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第三十八話 多対二






「あー、なんか貧乏くじ引いた気分だなぁ」

「だから帰りたかった」


 どうにか一刀と八坂は合流に成功していた。

 八坂ばかりに気をとられ、後ろから迫る一刀に気付ける紛い物が一匹もいなかったのだ。魔害物は基本的に無用心、というか前しか見ないのである。

 とはいえ、こうして合流してしまえば多数無数の紛い物に取り囲まれてしまい、容易くは抜け出せない。津波に呑まれる如く物量に押し潰されるのは、目に見えている。

 隙間はないかと周囲を見渡しても、全方位一部漏らさず魔ばかり。魔の群、魔の軍勢、魔の暴虐。

 多勢に無勢、抗するのは困難と誰も感じる戦力差。だというに、一刀はそこまで深刻にはならず気楽に明後日の方向なことを呟く。


「羽織の希望に乗ってこうして別れたわけだけど、あっちは一体なにをしてるのかな?」

「……」

「まあ、隠したいことを暴くなんて、あんまりしたくないけどさ」

「…………」

「それにしては加瀬さんは同行を許可してるってのが引っかかるかな……」

「………………」

「って、八坂、せめて相槌だけでも打ってくれよ、僕が独り言を呟いているみたいじゃないか」

「え? 独り言じゃなかったの?」

「違うよ! 僕はこんなに大きな声で独り言は言わないよ!」


 本気で首を傾げる八坂に、一刀は必死で訂正の声を荒げた。

 なのに。


「あ、そう」

「……」


 出てくる言葉は羽のように軽い返答のみ。どこまでもマイペースというか、あらゆる反応が軽い奴である。

 それが八坂の常態とはいえ、一刀はため息しかでない。

 もういいや、と話を切り上げようやく前を向く。


「で、それにしても、これが紛い物か。本当に複製なんだな」


 なんとなく偽物であることはわかるけど、敵対者の害威はそのままといえた。

 つまりが争いに向いた性質の、戦闘ごとが大好きな、害悪ばかりを振り撒く敵、だ。羽織の言葉通りなら幾分か弱体化しているようだけど。

 さて――


「どうしようか八坂」

「いつもどおりに」


 振り返ることもせずに一刀が言い、考えることもせずに少し億劫そうに八坂は返した。

 予想通りの返答に一刀は微笑し、大きく頷いて刀を構える。


「そうだね。じゃ、守ってよ?」

「どーだろ」

「……ちゃんと請け負ってよ」


 一抹どころでない不安を煽る受け答えだったが、一刀は微笑を苦笑に変えるだけ。

 口ではなにを言おうと、八坂は自分をしっかりと守ってくれる。長年ともに戦ってきたパートナーだからこそ、一刀はそれを確信していた。

 だからこそ、安心して背中を任せられる。


「行こう、八坂」


 そして一足。

 紛い物どもの懐まで飛び込み、薙ぎ払う横一閃。手近な紛い物どもをまとめて叩き斬る。


 ――一刀の具象武具たる刀は、通常一般のそれよりも少々長めだ。それは必要に応じて、用途にそって、使い込んだ末に伸びたのだ。

 その刀に宿る魂魄能力は“斬撃の結果”、斬らずして斬る因果無視の能力だ。とはいえ、媒介技法ならぬ具象武具ならば当然“始点の限定”が生じる。

 それはルールだ。どんな強力な能力でも覆せやしない。

 だから、一刀はその刀に触れたモノにしか斬撃を刻み込めない。斬らずして斬ることはできても、触れずして斬ることはできないのだ。

 触れなければ意味なさぬ刀は、それがゆえ戦うにつれ自然とその刃を伸ばしていった。少しでもリーチを伸ばし、敵に触れ、斬撃するために。

 また“斬撃の結果”の特性上、本当に刀身が触れさえすればよいのだから、殺傷するに刃の重さは必要なく、長さに反して実は随分と軽量な仕様となっている。

 片手で容易に扱え、手首だけで自在に振るうことができ、軽快な刀捌きを見せる。

 それが一刀の魂の形。


 故に斬撃は疾く、そして広域に届く。

 半円を描く横薙ぎの太刀は囲む紛い物どもを浅く裂き――“斬撃の結果”――斬、と遅れて致命的な斬撃が刻み込まれる。

 たった一撃で、十四の紛い物が消滅。

 たとえ“始点の限定”という誓約があろうが、一条の魂魄能力である。その威力は計り知れない。


「お」


 本当に脆いらしい、一刀は思ったよりも鈍い反応と軽い手応えに気をよくし、また一歩踏み込む。

 流石にその一歩は無用心。軍勢の中の一――左側面の紛い物が襲い掛かる。一刀は右手に刀を握っているので、胴分だけ左に短いのは当然。だから左から一歩速く敵が襲ってくるのもまた必然。

 来たる紛い物に、返す刀は間に合わない。どころか、一刀は目もくれずに別方向に斬りこみに行く。

 カタリと、まるで嘲笑うようにして獅子頭の紛い物が小太刀を一刀へ振り下ろ――


「だる」


 止められる。

 滑り込むようにして腕が刃を遮り、受け止められたのだ。


「カタ」


 無論、紛い物はそのまま腕を斬り落とさんと小太刀に全力を注ぐが、傷ひとつにもなりえない。

 生身の腕で、特に筋肉質というわけでもないのに、魔害で編まれた刀身を叩きつけられ――それで皮膚さえ裂かれない。

 八条の魂魄能力“耐久の増幅”。

 それは本当に身体が丈夫になるだけという単純な能力で、故だからこそ貫くことは誰にもできない。

 その身体はまるで鋼。硬度を比肩するならば金剛石。堅牢さを喩えれば要塞にも匹敵しよう。

 八条の魂の力、己が耐久性をひたすらに増幅するだけの能力。

 それは魂の堅固さの証明。誰よりも何よりも硬い魂、砕かれることのない堅牢極まる不尽の意思力。

 その魂にかけて、誰にも傷つけられたりしない、誰にも打ち負けたりしない。

 誰も――誰も傷つけたりさせない。


「アーイタイイタイ」


 酷い棒読み調で八坂は言って、いつまでも小太刀を引かない紛い物を蹴飛ばす。だが倒すことはできない、どころかおよそダメージも通っていないだろう。防御特化の八条に攻撃力はまるきりゼロだし、もう一方の血が九条なのだから、八坂は本当に攻撃性能が皆無の一般人レベル。だからただ退かすだけが関の山。

 してから、八坂はすぐに一刀の元へ。

 一刀に降りかかる火の粉全てを、庇い防ぎ守り通すのが八坂の役目なのだから。護り手という役割認識の成すべき、役柄なのだから。

 一箇所に固まったのをいいことに、紛い物どもは一斉にふたりを殺しにかかる。まるで嵐のように激しく荒々しく、刃の乱舞を見舞う。

 だが。


「そーい」


 どこからどうどれほどの威力で攻撃してこようとも、八坂が軽い掛け声でもって全て引き受け受け止め凌ぎ切る。

 人体がそこにあり、それを殺そうとする時の攻め立てるパターンを八坂は――八条は熟知していた。だから、そのパターンに応じて人を守るための動作もまた完全に知れており、体系化され身に染み刻み込まれている。

 そう――八条の役割認識は、“護り手”である。


「次!」


 一刀は、それが当然のように無視して、どんどん前へ前へと休まず前進。

 常に自分の身を守り、自動で攻撃を阻む盾――八坂がいる。

 ならば攻め以外の全ての他事を排除し尽し、攻めにのみ魂の全てを賭けることこそ最上の策。

 余所見せず、わき目も振らず、我が身も省みず――全霊で攻め続ける。

 そんな通常ではありえないほどの比重で攻めに偏向するのだから、一刀の殲滅力は非常に高い。次々と紛い物どもを斬り伏せ、引き裂き、薙ぎ払う。

 ただし。

 代わりに、一刀は後ろを振り返らない。周囲を気にしない。攻撃を避けるだの防ぐだのは、そもそも念頭にない。 

 それは一対一の状況下では随分と敗北に近付く悪癖で、だが八坂と組む時には最大の攻撃力を発揮する習慣といえた。

 八坂が落ちれば回避も防御もない一刀は即座に負ける、一刀がいなくば八坂に攻め手は皆無――一蓮托生。

 防御力ゼロの一刀と攻撃力ゼロの八坂。どちらが欠けても勝利は不可能な、どちらがなくば一人前にも成り切れない、未だ完成し切っていないコンビ。

 だが、見事上手いこと噛み合えば、これほど対多数殲滅戦に長じたふたりもいまい。

 

 多対二――集団戦こそが彼らの独壇場なのだ。





「これ、どうなんだろう!」

「……なにが」


 長刀を自在に振り回し、また四体の紛い物を同時に斬り倒しながら、一刀は叫ぶ。

 その言葉の意味が掴めない。八坂はその身に七もの刃を突き立てられつつ、平然と返した。

 問われた頃には既にまた六の紛いを斬撃してぶった斬っている。そのように少しも止まらず戦い続けているため、一刀は自然と叫ぶように大きな声で言いなおす。


「いや、これ倒し切れるかな!?」

「無理」


 即答である。

 即答の割には気楽そうだが、それでも確信をもって八坂は否という。


「だって、倒しても倒しても数があんまり減ってない。たぶんだけど――」

「……」


 一旦、八坂は口を閉ざす。

 これは別に紛い物の攻めが苛烈化したからとかではなく、ただ長々と喋るのが面倒になってきただけで、一休みしただけである。

 一刀もわかっているので、いいところで止めた八坂をジト目で刺すだけ。

 堪えた様子もなく自分のペースで再開。


「発生源、羽織の言った通りに近くにいて、発生し続けてる」

「! そうか、それじゃあ倒し切れないわけだ」


 減らした傍から増やされていては、いつまで経ってもゼロにはなりえない。

 そう思うと一気に今までの全てが徒労と成り果ててしまった感じがして、一挙に疲れが押し寄せてくる。

 魔益師ゆえに、そうした細やかな感情の変化で肉体にまで影響が及んでしまうのだ。

 まずい傾向だ。一刀は思い、だから素早く打開を提案する。


「探そうか、発生源」

「いいけど、どこさ」

「とりあえず奥かな――突っ切るよ」

「だるぃ」


 聞く耳もたず。

 一刀は紛い物で溢れ返るビル十二階廊下を、一気に駆け抜ける。

 後ろは振り返らない――なんやかんや言っても、八坂は必ずついてきてくれるはずなのだから。


「カタ!」「カタカタ」「カタリ!」「カタッ、カタッ」


 一斉に、銀色の刃が飛び交う。幾刃も幾刃も、一刀と八坂を斬り殺そうと断続的に刀刃が舞う。押し寄せる。

 一刀は前方の紛い物どもを襲い来る刃諸共に縦斬り横斬り。走行の邪魔となる分だけ文字通り道を斬り開く。

 八坂はそれ以外の全ての小太刀をひとつひとつ丁寧に刺さりにいく。右手が刺され、傷はなし。左足が叩かれ、傷はなし。コメカミを斬られ、傷はなし。なかなか名状し難い体勢で、全ての脅威をせき止める。

 お陰で一刀には損傷などなく、だが道は開く。

 そして全ての紛い物が刀を振り終え、引き戻すこととなる瞬間に。


「走れ!」


 ダッ、と全速力で突っ切り、囲いを抜ける。包囲網を突破する。

 その先には――

 

「! 女の、子?」

「……」


 青い少女と赤い少女が、いた。










 一と九の交わりし剣――九条 一刀


 魂魄能力:“斬撃の結果”、“存在の治癒”

 具象武具:長刀と指輪

 役割認識:剣士にして治癒師



 不落を誓いし盾――九条 八坂


 魂魄能力:“耐久の増幅”、“存在の治癒”

 具象武具:上着と指輪

 役割認識:護り手にして治癒師

 その他:八坂は八条の習慣として常に具象化状態を維持している。何時如何なる時にも隣の誰かを護れるように。



 このふたりは混血であり、役割がひとつに定まっていない。そのせいで役割認識の恩恵は低い。

 また混血ゆえに純血よりも己は弱いのだと認識してしまい、思うよりかは強くなりきれないマイナス認識をもつ。


 

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