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第五十六話 当主








 強制招集。

 総会の中でも特に重要度と緊急性が高く――それが要請された時、いかなる行為よりも優先され、全ての作業を中断してでも参加が義務付けられている総会のことだ。

 強制召集を開く権利は条家十門盟主のみが保持しており、それ故に開かれることは酷く稀。今回のこれも実に五年ぶりの強制召集である。

 とはいえ、流石にいきなりであるため、自宅にて何やら作業をこなしていたものはまだよいが、外出している当主も無論に存在し、彼らが集まりきるには少々の時間と手間がかかる。それでも十門当主十名が揃うまで、強制召集総会は開かれることはない。

 屋敷にあった当主たちは総会の間に速やかに集まり、そして静かに座して待つのが決まりとなっていた。

 そうして座してかれこれ一時間ほどは経過しただろうか――それでも誰も微動だにせず、沈黙の内に総会の開催を待つ。

 外に出ていた当主も急ぎ立ち戻り、同じように総会の間にたどり着いては座にて待機する。ぽつぽつと外出していた当主も集まり、最後に


「――遅れまして申し訳ありません!」


 がら、と急いているため些か乱暴にフスマを開くのは七条。

 最も遠くにて任務をまっとうしていたがため、こうも遅れてしまった。集合が最後になってしまった。

 とはいえそれは責められる類のことでもない。予定もなにもなく唐突の召集だったのだから、仕方が無い。

 いつもは手厳しい三条でさえ、そこには文句のひとつも皮肉の一刺しもなく黙していた。

 七条はそそくさと自分の座へと向かい、腰を下ろす。そこでようやくほっと一息つけたようだが、すぐに切り替える。他の当主たちと同じように、上座の一条へと視線を向かわせる。

 これにて随分と、本当に随分と久しく――一条、二条、三条、四条、五条、六条、七条、八条、九条、十条という十門当主全てが揃ったのだった。

 それを見計らい、一時間以上も石像のように硬直していた一条が満を持して動く。立ち上がる。


「突然の強制召集、すまなかった。よくぞ皆集まってくれたと、まずは礼を言おう。

 ――では、条家十門強制召集総会を――ここに開く」


 言い切り、一条はゆっくりと緊迫感を保持したまま姿勢を正して座る。

 いつもならそれを皮切りに誰からか言葉が飛び交う場面だが、今回は誰も口火を切ろうとはしない。

 誰も、今回の総会の理由を知らないのだ。なにもわからず、だが一条が強制召集までするほどの大事が起こったという不安だけが渦巻いて集ったのである。

 だから総会を要請した張本人へと視線が集まるのは道理。

 一条は、嘆息を漏らしながら、やや表情を翳らせて口を開く。


「皆も知っていようが、今日は黒羽総帥が我が屋敷に訪れた。その際に起こった件が、今回の総会の因となっている。その説明をしよう、ひとまず傾聴していてくれ」


 つらつらと先ほどの理緒との間に巻き起こった事件――急ごしらえなため雑な計略と、しかしそれに嵌ってしまった愚かな自分について語った。

 当主たちが揃うのを待つまでの間、幾度も言葉を選び考えていたので、一条はつまずきなく言葉を運べた。

 ひとつひとつの言葉に自戒の念を交えながら、自省の思いを忘れずに。


「――これが今回、黒羽総帥と会談して起こった事のあらましだ――“黒羽”と、真っ向から合い争う羽目になってしまった」


 ざっとあらましを言い終えると、同時に一条は姿勢を正して頭を下げる。


「すまない、完全に俺の失態だ。皆でどのようにでも俺を罰し、責めてくれ」


 盟主として皆の決を預かる身。

 一条の行動はおしなべて条家十門の意向ということになる。一条の言動は全てそのまま条家十門の意思となる。

 だと、いうに。

 この体たらく。この大失敗。この――未熟さ。

 なにが一条家当主、なにが条家十門盟主、なにが――最強か……!

 他の者どもへ迷惑などという安い単語では済まされないほどの大迷惑をかけてしまった。もうひたすらに謝る他無い。

 いや、それだけで足りようはずもないが――最初の一歩は謝罪くらいしか、なかった。

 そんな一条の謝辞に、当主たちは困惑してしまう。

 誰もがいつもの――一条家当主としての――毅然とした一条からは想像もつかないほど弱みを見せる姿に、どう何を言うべきかわからなくなってしまう。一条が盟主に就任して以来、はじめての出来事だったので、当主たちが固まってしまうのも無理はない。

 だが。どこにでも例外はいるもので。


「ふ――はははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!

 でかした! よくやってくれたな一条の旦那!」


 最初に沈み込むような静けさを破ったのは、四条の気持ちのいいくらいの破顔。笑声。


「“黒羽”との大喧嘩となりゃあ、そりゃあ楽しそうじゃねーの! おれぁ大歓迎だぜェ!?」

「……四条、あなたね」


 この雰囲気で開いた口がそれを言うのか。七条はほとほと呆れ果てたというように額に手を置いた。

 すると四条が笑みを向けてくる。その気はなくとも性格上、挑発的な笑みを。


「なんだ七条、怖気づいたのか?」

「なっ!? そんなわけがないでしょう! “黒羽”がいくら四大機関などと称されようが、我ら条家十門の前には塵芥も同じ。恐れる道理などありえないわ!」


 ふ、とその言には三条が反応する。四条と七条のやりとりで、解凍されたように常を取り戻し、傲慢げに言い放つ。


「あなたと意見があうのは珍しいが――それは同感だ。たかだかカラス風情が喚いてきただけのこと、羽をむしって踏み潰してやろうではないか」

「はは、三条も楽しそうじゃねーの。お前もお前でけっこー喧嘩事好きだよな」

「ふん、お前のジャンキーと一緒にするな四条。オレは単に粋がった世間知らずの戯けの鼻を折るのが笑えるだけだ」


 変わんねーよ、と歯を見せ笑う四条の隣で、


「世間知らず――条家十門に戦いを挑み、その結果が見えぬようなほどの阿呆ということか」


 五条がぼそりと独りごちていた。

 それは、きっとこの満座の共通意見。いや、思想や信仰とさえ言っても過ぎていないかもしれない。

 いつもは穏やかで通っている二条でさえ、血気盛んな発言を漏らす。


「まあ、少なからず衝突のあった“黒羽”機関だ、このあたりで綺麗に決着をつけておくのも、悪くはないだろうな」


 ――現場にでることも多い二条なので、もしかしたら“黒羽”と悶着あったことが多かったのかもしれない。

 思ってもみない好戦的な発言の乱立。一条は目を丸くして驚いてしまう。そんな一条の肩を、ぽんと優しく十条が叩いた。

 十条は、弓のように目を細めて、一条にささやきかける。


「一条様、そう気落ちせずともよいのです。この程度の些事で、誰もあなたを責めたりは致しませんよ。充分、取り返せる失態でしかありません」

「……」


 そういうことなのだ。

 この場において、一条の詫びることなど――即座に取り返せる程度のものに過ぎないのだ。

“黒羽”に抗争を吹っかけられた? だからどうしたと言うのだ。仕掛けてきたというなら叩き潰すだけではないか。完膚なきまで――屈服させてやるだけではないか。

 ――一般的客観的に鑑みて物凄く物凄い大事に対して、条家十門とはなんとも豪快でいて不敵な組織である。

 だが、それでこそ千年もの歴史を存続してきた魔益師機関であり、最古最強の退魔師集団。

 一条は少しだけぽかんとしてから、無駄に力んでしまった分のあれこれを吐き出すように巨大なため息をついた。


「全くの杞憂だったか」

「ええ、それはもう甚だしく。無益に落ち込まれてもこちらが対処に困りますよ、あなたはどっかり上座で胡坐をかいていればよいのです」

「こいつめ、言ってくれる」


 微笑みのような憎まれ口に、一条は苦笑を浮かべて居住まいを崩した。緊張や罪悪感から正座していた脚を、いつものように肩膝を立てて無造作極まりない姿勢に戻した。

 それで一条の心の整理がついたのだろうと推察し、六条が低い音で声をかける。


「それで一条様、試合と申されましたが――いかなる方式となったのですか?」

「ん、ああ、そうだったな」


 抗争という無秩序で暴力的で野蛮な戦争行為を、試合と名づけることで気休め程度にだがマシな方向に引き上げたはいいが――その付随というか本命で生じた問題点。

 つまりが試合形式をどうするか、ということである。

 これについては既に理緒と一条で話し合い決定している。公平、とは些か言い難いが、それは先に手を出した者の負い目である。甘んじて頷く他にはなかった。

 それは当然、誰もが理解しており、だから次の一条の語る言葉も、おぼろげにわかってはいた。


「試合の形式は、人数無制限の乱戦のような形になった」


 そう、その選択しか“黒羽”にはない。

 もしも一対一のような、それでなくても数を制限したり、互いに向き合った状態からはじめる戦闘などでは――絶対に条家十門に勝ち目はない。

 個々単一戦力において、条家は世界でも最高峰。ここはいくら驕ろうとも、いくら自信があろうとも覆せない真理のようなものだ。

 ――もしも条家十門の手練とやりあう時があったなら、最低でも絶対に二桁以上の人数は必須である。

 他組織では、そのように厳命されているところもあるほどだ。

 まあ、条家はあまり対人でその威を揮うことはないのだが、例外が存在するのも事実で、また言い含めておかないと馬鹿が勝手に馬鹿をするものなのである。

 だが、条家十門にもネックはある。

 いや――条家だけではないが、特に条家では顕著であるといえる弱点、欠点。

 それは、人数だ。

 量より質を重視する条家は、絶対的に他組織よりも構成員が少数なのである。

 血族だけで結成された集団なのだから、手広く勧誘というわけにはいかないのだから当然ではあるのだが。とはいえ羽織のように当主から容認をもらえれば、一応は条家の一員となることは可能だが――それは一握りの有能な魔益師だけである。数を補うほどにはいない。

 そこにきて“黒羽”は、四大機関一角の“黒羽”機関は、条家の逆。質より量に重きがおかれている。

 日本国内にも数多の支部が配置され、海外にさえ手を伸ばすほどの勢力は他の追随を許さず、国内では魔益師保有人数は最も多い。

 まあ支部を増やしすぎて、一週回ってまた人員不足に悩まされているという実情があったりするが、それでも規模でいえば条家を軽々と抜きさるのは本当だ。

 だから、人数無制限。だから、乱戦。

 言ってしまえば多勢に無勢という奴である。


「ともかく何人でも好きなだけ集めて戦う。それだけだ。ルールらしいルールはほぼない。

 敗北条件はみっつ――盟主か総帥が敗れるか、または自軍の八割が倒れた場合――そして、相手方の者を殺めてしまった場合だ」


 最後の項目は、一条が頑として譲らなかったため、理緒が渋々折れたという経緯があったが、それは語る必要もないだろう。

 戦争と試合の違い――そこだけは、違えてはならない。


「それは……なんだか合戦のようですね」


 割合のん気に九条が感想した。おそらくは人死不可のルールに安心しているのだろう。

 場違いなほどのほんわかした感じに――前回の総会を気負っていなかったと安堵すべきか緊張感をもてと叱咤すべきか、一条は一瞬迷って苦笑だけに留めた。


「まあ的を射ているな」

「合戦かぁ、いいねェ、その派手な感じ。もうわくわくしてきたぜ!」


 子供のように目を輝かせ、四条は顔全体でニッコニッコしていた。

 というか四条ならず他の当主たちもまた、なんだか意気高揚といった風情だ。

 まあここまで大きな――それも命のやりとりではない純粋な力比べの――戦いとなると、強すぎるがため力を常に持て余している当主たちは心躍るのかもしれない。全力を発揮する機会に恵まれず、中途半端な戦力で戦ってばかりいてはフラストレーションが溜まるものだ。条家十門の当主といえやはり人間で、戦闘者なのである。

 そこにくると流石に十条は歳のせいか、ついてはいけなかったので口を閉ざしていたが――思い出したようにふいと視線を動かす。


「そういえば八条、先ほどから黙りこくっているが、どうかしましたかね?」

「む、いや……随分と久方ぶりの総会でな、どうしたものかと思っていただけでごわす」


 八条家当主。

 恰幅のよい大男で、その身長は高い。遠目で見れば、少々細めの力士のようにも感じたかもしれない。

 彼はなんというか、ある意味で四条よりも喧嘩っ早く様々な戦場に自ら赴いては魔害物と対峙する御仁だ。

 とはいえ彼は八条。その役割は“護り手”。自ら手をあげることは決してない。というか、攻撃力が皆無なのである。

 だから為すは誰かを守ること。庇うこと。身を呈すること。

 ひとりでも多くの者を守りたい、ひとつでも多くの死を退けたい。ゆえに四条よりも多くの戦場に出向き、そうそうは屋敷に残っていることがない。総会に、ほぼ毎回欠席しているのだ。

 今日に限って部下や一族の者たちに「いい加減休め」と半ば無理やり休養させられていたのだが……タイミングが良いのか悪いのか強制召集がかかって現在に至る。

 八条の困ったような物言いに、七条が嘆息を漏らす。


「……あなた、まだその癖直ってなかったのね」


 癖――語尾にごわすとつける、謎の癖である。

 とはいえその論議は七条と八条で散々やっていたので、八条は軽く謝るていどで済ませた。

 そこらで話に区切りがついたと見て、一条はさらに付け加える。


「それと、出場する人数は無制限といったが厳密には制限がある。いや、なくてはならない。最低限の業務に支障をきたさないだけの人数は残す、抗争ではなく試合なのだからな。

 我々の場合、各屋敷ごとの護衛の者数名と最重要の依頼があればその処理をできる程度には人数を残すべきだろう。六条や九条などの後方支援の者にも幾人か残って欲しい。それに――」

 

 などなど、やはり条家という方々から頼られる機関として残しておきたい最低限という数は馬鹿にならず、もとより少数精鋭だったのがさらに数を減らしていく。

 これでは人数に圧倒的な差が生じてしまう。

 向こうはもとより抗争を吹っかける予定だったのだ、仕事の依頼などは調整してほとんど受諾していないに違いない。最低限という言葉を、そのままの意味で使えるのだ。

 当主たちもややそこに懸念を抱かざるを得ないが、それに反して一条は全く問題にしていないかのように不敵だった。

 本当は迷っていたことだが、総会を開いてみてわかった。

 自分の杞憂なぞ、小さなものでしかないと。条家十門は、揺るがないと。

 だから、どこまでも不敵に――一条は断言する。


「と、そういうわけで、こちらの戦力はなんとも少ない。だからはじめから――我らは当主全員と、あとはそれぞれが推挙した者だけで戦おうと思う」


 十名と、あと数名だけで、“黒羽”を相手取ろうと思う。


『…………』


 なんともとんでもない大言壮語に、数瞬誰もが呼吸すら忘れてしまう。

 そして、誰からともなくくつくつと笑みが膨れ上がる。


「く……はは、なんとも剛毅な話じゃありませんか、一条様」

「いやしかし、それはなんとも……くく、わかり易い」

「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」


 二条はどうにか笑いを噛み殺しながら言って、三条も唇の端で微笑をたたえ、四条などはもうただただ大爆笑だった。

 他の者もまたどうにか忍び笑いを堪えたり、微笑をたたえていたりと、誰もが嘲りではない笑みを口元に浮かべていた。

 とぼけたように一条がひとつ頷く。


「ふむ、誰も否はないようだな」


 ゆっくりと、強い確信をもって当主九名はしかと頷く。

 それで充分過ぎると。

“黒羽”なぞ、無数の退魔師なぞでは――条家十門は小揺るぎもしない。

 当主の破格の強さは、その己への信仰は――微かのブレもない。


「しかし推挙した者とは、どういう意味です?」

「それは単純に、こんなお祭り騒ぎだ、参加したい者もいようし、殺人を禁止しているお陰で若輩にはよい経験になると思ってな。それに、当主として信頼している者もいよう。それらの者も参加を許可するということだ」


 ちら、と一条は言いながら静乃の補佐に座る羽織に目線を送ると、当人はきょとんとしていた。珍しい様に少しだけ、おかしくて笑ってしまいそうだった。

 一条の言に成る程と、他の当主たちもそれぞれ誰にとも無く独り言のように呟く。


「せがれにもいい経験になるだろうな」

「オレの所にも、経験の足りていない奴がいたな」

「うちはゼッテェ誰もださせてやんね。おれの楽しみが減っちまう」

「……経験の不足する者などいない」

「六条も、あまり表沙汰に顔をだすわけにはいきませんしね、私ひとりで充分でしょう」

「どうしようかしらね、こういうのに参加したがる子はいるのでしょうけど」

「虎雄……竹……八坂……」

「信頼している、ひと……」

「困りましたな、十条にはあまりこういうお祭り騒ぎは似合いませんでなぁ」


 そうやって思い当たる人物がいるのは良いこと。

 一条は自分に身内のないことをほんの少しだけ寂しく思って、だがそれ以上に頼もしさを感じて最後に締めくくりの言葉を口から放る。


「試合はこれより二週間後――各々、準備と鍛錬を怠るな」

「御意」

「よい返事だ。またよい成果を期待する――では、ここに総会を閉じる」










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