりであるべきだから、当主とそれ以外とに実力差が他の条家よりもでかい。当主は最強だけど、他の一条は次強ってわけじゃねえんだ。
一刀見てりゃわかんだろ? 強いは強いが、最強ほど強くはない、ってな」
「…………」
今度は一刀が苦そうな笑みを浮かべる。
決して届くことのない高みを知っている者の、諦観にも似た感情が渦巻いていた。
「とまあ、こんな感じだな。あー、ノドが疲れた……」
リクスに目配せしてお茶を要求。リクスは小さくため息をついてから、部屋の隅の急須を取りにいく。結構、リクスも馴染んでいるらしい。いや、他人に命じられることに――慣れているだけだろうか。
すぐに熱いお茶を湯飲みに入れて、リクスは羽織に手渡した。
羽織は熱さに構わず一気飲みして瞑目。
直後に目と口を開く。
「よし、んじゃ、雫いくぞ」
「は? どこに?」
「強くなりてえんだろ? 黒羽 理緒を倒してえんだろ? 可能性をくれてやる、ついてこい」
今聞いたことの整理をつけようとしていたのに、いきなり手をひっぱられて思考は停止。雫は目を白黒させて為すがまま。
ぐいと羽織は無理やりに雫を引きずり、とっとと行く。当人の事情はお構いなしである。
ふと浴衣の視線が陰り、一瞬で羽織が察して釘を刺す。
「――浴衣様、その視線がコレとの関係を勘ぐるような意味を含んでいるとしたら、私は全身全霊で否定を積み上げさせていただきますので」
「えっ、いえ! 違いますっ!」
「? なんの話だ?」
「お前にゃ関係ねえ。ともかく、いくぞ」
ちょ、うわぁ! とか喚く声を丸きり無視して、羽織は雫を荷物のように抱え込んで何処かへと去っていった。
部屋に残された者たちは、唖然とするしかなかった。
およそ一話あたりから存在した設定が五十七話で日の目を見る。なんだか感慨深いです。