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第五十話 勧誘






 あれから数日、羽織は浴衣の依頼で少々の探し物をしていた。

 理由は違えど羽織としてもその探し物には用があったので、割と乗り気で町中を探し回った。

 だが、これが中々見つからず、悶々と日々を闊歩に費やす羽目となってしまう。羽織はすぐに我慢の限度をきたし、面倒だから六条の手を借りようと決意した。地道な散策とか大嫌いな羽織である。

 とはいえ、六条も流石に忙しい――羽織の言う六条とは六条家当主の時久であり、他の六条に知り合いはいない――いきなり現れるなりそのような私事を頼まれても時間がとれようはずもない。


「わかりました、明日には時間を作りましょう」


 とだけ約束を取り付け、仕方なく今日も今日とてブラブラと歩き回っていた羽織だが――なんの因果か、こういう日に限って――


「見つけちまったよ……」

「……」


 探し物は、見つかってしまうものなのである。

 探し物――それは輝かしい金髪の、無表情な少女。

 マッドの娘にして、強化処理を施された魔益師、ふたつ目の懸念たる存在――リクス。

 あの時。

 ビルディング最上階での交戦ののち、羽織たちが九条家へと帰ろうとした時にはリクスの姿は既に消えていた。

 浴衣はすぐに探しましょうと強く主張したが、それよりも浴衣の身のほうが重要であったし、心配に潰れそうな静乃に早く吉報を知らせてあげたかった。

 ので、浴衣をどうにか言いくるめて、後で必ず探し出すということで手をうったのだった。

 そうして約束どおり探して――今日この日、ようやっと見つけた。

 

「……私を、殺すの?」


 いきなり現れた羽織に驚くこともなく、リクスは眉すら動かさずに淡々と問うた。

 自分を、殺すのかと。口封じのために、殺すのかと。

 即答、もしくは答えるまでもなく殺されると思ったリクスだったが――アテが外れる。羽織はんー、と迷うように唸っていたのだ。


「そうしようと最初は思ってたんだがな、その前に一個提案がある」

「提案?」

「ああ。お前、おれの駒にならねえか?」


 それはつまり、自分の手下になれということだろうか。

 意味がわからない。意図がわからない。


「何故……何故そんな提案をするの?」

「浴衣様がお前を気に入ってる。お前が死ねば、悲しみに暮れ、泣き喚くってくらいにはな」

「――――!」


 それは、それはどこまでも嬉しいことだった。

 友達――生まれてはじめてできた、確かな友達。

 そんな友達が己の身の安否を、本気で案じてくれるだなんて、それは感激できるほどの嬉しいことだ。嬉しすぎて、涙が零れそうだ。

 とはいえ、羽織は微か過ぎるリクスの表情や感情の機微になど気付けなかったが。ともかく話を進めることにする。


「知られたくないことが個人に露見した場合、対応はふたつだ。殺すか、引き入れるか――基本的には前者を選んできたおれだが、お前は例外的に後者を選んでやる。浴衣様の顔を立ててな」

「ずるい。断れば、私は殺される。こんなの、ただの脅迫」

「違うね。お前はもうどうしようもない状況のはずだ。

 浴衣様から聞いた、お前がマッドに協力していた理由。引け目、負い目、後ろめたさ――母親の死の拒絶」


「だが、そのマッドはもういない」


 死んだ、とはあえて言わない。その確証はないのだから。

 とはいえ、生存の可能性は伝えない。勧誘の際に、不利な言葉を使うものではない。


「母の死を拒絶する材料が、お前にはもうないだろ。どうせ生き返る――そんな自分でも信じてねえ言い訳も、マッドがいなきゃ本当の意味で効力を失くした。じゃあお前はどうする? これからを、どうするんだ?」

「これ、から?」

「ああそうだ、これからだ。これから――これからどうしようもないだろ、お前。死んでも、別にいいかって思ってるだろ」

「…………」


 見透かされている。リクスは微かに目じりを下げて迷いを見せた。

 やはり、その程度の極小変化、羽織にはさっぱり感知されなかったが。


「だから、これは脅しとしては成立していない。お前の、お前個人の選択だ」

「……」


 リクスは俯き、髪で表情を覆い隠すようにして羽織の視線から逃れる。

 ――その仕草で、羽織の言葉に一瞬の否定要素も感じさせない様子に、些かあった懸念は単なる懸念で終わったことを羽織は確信した。

 些かあった懸念――リクスはマッドの生存を知っているかもしれない、ということ。

 だがその懸念は立ち消えた。リクスはマッドの生存を知らない、知らされていない。羽織は相手の反応で虚実の判断くらいできるのだ。

 それと同時に、マッドの外見はあれそのままであることもまた確定。

 リクスが――実の娘があのヒトガタをマッドと思い込んだのだ、その外見は相似ていどでなく同位と考えるのが妥当だろう。

 欲しい情報も得たことで、羽織はそろそろ話を畳み掛ける。最も切れる切り札を切る。


「安心しろ。おれの駒ったって、やってもらうことは浴衣様の護衛だ」

「え……」

「今回のことで、おれも少し反省した。やっぱり四六時中、学校でもどこでも浴衣様には護衛がいる」

「…………」


 それは、心配性過ぎる気もしたけれど。

 それだけ大事にしているということ。リクスにだってそれくらいは伝わった。


「屋敷なら、まあおれがなんとかするが、学校は無理だ。九条様だって放っておけるはずがないし、潜入するのも面倒だしな。だからお前は浴衣様と同じクラスに入ってもらい、表向き友達として接して、いざとなったら盾になれ」


 盾、とリクスは小さく呟く。

 羽織は耳聡くそれを聞き取り、大きく頷く。


「よかったじゃねえか、お友達と仲良く学園生活が送れて、しかもそのお友達の危機を救えるんだぜ? 役得以外のなにものでもねえじゃねえか」

「っ」


 わかってる。

 リクスにだってわかってる。

 口八丁で言いくるめられていることくらい、わかってる。

 だが――羽織の真意に毒が満ちていようが、言葉は蕩けるほどに甘い誘い文句で。

 弱い弱い――いや、弱いと己で思い込んでいる少女は、


「……やっぱり、ずるい。そんなの、断れるはずがない」


 これ以外の答えなどあるはずもなかった。








「てかお前、あの総帥が言ってた調整ってのはいいのか?」

「私は、単純な改造強化人間……ヒトガタとは違うから、調整は必要ない」

「へえ、なんだそうなのか。そういやヒトガタは身体が脆弱だとか言ってたな。そのための調整ってことかい……」







 五十話で狂科学者編完結。

 思った以上、想定以上に物凄く長くなってしまった。 

 これでまだ前半戦というのだから、先が思いやられます。


 まあ、ともかく次に番外編だけ挟んで、第二幕に移行します。

 次は雫と理緒がメインの幕となるでしょう。そしてまた羽織は出番が少ない。本当に主人公なのだろうか……。


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