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第三十七話 囮






「いいか、このビルには話になんねえほどの紛い物が犇いてやがる。これを突破するのは至難だ、おれひとりじゃ無理だったしな。数の暴力ってのはマジで厄介だ。

 まあ、おれの能力が対人戦向きで魔害物相手にゃ火力不足だってのも原因のひとつだが」


 何か言いたげな雫には努めて視線を向けずにぴっ、と指を立て、羽織はしたり顔でひとつの提案を言い放つ。


「で、だ。これを切り抜けるために――囮作戦を決行する」

「いや、待て」


 雫は即座に立てた指を握りつぶす。

 通常曲がることのない方向にキリキリと指を曲げながら、雫は瞳以外で笑う。


「それは、なにか? 私を紛い物の群に放り込んで、その隙に貴様が突破するとか、そんな愉快な作戦か?」

「痛いたいたい! 地味に痛い!」


 力づくで指を引き抜き、羽織は叫ぶ。


「なにしやがる!」

「いや、いつものように人を人とも思わぬ悪逆な策をドヤ顔で述べ立てるのかと思ったら、ついな」

「偏見もち過ぎだろうが! いくらおれでもそんな悪逆な策なんて思いついても言わねえよ!」

「思いつきはするんだね……」


 やれやれと一刀は首を振り、とりあえず逸れだした話を修正にかかる。


「それで羽織、囮って?」

「ん、ああ、そうそう」


 ズレた話題から帰り、羽織は自信ありげにニヤリと笑い説明を始める。


「まず、八坂がひとりで先行して十三階建てのこのビルの、十二階にまで駆け抜ける。紛い物――魔害物はアホというか何も考えてねえから、獲物を見かけたらなりふり構わず追っかけるに決まってる。おれン時もそうだった。で、八坂を追っかけた紛い物は全部十二階に集まるって寸法だ。これでおれたちは十三階にまで安全に行ける」

「あれ? おれ?」


 話に参加すらしていなかったのに、いきなり名指しされて八坂は驚く。

 羽織は鷹揚に頷いた。


「ああ、八坂だ。お前なら紛い物に囲まれてリンチされてボコボコにされても、死にゃしねえだろ。紛い物どももコピーしすぎてかなり劣化してるしな、大丈夫大丈夫」

「……限界はあるんだけど」

「お前があの程度の雑魚どもで限界くるかよ。面倒だからってテキトーぬかすな。

 で、八坂以外になんか文句か質問、それとももっと良い案はあるか?」

「……」


 一刀的には、八坂の常識外れの耐久能力を知悉している分だけ一考に値する策ではあった。

 とはいえ、雫はまだ八坂の力を把握し切れていないので、渋面を見せる。


「それは……本当に八坂は大丈夫なのか?」

「ああ、問題ねえ。一刀が助けるからな」

「は?」


 やはりいきなり名指しされ、一刀は目を白黒させて羽織のほうを窺う。

 そんな意外そうな一刀に、羽織は心外だと不満顔を晒す。


「流石に紛い物の巣窟に突っ込ませて、後はがんばってじゃ無責任過ぎんだろうが。だから、ちゃんと事後処理も考えてあるってだけだ。それが一刀、お前だ」

「……僕は、どうすればいい?」

「八坂が引き付けたら、お前だけは十二階に行って合流。後ろから群がる紛い物どもをバッタバッタと斬り倒せ」

「なんか卑怯なことしてるみたいに言うなぁ」

「喧嘩に卑怯もクソもあるか」

「んん、それはそうかもしれないけど……僕は合流したら、逃げ出せばいいの?」

「ああ、それでいいぜ」

「……逃げ切れる?」


 一抹の不安があるのか、一刀は確認のように問う。

 羽織は即答。


「はっ、後から来たんだ、先に居たおれの指示に従っとけ」

「ん、まあそうだね、僕よりこのビルやマッドさんに詳しいのは確かだし、わかった。信じるよ。

 露払いは僕と八坂が請け負う」

「マッドさんて……」


 承諾の言葉よりも、そちらの多大な違和感に気をとらわれてしまう羽織である。

 さん付けがここまで死ぬほど似合わない名前も珍しい。

 気を取り直し、雫が別方向から問う。


「だが、十三階に紛い物がいたらどうするんだ?」

「そりゃありえん」

「なんで言い切れるのさ?」


 断ずる羽織に、一刀もはてなを浮かべて問うた。

 敵はそこにいるのだろう。ならばそこにも警戒網を敷くのは当然ではないのか。

 羽織は肩を竦め、忘れ去られがちな点を指摘する。


「曲りなりにもマッドは科学者だぜ? そんで最上階が奴の部屋。色々あんだろ、壊されたくないもんとか荒らされたくない場所とか」

「それは、そうか」

「だからたぶん、紛い物の発生源は十二階だろうぜ。ってことで一刀、警戒怠るなよ、もしかしたら発生源の魔益師と鉢合うかもしれん。その場合はできれば倒しとけ。“魔の複製”なんて能力、のさばらせておくにゃ厄介危険ウザ過ぎる」

「わかった了解」

「んじゃ、他になんもねえなら――」


 雫、一刀、八坂の顔を流し見て、文句の声がないことを確認してから八坂に向き直る。

 羽織は些か芝居がかった風に指を天へと向けて宣する。


「行け八坂!」

「……はぁ」


 なんだかんだ言いながらも、結局は手伝ってくれる。九条のツンデレ、八坂である。

 重い足取りながらも八坂はひとり、階段をのぼっていった。







 八坂がゆき、それから十五分ほど経ち、三人もまた後を追うように走り出す。

 作戦通りに上手いこと紛い物を八坂が引き付けておいてくれたらしく、ほとんど紛い物と遭遇することもなく安全に階段を上れた。

 ――つまりビル中の紛い物相手に、八坂はたったひとりで奮闘しているのだと思うと、駆ける足も速まる。

 あっという間に十二階にまで辿り着き、一刀はやはり焦燥を感じているのか口早に一旦の別れを告げる。


「じゃあ、僕は八坂のところに行くから、くれぐれも浴衣様を頼んだよ」

「当たり前だ。てめえこそ、勝手に死んで浴衣様や九条様を悲しませんなよ」

「肝に銘じておくよ」


 羽織らしい物言いに一刀は苦笑を漏らし、刀を具象化、十二階廊下へと向かった。

 それを見送って、すぐに羽織は身を反転、上階を目指す。

 だが、足音がひとつしかない。ついてくる者がいない。不審に思い振り返ると、雫が立ち竦んでいた。

 なにしてやがる――羽織の声は、雫の強い視線に打ち消された。雫は羽織を見上げながら口を開く。少しだけ、非難気味に。


「……いつも、こんな風に自分の能力のことを隠しているのか?」

「はっ、それくらいは残念頭な雫でもわかるか」

「ああ、ふたりには語ってなかったからな――何故マッドは浴衣を誘拐したのかを、そしてマッドの目的を」

「気付かず問わなかったあいつらがわりぃ」

「訊かれてもはぐらかす準備はあったのだろうが」


 マッドの目的――羽織の魂魄能力だ。

 そう、もしもマッドと羽織が対面してしまえば、語られる内容は伏せておきたいことだらけになるだろう。

 故に羽織は、どうしても一刀と八坂を最上階に連れて行きたくなかった。

 共に来て、遠慮とか空気を読むとか絶対にしないマッドにベラベラと能力について話されたら、今度は一刀と八坂になんらかの対応をとらねばならなくなる。

 一刀や八坂がそれを知ってどうこうするとは思わない。だが、どうこうあってもしも外部に漏れ、今回のようなことがまた起こるのは御免である。

 どうにかふたりはマッドと対面させない方向にしなければならず、そしてこうなった。

 雫は理解し、その上で黙ることを選択していた。羽織の事情に口出ししては、厄介が重なる一方。今はなにより浴衣を助けなければならないという考えのもと。

 それでも、やはり気にかかることはあって。


「ひとつだけ、いいか」

「なんだよ、急いでんだぞ」


 舌打ちする羽織に、階段下の雫は見上げる視線を固定したまま問う。


「浴衣は、貴様の能力について知っているのか?」

「……。」


 一瞬、言いよどむ羽織だったが、すぐに肩を竦めて息を吐き出しながら答えてやる。


「ああ、知ってる。浴衣様とあとは六条にだけは、伝えてある」

「! なんとなく予測はついていたが……そうか、六条様もか」


 前回の電話の内容から薄々勘付いていたが、やはりか。

 だが何故、六条というまたあまり九条と関係なさそうな人物には教えてあるのか。本当にそこまで親交が深い仲なのか。それとも六条の能力で知覚され、バレてしまったのだろうか。羽織がそんなヘマをやらかすか?

 考えても答えのでるものでもない。

 まあ、ともかく浴衣には知れているのだから気をつかわ――と、雫はそこまで考えて大きな欠落に気付く。


「え、あれ? ふたり? 浴衣と六条様、だけ? え? ということは――九条様は知らないのか!?」

「知らんな」


 至極あっさりと、羽織は首肯した。

 雫はその事実に少なからず衝撃を受け、瞠目してしまう。

 まさかあの主第一主義な羽織が、主にそんな重要なことを隠し立てしていようとは思ってもみなかったのだ。

 二の句が継げないでいる雫に、羽織はどこか冷めた様子で続ける。


「というか、本当は浴衣様にだって教える気はなかった。だが昔どうしようもない状況があってな、使ってバレた」


 本当は誰にも知られる気はなかった。羽織は念押しのように繰り返した。

 どうして、そこまで隠そうとするのか。改めて、雫はその疑問に行き当たった。

 マッドのような思想の人間に悪用されるのが嫌だから? 面倒事が起こるのが嫌だから? それだけでは、ないような気がする。なんとく、雫には確信できた。羽織は、まだそれ以上になにかを隠していると。

 思案や疑心が顔に映ったのだろう、羽織はため息を吐く――一度、気温が下がった気がした――それから雫の走り出した思考を殺すようにして凄絶で威圧的に笑んで見せた。

 頬を裂き、唇を歪ませ、悪魔のように嗤う。


「わかるか、雫。主にさえ知られたくない、隠し通すと決めてることを、お前は知ってんだ。もう少し弁えろ、変に勘繰ってくるな――殺さなきゃいかんくなるだろ?」

「――――」


 言葉が出ない。口が動かない。舌が回らない。脳が働かない。

 正しく、絶句。

 魂まで震え上がるほどの恐怖と戦慄が、その笑みにはあった。

 寒くもないのに寒気が全身を襲い、反射的に両手で自分を抱きしめる。

 その行動は、恐怖の塊を前にして、自分が本当に生きているのか確かめたくなったのかもしれない。自分はまだ暖かいと、あの冷気のような笑みには呑まれていないと、自覚したかったのかもしれない。

 羽織はその様子を見てすぐに威圧を引っ込めた。釘を刺すのはいいが、やり過ぎては逆上して斬りかかって来る可能性もある、ここらがちょうど良い釘の位置だろう。

 敵意と殺意のなさを両手を広げてアピールする。


「ま、そんな深刻な顔すんなや、今ンとこはお前を殺す気はねえ。少しだけ、気にかかることもあるしな」

「?」


 気にかかること?


「けど、それも今ンとこは、だ。お前がそれ以上いらねえ事を考えんなら、物理的に口を閉じてもらうことになるぜ?」

「……」


 問おうとした口は、強制的に閉ざされる。

 羽織はその態度に満足したのかひとつ頷いて、後は背を向け浴衣のもとへと足を進めた。

 だが雫は、しばらく一歩も動けずその場に立ち尽くし、その背中を眺めるしかできなかった。

 理不尽と謎ばかりを振り撒く、その背中を。






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