第四十四話 名称未定
相手の戦術――赤の少女が距離をおいて鞭を振るい、その能力により敵を痛みにのた打ち回らせる。二次的に行動は封じられ、その隙に青の少女が号令を発し無数の紛い物により押し潰す。
分析はそんなところだが、厄介さに些かの変動もなくやや落胆。
とはいえ、この戦術も完璧とは言いがたく、攻略の手は思いつかないでもない。
たとえば鞭の届かない位置にまで下がれば、まずは前提が崩壊するだろう。
だがこれでは抜本的な問題は放置しているし、発生源は生存しているのだから紛い物どもとキリのない戦いを強いられる羽目になる。
相手も人間だ。魂魄能力にも限度があるはずで、こっちが無数の紛い物と争ってる内に発生源の少女のスタミナが切れる可能性に賭ける、と言えば聞こえはいいが、正直ヤケと大差はない。
本当に面倒厄介な能力だ。一刀は嘆息した。
物量による圧倒、それは単純だが単純ゆえに攻略法がない。羽織でさえも逃げの一手を決め込んだ。ならばその解決を考えるのは無駄だ、別の方策で勝利を目指すべきだ。
そのため退くのは選択としてはありえない。
ではどうするか。
一刀は考え、導いた。その答えはやはり明快――逆に突っ込む。
しかして、赤と青の少女自身は敵から一定距離離れ、少数の紛い物を警護においてあり、反撃も容易ではない。
それでも突っ込むのか。
そう突っ込む――だが、、先に赤の少女を討ってからだ。
「八坂、悪いけど一発、一発だけ我慢してくれ」
「なんか考え付いた?」
「我ながら物凄く頭悪い方法だけど、ね」
こそりと耳打ち。
八坂は一瞬だけ驚きに目を見開き、すぐに渋い顔をする。
なにか文句を口にしかけ、面倒になったのか閉ざした。自分で作戦のほうを丸投げして、それで提示されたものに不満をたれるというのも格好がつかない。
「わかった……」
「ごめん」
謝罪とともに、一刀はぐりんと身体ごとコマのように回転。周囲の紛い物を一気に吹き飛ばし斬り飛ばす。
一掃――前進。
躊躇わず一足で鞭の間合いに踏み込む。
「ふっ」
指定範囲内に侵入者。それを認知した時点で赤の少女の腕が霞む。鞭全体が消え去ったようにしなる。
目配せ――頷きあい、ふたりして足を止める。八坂が一刀の前に立ち、一刀は一刀で集中。
なにをする気か。だがヒトガタは悩まない。鞭は一瞬もブレずに突き進む。
飛来する黒鞭は蛇のごとし、既にそれは斬撃の領域となって八坂を襲う。
対して八坂は――具象化を解く。
「!」
これには一刀も驚くが、すぐに意図を悟る。
鞭の能力が痛みを負わせるものだというなら、こちらの耐久性には意味がない。意味なすのは痛みに耐える精神力、言ってしまえば根性とかそういうものだ。ならば具象化を解いても問題はなかろう。
代わりに、八坂は指輪を具象化する。
九条の宿す魂の力、受け継がれし魂魄の形。
その能力は“存在の治癒”。あらゆる傷を癒し、どんな穢れも浄化し、いかな損壊も治す。
それは治癒の最上級。
だが待て、忘れたか。相手の能力は痛みを付与するもの、傷をつける類の能力ではない。ならば治癒に意味などないであろう。
八坂だってそんなことはわかってる。だからその能力の用途は治癒ではない。八坂がなすは、“存在の治癒”でもって――治癒という概念を無理やり拡大解釈し、“苦痛を和らげる”。“痛覚の機能を麻痺させる”。
無論にそんな認識はやったことも考えたこともない。うまく認識し“存在の治癒”を作用させるのは少々無茶だ。
確かに治癒は傷を癒し、痛みを発する要因を消すことで副次的に痛みをなくすが、順序が逆だ。主目的から外れる。解釈は困難だろう。
焼け石に水、やらないよりはマシ。その程度の効力しか期待はできまい。
だがそれで充分!
それで耐えてみせると、強く信ずる。それが力になるから。
バチン、と激しい音とともに八坂に鞭が叩きつけられる――鞭を振った際に生じる耳残るあの音は、実は鞭の先が音速に達したために起こる空気を叩いた音なのだという。そう、物体に当たって生じる音とはまた異なるのだ。だが、その音以上に叩き付けた音のほうが鮮烈に響いたのは、その威力の証左か。
「っッゥウ!!」
八坂は激痛に悶絶。先ほどよりも痛烈なのは、この一撃で仕留めるためか。
すぐに指輪より苦痛を緩和するように”存在の治癒”を走らせつつ、八坂は――
「ッッァア!」
決死の覚悟で、鞭を掴む。
「!」
鞭が飛び、敵にぶつかったこの瞬間は、この瞬間だけは鞭自体は完全に無防備。だから、痛みを断続的にくらうことを覚悟すれば、鞭自体を掴み取ることもできる。今、八坂がやってみせたように!
そして一刀の狙いはこれ、この短時間。この極僅かな瞬間で――“鞭を叩き斬る”!
「一条一刀流・無限斬刀術が一手――」
突然だが。
認識の中には稀になかなか楽しいものがあったりする。
そのひとつがこれである。
認知度の低い割に結構、誰でも使用している認識で、その内容を単純に言えば「技名を叫びながら放つと強くなる」現象のことだ。
漫画的な感じそのままに、高らかに叫ぶと技の制御が増し威力も向上するという、なんとも楽しい認識である。
無論、技名でなくてもよく、呪文でも雄叫びでも、とりあえず「今までの一撃とは一味違うぞ」と自分に印象付けることができればよいのだ。
それが特殊な技であると意図して区分けし、なんとなく通常の使用よりも強いと認識することで技単位で強化が起こるというものなのだが、そういう理屈を抜きにしても気持ちよく叫ぶだけで気分がいい。
恥ずかしがって黙っているよりも、思い切って叫んだほうが強くなる。なんとも笑える理屈だが、それがそうなるのが魔益師なのである。
ただこの認識は当たり前過ぎて、名称が存在しない。名前を叫ぶ認識に名前がないのは、どこかおかしなもので、いずれ誰かに名付けられる時はくるのかもしれないが。
当たり前、というくらいだから使用例は多い。
たとえば雫の場合。
必殺を期する時には、なにやら物々しいことを口走っているが、あれは確かに威力の向上に一役買っている。
条やリクスらも、叫んだり囁いたりしている。
――そして、一条に伝わる刀術にもまた技名がつけられており、それはその威力を底上げしている。
だから叫ぶ一刀の一撃は、
「“断斬”!!」
全てを断ち斬る驚愕の斬撃となる!
ズパン。という清清しいほどの剣響が、たった一瞬の間に数え切れないほどに連続で弾けた。
信じられない連続攻撃。一刀が斬り叩いた部位と寸分違わぬ箇所に向けて、追撃の斬撃が後から後から結果し続ける。
“断斬”――刃を叩きつけ、叩き付けた部分を的としそこに限界まで連続して斬撃を結果させる技だ。
硬質の物体を斬り裂き、斬り開くことを目的とした、ある種の一撃必殺。その神髄は、あらゆるを斬り貫く恐るべき貫通力にある。たとえ具象武具といえど、その掘削機のごとき同箇所同時連続斬撃は耐え切るは困難。
だが、
「ぐッ……ゥゥッ!」
無論に、一刀は鞭に触れたことで激痛に苛まされることとなる。一刀の能力が通じるなら、敵方の能力に晒されるのも道理。
だからもう、これはシンプル極まる我慢比べ。
一刀と八坂が痛みに意識を失うのが先か、鞭が斬撃連打に耐え切れず裁断されるのが先か――真っ向からの我慢比べ。
「ぉお、オォォォオォ、ォおおぉぉおぉおおぉオオオオオォオオオ!!」
痛みから気を逸らすために、己を鼓舞するために、一刀は雄雄しく叫ぶ。
斬ると、それだけを念じて刃に魂の全てを捧げる。
「っ」
赤の少女は逆に、耐え抜くという想念を強く武具へと伝え、その斬撃に耐え忍ばんとする。
断ち斬る断ち斬る断ち斬る!
耐え忍ぶ耐え忍ぶ耐え忍ぶ!
斬る忍ぶ斬る忍ぶ斬る斬る斬る!
熾烈な衝突の結果は、やはり認識に因った。
認識強度の差異。
条家という強烈な自負と、ヒトガタの無感動な定型の強さ。単純な戦力にしてみれば趨勢はわからないが、真っ向から認識強度での勝負となれば、圧倒的に一刀が優勢。
打ち克ったのは、一刀の斬撃。
断――鞭の形をした魂、具象武具を見事ばっさり断ち斬った。
「――!」
魂の具象武具が破られる――それは、魔益師に激しい反動が返るということ。
その反動は凄まじく、下手をすれば絶命にまで及ぶ。そこまでいかなくとも最低数日は魂魄の活動は停止し、能力の使用が不能になるのは確定的だろう。故に魔益師は、絶対に具象武具の破砕だけは避けなくてはならない。それは敗北を意味するのだから。
赤の少女は意固地になり一刀と競ったがために、余計に被害は増している。電池が切れたように意識を失い、この先どうなるかは予測もつかない。
そこで。
八坂が即座に一刀の背を押す。治癒を注ぐため、なによりまだ立ち止まるなという意味で。
「わかってるよ……ッ」
反射的に倒れた少女に伸ばしかけた手。引っ込めた――これは戦いだから。
だから一刀は倒れた少女よりも、未だ健在な少女に向かって走らなければならない。
反して、身内が倒れたというのにやはり青の少女は無表情で、無機質のまま指揮者のように腕を振るう。警護のために近くに置いてあった紛い物が一刀に向かって斬りかかる。
刺突、輪斬り、袈裟懸け、掬い上げ、乱れ斬り――
「勝たなくちゃ――半端者でも、僕は一条を背負っているんだから!」
一刀は構わず、腕を存分に伸ばして刀で半月を描く。邪魔立ての一切を斬り捨てる。
「かひ!?」
紛い物など既に眼中にはない。一刀は身体を押し出すように青の少女に肉薄する。
少女は咄嗟に身を捻ろうとするも、遅い。人形遣い――変則的な種類だが――が接近を許せば、それは敗北と同義。
一刀の返す刃が青の少女の身に達し、そして斬撃が結果する。
そうして、青の少女は呆気なくも膝を折った。




