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第二十話 造形師





 


 カフェ爆撃を原因としての死傷者は、幸いにして皆無であった。

 それ以前の羽織とマッドの剣呑な会話の雰囲気から客はいなくなっていたし、店員たちも大爆発の前の小爆発に反応して逃げ出していたからである。

 死傷者ゼロ――そう無論に、羽織も平然と健在であった。

 あの時羽織は、自身に害ある分だけ爆熱と爆風と爆圧――ついでにうるさそうだったので爆音も――をよそに転移していたのだ。

 そして大爆発に周囲が騒然となるのに乗じて、羽織はその場から離れた。そうして今、怪我人だの店の崩壊だの、一切を気にせず帰宅の道すがらぼんやりと思案していた。


「ふむ」


 マッドの後ろには組織がいた。思考の焦点はそこである。

 それは面倒な上に厄介で、こちらの行動が狭まる事実である。まあ、知らなければ不味っていたので、地味ながらいい情報ではあるが。

 組織を相手どるとなると、こちらは組織として行動できない。組織で動けば、向こうも大ごとと解釈して組織単位で動いてくるからだ。

 そうなると、最悪それはこちらの組織と向こうの組織――条家と“黒羽”の抗争に繋がってしまう。小さな因で、大きな抗争になるなんて、別段に珍しくもない。

 その抗争が不味い。すごく不味い。とっても不味い。

 どちらの方が強い弱いではなく、魔益師同士――人間同士で争っていられるほどに世界は安穏とはしていないのだから。

 四大機関の一角でも落ちる、とまではならないだろうが、その勢力を減衰されては、魔害物の撃破率はそのままおおよそ四分の一となる。

 そんなこと、わかっているのに。わかっているのに争うのが人間だ。

 もともと組織同士は仲良くないし、小競り合いなら度々ある。

 しかもその四大機関のうちで、マッドが属しているところが。


「“黒羽(クロバネ)”とか、一番困るよなぁ……」


 四大機関――世に幾つもある退魔師機関の中で、その実力と規模において他の追随を許さない裏側において最も有名なよっつの組織を総称してそう呼ぶ。その一角にして、四大機関の内で日本最大級の規模を誇る組織こそが“黒羽”だ。

 歴史は浅く質より量の組織だったが、最近は構成員の実力も増しており、魔害物の年間討伐総数は昨年、一昨年ともに四大機関トップである。

 まあつまり、有名で大きくて強い組織である。

 そういうビッグネームは相手取るのは難儀ひとことに尽きる。

 それに、“黒羽”は確か条家とは不仲だった記憶がある。

 加えて厄介なことに“黒羽”は、人間同士の争いもそれが利となるならば喜んで実行するような組織だ。

 利――条家への敵対は、損もあるが利もある。

 損とは無論に、その実力を指して敵対するのが馬鹿らしいという意味だ。喧嘩を吹っかけて、負けていては世話がない。

 だが、その損をも逆転する利がある。


 なにって、最強だ。


 もしも条家に勝利すれば、退魔師機関最強の名を得られるのだ。一条家当主を負かすことができれば、退魔師最強の栄誉が与えられるのだ。それは酷く魅力的な称号ではないか。

 そういう意味で、条家は他の四大機関に隙あらば狙われている。まあ条家は人間同士の争いをできうる限り回避する傾向にあるので、大きな抗争をしたことは数えるほどしかないが。

 その数えるほどしかなかった抗争の数を、こんなことで上乗せするわけにもいかない。

 ――それに条家の減衰は、最悪に繋がる。直結してると言ってもいい。だから、抗争など起こすわけにはいかない。

 つまるところ、羽織は羽織という個人で、マッドという個人と喧嘩という形で穏便に済まさなければならない。組織を、その諍いに介入させてはならない。

 とはいえそうなると、数の上で圧倒的不利となる。

 敵勢力の正確な数はわからないが、おそらく多数。マッドの能力に、その子供の能力――“魔の複製”――も考慮にいれると頭痛を催す兵力総数だ。

 対して羽織はひとり。条家の手は借りれないのだから、完全に個人である。

 物量戦になれば勝ち目は限りなく薄い。

 いや、全力出してもいいなら羽織の前に数なんざ意味をなさないが……それはできない。絶対に、できない。

 羽織は全力を出したくないのではなく、ほとんど出せない、という言葉のほうが正しかったりするのだ。

 というわけで、真っ向勝負は拒否。てか無理。

 なんで、とりあえず頭であり生産ラインでもあるマッドを殺すことだけを考える。多数を無視して個人を狙う、言ってしまえば暗殺の形が望ましい。

 もしかしたら、創成者が死ねば創成物は消滅するかも、しれない。その可能性は淡いというか、泡のような期待だが、ゼロというわけでもない。

 にしても、ひとりでやるには色々と荷が重い。猫の手でも借りたいが、条家の手は借りれない。なんとも奇妙な状況である。

 んん、ならまあ。


「よし、雫を手駒にしよう」


 メチャクチャ軽く、羽織は人権無視の宣言をした。

 しかも自分の案が悪くないものじゃないかと、羽織は何度もひとりで頷いていた。

 酷い。

 だが、羽織的には悪くない案なのだ。本当に。意地悪とかではなくて。

 フリーという肩書きがいい。組織と組織の間にある軋轢やら事情やらを考えなくて済むし、死んでも文句言う奴はいない。

 雫は組織と組織のデリケートな問題を、全て無視できる随分とちょうどいい人材なのである。

 とはいえ、この駒は残念ながら強くはない。もう少し強くないと使える駒も使えない。切れるカードも切れない。だが、いきなり強くはなろうともなれるものではない。なれるなら誰も苦労はしない。

 とりあえず使えるレベルにまでは引き上げてから、手駒として活用しよう。本人の同意もなしに、羽織はサクサク雫の道筋を決めていた。

 さしあたり、雫に必要なのは強さの前に経験だ。

 そう、たとえば自分より遥か格上との戦闘経験とか。

 以前の武器を扱う魔害物六割戦の時や、魔害を扱う魔害物戦の時、圧倒的な力を見せ付けられた途端に雫は硬直してしまっていた。

 それは確かに人間的な必然だが、退魔師としてはダメだ。もし相手が人間ならば、知恵ある者ならば、気圧された時点で首が飛ぶ。怖気づいた瞬間に心臓を刺される。何故なら人間は魔害物と違い、意図的に威圧してくるのだから。戦いを楽しむべき遊戯ではなく、他者の否定の場と捉えているのだから。

 強者に対する気後れ。それを克服するには時間をかけての経験の蓄積か、荒療治しかない。

 というわけで、羽織は迷いなく荒療治のほうを選択。雫の人権は、やっぱりガン無視である。

 まかり間違って勝ち得てしまえる程度の格上では意味がない。絶対的に一ミリも一ミクロンも勝ち目のないような、そんな理不尽な敵と相対し、生き延びる。

 そういう経験をさせよう。

 そんな決意をかためたことで、羽織は少しだけ心が軽くなったのを感じた。それと同時に、纏う羽織りがいつもより軽いことにも今更気付いた。

 

「ん、そういえば、ナイフが砕かれたんだっけか……」


 羽織は思い起こし、進路を変更する。

 羽織は皆に自身の能力を“軽器の転移”と誤認させるために、ナイフその他諸々の装備を羽織りの懐や袂に忍ばせてあったりする。だから羽織りは重いのだ。それが軽いというのは、装備的にちょっと不安が付き纏う。

 ので、砕かれたナイフを補給しておくことにする。

 テクテクと少しばかり歩んで、とある工房へと辿り着く。といっても、外見上はどこにでもある一軒家とさして変わりはない。だがここは、知る人ぞ知る有名な刀剣屋なのである。

 ただしインターフォンなどという高級機器はないので、羽織は原始的ながらノックを数回。

 

「よーう、いるか?」

「羽織か……なんの用だ」


 声で判断されたらしい、すぐに刺すような男の声が応えた。

 とりあえず留守でないことをそれで確認してから、羽織は軽い調子で工房の主に語りかける。

 

「ナイフが壊れたんだよ、不良品じゃね?」

「たわけ。また壊したのかお前は、お前はまた壊したのか。製作者の気持ちも考えろ。それにナイフは悪くない、お前が悪い」


 はあ、と男はため息を吐きながらドアを開いた。

 茶の髪は短く簡素にまとめられ、表情は引き締まっている二十かそこらの青年。言葉を反転して二度言う謎の癖があるこの男の名は藤原 圭也(けいや)という。彼は魔益師であり、その魔益師の中でも造形師と呼ばれる、なにかを造ることに長けた者だ。

 たとえば圭也の魂魄能力は“剣の創製”、刀剣の類を造る造形師というわけだ。

 羽織とは旧知の仲であり、そのため羽織のもつ刀剣類は全て彼の作品。だからこそ羽織のナイフは異常な硬度と強度、殺傷力を誇るのだ。

 

「二度言わんでいい」


 と、羽織は毎度の突っ込みをいれておく。

 いつもいつも変わらず飛んでくるその突っ込みを受けて、圭也は苦笑する。


「相も変わらず変わらず相も、お前はお前だな、羽織」

「どういう意味だ、コラ」

「まあ、立ち話もなんだしな。入れ」


 おじゃまー、とか完全に友達の家に来たという感覚で、羽織は久々に圭也の工房に足を踏み入れる。

 踏みいれてすぐは工房であり、刀剣を作り売りさばくための仕事場のスペース。簡素な椅子が二個、無造作に配置してあるだけの質素極まる空間だ。

 他には奥に続く扉がひとつだけあり、それは圭也の自宅へと続いているらしい。仕事場と自宅が一体化しており、工房と居住部の境の扉である。

 圭也は椅子の片方に座り、もう片方の椅子には羽織が遠慮もなく座り込む。図々しいその所作を確認してから、圭也の方から切り出す。


「それで、どんな風にして俺の刀剣を殺したんだ、お前は」


 睨むようにして問うてくる。自分の作品を、自分の子供かなにかのように大切にしている圭也からすれば、それは気になるところなのだろう。

 羽織は意地悪に口元を緩め、つい先ほどの事実を言う。


「あー、間違いなく不良品だって、あれ。なんせ、素手で砕かれたぞ」

「……なに?」

「握力で、お前の認識は砕かれたぞ」


 ここで少し唐突な話だが、魂魄能力にもある程度の系統があり、位階がある。無論、系統のない能力も魂の形によってはありえるが。

 その系統のうち、圭也の能力“剣の創製”は作製系となり、位階でいえば最上級の創製である。

 ちなみに作製系の位階は三段階にわかれ、最下級位階の作製、中級位階の精製、最上級位階の創製となる。

 そして位階の違いによってその能力の強さが違うのは勿論のこと、作製系統最上級位階の創製ともなると、作製したモノにはその作製者の認識が付加される。


『俺が創り上げ、鍛え上げたこの刀剣は、どんな何より硬く鋭く、なにより強い』


 そんな圭也の強い認識が、圭也の造った刀剣には付加されている。創製した武具もまた、認識の強さによってその強さを増すのだ。

 圭也の刀剣は、彼の認識の強さからそれこそ具象武具に匹敵する武具となっており、並の刀剣には及びもつかないほどの業物として完成している。

 とはいえ強度よりも切れ味、鋭さを要求したのは羽織であり、そのため圭也の作品の中でも砕かれたナイフは耐久性の低い部類であると言い訳できなくもないが、

 それでも――素手で圭也の刀剣が砕かれるなど、そんなことがありえるはずがない。信じられない事実であった。

 圭也も動揺してしまって、


「ばかな」


 そんな言葉を漏らす。自身の作品に対する自負が、そこには見て取れた。

 であるが、すぐに取り戻す。


「……いや、そうか。俺もまだまだ未熟だな。未熟だ、俺も」


 日本で有数の造形師にして、刀剣に限れば五本の指に入るであろう男がなにを言うか。

 羽織は肩を竦めて慰めじゃないが、事実の真実を告げる。


「ま、ちょいとばかし反則技つかってたらしいけどな」

「能力か?」

「説明めんどい」

「そうか」


 ならいい。圭也は言葉をやめた。引き際を心得ている男である。

 羽織としても、説明が本当にややこしいのだ。

 強化された人造のヒトガタだのなんだの、納得できるまで言葉を重ねるのは骨が折れるし。

 それにリクスの能力は“爆撃の生成”。もしかしたら、気付かないほどの小爆発を手の内で生じさせていたのかもしれないわけだし。

 だからリクスの、マッドのヒトガタどもの強化された膂力の程は、未だ不明。

 圭也は強張りを落とすように小さく息を吐いてから、顧客に問う。


「まあ、お前にそこまでの落ち度はないようだし、仕方がない、創ってやろう。創ってやろう、仕方がない。

 それで、何本欲しい?」


 羽織はあっけらかんと両手を開く。それで数を表しているようだ。


「十本。今は金がねえからツケで」

「……いつになったらツケを返すんだ、お前は。お前はいつになったらツケを返すんだ」


 コメカミを押さえながら、圭也はまたため息。

 どうせなにを言っても無駄だとは知っているが、このままというのも面白くない。圭也は反撃とばかりにわざとらしく思い出す仕草をとる。


「そういえば、」

「あん?」

「一昨日、春が来たぞ」


 羽織は、咄嗟には返事ができなかった。

 顎に手をあて、天を仰ぎ、顔を背ける。空っ惚ける。


「……どちら様で? 季節のことか?」

春原(はるはら) (はる)

「知らない名前だなぁ、知らないけどなんか間抜けで胸糞悪い名前だなぁ」

「まあ、俺はどうでもいいが。どうでもいいが俺は」


 圭也は少し笑いそうだった。

 羽織は観念したように肩を落とし、不機嫌そうに口を歪める。


「……あいつ転勤でどっか行ってたんじゃねえの?」

「帰ってきたんだろうよ、知らんけど。あいつもあいつで変わってなかった」

「めんどい奴が帰ってきたもんだ……」

「うるさくはあったな」


 思い出したのか、圭也は苦々しい顔色で頬を掻く。それから会話を切り上げて、ナイフの創製に取り掛かろうと準備を始めた。


「……はぁ」


 その背中を眺めながら、羽織は小さく嘆息を漏らした。

 面倒ごとは、どうしていつもまとめてやってくるのか。

 マッドの件だけでも頭を抱え、辟易している真っ最中であるというのに、そこにもうひとつの厄介事が舞い込むとは……。


 春原 春――圭也としては顧客の名であり、羽織としては宿敵の名である。








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