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第三十四話 援軍




 長いようで短い沈黙の帳が――唐突に破られる。


「“反発”」


 ライラの音声作成。

 そして音もなく射出されるルイン。反発の勢いをそのままに、雫へと一直線に猛進する。

 最初からなにも変わらない、一貫した戦法。だが、確実に敵を打倒できる選択。

 迎え撃つ雫は呼気を整え、精神を律して。


「一か、八か!」


 刀を振るい、そして跳躍した。

 刀を振り被ることで生じた風が、浮力として雫の身をさらに上へと飛ばす。跳躍の補助とする。

 結果――大跳躍。

 およそ十メートルもある高い天井、そこまで辿り着く。

 上方回避――流石に空中を滑走することはできないであろうが!


「“吸着”」


 雫の奇策にも、後ろのライラは冷静に指令。磁力がその指向性の意味を変更する。

 雫の細身は、磁力によってルインへと無理やりに引き付けられる。

 だが――“それはルインも同じ”。


「浮け!」


 雫の願うような叫び。

 届いたのか、ルインは雫に引っ張られるように空中へと浮く。

 ――磁力は一方的に片方を吸着させるわけではない。両者が、互いに引き付けあうのだ。故に雫がルインに吸着されるのと同じく、ルインは雫に吸着される。

 前後左右だけ――平面的な話では、互いに引き合うことは衝突の威力を増大させる要因であったが。

 上下まで含めた――立体的な話では、元あった磁力による反発の運動量は無理な方向転換により削れ、ほとんど吸着の力のみで衝突することとなる。すなわち威力は半減する。

 また、ルインを虚空へと誘い込むことができるという利が生まれる。なにも滑走させるものなどない、空中まで。


「これなら――」


 雫は風を使って空の中でも自在に動ける。ルインに飛行行為は不可能、ただ磁力によって一直線に雫へと向かうだけ。

 この瞬間だけではあるが、機動力の差で雫が圧倒的に有利。


「勝てる!」


 一瞬の空中戦。

 予測範囲外事態に面しても、ルインはプログラム通りに応用などせず、単純に盾を構えて対する。

 反して雫は今までの攻防を考慮した末に、真横に刀を振り被った。

 そして雫は風を蹴り、進路を一歩横に逸れる。

 即座――横薙ぐ一閃。

 引き合い衝突してしまう、その直前にルインの横っ腹目掛けて刃を振るう。

 その時。


 ――血の色を思い出す。

 ――肉の感触を思い出す。

 ――吐き気がこみ上げる。


「っ。……知、る、かぁぁぁああああああああ!!」


 雫は吼え、襲い掛かるフラッシュバックを強引にねじ伏せる!

 斬撃に、少しの減速も許さない!

 ルインは、しかし盾が透明という長所により雫の行動の一部始終を目視。電撃的な反応で盾を微かに動かし、盾の側面――薄いフチでもって斬撃を受け止めてみせる。

 見事だが、雫と斬り結ぶにおいてその防御方法は失着。


「吹き荒らべ!」


 刀は盾に遮られ停止した。だが風は止まらずルインへと刃と化してそそがれる。

 ズパンッ、と小気味よく斬音響き、雫はよしと快哉を上げる。


 ――次瞬には、その声は苦悶へと変貌したが。


 ルインは確かに斬り裂かれたが――血を流し、駆動に障害をきたしたが――そのタフネスは流石にヒトガタ。精神が、少しもブレていない。よって具象武具は維持されていて、無論にライラの能力も発動中。

 つまり。


「っ、ぁぐゥ!」


 雫は再び勢いよく盾と衝突し、その身に甚大なダメージを刻まれたのだ。

 速度が減退しているから先よりはマシだが――それでも分厚い鉄板に、身体中満遍なく叩きつけられた気分である。そこら中が痛くて、泣きそうなほどに苦しい。


「“解除”――“吸着”」


 ライラの一声によりルインは後退、両足をついて危なげなく着地。だが、雫はそのまま重力の鎖に捕らわれ落下する。

 威力自体は先ほどよりも下。だが積み重なった損傷は既に危険域にまで達し、雫はほとんど意識をなくしていた。考えはなくならず、視界は真っ白で真っ黒。ほぼ機能していない。明確に感じる五感といえば、吐き出したくなるほどの鉄の味だけがやけに鮮烈だった。

 着地などできようはずもなく、このまま地面に叩きつけられるのを待つだけ――

 



 ふわり、と雫の身体を受け止める大きな手。


「……ぇ?」


 長身の、青年だった。見るからに温和そうで、日向のように安心する容貌の二十代前半ほどの男。彼が撃墜された雫を、柔らかに受け止めてくれたらしい。

 優しそうな微笑のまま、青年は言う。


「よくがんばったね。二対一の状況でも諦めず、一矢報いる程の気迫、見事という他にないよ」

「だっ、誰……誰だ?」


 雫はいきなりの現状を処理しようと脳を回すが、痛みに上手くいかず、そんな風にしか口をきけなかった。

 不躾な言葉にも、見知らぬ青年は気にした素振りを見せず、しかしちょっとだけ困ったような笑みを見せた。


「んん、それは先にこちらが訊きたいかな……加瀬 雫さん、でよかったかな?」


 雫は、自分の名が知れていることに不可解を思うが、とりあえず頷いて応える。

 すると青年はパァとひまわりのような笑みを輝かせ、安堵に呟く。


「よかった、人違いならどうしようかと思ったよ」

「そっ、それで、誰だ?」

「ああ、ごめんね。僕は一刀(いっとう)――九条 一刀だよ」


 一刀と名乗る青年は振り返り、


「ちなみにそっちは――」

「九条 八坂(やさか)


 そこに、名乗るもう一人の男がいた。

 気配を感じ取れなかったのは、果たして雫が負傷していたからか。なんとなく気配の薄い青年だった。タレ目が印象的で、なにを考えているのかわからない青年は八坂というらしい。年のころは一刀よりは下で、雫より上といったところか。

 

「八坂、もう少し愛想よくできないのか」


 一刀の苦笑に、八坂は無視。どうやら難儀な性格のようだ。

 じゃなくて!


「くっ、九条!?」


 そう、さらりと名乗られたその名前が重大過ぎる。

 背筋が凍りつくほど、重大だ。

 こっちの気を知ってか知らずか、人懐っこい笑みで一刀は事も無げに頷く。


「うん、そうだよ。九条様――九条 静乃様や浴衣ちゃんから君の話は聞いているよ、雫さん」

「なっ、ななな何故ここに九条の人がっ!?」


 ヤバイ。羽織に殺される。

 最初に思い出したのはそれ。

 誘拐のことは、九条家――条家にバレてはならない。特に“黒羽”が関連していることは絶対に知れるわけにはいかない。

 だというのに。

 今ここにいるということは、まず静乃から誘拐のことを聞いて加勢しに来たのは確実。

 そしてここが“黒羽”関連の施設であることも明らか。

 つまり――ヤバイ、ヤバイ殺される。

 恐怖にガタガタ震える雫に、一刀はまたも苦笑。


「あまり気負わなくていいよ、僕も八坂もなんとなく理由はわかってるから」


 まあ、なんとなくだから、詳しい事情は聞きたいけれどね。言いながら、一刀は雫を労わるように床に降ろした。

 雫はその時、身体中の痛みが随分と減退していることに気付く。

 九条――治癒してもらっていたらしい。

 と、そこで思い至る。

 そうだ、九条だ。治癒師だ。

 治癒師が、こんな戦場に立ってどうする。


「おっ、おい! 一刀さんと八坂さん……だったか、なにを悠長に――!」

「大丈夫だよ」

「――え?」


 みなまで言わせず、一刀は言葉を重ねる。


「大丈夫、僕と八坂はちょっと特別製でね。九条の名を持ちながら――戦うことができるただ二人、なんだ」

「っ!?」


 なにを。

 なにを言っている?

 なにをわけのわからないことを言っている!?

 九条が、治癒師が戦えるだと!?

 困惑の雫に薄っすら笑みを浮かべ、一刀は“刀を具象化する”。


「――は?」


 間の抜けた声が、雫の口からついてでた。

 さらにわけがわからなくなった。意味もわけも何もかもがわからない。

 九条の具象武具は、指輪のはずだ。無論に魔益師が具象化できる武具は一種類のみと決まりきっている。だから、一刀が具象化するのはやはり指輪でしかないはずなのだ。

 なのに、刀だと?

 一体、なにが起こっているというのだろうか。雫には全然さっぱり現状が理解できてない。思考が追いつかない。

 何故、個人が二種類の具象化を可能としているというのだ!?

 雫とは違い、ヒトガタは常に沈着。取り乱すこともなく、単純に一刀が具象化をしたことで明確に敵と断定、ライラとルインは通告する。


「敵、援軍を確認」

「二名を排除対象として、新たに認証」

「「覚悟」」


 少しの詮索もなく、どこまでも純粋に敵の排除にのみ動く。やはり、その思考回路は人というよりも機械のよう。

 ライラは人とは思えぬ無味な音を紡ぐ。


「“反発”」


 どこまでいっても戦法に変化はなく、またもルインを射出。

 反発という推進力を得て、地面を滑走してルインは一直線に雫ら三名に突撃する。盾を構え、泰山のように揺るがぬ姿勢で滑る。

 それに反応したのは八坂。やる気も覇気のない表情で、だが。


「突貫? 小細工なく? 面白いね」


 言って、八坂は構えもなく二人の前に出た。

 雫は目を見張る。なにをやっている、何故避けようとしない。そこでは直撃するぞ。

 声を上げようとしたが、一刀にやんわり抑え込まれる。大丈夫だと、安心していてと。

 八坂はこれといった素振りもなく自然体で直立。そんな適当な姿勢のまま、真っ向からルインの突貫に受けて立つようだ。

 そんな態度にも、やはり表情を崩すことなくルインは容赦なく襲い掛かり

 ――そして衝突。


「ぐ」


 八坂は短く呻き―― “それだけ”。

 凄まじい勢いによる衝撃に数歩分の轍を刻み後退したが――それだけ。

 自動車の激突に喩えて遜色なき一撃を真っ向からブチかまされ――それだけ! 無傷!

 ルインの凶悪な突貫を、その全身で受け止め切った!


「なっ!?」


 驚きの声を発したのはルイン、ではなく雫。

 あの大量の運動量を少しも受け流さず、少しも漏らさず、少ししか退かずに、その上で目立ったダメージはなし。どんな異常な耐久力、防御性能だ。

 ああも直撃したのが雫だったら、骨とか臓器とか色々諸々ボロボロとなるだろう。てか死ぬかもしれない。そこまで受け方がいい加減だったのだ。

 雫ではない八坂は小破すらなく動作は常態。素早くぶつかった盾を抱きしめるように捕まえ、鋭く叫ぶ。


「一刀!」

「わかっているよ!」


 声が響く頃には、既に一刀は駆け出していた。

 八坂を中心に円を描くように回り込み、ルインの側面に移動。素早く手早く斬撃を叩き込む。


「!」

「む」


 殺気の接近に、流石に停止していられない。ルインは盾の摩擦を減らし――すると八坂は滑って上手く盾を捕まえていられなくなる――それで簡単に拘束を振り切る。

 振り切る勢いで向かい来る刃に盾の正面を向け、間一髪で鋭刃を防ぐ。

 既に盾の摩擦係数はほとんどゼロ、力勝負になる前に触れる刃は揺らぎ、逸らされ、受け流される。

 受け流される、その前に――一刀はぼそりと呟く。


「――別に、触れているなら盾なんか関係ないよ」


 スパン、と美麗過ぎるほどの剣響が鳴り渡る。その斬断音はとても美しく、まるで清澄な楽器の音色のよう、透明な歌声のよう。

 それは断ち斬る音。

 盾など通り抜け、ルインの身体をブッた斬る音。


「なっ」


 驚きの声は、やはり雫のもの。

 ルインは音もなくくずおれる。雫にも斬られ、そこに重ねての斬撃。さしものヒトガタといえどその機能を停止、倒れ沈黙するのも当然だった。

 しかし、ライラは一言もなくルインが打倒された際の行動段階に移行するだけ。恐れも悲しみも、それらに類似する感情など一切ない。

 無感情に磁石を握る右腕を引き絞り、ライラは一刀に殴りかかる。


「させないよ」


 すぐに八坂が割って入りその拳の一撃を受け止め、


「“設って――」


 その隙に一刀が弾丸のような刺突を放つ。八坂が上手く身体を逸らしていて、その隙間を通す真実直線突き。ライラの言葉が完了するより先に、一刀の刀がその身体に触れ――そして“袈裟懸けに断ち斬られた”。


「かふ……っ」


 一歩遅れて、刀尖が抉るように突き刺さり、最後のトドメとする。

 勝った、傍目の雫がそう確信するほどに決定的な一撃だった。

 それでも――深々と刀傷を負いながらも、ライラはそれに気付いていないとばかりに無表情のまま拳を振り上げる。震える腕で、必死に拳を支える。

 数秒も経てば腕の力は抜け去り、結局、その拳が振り下ろされることも突き出されることもなく、ライラは最後まで無表情のまま倒れた。追いかけるように磁石の具象武具が解けて消える。

 これにて、ライラとルインの機能は停止。完全敗北を喫したのだった。





「す、すごい……」


 まさに瞬殺だった。

 雫が大変苦労したライラとルインの二人を、この九条の二人組みは難なく倒してしまった。

 ほとんど一瞬の出来事に、雫は驚いてばかりで把握できていない。

 何故、一刀は刀を具象化したのか。

 何故、八坂はあの一撃を受けて無傷ですんだのか。

 何故、一刀の刀に触れただけで斬撃は刻まれていたのか。


「触れただけで……斬撃を、刻む?」


 それは、既視感を覚える現象だった。一刀の為した不可思議な現象に、激しいデジャビュを感じ取っていた。

 否、既視感やデジャビュどころか、雫はその能力を知っていた。その身をもって、知っていた。


「いっ、一条様の……“斬撃の結果”?」







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