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第四十一話 苦痛







 赤の少女――血か炎のごとき赤く短い髪。背は低く儚い可憐さを醸す。愛らしい目鼻立ちをしているのに、表情を彩る感情はひとつもなく、心が冷めて完全に停止している。

 青の少女――空か海のごとき青く長い髪。スラッとした長身の麗人だ。凛々しい顔かたちをしているのに、浮かべる表情は凍えており、顔の筋肉が一切の稼働をしていない。

 見ているだけで何故か底冷えするのは、この少女らが人間に酷似していても、決して人間ではないと本能が理解しているからだろうか。それとも、単純に怜悧な敵意を向けられているからだろうか。


「これが、ヒトガタ――魂魄によって創られた人に似た形」


 一刀は先ほどと似たように感嘆し、一層増して剣気を膨らませる。

 複製どもとは比較にならないほどの脅威を前に、当たり前の臨戦態勢。握力を確かめるように指先の力を緩め、また柄をぎゅっと握りなおす。


「で、どっちが発生源?」


 一方、八坂のほうは大して構えず、あくびを噛み殺す。

 ヒトガタ二名、紛い物多数――前も後ろも右も左も敵に溢れたこの現状、未だ余裕を残す八坂の図太さは相当だ。

 それも慣れたもの、一刀は特別とりあげずに会話を進行する。


「単純に考えれば、後ろに立つ青いほうの女の子かな?」

「後ろにいるから?」

「うん。……重ねて言うけど、単純に考えればだからね」

「ふぅん、そうか。じゃ、がんばれい」

「人ごとみたいに――」


 言わないでよ。

 という言葉尻は、赤の少女に遮られる。

 言葉もなき急襲――びゅんと風鳴りの音がして、ばちんと風切りの声が響いた。


「っ!」


 余裕と油断は別。辛うじて八坂は動いていた。その背に一刀を庇い、何故か姿の見えない攻撃を真っ向から受け止める。

 見えない――それは文字通りに目にもとまらぬ高速ゆえだ。

 とはいえ駆動していれば確かに高速だろうが、八坂に直撃したことで停止すれば、その姿を視認できた。


「鞭!?」


 そう、それは鞭。

 漆黒の、艶がかった革紐で編まれた長大な鞭。ざっと見たところおよそ十メートルにも届くほどの全長は少々長すぎで、振り回すのに相応の膂力がいるだろう。


「さっきの磁石とかよりは武具っぽいけど――って、八坂!?」

「っぅ……」


 いきなりの襲撃だったが、この時点では八坂の防御力を突破できるとは考えてもいない。ゆえ気軽くぼやく一刀は、八坂の異変に気付くことでその楽観を飛ばす。

 何故か八坂がくずおれ、膝をついていたのだ。


「どうした、八坂!」

「なっ、なんか……すげー、痛い」

「痛い?」

「傷、はついてない。血も出てなければ損傷もない、だけど――」


 物凄く、痛い。

 一刀はギョッとしてしまう。八坂がただ苦痛で膝を折るだなんて、初めて見たのだ。

 八坂は八条として鍛錬を積んでいた。八条としての訓練を今も受けている。

 訓練とはすなわち背中の誰かを守るための動きであり、能力の使用法や認識であり、また理念や信念などの精神論のことだ。

 前者ふたつはさておき、ここで重要なのはみっつ目の話である。

 精神論などと言えば胡散臭くもとれるが、精神修養と言えばまだ違うだろうか。

 八条は誰よりも攻撃を受ける、傷を負う、痛みに苛まされる。

 だからこそ、誰よりも攻撃を恐れてはいけないし、傷を厭うのも、また痛みに動きを鈍らせるのもやってはいけない。

 随分と無茶な話だが、八条が一歩遅れれば味方は全滅してしまうこともありえるのだから、無茶も通さねばならなかった。

 故に精神修養とはそれの克服に他ならない。尋常ならざる苦痛に慣れ親しんだり、自らを死と隣り合わせに追い込んだり、様々な厳しい修練を経て八条は一人前となる。

 ――その訓練を受けた八坂が、膝を折ったのだ。

 これは驚くべきことだ。

 なにせそれほどまでの激痛ということなのだから!

 たとえ拷問用具たる鞭の具象武具とはいえ、八坂にそこまでの苦痛を与えることは不可能だと断言できる。それに、傷も怪我も損傷もないとなると――


「じゃあ、能力か……」

「痛みを増幅する能力?」

「厄介、だね」


 厄介どころか、八坂に対する天敵だ。

 倒すことを目的とせず、痛みによる行動の阻害を狙う。そうすることで八坂は倒せずとも、一刀はその身を守る盾を失い容易に打倒できる。そうなってしまえば、攻撃力ゼロの八坂にもまた勝ち目はなくなる。

 そう、八条と敵対した時の最善は八条を相手にしないことに他ならないのだ。だから、八坂を倒すでなく隙をつくることを狙うというのは、充分に勝機ある策略といえる。

 痛みによる行動阻害、その対策としては単純にあの鞭を受けないことに尽きる。

 だが、それは少し難しい。

 なにせ達人の鞭の先端は音速を超えるという。強化処理を施されたヒトガタならば、八坂と言えど回避は不能、受けるので精一杯だろう。無論、一刀などは問題外だ。回避も防御も最初から放棄している攻撃馬鹿なのだから。

 また、敵はひとりではない。


「…………」


 今度は青の少女が動く。その動きは最小。腕を振り上げ、振り下ろす。

 たったそれだけの所作で、今まで停止していた紛い物どもが一斉に動き出す。大笑響かせ小太刀を突き出す。


「カタカタ!」「カタカタ!」「カタカタ!」

「くッ」


 殺到、怒涛、乱戦。

 数え切れないほどの紛い物が、その二倍の刃を持って襲い来る。

 斬人の刃が舞う。首を狩り、腕を落とし、足を削ぐ解体斬撃。それが数十閃一遍に降り注ぐ。斬り注ぐ。まるで刃の嵐、斬撃の奔流。空気さえも斬り刻む殺意の多重斬撃。

 膨大な物量が刃を伴いふたりを一挙に押し潰す――否、“一刀のみ”を押し斬る。


「っ!」


 正直に白状して飽和攻撃。一刀個人にはどうしようもない致命的な暴威。どう抵抗しようともこのまま斬り裂かれ、押し潰され、奔流に押し流される葉のように崩れ去るのみ。

 だから即座に膝を折り、身を縮こまらせる。ぶっちゃけ、無理だから対処を放棄する。

 そして、


「痛いって言ってるのにさ」


 八坂が覆い被るようにして、一刀を庇い抜く。

 餅は餅屋に。一刀八坂のコンビは自分の担当分以外はからっきしなのだった。

 八坂は無数の刃を背に受けて、衝撃の全てを請け負って、圧し掛かる紛い物の重みに耐え忍ぶ。

 刃はその身を貫かず、衝撃もそのほとんどを纏う上着の具象武具が緩和する。だが重量は軽減できない。背に圧し掛かる複数の紛い物どもの重みはダイレクトに八坂を責め立てる。

 さらに。


「グ……ッゥ」


 痛みはじくじくと継続するもの――先の増幅された激痛は、八坂から抜けきってはいない。つまり集中力を欠いたままにこの状況に晒されているということ。下手をしたら具象武具が解けてしまうかもしれない。

 わかっていながら、八坂は動けない。密集する紛い物が邪魔で、なにより一刀を護るために耐える他にない。

 代わりに当の一刀が動く。攻めるのは彼の担当分なのだから。

 一刀とてさほど自由に動ける体勢ではないが、それでも腕の向きを変えることくらいはできた。必然、握る刀も少しだけ移動し――何かに触れる。

 何か――紛い物に決まっていた。

 そして一刀の能力であれば、掠るようにでも優しくでも、とかく触れさえすれば。

 ――斬撃が結果する。

 八坂が耐えてくれている間に腕を動かし手首を回し、一刀は片っ端から斬撃を結果していく。

 それを可能な限り素早く繰り返し、繰り返し、繰り返す。

 紛い物を斬り裂き減らす。斬り破り除く。斬り開き削ぐ。

 幸いだったのは、紛い物が塊のように集まっていたので赤の少女の鞭が遮られているということ。

 だが急く理由もある。こうして時間を稼がれている内に、青の少女が複製を量産し続けているだろうことは想像に難くなかった。

 そのため全部を斬り倒してる猶予はなし。ある程度の数を減らしたら――


「八坂っ」

「そーい」

 

 ふたり同時の力技で、無理やりに紛い物どもを押し退ける。

 直後に飛び込んでくる蛇がごとくしなる鞭。視認困難なほど高速の毒牙を、しかしふたりは予測していた。

 即座に思い切りバックステップ。距離を置き、鞭の間合いから外れる。間合いの外ならば攻撃が届かないのは当然だ。ただそのリーチは思いのほか広大で、ふたりの少女とは随分と離れてしまった。


「あ、そういえば真っ当に回避なんて久しぶりだ」

「……嫌味?」

「別に、そういう意味じゃなかったんだけどな」

「冗談」

「八坂の冗談はわかりづらいよ……」


 ぎこちなく笑いあって、互いに無事を確認。それだけでもかなり安堵できた。

 戦況は悪い。敗戦も中々に色濃い。死がちらつくほどの苦戦は久々だった。そんな状況では互いが互いの心の支えとなる。折れそうになる戦意も、相棒がいてくれるから挫けずいられるのだ。

 一刀は強がってでも軽口を叩く。


「あー、こういう時はどうすればいいのかな? 羽織でもいれば、なんか作戦でも考えてくれそうだけど」

「おれは考えるの専門外」

「知ってるよ」


 もとより期待していない。

 頭の出来の問題ではなく、これは八坂のやる気の問題。どうやら一刀がこの危機を打開する案を練らなければならないらしい。

 先の攻防で、確定した事柄がふたつある。予測の通り複製の発生源は青の少女らしいということ。しかもどうやら発生源はある程度の指揮もできる――すなわち司令塔でもあるらしいということだ。

 でなくば先よりも規律ある行動に説明がつかない。護る側の手間となるよう一刀だけを狙う説明がつかない。

 烏合の衆に旗本が立つ。厄介である。

 一向に減らない――否、複製が続く紛い物の多勢を前に、一刀は吐き出したいため息を堪えて確認に問う。


「時に八坂、あの鞭をもう一度受けたら、具象化解ける?」

「……たぶん」

「んー。少し間をおけば、なんとかあと一度くらい我慢できない?」

「どうだろ……ま、がんばる」

「うん、悪いけどがんばって。八坂だけが頼りだから」


 自分には、とても頭の悪い方策しか思いつけないから。やや自虐っぽく笑んでから、眼光を敵へと差し向ける。

 そこで、青の少女が静かに戦陣を組んでいたことに遅まきながら気がついた。

 こちらが相談している間に用兵し、紛い物を一刀と八坂の後方に少しずつ送り込んでいたのだ。

 このまま陣形が完成してしまえば後方を塞がれては挟み撃ちの形となってしまう。それは不味い。陣形が完成するより先に動かなければ。

 一刀はやや焦りながらも伝達事項は確かに伝える。


「ともかく、時間を置く間はあの赤いほうの女の子からは離れつつ紛い物を減らしていこう。八坂、いけそうになったら声かけてよ」

「りょーかい」

「じゃあ、どうにか凌ぎ切ろう」










 戦闘用ヒトガタが一機――レラ(赤の少女


 魂魄能力:“苦痛の増幅”

 具象武具:鞭

 役割認識:なし

 能力内容:鞭に触れた者に激痛を与える。一般人ていどならばショック死する可能性のあるレベルの苦痛で、魔益師でものた打ち回るレベル。通常は我慢できるものではない。



 生産用ヒトガタが一機――ロール(青の少女


 魂魄能力:“魔の複製”

 具象武具:手鏡

 役割認識:生産工場

 能力内容:最後に手鏡で映した魔害物の複製を作る。複製を作る際に時間をかけた分だけ強度が本物に近付く。連続的に複製するとなると本物と一割にも満たない強度しかない。

 その他:魔害物の複製を作るための特別個体であり、強化処理は最低限のみ。

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