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第四十二話 乱入者






 雫は駆けるではなく、前方方向に跳躍。

 距離を殺して間合いを調整。着地とともに刃を一閃させる。

 素早く細やか。技巧的なる鋭刃。

 あまりの鋭さにリクスをして受け止めることはかなわず、だが回避は容易の速度域。

 危なげなく一歩体を逸らす。そして刃が通り過ぎた瞬間に前へ。掌底をかます。

 雫は途端に屈伸運動、全身を沈め手のひらを避け。即座伸び上がる要領で斬撃を掬い上げる。リクスは顎を上げ、首の動きだけで紙一重でやり過ごし、同時に足を跳ね上げる。刀の柄尻を蹴り上げる。雫は咄嗟にその衝撃に抗いきれないと理解し、半ば自発的に柄から手を離す。これにより思ったよりも雫の体勢は崩れず、手早く次撃に移行。蹴飛ばされた刀は消失させ、振り被った右手のひらに再度具象化。


「!」


 そんなにも高速で再具象化ができるなんて! なんて魂の制御力か、リクスは驚き目を剥く。

 驚愕は隙。

 振り下ろすとともに具象化が完了し、その白刃がリクスの白い肌を裂き――爆撃。


「ぐっ」


 魂魄能力”爆撃の生成”。どこでもいつでも爆発を巻き起こす能力。それがなんとか間に合った。

 ただし素での発動ゆえに、その威力は低い。ダメージは薄い。

 とはいえいきなりの爆撃と爆風は雫の平静を揺るがし、思考を揺らす。

 通常より爆煙も多く、視界は悪い。おそらくは煙を多くだす爆撃を選んだのだろう。ならばこの場で何するも危険。視界が悪いのは様々な危険が伴う上に、それが相手の意図だとしたら尚更だ。判断して雫は六歩分退き、正眼に構えなおす。

 能力を使って煙を吹き退けてもよかったが、それは隙を生む。自然に煙がひくのを待ったほうが賢明だろう。

 リクスのほうも静かに視界が回復するまで待ち、その間に遅まきながら魂を具象化、巨大銃砲を握る。

 煙が晴れ、リクスは雫を視認――その表情は強気な笑みで。


「ふ」


 雫の側から見たリクスの表情はやはり無表情だけど――


「……っ」


 どこか、余裕を失くしているようにも見えた。

 ほんの数時間前――屋上でのやりとりでは歯牙にもかからぬ実力差であったはず。負けなど端から考慮外だったはず。

 なのに、今ではどうだ。雫は真っ向からリクスに食って掛かっていた。喰らいついていた。脅威となっていた。

 少なくとも……無手では不味いとリクスが判じたほどには。

 雫は強気な笑みのままに挑発と本音の境を投げつける。


「どうした、ヒトガタ。動きが先より鈍いんじゃないか?」

「そんなことは……ない」

「!」 


 予想外に返された返答に驚き、雫は向けられた砲口への反応がワンテンポ遅れる。

 がきん、と引き金が引かれ、獣の咆哮のような銃声とともに発射される弾丸。


「っっあ!」


 必死で雫は右へ跳び、風を吹かして飛来する弾の弾道を左へ逸らす。

 無論、逸らすなどといっても速度的にそう上手くはいかず、軌道をほんの僅か五、六度ずらした程度。だがそれで充分十二分。

 弾に掠ることもなくかわし、激しく転がるようにして受け身をとる。

 雫が体勢を立て直す頃には避けた砲弾はそのまま壁へと着弾、破裂――轟音。


 ――――!!


 先ほどとは比べ物にならないほどの爆撃が弾けて、部屋の壁の一部が消し飛んだ。余波が嵐のように部屋中を吹き荒ぶ。

 一応は、リクスの能力を念頭にいれて通常よりも厚く拵えてあった壁だったが……その努力むなしく砕かれてしまった。当初マッドに測定されていたものよりも、その能力出力が向上しているのだ。

 鮮烈なまでの爆撃の破壊力を目の当たりにし、雫は一瞬震える思いだったが。

 だったが。

 これを。

 雫はこれを、待っていた!


「ふっ」


 集中、集中、集中。

 過剰なほどに精神を集中させ、己が魂に問いかける。その活動を促進させ魔益を増産する。増幅する。

 ――イメージは既にリクスを最初に取り逃がした時には固まっていた。必要分の魔益も編み上げた。後はそれを、実現するだけだ。

 見据えるは、集中し感じ取るは――弾丸が爆発したことで生じる、激しく吹き荒れる指向性持たぬ爆風。

 それを――


『発するばっかが能じゃねえだろ』


 ――知覚し、そして、


「奪い、とる!」


 雫は乱れた風の流動を見切り、その全て余さず根こそぎ掻き集める。暴れまわる風を能力で力ずくで押さえ込み、抵抗する風を無理やりに従える。

 知覚し、見切り、奪い取り、括りまとめて刀へと宿す!


「!?」


 嵐のように轟々と吹き荒れていた爆風が瞬く間に凪いだ。否、強奪され、収束し、一所に集約された。

 そう――雫の刀に。


「やってみれば、できるものだな」


 外部の風を無理やりに制御下に置く。世界の力を、自分の力とする。

 少し前までは思いつきもしなかった技法。認識的な話でも、少し前までは不可能だったはずのそれ。だが今の雫になら、この通り、なんとか形にはなった。

 だが、どうやらまだ風を長時間溜め込んでおけないようだ。単純に風量が大きかっただけかもしれないが、とにかくこのまま風を刀に維持していられない。暴発する。

 早めに使い切っておくべきか。ならば。

 雫はスっと大上段に刀を構え――借りた風、全部纏めて。


「風の咆哮――余さず呑み込め!」


 全力で振り下ろす――利息をつけて、そっくりそのまま返却してやる!

 轟ォオ!

 刃を振り下ろす際の刃風と、奪い取った分の爆風とを掛け合わせ、それを能力により強化圧縮した暴風の太刀。

 駆け抜けるそれは、もう小型の竜巻にも等しい小規模災害級の一撃。何者も何物も捻じ切り噛み砕き叩き潰す。

 そんな災害に対抗するのは、人の知恵の粋。


「――シュート」


 臆さず怯えず、リクスはただ自分の魂の力を信じて銃爪を引く。

 荒々しい銃声とともに射出される猛爆の矢。あらゆるを貫き撃ち抜き、そして爆破する大量破壊兵器。個人で所持する兵装でも、個人に向ける兵器でもありえない広域殺傷力を誇るリクスの魂の形。

 それを今回は広域性を捨て密度を高め貫通性を上昇、たとえるならばもはやそれは徹甲弾。装甲撃ち抜く脅威の一撃。

 拡散なく単純に一撃の威力のみに比重を置いたそれは、真っ直ぐに雫の一撃に真っ向から挑みかかる。

 ――転瞬。

 微かも逸れず僅かもブレず、両者の最大出力攻撃同士はぶつかり、数瞬間拮抗したかに見えて――ともに弾けて爆ぜ飛んだ。

 風も弾丸も相討ち消え、残る衝突の余波に煽られふたりは紙のように容易く吹き飛ばされる。ほとんど同時に強か壁に叩きつけられ苦鳴を漏らすも、まだ膝は折らない。敗北者は未だでない。

 柄を握り、グリップを握り、互いにまだまだ終わるつもりは毛頭なかった。

 






「ふぅん?」


 結構、善戦してるじゃねぇか。

 羽織は強風にあおられつつも、割と冷静に戦況を俯瞰していた。

 斬り斬り、撃ち撃ち――剣響や爆音によりなんともうるさい戦いは熾烈を極める。命を振り絞った死闘が、そこにはあった。

 驚くべきは懸命に食い下がる雫か。

 いや、あれは懸命というよりかは……少しばかり異常だ。数時間前に完敗を喫した相手と既に対等に渡り合っているだなんて、一体全体どんな成長速度だ。

 羽織が見ていなかったたった二、三戦分でこの成長度合いだなんて、尋常ではない。実戦経験は訓練の数倍の成長を見込めるが、それにしても異常だ。

 無論に認識による性能の上下もあろうが、それにしたってこうも戦力が拮抗するか。


「勘違いしてたかもしれねぇ」


 加瀬 雫という魔益師の底を。その恐るべき伸びしろを。

 羽織による認識改革や経験値稼ぎを見事に吸い込み、まるでバネのように伸びている。果たして、またこの一戦中にどれだけ伸びるか。

 寒気に似たなにかを、羽織は感じた。

 ――さておき。

 観戦ばかりしてもいられない。羽織は雫への感情に蓋して、顔色を一変。嘲弄に歯を見せる。


「ハッ、どうするよマッド、お前の自慢の娘もあれじゃ負けちまうぜ?」

「忠告痛み入るけれどね、それはありえないよ」


 至って冷静に、至極当然のように、マッドはひょいと肩を竦めて見せる。


「やけに自信ありげじゃねえか」

「当然さ、あの子は私の創った兵器の中でも最高傑作だからねえ、ただの魔益師風情に負けやしないよ」


 なにを馬鹿なことを言っているんだい? そんな自然な口調だった。それは自分の娘の力を信じているというよりは、己が科学力を自負しているようにも感じられた。

 そのような匂いを、浴衣も感じたのだろう。マッドの発言に思い切り怒りを表す。


「実の娘を兵器だなんて呼ばないでください!」

「おおっと、失礼したね」

「って、は? 実の娘……だと?」

「ん? あれ、言ってなかったかい? そうさ、リクスだけはヒトガタではないよ。私と、私の妻の大事な娘さ」

「なっ」


 また、またこう大事なことをぞんざいに扱う。こいつの重要の順序は、価値観は、一体どうなっているんだろうか。ちょっとレポートにまとめて配布して欲しい。

 羽織は眉を顰めてやや口を尖らせる。


「……その大事な娘を、お前は改造強化したってのか」

「そうだけど、なにか問題があるのかい?」

「あるに、あるに決まってるじゃないですかっ!」


 目を細め何事か言おうとした羽織にかぶさって、浴衣は感情に任せて声を荒げる。

 なんでマッドが平然としているのか、浴衣には全然わからないでいた。

 自分の娘をヒトから外したのだ、あの劣等感の渦に叩き込んだのだ。それに後ろめたさがないなど、到底理解の及ぶところでない。理解できないし、なによりそんなの許せるはずがない。

 浴衣はとてもとても大事に育てられたから。母に、そして羽織に。とても大きな愛情をもって慈しまれ、今日まで生きてきたから。

 だから、マッドの娘への歪な所業が信じられない。理解できない。

 当のマッドはやはり冷然と。


「ふぅん? それが、彼女自身の望みでもかい?」

「っ、それは……」

「君はなにかい、彼女の自由意志を否定するのかい。己で判断し、決断した事柄を駄目だしするのかい。やれやれ、トモダチだと言った割には手前勝手だねぇ」

「友達がいけないことをして、止めてあげないような人は友達とは言いません――勿論、親でもありません」

「はは、私は親失格かね」

「人間失格だろ」


 羽織がぼそりと囁いた言葉に、マッドは違いないと大いに頷き笑った。

 浴衣がそんなマッドに本気で悲哀の色を見せ始めるのに気づき、羽織は不味いかとそろそろお喋りを区切ることにする。


「まあ、なんにせよそろそろその忙しない口を閉ざせよ、クソマッド」


 これ以上マッドの発言を浴衣に聞かせたくはない。イカレた馬鹿笑いは浴衣の耳を汚す、違いすぎる思想は浴衣を悲しませる。

 それは避けるべきこと。


「おや、忙しなかったかい? 私は物静かなタイプだったはずだがね」

「嘘こけ……ってだからもう喋ンな。あの金髪娘――リクスだったか? あいつは雫に押さえ込まれてる。てめえを守るもんはもう何もねえんだぞ」

「……。」


 ナイフの尖頭を突きつけられ、マッドはやや不満そうに口を閉ざす。


「勿論お前も戦闘はできねえこたぁ、わかってる」


 動きを見れば、それはわかる。マッドは確実に、戦いに身を置く者ではない。


「さてどうする、ここでてめえを殺すなんざ、わけねえぞ?」

「羽織、さま……」


 なにか言いたそうな浴衣にはあえて視線を向けずに、事務的な言葉だけを送る。


「浴衣様、すみませんがそいつだけは生かしちゃおけません――あなたを誘拐した張本人、赦せるはずがない」


 まあ、他にも自身の能力についてもバレたことも起因しているのだが。

 それは浴衣とは関係のないこと。

 混じりけのない羽織の殺気にあてられて、それでもマッドはひょうきんな姿勢を崩さない。なにごとか回想するような口調で音を述べる。


「当初は、」

「あ? 喋んなよ」


 聞いちゃいない。


「当初は加瀬 雫という退魔師は、単に君の足手まといとなることを予期していたよ。私の見た限りにおいては、彼女は確かに君の足手まといだったからね。だからリクスならば、君とあの少女のふたりがかりでも戦えると踏んでいたのだが」


 なのに、やれやれ。マッドは芝居がかった風に首を大きく振る。


「予定が狂ってしまったようだ。予想外の強さ――否、成長性か」

 

 それは羽織にさえ予測できなかったこと。あの成長性、誰かの予測に留まる域を超えていた。

 マッドは――それでもやはり不動で、笑みが濃く、余裕を残す。

 自らで計算の狂いを白状しておきながら、そんなものを意に返した様子はない。端から狂いっぱなしの存在が、そんな些細に目をくれるはずもなし。


「だがね、流石に私も用心深い性質でね。ちゃーんと用意していたよ、リクスが壊れた際の保険は――そう、まさに科学者なら誰でも一度は言ってみたい、“こんなこともあろうかと”という奴さ」


 マッドは白衣のポケットからなにやらリモコンのようなものを取り出すと、ひとつのボタンを押す。

 すると。

 部屋の奥の扉がゴゥンゴゥンと重苦しい音をたてて、ひとりでに開いていく。

 開いて、全開になって。

 そして、扉の先にあるものは――


「カタカタ」

「っ!」


 獅子頭の、魔害物――否、紛い物が一体、笑っていた。

 既に見慣れた、倒し慣れた紛い物。ただし、下の階にいる有象無象とは、その雰囲気が決定的に異なっていた。


「紹介しよう、これは前もって作らせておいた本物からして六割ほどの力を発揮する紛い物だ。

 覚えているかい? そう、君たちが最初に相対したレベルということさ」


 六割の紛い物――雫を真っ向から打ち負かし、雫と条のふたりと渡り合うだけの実力をもつ程の、脅威。


「てめっ」

「羽織、君はどうやら自分の能力に制限をかけているね。その状態で、それもひとりで、果たしてコレに勝てるのかな?」

「……っ」


 確かに不味い。

 たとえば“万象の転移”が使えるなら、使ってもよいのなら、打倒は易いだろう。気楽に気軽に完勝できる。

 だが、“軽器の転移”での戦闘となると、果たしてどうなるか。

 ――“転移”という能力は確かに強力だが、直接的な攻撃力は持たない。

 だから刃物が通らない程度の常識外れで、羽織の勝ち目は随分と遠退く。羽織のナイフは圭也作製の特別製であるから、その鋭さが通じないことはないのだろうけれど、だが。だが、少し、少しだけ厳しい。


「あー、くそッ」


 とはいえ泣き言など言っていられない。紛い物は無差別、下手をすれば浴衣が襲われる。マッドに襲い掛かってくれればいいが、複製であるし可能性は低い。雫とリクスに割り込むなら止めやしないが、やはり浴衣を狙われる危険性を考えれば放置はできない。

 手早くこちらに気を惹くべきだ。

 マッドに向けていたナイフを振り被り、紛い物の額を狙い澄まし――

 と。


「――ちょっと待ったァ!」





 いきなりに。

 誰の想定からも全力で外れた声が、乱入者が割り込んできた。

 ナイフを振り被り、次瞬には投げ放っていたであろう姿勢で羽織は固まり、

 マッドでさえも突然過ぎる闖入者に面食らい、この土壇場にドアから侵入してきた男に視線を注ぐ。

 ――雫とリクスは我関せずとばかりに激しく死闘を繰り広げ続ける。少しでも気を向けていれば決着はついたろうに。大した集中力だった。

 紛い物とは反対の扉から叫ぶそれは、長身で野性味残した大剣担ぐ男。

 彼は困惑も非難も無関心も全部まとめて受け止めて、上等とばかりに笑んでいた。

 その強者的な笑みは、眼光が羽織に行き当たると獣がごとくより凶暴に変貌する。


「はっ! やっぱりいやがったな、馬鹿は高いとこが好きだもんなァ! クソバカ羽織!」


 その男は――そう、春原 春である。こんな場面での登場が場違い過ぎる、春原 春だ。


「よぉくも騙してくれやがったなァ! お礼にぶっ殺してやるよ!」

「あー……」


 なんて、なんて空気を読まない野郎だ。羽織は猛烈にため息を吐き出したくなった。

 マッド相手のクライマックス、もう終わりは間近なこの終盤。そこで全く無関係のくせして割り込んでくるだなんて――ウザ過ぎる!

 羽織はもうぶっちゃけ誓約破って浴衣転移して、そんで帰って寝てしまいたかった。マジで。切実に。熱烈に。

 こういう場面で突っ込んでくれる雫は現在、忙しそうに戦闘真っ最中で不在。

 羽織はひとりでどう対処すればいいか途方に暮れることとなる。

 していると、次は浴衣が驚きと疑問を混ぜ合わせた語調で声を向ける。


「はっ、春さん?」

「あー! 浴衣ちゃん! 久しぶり! 今日もやっぱり可愛いね!」


 遅まきながら浴衣の存在に気づき――羽織にばかり意識が傾いていた――春はハイテンションに腕をぶんぶん振る。


「待っててね! すぐにオレが助けてあげるよ! でもその前にこの世から消し去っておかないといけない悪党がいるから、そいつを倒すまで待っててね!」

「あっ、ありがとうございます……?」


 何を言えばいいのか、浴衣はとりあえず頭を下げる。悪党と羽織が一切、結びついていない者の態度であった。

 即座に羽織が割りこんで叫ぶ。


「てめえ気安く浴衣様に話しかけてんじゃねえよ!」

「か! 使用人振るな、まだ浴衣ちゃん助けてねえ無能の分際で!」

「っ! こちとらお前のように本能だけで動いてねえんだよ! 知的にやると少しタイムロスがでんだよ! 馬鹿にはわかんねえだろうがな!」

「騙まし討ちが知的な行為だってのか!」

「ハ、そうだよ! てーか、あの一撃を受けてこんな早く回復するとか、マジ類人猿だな!」

「騙まし討ちが得意技の卑怯者に、正道通して勝つのがオレだからな!」

「浴衣様の前だからってカッコつけんな、オタンコナス男!」

「せめてオレの名前に関連付けろよ!」


「カタカタ!」


「「ぁあ?」」


 ここに来て羽織と春の強度を認知したのか、獅子頭の紛い物が笑い声を上げる。まるでターゲットを定めたとでも言うように。

 やはりどこまでも戦闘行為が大好きな魔害物、強い奴から狙うのは順当といえた。

 だが低能な言い争いに熱中していたふたりにはそんなことはどうでもよく、目の前の宿敵のほうが倒すべきだと確信している。

 

「邪魔すんなよ、木偶が!」

「斬り刻まれてえのか、マヌケ顔!」

「カタッ!」


 凄むと、逆にそれこそ望むことだと嬉しそうに紛い物が飛び掛ってくる。

 その両手に握られた刃は、それぞれ真っ直ぐにふたりを向いていた。


「ちィ!」


 六割の紛い物に春原 春――事態は混迷の一途を辿る。

 羽織は収拾がつくのか本当に憂鬱になりながらも、両者を打つため刃を握る。

 三つ巴の争いが、なぜか始まった。







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