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幕間(浴衣)






 羽織に言われるまでもなく、マッドサイエンティストは人質――浴衣への配慮は酷く丁寧だった。

 拘束の類は一切なく、ただとある部屋に軟禁しただけ。

 その部屋というのも豪奢で、高級ホテルの一室のような快適さで過ごしやすくはある。

 部屋に入ってすぐに出された食事も、きちんと栄養価を考えられていて、なにより美味しい。

 なるほどマッドの言葉通りに、この扱いは人質というよりは客人のそれだ。それも、ビップ待遇の。

 ただ、流石に部屋からは出られない。

 扉の前には門番のごとく――いや、彫像のようにひとりの無表情な少女が監視も兼ねて立っていた。

 金髪の人形少女――リクスである。

 





「…………」


 沈黙だけが、室内を支配する。

 浴衣は居心地の悪さを感じていた。そも、浴衣は和風に育ったため、このような洋風の部屋には慣れておらず、まず居たたまれない。また、誘拐されたということで不安が多大にあるし、それに自分の身を案じているであろう人たちの心情を考えると心苦しい。

 なにより、扉の前に立つ誘拐した張本人の無言の威圧に気詰まりしてしまう。

 どうしようかな、などと部屋のベッドの上で浴衣が思案していると、


「あなたは……怖くないの?」


 全く脈絡もなく、唐突に話しかけられた。

 室内に言葉を発せられる人間はたったふたり。それで浴衣ではないのだから、声をかけてきたのは驚くことにリクスだった。

 浴衣はその透き通るような声に面食らって、返答もままならず呆然としてしまう。

 構わずリクスは――浴衣はその名を知らないが――無機質な口調のまま話を続ける。


「突然誘拐されて、その誘拐した本人に見張られているというのに、どうして怖がった様子がないの?」

「ぇ……ぁ」


 ようやく言葉の意味を理解し、浴衣は思わず笑んだ。

 どういう意図での発言なのかは少しもわからない。どうして話しかけてきたのかもわからない。それでも、答えはもとよりあった。


「必ず、助けてくれると信じていますから。不安はあっても、怖くはありません。いえ、たとえ怖くたって、悲しくたって、縋るために表情に表すのは、ダメだと思うんです」

「? どういう、意味」


 本気で不可解そうに言うリクス。

 それを見て、なんだ表情が動かないだけで、案外に心は動いているじゃないかと浴衣は思った。

 心ある相手に、ぞんざいな返答は失礼。浴衣は素直に自分の心持ちを語る。


「わたしが悲しい顔をしたら、それで悲しむ人がいるってことに、つい先日に気付いたんです」


 だから、わたしは泣きませんし、震えたりもしません。

 浴衣は、先日うまく笑顔が作れなかった後悔を思い出しながら、そう言った。

 いってらっしゃいと、その言葉は安心をもって旅立ってもらうためのものだというのに。あの時、なんで自分はちゃんと笑えなかったのか。

 その時の羽織の表情は、向けられた浴衣しか見えなかったが――浴衣にだけは、見えていたから。


「…………」


 リクスは瞳を少し広げ――たぶん、驚いている。そのことに、浴衣こそ大きく驚いた。ささやかとはいえ無表情を貫いていた少女の、はじめての感情発露だったからだ。

 その次に浴衣は疑問に思う。なにを驚いているのだろう。

 それを口にするよりも先に、またリクスは喋る。


「あなたを誘拐したのが、人間ではなくても?」

「それは……」


 浴衣は、つい先ほどまでマッドと対面していた。そして、誘拐の理由やマッドの能力など、何故か様々な事柄を一方的に語られた。何故そんなことをと、浴衣は思ったが単なるマッドの語り癖である。

 聞いた話――人に限りなく近いヒトガタ。強化人間、改造人間、人造人間。

 とはいえ、


「それも、関係ありませんよ。たとえ相手が誰であっても、羽織様は助けてくれますから」


 羽織は、浴衣にとっての父であり兄であり、最も信頼する人だ。彼ならば、どんな状況でもどんな相手でも、自分を助け出してくれる。

 それは確信だった。

 それに、と浴衣は少々の不思議混じりに言う。


「それに……あなたは違いますよね?」

「え」

「あなたは、他の人と違います」


 今度は断定的に、浴衣はリクスに微笑みかけた。

 他の人たちと、この少女は違うという直感ははじめからあった。

 マッドの話した人に近い人でないモノ。それらを浴衣は見た。そして、それからリクスを眺めると、その違和感に気付いたのだ。

 彼女だけが、この中で唯一感情を持っていると。

 他のヒトガタたちには、本当の意味で感情がない。情緒が、情動がはじめっから皆無。本当に人の形をしただけの、それは人形。

 しかし、この少女だけは感情がないのではなく、押し殺しているようだった。無ではなく、圧縮しているだけ。ならば、奥底にはきっと暖かな心が生きている。

 浴衣にはなんとなくそれがわかった。


「わたしは、九条 浴衣です」

「?」

「お友達になりましょう。名前を聞いてもいいですか?」






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