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第二十四話 裏技







「惨敗、完敗、大敗――どれがいいかなぁ、どれが一番惨めっぽいかなぁ。やっぱ惨めって文字入ってる惨敗かなぁ」


 あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、と羽織は心底楽しそうに笑った。笑い続けて、かれこれ二十分ほどになる。

 確かに敗北はした――それも完膚なきまで――ので、言い返すに言い返せず、雫はその恥辱に耐えていた。

 のだが、もうそろそろ我慢の限界が来た。だって二十分間もずっとずっと絶え間なくネチネチと陰湿な言葉攻めを繰り返されたのだ。引け目があろうとも、そんなものは既に吹き飛んでいた。

 とは言ったものの、ここで怒り任せの怒声では大人げなく、また冷静さを欠いて羽織と喋ってもいい方向に傾くわけがない。なので、あまり刺激せずに話の矛先を変えるという手をとることにした。

 憮然と、羽織の笑い声を断つように雫は言う。


「……結局、一条様の能力はなんだったんだ?」

「んー、なんだってー? 惨敗雫」

「結局! 一条様の! 能力は! なんだったん! だ!」


 羽織のニヤケ顔に叩きつけるようにして、一単語ごと区切り雫は言った。

 熱くならないようにと思っても、羽織相手ではどうにも自制が効きづらい。何故って、よっぽど気に食わないヤツだからである。

 雫の懸命さに意外にも羽織は応え――いや、実のところそろそろなじるのも飽きてきてただけだが――ブータレながらも、ようやっと問いに向き直る。直ると同時に呆れを全力であらわした。


「てか、わかんなかったのかよ……」

「む……わからん」

「羽織、それは俺も聞きたかった」


 ようやくその話題になったのか、条はやれやれと息を吐いて極自然に会話に参加してきた。

 実はそこにいた条だが、羽織が雫を言葉の暴力で粘着質にイジメていたあたりでは、他人顔を決め込んでいたのだ。なので、羽織としてはいきなり声を発せられても軽く驚く。


「あ? いたの、お前」

「最初からいたっての。……面倒そうだったから傍観してたけど」

「それもそれで酷いぞ、条!」

「あー、わり」

「謝罪に誠意が感じられない!」


 雫が思い切り突っ込むも、条はへらへらとやっぱり誠意が感じられない態度であった。こういう時の条は、本当にタチが悪い。言ってしまえばテキトーの権化であり、こちらが本気で話をしても真っ当に取り合ってはくれない。のらりくらりとやり過ごされる。

 本当、戦時とは全然違う。

 羽織だけでも大変なのに、テキトーな条まで追加された日には、雫のため息は増加する一方である。

 そんな苦労性な雫のため息を度外視しつつ、羽織は怪訝な風に眉を曲げる。


「って、お前も知らねえの? 二条家当主からは聞いてねえのか?」

「いや……流石に聞いたことはあるが、俺の聞いた能力じゃああんなことはできないだろ」

「あー、なるほど。そうかい」

「?」


 どういう意味だ。聞いた能力じゃああんなことはできない? 不可解な言葉に、雫は腕を組みながら首を九十度傾けた。動作やら表情やら、わかりやすい少女である。

 羽織は顎をしゃくり、条を促す。


「条、お前は一条の能力をなんて聞いた、言ってみろ」

「でも、もうなんか自信なくなったんだが……」

「いいから、言え」


 怪訝ながらも、そこまで言われてはと条は口をあける。条には珍しく、自信なさげに控えめに。


「……一条の血に受け継がれる魂魄能力は――“斬撃の結果”だと、親父は言っていた」

「“斬撃の結果”!?」


 なんだ、それは。雫は驚きに声を上擦らせる。聞いたこともなければ、考えたこともない。全くもって想定の端にもない能力名であった。というか、名前を聞いただけでは内容の半分ほどしか予想できない。一体どういう能力なのだろうか。

 雫の大掛かりな驚愕を無視して、羽織は鷹揚に頷く。ほんの少しだけ、困ったような苦笑が顔にはあった。


「ありゃもう反則レベルの能力だぜ?」


“斬撃の結果”。

 剣士はなく、刃はなく、何もなく――ただ斬撃のみが発生する。過程も工程も道程も一切なくして、斬撃を刻み付ける魂魄能力。

 何時の間にか斬られている。気付いた時には斬られている。警戒も集中も全てが無駄で、どうしようもなく斬られている。

 剣士が剣を振るったわけでもないのに、刃が触れたわけでもないのに、いやそれ以前に原因すらもないのに!


 斬痕が、刻まれる。


 何故なら、その斬撃において――この世の因果という概念が、無視されているから。因果という世界法則を超越しているから。

“斬る”という原因をなくして、“斬った”という結果をつくりだす――因果の因を超越し、果だけが襲う因果無視の理不尽斬撃!

 それこそが、条家十門盟主一条の血統に宿る魂魄能力――“斬撃の結果”。


「だけど……なにかおかしくないか?」

「ああ、おかしいよな」


 確かにその能力は凶悪極まりなく、恐ろしいほどの殺傷力を宿した上位能力といえる。魔益師だろうが、魔害物だろうが、区別なく圧倒的なまでに斬り伏せることができるだろう。

 だが、雫もすぐに条と同じ疑問符を浮かべたようで、眉をしかめている。

 だって、それでは――


「なにがおかしい、説明してみろ」


 羽織は目を閉じ、両腕を羽織りの袂にいれて似非中国人ごっこをしながら言った。

 というか、完全にわかっていながら問うている。

 前置きとかはいいから話せ、と強く言いたかったが、雫は渋々ながらもおかしな点を述べる。付き合わないで、じゃあ話してやんねーよとか言われても困る。


「具象化しているなら、能力の始点は全て具象武具からになるはずだ。そのルールを、お前の説明が正しいのなら、さっきの模擬戦の時に一条様は破っているじゃないか」


 それがいかなる魂魄能力であろうとも具象武具が具象武具である限りにおいて、それに接触しているモノにしか影響を及ぼさないはずなのだ。

 だから雫は、雫の具象武具たる刀に触れる空気を揺らすことで風を制御し、

 条はその拳――手袋に触れた範囲内でしか一撃の強化をはかれないわけで、

 浴衣も指輪を当てることで治癒を施すのだ。

 それが、曖昧で朦朧で抽象的な――認識ていどで右往左往するような魂の、しかし厳然とある絶対のルールのひとつ。

 破ることのできない、遵守するしかない、絶対条約。

 だというのに。


「一条様は触れていない私を斬りつけたし、刀はそもそも鞘に収まっていた! こんなの無理があるだろう!」


 雫が戦闘中に思い浮かべた一条の能力は、だから触れた空間に干渉する“距離の無視”であったり、触れる自身と刃を加速する“太刀の加速”、鳴らす音に影響する“音の支配”だったのだ。

 具象化のルール――“始点の限定”があるため、そういう能力しか思いつかなかった。それはどこまでも真っ当な思考回路。どこも逸していない常識的な考え方だ。

 と。言いながら不意に、雫は冷静に座しているお陰かひとつの可能性に思い当たる。


「……あ、いやもしかして」

「あん?」

「一条様は、具象化をしていなかったのか?」

「なっ!?」


 その発言に、条が大げさに驚きを示す。


「そっ、そうか。あの刀は、本当に本当のただの刀で、一条様は具象化せずに能力を行使していたなら、説明がつく、か?」


 ただ、具象化もせずに一撃一撃があれほど重く痛烈なのは、信じがたいことではあるが。それでも、ルールを破ったわけではなくて、能力値が考えられないほど高いほうが、ありうるのではないか。

 雫と条のそんな結論に、羽織はそれでもやはり首を振る。


「まあ、おしいな。馬鹿にしては頭を使ったようだが、ハズレだ。

 具象化していない――俗に言うところの“抽象状態”でも能力は行使できる。だが今回は違う。それに出力の問題で、それも考えづらいのはわかるだろ?」


 非具象化状態――言うところの抽象状態でも、能力の行使自体は確かに可能だ。

 だがそれは途方もない無駄と、膨大なまでの危険を孕んだ行為でもある。

 ここにひとつたとえ話。

 雪合戦をするとして、投擲するために雪をかき集めて硬くなるまで丸めるであろう。そうであれば投げやすく、当たれば手痛い。具象化とは、たとえればそんな感じだ。

 そのたとえでいけば、抽象状態とは地に積もった雪をそのまま拾って投げつけるだけとなる。それでは当たらない――コントロールが難しいだろうし、飛距離も雪玉と比べればないに等しい。その上、当たっても意味などない。威力とかの以前に触れたことにさえ相手は気付かないかもしれない。密度が低いのだ。

 だから、雪合戦がしたければまず雪を固める作業が必須といえる。

 それと同じで、魂魄戦闘をしたいのならば、具象化しないと話にならない。それほどに、抽象と具象では出力に差がある。

 また、バラバラな雪では下手をすれば自分に降りかかる恐れさえある。端的にいって暴走だ。暴走を回避するために、出力は具象化より随分と低くしなければならない。

 抽象状態での能力行使は、可能ではあってもやる者はほとんどいないのだ。


「じゃあもう、なんなんだ! もったいぶらずにさっさと言わんか!」


 とうとう堪忍袋の尾でも切れたのか、雫は限界とばかりに叫び散らしていた。当初の熱くなってはいけないとかの考えは既にどこにもない。短気な少女なのである。

 羽織は気圧された風もなく、ニッと笑う。まるで内緒話のように口元を羽織りで隠すようにして、囁くようにして言う。


「まー、なんだ、裏技ってやつ?」

「裏技だと?」

「そう、“媒介技法”っつう、裏技」

「媒介、技法……」


 いきなり出てきた新ワードに困惑隠せず、雫は確認のように鸚鵡返しに呟いていた。聞いたこともない言葉であった。


「ま、知らんでも無理はねえ。条、お前は知ってるか?」

「いや、なんだそれ」


 即答。

 それも当然。なにせそれは、本当に裏技なのだから。

 誰にでも知れ渡った裏技など、裏技ではない。秘されて語られない、それでこその裏に伏せられた技である。

 その伏せられた技を、羽織は別段の躊躇もなくに口軽く語る。


「媒介技法っつうんはな、魂を具象と抽象の間に留める技法のことだ。中途半端な具象、縁取られた抽象とかそんな感じ」

「どう……やって……」

「自分の身体の一部であると定義できるほどの何らかの武具に、自分の魂を宿すんだよ。物質を媒介に魂の力を行使するから、媒介技法」


 媒介技法――それは使い古した物質を身体の一部と定義し、魂魄能力――魂の欠片を込める技法のことである。魂の込められた物質は擬似的な具象武具となり、確かに具象武具となんら変わらない性能になる。無論に、能力も具象化状態と変わらない出力、制御性で発揮できるのだ。


「そして、一番重要な点だが……その媒介武具は、始点の限定を無視して能力を行使することができる」

「っ!?」


 魂魄能力は具象武具を始点としてしか発動ができない。その大前提のルールを無視することができるのだ。

 一条がその魂魄能力“斬撃の結果”でもって、触れてすらいない雫に斬撃することができた秘密がこれだ。

 雫は信じられない説明に思わず絶叫していた。


「馬鹿な! 始点の限定を無視だと? そん、そんなっ! そんなことができてしまえば――」

「魂魄戦闘における常識が覆るぞ」


 戦闘事になると、途端にシリアスになる条。その深刻さは表情にあらわれており、険しい思案顔のまま続ける。


「それに、一条様が知ってるってことはオヤジも知ってるってことだろ? 俺はオヤジになんも聞いてないぞ。そこまで秘匿したいことなのか?」

「いや、条、お前にゃいずれ二条家当主が語ってたよ」


 いずれ? どういう意味だ、条が質問を口から放つ前に、羽織は前もって言う。


「条家十門には一族にひとつ、代々当主に受け継がれてる家宝があるだろ?」

「あっ、そうか、あれか」

「そうだ。若輩のボケに媒介技法のことを言うと、家宝の武具を継承する前に勝手にテキトーな武具を媒介武具にしちまう可能性があるからな。それを避けるために、当主継承するまでは媒介技法のことは言わないようにしてんだよ」


 まあ、それでも勝手に媒介武具を継承以前に決定してしまった例も少なからずあるが。

 また、当主になって日が浅い者では、家宝を無意識に異物と思考してしまって媒介技法ができない場合もある。

 今代にあっても、四条 矢継がこれに該当する。彼は当主としては二番目に若く、その座を継承してからまだ三年ほど。未だに家宝を自分の延長と思えるほどには愛着がない。そのため四条は戦闘中、普通に具象武具を使っていたのだ。

 羽織ははあ、と少し説明疲れしたのか息を整えて、また口を動かす。


「あと、魂魄戦闘に常識なんざ元からねえだろうが。勝手に思考を固めんな。ルールが自分の知ってるものだけだと思うな。常識なんて言葉もちだして限界を設定すんな。

 ――雫、お前もだ」

「なっ」


 いきなり話を振られて、雫は目を白黒させる。


「なんのことだ」

「一条と戦ってる時、どうせ距離を無視して斬撃が放たれた時点で、即座に思考が偏っただろ。そういう固定観念に思考が縛られてると思考を誤る、今回みたいにな。魂の力なんて曖昧なもんをアテにして戦ってんだ、もっと柔軟に生きろよな」

「いや! 私的には万有引力の法則なんて無視して空って飛べるんだ、とか言ってる並に常識外れの発想なんだが!? それを想定の内にいれろとは酷に過ぎるだろう!」


 無茶過ぎると、雫は思い切り突っ込む。

 丸きり無視。


「ていうか、おれも媒介技法使ってるって、わからなかったのか?」

「「え?」」


 綺麗に合唱する雫と条。

 やっぱり気付いてなかったのか、と羽織はため息。まあ、意図して気付かせないようにしていたわけだから、これは羽織の細工の成果と言えなくもない。

 こういう説明する段になると、面倒だが。

 面倒ながらも、とりあえず一から羽織は解説する。


「おれの具象武具は羽織りなわけだが――」

「「ええ!? ナイフじゃないのか!?」」


 また合唱。

 呆れが過ぎて、羽織は頭痛に襲われた。思わず頭を抱える。ていうかもう寝てしまいたかった。この馬鹿どもを放っておいて、一眠りしてしまいたかった。それでも、説明をしないといけない理由もある。仕方なく。本当に仕方なく、羽織は悪態を忘れずに馬鹿どもに説いてやる。


「……お前らの馬鹿さ加減は理解した。

 あのナイフは知り合いの造形師に造ってもらった、具象武具と同レベルの、つっても単なるナイフだ。具象武具じゃあねえ。ていうかおれ、ナイフ複数使ってたじゃん、気付けよ」


 基本的には、具象武具はひとりひとつである。


「いや。複数の武具を具象化する人と戦ったことあるし、羽織もそうなんだとてっきり……」


 条が無駄な知識を披露し、その横で雫は羽織の解説に言われてみれば確かにという顔をしていた。どっちもどっちだ。

 これ以上こんな序盤でつまずいているのも無駄だ、羽織は強引にでも進める。


「まあ、で、おれの具象武具はこの羽織りだ。で、おれがナイフを転移する戦法の時、どうしてた?」

「えっと、ナイフを投げて、すぐに転移――って、ああ!」

「気付くのがおせえ。

 そうだよな、ナイフを投げ放って、その後に転移してるよな。具象武具を、始点とせずに能力の行使してんだろぅが」


 何故今まで気付かなかったのだろうか。そうだよ、羽織は完全に始点の限定を無視していたじゃないか。

 もしも羽織の能力では始点の限定があっては、かなり扱いづらいものなのだと考え至ることができていれば気付けたのだろう。が、ふたりは相手の能力を分析するようなことはしない直線的なタイプであるからして、素で気付けなかったのだ。

 羽織の能力“万象の転移”――いや“軽器の転移”であっても、具象武具である羽織りに触れたものしか転移できないのでは、能力の本領はほとんど発揮できやしないのだ。

 だって、羽織の基本戦法であるところの『ナイフの投擲後に敵の眼前に転移』が完全にできなくなるのだから。ナイフを投擲してしまっては、羽織りに接触させられないし。かといって投擲せずに転移しても勢いが、運動量がない。それでは刺さることはない。勢いなき刃など、鉄の板に過ぎないのだ。

 また他にも“万象の転移”を行使する際に、触れていない敵を転移し、間合いに持ってきてぶん殴るという手も使えない。

 本当、媒介技法なしではかなり不便となるのだ。羽織の場合は。


「まあ、おれのことはいい。それより言っておくが、お前らじゃあ媒介技法は使えないからな、変な気をおこすなよ」


 説明を聞き、少し考え込むよな仕草をするふたりに、羽織は釘をさしておく。

 裏技というだけあって、媒介技法のことを存在として知る者は極少ない。まあ知っていたとしても、条家のように歴史の長い組織や、そういった知識に深いような人物くらいである。

 その上で、知っていたとしても使い古したモノ――そして、元は別個の存在だったものを、自分の一部と定義できてしまうある種の異常性――がちょうどよくなければならない。しかもその使い古したモノは、具象武具と同一のモノ――ただし細部は違っても問題ない――でなければならないのだ。

 単純に考えても、条件を満たす魔益師は相当に少ないであろう。

 勿論、今はじめて知っただけの雫や条に扱えるはずがなかった。

 羽織は続けて軽く嗜めておく。釘を、もう少し深くまで穿っておく。


「もしも相手がそういう裏技を使ってきた時にも、知ってるのと知らないのじゃあ反応や対処が全然違うから、一応教えてやっただけだ。いきなり相手に使われてパニックにならないようになってラッキー、くらいの認識にしとけ。なにもお前らができるようになるってわけじゃねえんだからな。

 そういう小技に走る前に、お前らは地力の向上に努力しろ。

 特に条、変なこと考えんなよ。お前はどうせいずれ受け継ぐんだからよ」

「でも、遠いよなあ……」


 当主を継承する日がまずもっていつになるかわからず、その上で家宝が自身の一部となるほどに長時間を過ごし、使い込まなくてはならない。

 まあ、条が媒介技法を使いこなす日は随分と遠いであろう。


「お前なぁ、親切に説明してやったってのに、それはねえだろ」

「やっぱり、はやく強くなりたいからな。強く、なりたいからな」

「……ふん」


 言いたいことはわかるが、それでも焦っては道を外すだけ。

 それに慌てて掻き集めた力なんてものは、所詮脆く簡単に砕けてしまう。

 とはいえ、それを条のような人間に納得させるのは難しい。羽織はしつこいと逆効果と思い、口を噤んだ。

 そういう大事なことは、誰かに言われるのではなく、自分で気付くべきだから。






 また、羽織は説明が面倒と割愛しているが。

 一条の媒介武具は、あの常に帯刀していた刀――一条家に伝わる伝家の宝刀だ。

 彼の媒介武具はあくまでその刀だけであり、鞘はまた別もの。鞘に収まっている限り、その能力は束縛されていることになる。

「鞘に包まれたままの剣は、その威を揮うことはない」という一条の認識のせいである。

 そのために、一条の戦法はああなった。

 一瞬だけでもいいから、刀を少しだけ抜刀。そして刀身が僅かに鞘から解き放たれて、そこで魂魄能力 “斬撃の結果”が発動。次の刹那には刃は鞘に収まり、耳残る金属音が響き渡ったところで、相手は自身が斬られたという事実に気付く。

 一条一刀流・無限斬刀術が一手――鳴斬(ナリキリ)

 ちなみに一条一刀流・無限斬刀術とは、一条の血統が歴史の積み重ねにより編み出した魂魄能力と剣術とを混ぜ合わせた戦闘術のことである。

 その中でも鳴斬は、特に一条が好んで使う技のひとつであった。

 ただし好んでいるとはいっても、鳴斬などは精々が小手調べ。本命ともなれば、無論に鞘を捨て去って剣術も相まった、また全く別の刀術となる。

 つまり雫は小手調べの段階ですら、手も足もでなかったのだ。

 それに一条の得意とする戦術は怒涛の連続斬撃、雫と戦ったように待ち構えるような戦い方は普段は選ばない。

 わかりきったことだが、一条は随分メチャクチャ手加減をして雫の相手をしていたのだった。

 小手調べの技で、キッチリと手加減をされ尽くしていても、雫は完敗を喫したのであった。

 そう――羽織の思惑通りだ。

 今回のこの一条との模擬戦は、絶対に勝ち目のない相手との戦闘経験である。理不尽を目の当たりにして、それでも生き延びる経験。

 その上で、媒介技法という裏技の説明までできた。

 経験値と知識を同時に与えることに成功したのだ。

 着々と、本人のあずかり知らぬところで、雫の手駒化計画は進んでいた。









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