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第二十三話 最強






 条家十門。

 日本最古の退魔師一族にして、数多の魔益師たちから最強と称される一族である。

 ここで単純な問いをひとつ。


 何故、条家は最強なのだろうか?


 理由は種々諸々あるが、特に大きな要因はふたつ。

 ひとつは能力の熟知。

 普通、魔益師は自分の魂魄の形に気付いて――能力が覚醒した際にその能力名は魂が決定しており、それを自覚してから――最初に、その能力を如何にすれば十全に扱い切ることができるかに頭を悩ませることになる。

 なにせ魂の形は千差万別。魔益師という存在は数多くいても、同じ能力をもつ存在などいない。探し回れば、似たような能力者はいるかもしれないが、それでも巡り合うことは難しいだろう。

 そのため、魂魄能力の運用法は全て自分ひとりで考えなければならないのだ。

 どのようなことができるのか。どのような認識ができるのか。どのような戦い方が最も適するのか。どのような応用が可能なのか。

 自己の能力を知り尽くし、思考と試行を繰り返し、そうして力を完全に統御する必要がある。

 それができて――無論にそれだけではないが――ようやく一流と呼ばれるようになるのだ。

 だが、条家十門は違う。

 彼の一族では、能力が親から子へと受け継がれる。親が、もう既に能力を知悉しているのだ。

 故に子は、親から能力の内容、応用、認識、戦法、技法までなんでも隅々まで教わり、それを完全に自分のものとできる。

 そうしたことが千年近くも繰り返され――しかも誰かがまた新たに戦法などを思いつけば、それも子へと伝承され、能力の知識は積み重なっていく――現在まで至るのだ。

 外部の魔益師と比して、能力に対する理解度がずば抜けて高いのは当然といえる。

 能力の理解がほとんど完璧であるということ、それが強さの理由のひとつである。


 そしてもうひとつの要因は、最強の自負。

 条家は最強である――歴史が証明している、実績が物語っている、自分の強さが裏打ちしている。

 そういう外的要因、つまるところプレッシャーにより、条家十門の退魔師は皆“自分が強くなくてはいけない”と思い込むようになるのだ。誓約のように、自分は強くなくてはならないと考えるのだ。

 歴史が証明する条家十門の威信。それに泥を塗るわけにはいかない。実績が物語る条家十門の威光。それを汚すわけにはいかない。強さが裏打ちする自信。自分が弱ければ、一族郎党先祖諸共までも弱小とされる。

 そんなことが、赦せるはずがない。

 自分が弱くて、一族やその歴史を貶められることが、彼らには我慢ならない。

 何故なら、条家十門は“強くなくてはいけない”のだから。

 だから誰よりも最強になろうと努力を繰り返し、鍛錬に明け暮れる。才がありながらも、徹底的に努力を続けるのだ。その典型例が一条であり、二条 条であったりする。

 また、“強くなくてはいけない”という、もはや強迫観念にも近い自己への誓約は、そのまま魔益師としての強さに繋がっている。


 ――魔益師とは、認識により自己を改革する者。


 条家十門の退魔師の持つ“強くなくてはいけない”という認識により、彼らは本当に強くなっている。

 魂の底から自己を強い存在であると定義し、常識にも似た強烈な認識で己に強さを強制する。

 自己の認識を強い存在であると固定し、そのように魂から変革させているのだ。

 その強制の強度は計り知れず、事実として条家十門は最強である。

 おかしな言葉になるが、条家は条家が最強であり続ける限り、最強であるということだ。

 ちなみにこれは、認識により自己の強さが変質する――認識の中でも、自己認識と呼ばれる種類のもの。




 そうした要因が絡み合い、条家十門は名実ともに最強なのである。

 その最強の条家においても、また序列は存在する。

 血筋に因る能力であるために、血の濃い直系は傍系を凌駕するし、さらに当主は直系すらもひとつふたつ領域を異とするほどの実力をもつ。

 そして。

 当主の中で、最も強く――すなわちこの日本において、およそ最強とされる人物こそが条家十門盟主、一条家当主なのである。











 そして明くる日の朝。


「で! 羽織!」

「あーん?」

「これは、これはどういうことだ!」


 雫は現状の全てが理解できないとばかりに声を張る。

 対して羽織は全部理解して、その上でニヤけている。


「見たまんまだろ? お前は今どこにいる?」

「……一条家の屋敷、そのだだっ広い中庭」


 その通り。

 雫は無駄に広い一条家の屋敷の、また無駄に広い中庭に立っていた。

 羽織は続ける。


「で、お前の目の前にいるのは?」

「……一条様」


 その通り。

 雫と十メートルほど離れた位置に、一条は鋭い面持ちで立っていた。

 羽織は続ける。


「その一条がお前に向けているものは?」

「けっ、剣気」


 その通り。

 刺すような剣気にあてられ、雫は気を抜けば膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

 羽織は、それでも口を噤む雫に呆れをもって解答を示す。


「ここまできてわっかんねえの? 模擬戦だよ、模擬戦。お前と一条の模ー擬ー戦」

「はぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!?」


 ありえねー、とばかりに雫は絶叫していた。

 まるで志望校に滑った受験生のような魂までも震わす悲痛なる叫びであったが、羽織の心には全く響いていないようで笑んでいる。

 その上。


「そう、その表情が見たかったのだ!」


 完全に悪役な台詞を、全くの自然体で吐く。その表情は見たこともないほどに輝いていた。とっても楽しそうな羽織である。

 なんてヤツだ。雫は突っ込みも忘れて茫然自失に言葉を紡ぐ。


「なっ、何故こんなことを……」

「嫌がらせには全力を尽くせって、親に習わなかったのか?」

「って! ただの嫌がらせか!」

「いんやぁ、それだけじゃあねえよ。お前が一条の強さを知りたがってたんじゃねえか、だから親切心も入ってる。これ以上なくわかりやすい方法だろ、模擬戦って」


 親切心は一パーセントにも満たず、本当は羽織の事情が大半を占めていたが、それは言わない。


「おっ、おおお畏れ多いにも程があるだろう!」


 雫は全霊を乗せて主張するも、暖簾に腕押しとはこのことか。一切聞こえていないとばかりに、羽織は気軽に気さくに気ままに肩を竦める。


「ま、いんじゃね。結構、あいつも喜んで承諾したぜ?」

「なっ、また嘘を!」


 へらへらと、羽織は応えずに笑う。言葉を重ねるのが面倒になってきた。


「どうでもいいけど、一条のヤツ、そろそろ痺れ切らすぞ」

「! ちょっ、待ってください、一条様! せめて気を落ち着けてからに……!」


 焦る雫に、正面の一条はどこまでも不動。静かに短く頷く。


「構わない。俺の準備は万端だ、お前がいい時に声をかけろ」

「あっ、ありがとうございます!」


 言って、雫はもう諦めるしかないと悟る。

 ここまで来たら、腹を括る他ない。意を決するしか、ない。

 雫が勇敢にもそんな決意を固めている頃には、羽織は充分に離れた位置にまで移動していた。しかも隣には条もいて、ふたりして気楽に観戦する腹積もりらしい。

 一瞬、イラっとくる雫だったが、鎮めるように目を閉じて、落ち着けと呪文のように胸中で呟く。大丈夫だと暗示のように胸中で囁く。

 それは雫が自身を制御するための言霊で、故に雫はそれだけである程度の落ち着きを取り戻す。

 目を、開く。

 前向きに考えれば、一条という最強者と戦えるのは凄まじくいい経験となるはずだ。見たところ一条も雫と同じく日本刀を使うことからも、雫はきっとこの一戦で数多くのことを掴めると、そんな気がした。

 

 さて。

 戦闘を始める前に、戦闘を始めるにあたって考えなくてはならないことを、雫は浮かべる。

 せっかく一条がくれた準備の時間だ、それくらいしておいてしかるべきだろう。

 まずは、一条の魂魄能力とはなんであろう?

 二条から十条までは理念が知れ渡り、それによりある程度の能力は推量できる。しかし、一条は理念さえも秘匿されて、その能力は完全に不明。

 どうにか戦いながら看破しなくては勝負にならないだろう。それと、異常な現象が起こっても平静を忘れないようにと自分に言い聞かせておく。こうした精神的な備えがあるのとないのでは、驚愕の大きさが変わるのだ。

 次に、一条の具象武具はなんであろう?

 これは――おそらくずっと大事そうに帯刀しているあの日本刀だろう。

 理由は個人によって異なるが、具象武具を常時具象化し続ける魔益師も、確かに少なからず存在する。きっと一条はそのタイプの魔益師。

 最後に、一条の実力は如何ほどであろう?

 はっきり言って、自分より遥か格上だということしかわからない。だが一体、どれほどに隔絶しているのか。

 必死に決死にがんばれば、覆るほどの差か。それともこれきり努力を重ね続けても、一生涯追いつけぬほどの差か。

 これも、戦いながら判断するしかない。

 とはいえ、今回は実戦ではなく模擬戦なので結局後者でも現状においては問題ない。これが実戦であれば、後者が敵に回った時には全力で逃避するのが鉄則だが。


 思案に耽ったことで、雫は自分の心が鋼鉄のように冷えていくのがわかる。

 感情を置き去りにして論理を走らせたために、感情の機能は低下し、揺らぎも収まる。かわりに思考回路が活性化。いつになく頭が高速で回転しているのがわかる。

 熱しやすい雫にとっては、戦闘に最も適した心象図。

 これにて準備は整った。今できる最高のコンディションにまでどうにか仕立て上げた。

 さあ、後ははじめるだけだ。

 雫は震える声で、けれども芯の通った言葉で、火蓋を――


「いけます」

「では――はじめよう」


 火蓋を切る。

 その宣言と、一条が腰元に帯びた日本刀を握ったのは同時だった。

 雫も即座に魂魄を具象化、刀を構え


 ――キン、という澄んだ金属音が響いた。


「っ!」


 咄嗟。

 反射的に不吉を感じての防御動作。

 しかし間に合わず、雫はいきなりぶった斬られた。峰であったらしく打撃だったが、痛烈極まる一太刀。なにより、高速極まる一太刀。


「ぐっ」


 雫は苦痛を無理やりに我慢。電流のように思考が走る。

 なにが起こったのかは不明。全くわからない。不可解に過ぎる。

 視認どころか、微かにすら知覚できなかったのは何故だ? 十メートルの距離はどこへいった? 見れば、既に刀が鞘に収まっているのはどういうわけだ? そもそもどういう原理で斬られたというのだ?

 わからない。なにもわからない。


 わからないが――つまりそれこそが一条の魂魄の形ということ!


 思考を停止、どうせこの少ない情報では答えなど見つからない。だからそれより前へ出る。

 その立ち直りの早さに、一条は些か感心したように瞳を広げ、すぐに細めなおす。


「しっかりと、その目を凝らせ」


 一条はこれ見よがしに刀を前にだし、鯉口を切る。

 ありがたいと思いながら、雫は足を止めず視覚に集中の全てを詰め込み――


 キン、と収刀した。


 ――それでも一切、銀色の刀身を視認できなかった。

 そして何時の間に、雫はズパンと小気味良く袈裟懸けに断ち斬られていた。とはいえ例によって峰、血は流れずに苦痛だけが雫を苛む。


「くぅ!」


 前方への疾走は、その斬撃により後方へ吹き飛ばされる。

 足で地面を削って制動、雫は眼光だけでも一条を見据える。ただし、身体は痛みに戦闘を拒絶していた。膝は笑い、息は絶え絶え、冷や汗は止まらず、刀を握る手には必要以上に力が篭ってしまう――手加減を加えたたった二撃で、これである。

 雫は額の汗を乱雑に拭い、極々短時間、瞬きのように目を閉じる。

 落ち着けと呪文のように胸中で呟く。大丈夫だと暗示のように胸中で囁く。

 目を開く、足を前へと進める、笑みを刻む。


「まだ……まだだ!」


 相も変らぬ特攻。

 一条の能力は全く不明。だが、ともかく遠距離攻撃が可能なのだから離れているのは不味い。

 退いては負け、立ち止まっては負け、ならば前へと疾駆するのみ。

 雫の疾走はまさしく風の如し。目算で一条との距離を踏破するまでに五歩で足りると判断。その五歩の間に、走力と同じだけ加速する思考回路。

 雫の頭脳はいつになく冴え渡っており、その最高に切れる状態でもって、一条の能力を解析しだす。不明を明快までにもっていくための、推測思考開始。

 二撃で見立てた一条の能力。

 ともかく微かに抜刀、即座に収刀するのが、能力行使の始発なのは確か。収刀の際に必ず響き渡る鍔と鯉口が噛み合う音にも意味があるのかはわからない。

 そして距離の離れた雫に斬撃を過たず直撃させたことから、距離を無視するなにかがある。それは能力による無視か、能力で操った事象が無視するものなのか――どちらかは不明。

 だがおそらくは前者。

 後者であれば――例えば雫の“風の制御”なのだが――なんらかの形で武具が事象に干渉、事象を制御または作り出し、距離を走らせ、敵にぶつける。このような四工程が必須となる。またこれ以上に工程を増やし威力、飛距離諸々を増量することもできるが、工程を減らすことはそうそう出来ない。そして工程ひとつひとつに僅かずつ時間を費やし、そのためにタイムラグが必ず存在する。

 だが。


 ――一条の斬撃にはタイムラグがない。


 一条の斬撃には始発と発生との間隔が、真実全くないのだ。つまり一条の能力は前者であると推察できる。収刀し、斬撃が襲うというなんとも脅威の短工程。さらなる脅威は、距離を進むタイムラグが本当にゼロだということ。斬撃を飛ばしているのではなく、雫のいるそこに斬撃が発生したということ。

 これが理由で、雫は遠距離から風を放つ戦法を検討もせずに取りやめたのだ。タイムラグがある遠距離攻撃と、ない遠距離攻撃。勝敗は火を見るより明らかといえる。

 これらを踏まえた上で推測される能力の候補。

 たとえば、“空間の無視”とかか?

 一条はその場で居合いの太刀を放ち、それが空間距離を無視して雫の立つ場に現出した?

 最も単純な能力で現状を説明してみたが、それは即座に自分で否定。

 何故ならば、もしそうであった場合――一条は雫の知覚を完全に通り過ぎた速度で抜刀し、収刀しているという事実がなくてはならない。

 流石に、それは不可能だろう。

 視認できぬほどの高速の抜刀なら、まだわからないわけではないが、どうしたって収刀の動作ばかりは見えるだろう。

 どれほど常識外れの退魔師、その最上位たる条家十門盟主一条でも、それは無理難題だ。

 では――“太刀の加速”とかは、どうだろう。

 能力がそもそもあの速度の原因だとすれば、悪くない推理な気もする。

 ……いや、それならば距離を無視した説明がつかないという本末転倒。

 たとえあまりの速度に、斬撃の衝撃波が巻き起こったのだとしても、そこにはタイムラグがなくてはならない。ならば現状とは噛み合わない。

 では最後のもうひとつの仮定。

 あの耳残る音を意味あるものと捉えるなら、“音の支配”という案もありではないだろうか。

 一条の持つ大仰な日本刀は、斬るための武具ではなく――鳴らすための楽器なのではないか? そういう思考の飛躍だ。

 鍔鳴りの金属音が発生となり、音の衝撃波となるように支配した。音は振動、距離を走るし、その速度は文字通り音速。

 速度、距離、抜刀と収刀の異様な短さ、全ての説明がつく。さらに、そういう考え方でいいのなら、一条が斬撃ではなく打撃を放ったことにも納得がいく。手加減だと、最初は確信したものだが、あれは 元々、斬撃ではなかったのではないだろうか。音の衝撃波、それゆえに打撃だった。さらには、一条が常に武具を具象化している理由もわかるというもの。あの刀が、武器であると印象づけるためだ。

 あんな小さな音で、こうまでも威力を増幅し高出力となるのは信じがたいが、しかしこの考え方は、今までの事象の全てに説明がつく。

 雫は暫定的に、一条の能力を“音の支配”と決定した。

 しかし。

 そう、しかしである。

 しかしそれがそうであるとして。


 ――ならばどう戦えばいい!?


 雫は上手く説明ができてしまったことにより、逆に平静を欠く。

 一条の能力、その脅威に対処が見当たらない。

 速度による勝ち目はなく。威力による勝ち目はなく。技量による勝ち目はない。

 絶対的上位者に対抗する法――雫は早急にそれを編み出さなければならなかった。

 とはいったものの一条の一撃は重く、直撃した雫の身体は軋みをあげていた。次を耐え切れる自信がない。つまり、時間的猶予も身体的余裕もない。早急という言葉では、足りないのかもしれなかった。

 どうすればいい――雫は、焦っていた。




 対して、一条の精神は凪いでいた。

 雫にとって、思考は数瞬で三歩に過ぎない。その間は無論に、油断していたわけでもなく、一条を見据えていた。

 だがその程度の警戒では、一条としては欠伸がでてもお釣りがくるような隙だった。

 隙――戦闘への集中力の数割ほどが思考に注がれ、確かに臨戦態勢半歩手前ではあった。とはいえそれは、常人ではまず隙とは言えないような、細い筋のようなもの。雫自身、攻められても対応できると自然に考えている。相対したのが二条 条であったなら、迂闊には攻められないと感じたことだろう。

 しかし一条という恐るべき使い手に対しては、隙という言葉の範囲は通常よりもずっと広いものとなるのである。故に一条の視点では、今の雫のザマは隙と言って差し障りはない。おそらくここで攻め立てれば、勝敗は決するだろう。

 だろうが……それを見送る。

 勝負を楽しみたいという、雫の実力を知りたいという、自己を不利に追い込むことでの修練という、様々な意味をこめて、一条は様子見に徹する。



 

 そうして。

 跳躍のような疾走で、ようやく五歩目にて――雫は刀の間合いに侵入する。

 雫は一条の手心をそこで理解し、しかし躊躇いなく刀を一閃させる。苦肉の策、ともいえない拙い考え――音を鳴らされる前に攻め手に回る。

 無論、待ち構えていた一条には見切ることが容易く可能。鞘走ることで現れた数センチのみの銀刃が、高速の斬撃を受け止める。

 金属音。

 雫の口角は、そこで釣りあがる。雫と剣劇する場合において、その防御法は悪手に他ならない。


「疾っ!」


 刀身は受け止められ停止したが、巻き起こした風は止まらない。渦巻いて、集って、刃となる。

 鍔競り合う二刀を無視して、後追い風が斬撃と化して一条を襲う。

 武具は雫と鍔競り合っているので動けない。この距離での風、その速度に回避もままならない。風の猛威が、受けようも避けようもなく一条に迫る。

 雫は直撃を確信して、

 一条は、それでも揺らがない。


「――斬」


 掛け声は静かに。

 能力の発動は不可視に。

 ただ、剛風を斬り捨てる。


「な――っ?」


 雫が想定した“空間の無視”や“太刀の加速”、そして“音の支配”までもが、全くの見当外れであることが確定した。

 刀は、未だ鍔競り合っているというのに、雫の風は斬り払われた。風を斬るだなんて、条理の外なる技だと驚くが、そこよりも驚くべきは、鍔競り合っているのに能力が発動したという事実。

 それは刀を動かしていないのに、能力が発動したということで。

 音を鳴らしていないのに、能力が発動したということだ。

 まさか、声が発動鍵になったというのか。それとも刀がぶつかりあった際の衝突音? 

 いや、それにしては能力の発現が遅い。タイミングが噛み合わない。

 ――“音の支配”という考え方は、間違っていたのだ。

 暫定的と、自分でも思ったはずなのに。

 説明がつきすぎて、説得力がありすぎて、自己の想定を妄信してしまった。間違いを、正解として受け止めてしまった。

 とはいえ間違いが確定したが――しかしじゃあ、だったとしたら。

 一体、一条の能力とはなんだ――!?


「隙だぞ」

「っ!」


 どこまでも自然な宣言に、雫は戦慄した。

 頃には。

 一条は鍔競り合った状態で、己が刀を収刀。


「なにをっ!?」


 虚を突く奇手。

 それは目を見開くまでの時間を稼ぎ、二手目へと繋ぐ。

 雫の具象武具たる刀を、鞘と鍔で挟むようにして捕まえ、ぐるりと回す。それは雫の握力を上回る回転動作、そのため雫の刀は高々と中空へと弾き飛ばされる。


「なぁあ!?」


 驚愕。そして、


「勝負ありだ」


 敗北。

 鞘を被せたままに刀尖を首につきつけられたことに気付いて、雫は全身の力を抜き去った。

 カラン、と雫の背後で刀が落ちる音が嫌に大きく響き渡り。


「……参り、ました」


 雫は俯きながらそれだけ告げた。

 そうして結局、一条はまともに抜刀すらしないままに、この勝負は決着を見たのだった。









 いきなりなに戦ってんの!?

 という感じですが、作者が一条の戦闘を書きたかったのです。

 ……というか、色々なキャラの戦いを書きたいんです。




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