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第十九話 対談

 このふたりの対談、書いてて楽しくなってきちゃって長くなってしまった……。







「悪いが、店は私の趣味で選ばせてもらったよ。ここの紅茶は私のお気に入りでね」


 電話から三日後の、とあるオープンカフェのテラス。

 そこに、白衣の男と金髪の少女が座っていた。雰囲気をぶち壊し、まったく風景に馴染んでいないが、当人たちは気にした様子の欠片もない。

 正直、羽織は近付きたくもなかったが、そうするわけにもいかない。座る二名の外見を注視しながらそのテーブルへと歩む。

 白というべき銀髪を目にかかるほど伸ばし、その身は白衣で覆っている。印象的な髪色だけでなく、日本人にはありえない白亜の肌、彫りの深い顔。ともかく白人であることは確実だった。だからか、見た感じでは年齢の判別がつかず、ともすれば二十歳とも五十歳ともとれるという顔立ち。

 優雅にティーカップを掲げたりなんかしやがって、紳士風味を装っていやがる。なんとも胡散臭い男。

 こいつが、マッド。マッドサイエンティストか。

 魔害物の複製をばら撒き、条家十門にゲームを仕掛け、そして羽織の抹殺対象である男。

 外人さんだったのは意外――声だけ聞いた時は流暢な日本語で、異邦人だったのはかなり予想外――だったが、羽織は対処法を特別変更することもない。

 それよりも気になるのは、マッドの横に背筋伸ばして座る少女。

 これまた日本人にはありえないような美しい金色長髪に陶磁器のような白肌をもつ少女で、やはり同じく白人であろう。年齢は雫と同じくらいだろうが機械のような無表情さは、その年齢には不釣合いだ。たとえるなら、美しい西洋人形だろうか。

 で。一体、誰だこれ。何気なさを装って、羽織は口を開く。


「なんだ、その金髪の嬢ちゃんは」

「ん? ああ、この子は私の娘だよ」


 マッドは足りないと感じたのか紅茶に砂糖を混入しながら、隠し立てするでもなく簡潔明瞭に答えた。

 それを受け、羽織は顎に手を置きながら、ふたりの向かいに座る。反対の腕は行儀悪く背もたれに腕を引っ掛けて。


「ん、そういえば子供がどーの言ってたな、お前」

「そうさ、この娘は長女のリクスという。今回はボディガードとして随伴してもらったのさ」

「へえ、ボディ――」


 羽織は言いながら、何気なくプラプラと遊ばせていた右手にナイフを二本転移させる。

 そして、明後日の方向に狙いもつけずに投擲。

 もう一度転移、マッドとリクスという少女の眉間に――


「――ガードねえ。確かに、そうらしいな」


 突き刺さる直前で、リクスが両方のナイフを掴んで見せた。

 そのまま、握った両のナイフを握力で砕く。マッドは一切気にした素振りもなく、平然と紅茶を啜る。


「くく、手荒いなぁ」

「条家の総会に乱入したどっかの誰かよりはまだまだ手ぬるいがな」


 軽く流すようなことを言いつつ、気付かれないように羽織は目を細めた。まさかあの特別製のナイフを素手で砕くような輩がいるとは、少々驚く。

 なにか強化系の能力者だろうか。

 詮索を開始して――まあいいとやっぱり中断。

 羽織は店員を呼びとめ、緑茶を注文――ないらしいので水だけ要求して、マッドに向き直った。向き直ったマッドの顔には、意外と書いてあった。


「おや、私が手の届く位置にいるというのに、もう諦めるのかね?」

「はっ、おれはお前の外見なんざ知らねえんだ。今話してるお前が全然似てない替え玉でも気付けねえよ」

「ふふ、本当の私は遠くでこの対話を眺めている、と?」

「そうだとしたら、少しでもお前に手の内を明かしたくないからな」

「くく。ではリクスはリアリティのため、ということか。頭の回ることだ」

「はん、可能性の話だが、無視できる可能性でもないんでな」


 とは言ったものの、羽織は案外にこの男がマッド本人ではないかと、ほとんど確信していたのだけれど。

 これまでの性格を考慮すれば、マッドの大胆さは一目瞭然で、きっとこういう場面では本当に出張ってくるだろう。

 だがまあ、万が一、だ。


「殺してもいいが、めんどぃしな。それより話があんだろ? 殺すのはその後でも遅くない」

「おいおい、こんなところで人死になんておこったら、大変なんじゃないのかい?」

「別に。おれとしては邪魔が減って嬉しいだけだが。それともなにか、もしかしてお前が死んだらおれの情報が公開されるようになっているのだ、とかそんな馬鹿くさいセリフでも用意されてるのか?」

「くく、そんな馬鹿なことを私が言うはずがないだろう。私を殺せば、それで君の情報は守られるよ。……おっと、私と私の子供たち、だったね」

「……子供たち」


 視線だけが、リクスへと向く。少女はすまし顔で、一切こちらに注意を払っていなかった。面の皮の厚いこって。

 そんな羽織の反応に、マッドは片方の眉を吊り上げた。


「んん? ああ、そういえば説明していなかったね。君の能力ばかり知っていては不公平だものな。私の魂魄能力について教えてあげよう」

「…………」


 えー。

 いや、願ったり叶ったりなのだが……なんでこいつはこんな簡単に情報を開示するんだ。秘密主義の自分が馬鹿みたいじゃないか。些かゲンナリしてしまう。

 呆れ目は、次には掻き消える。


「私の魂魄能力は――“人形(ヒトガタ)の創成”だよ」

「……あ?」


 思わず素で、羽織は聞き返していた。計略とか演技とかも抜きにして、間の抜けた声を漏らしてしまった。

 今この男は、なんと言った?

 マッドはそんな羽織の表情がさもおかしいかのように、薄ら笑いを浮かべ再び同じ言葉を囁く。


「“人形の創成”さ」

「それ、は――」

「人の形をした存在を、生み出す。一言で言えば、そんなところかな」


 羽織は限りなく瞠目し、マッドの横に鎮座する少女を凝視しながらまさかを口にする。


「まさか子供たちってのは、」

「察しがいいねえ。その通り。私の子供たちとは、私が創成したヒトガタさ。ただね、単なる人の形をした存在ではないんだよ? それではただのお人形だろう? 違うよ、人の形をした存在だ。人に、あらゆる意味で接近し近接し漸近した存在さ。限りなく人である人の形――それが私の子供たち」

「それは、そんなのは紛い物――魔害物だ。人は神にはなれやしねえ」


 考える前に、言葉は発されていた。それは陳腐な文句で、それで羽織は自分がかなり動揺していることを自覚できた。

 だって、そうでなくてはならない。そうでないというならば、人の域から超越していることになる。

 無――ささやかな魔益だけで、有――人に似たモノを創り出す。魂が曖昧で様々な可能性を秘めているからといって、流石にそれはもはや神の御業ではないか。

 そんな焦りの宿った羽織の言に、マッドは首を振る。


「神? ああ、そんなはずがないじゃないか。流石に無から有を創り出すわけじゃあないよ。

 私の魂魄能力は特殊でね、普通は魂魄から精製される魔益を消費して能力を行使するものだが――私は魂魄自体を使う」


 ピンとくる。


「……それは、自分の命を子供に割いているということか」

「その通りさ。だから、そうだね。私のクローンという考え方もありかもしれない。まだしも、その言い方のほうがありえそうだとは思えないかい?」

「ち」


 確かに。そのほうがずっと“ありえそう”な気がしてくる。それは魂の力の使用においては、途轍もなく重要なこと。“ありえない”と“ありえそう”では、天と地ほどの違いがあるのだ。

 

「先ほど魔害物と言ったね、そちらの考え方のほうがいいなら、それでもいい。私も魔害物によく似た存在構造だと思う。いや、違うのかもしれない。魔害物という前知識があったからこそ、私の認識がこうなってしまったのかも、しれない。

 根源は、もはやいくら思索しても辿り着くことはできない。ただ結果は確かにこうしてあるのだから、そのままありのまま語ることしかできないのさ」


 理屈のようなことを、断言する。そのせいですぐには否定を思いつけない。

 いや、思いつく必要もない。羽織はまたさりげなくリクスに視線をやりつつ、できる限りの情報収集をしておく。


「……外見は、おそらく人間と寸分ほどしか変わらねえんだろうが、それで中身はどうなってんだ? 人の形は模しても、人の(なかみ)まで創りだすなんてねえだろうな」

「まあ、確かに完璧なものは創り出せなかったよ。困ったことに私の脳内でも、流石にそれはできないとどこかで考えているのだろうね。だが――」


 一旦区切り、マッドは紅茶を啜って喉を潤す。

 それから続ける。


「だが、擬似的な魂魄は備わっているよ――魂魄能力に類似した“それらしいもの”を発揮する子たちは幾人もいた」

「クローン……お前と同じ能力か?」

「違うよ。私とは全く違う能力だった。“彼我の対話”だって、“魔の複製”だって、私の子の能力だと言っただろう?」

「ありえねえ……」


 同じ能力だと言うならば、納得はできないまでも、まだ聞き分けることはできた。だが、違うなとると――魂が独立している、別個ということになる。

 魂が分離して、分離した衝撃で変化をきたしたとか、そういう感じだろうか。断定はできない、ただの仮説だ。

 だがやはり、クローンを創り出す能力ではなく――ヒトガタの、創成。


「君の認識ではありえないのかもしれないね。それでも、私は君じゃあない」

「ち。そういう意味でも、お前は狂ってるよ、マッドサイエンティスト」


 健常者とはまた違った価値観の世界を生き、異なった視点を信仰し進行する――端的に言って狂人だった。

 見ている世界が、感じている世界が違うのだ。だから、常人とは決定的に思考回路が違い、認識の仕方も違う。さらに言えばイカレているから、自身の認識に疑いをもつこともない。

 羽織は思考をカチリと切り替え、それがありえることであると納得する。自分はありないと思うが、それは自分勝手。マッドには、マッドの世界観が存在するのだと解釈する。

 だから、もう否定はやめる。めんどうだし。受け入れるのは簡単ではないけど、楽ではあるのだ。


「お褒めにあずかり光栄だね」


 ほら、こんな侮辱の言葉を喜ぶなんて……もう、理解できない。

 理解しようとするのはやめだ、放棄する。これは、そういう相手ではない。

 思考はもっとシンプルに。

 ともかく、マッドには複数の手足となる魔益師が存在すると、そうとだけ認識する。それだけでも厄介な話であるが、辟易するよりかはマシである。

 と、ようやく理解を捨てる方針にしたというのに。


「でもねえ、やっぱりこの能力には無理があったのさ。無理というか、人間的な限界かな?

 この能力で生まれる子供たちは精神面では不安定極まりなく情緒が欠如し、身体面でもすぐに死んでしまうほどに脆く虚弱で儚かった」

「あ?」


 ここで逆接かよ。どうしてこのタイミングを選んだのか、さっぱりである。もうこの男とどう会話していいのかわからない。羽織は真面目に困惑してしまう。

 それにじゃあ目の前にいる、この少女はなんだっていうんだ。いや、情緒は確かに欠如しているようだが、死んではいないではないか。

 マッドにとっては正当順当な会話発展だったのだろうか、ほんの少しも乱れはない。


「サイエンティストと言ったろう? 私はね、魂魄の力でなせないなら、別の力を頼ることにしたのだよ」

「……まさか、」

「きっとご名答――科学さ。

 現代の科学技術ならば不可能ではない。人工臓器、人工心臓、人工筋肉なんて具合にね。肉体の改造強化に加えて、全く使えない部分は機械で代用して取り替えた。子供たちの身体の四割ていどは機械で保っているのさ。しかもついでに、基本的な強度も向上させておいた。筋力、反射速度、骨格から内臓まで諸々を戦闘用に超強化。並みの魔益師風情なら魂魄能力なしでも、私の子供たちは性能で上回っている。

 ま、いわゆるところの強化人間って奴だね。それとも改造人間のほうがお好みかな? ああ、私が創ったのだから人造人間でもいいかもしれないね。呼称は任せるよ」

「――っ」


 また。またこいつは……重要過ぎる事項を世間話と同じ扱いで語りあげやがる。

 正直いって、嘘だありえねえどういう意味だ、とか言いたくてたまらなかったけれど、羽織は字面どおり受け取ることで否を口から出さなかった。


科学者(サイエンティスト)……マジだったのか」

「当然だろう。この白衣が目に入らないのかい?」

「…………」


 白衣を着ている人間が全て科学者であるとでも言いたいのか、マッドは本気で不可解そうな顔をした。

 冗句のようにとぼけたことを言っても、頷いたことは羽織にとって驚異にして脅威。

 魔益師は原則として機械類を嫌う傾向が強い。

 まあ、携帯電話などは便利なので、嫌悪感を堪えてまで使うが。

 それでも、やはり魔益師にとって機械――科学というものは“なんとなく嫌悪してしまう”ものだ。

 羽織は自然とマッドの横に座るリクスへとみたび目をやる。

 眉間に転移したナイフを受け止めるような人間離れした反射神経。

 羽織の所持する特別製のナイフを砕くような人間離れした膂力。

 魂による自己拡張強化でなく、はたまた強化系の能力でもないのに、それができる非常識。

 科学――か。


「魂とかファンタジックな話だったのが、いきなりSFじみてきたな」

「行き過ぎた科学はファンタジックなものさ。それに、フィクションではないしね」

「……科学と魂は不可侵であるべきだろうが」

「暗黙の了解のことかい? そんなものは、私には関係がないね」


 雑談の中にも、一切の陰りはない。魂と科学の暗黙の不可侵を破ることへの躊躇も罪悪感もないというわけらしい。

 狂うという意味は、逸脱ということで。既存の枠を、確かにこの男は平然と逸脱しているようだった。

 誰しもある、“なんとなくやってはいけない”という抵抗感すらないようである。

 そこに微かな苛立ちを覚えつつも、羽織は軽薄さを忘れずに突っ込んだことを問う。


「科学者ってんなら、パトロンがいるんじゃねえのか」


 研究だの実験だの、なんにしても金がいるだろう。個人的な資産家というわけでもないのなら、どこかの大きめな組織に資金援助の後ろ盾を求めるなんてのはよく聞いた話だ。

 魔益師にも機関――組織があるのだし。

 個々人で戦うよりも、やはり組織立って戦ったほうが有利なのは明確なのだから、魔益師だって組織を作る。そういう組織に後ろ盾を求めたのではないのか。

 

「ふぅむ――」


 珍しく情報開示を逡巡しているのか――まあ、個人的な話ではない。少しは慎重になるか――マッドは顎に手をあて黙考し


「“黒羽”」


 それでもやっぱり手札を公開する。じゃあ今の逡巡はなにを悩んでたんだよ。突っ込みたかった。が、それよりも重要なことのほうに突っ込まなければならないために、泣く泣く断念。


「“黒羽”っつうと、退魔師四大機関の一角のか……。思ったよりもメジャーででけえ後ろ盾じゃねえか」


 羽織の口調には、そんな出資まで最近の退魔師機関はしているのかと、新鮮な驚きが含まれていた。

 メジャーな機関でさえも暗黙の了解は踏みにじるということは、魂と科学の不可侵とかいう考え方は実は古くなっているのかもしれない。羽織はそう考えを改めるべきかもしれなかった。

 条家十門は、古から存続する退魔師の家系。であるからして、伝統とかにはうるさい傾向があり、羽織もそこに属しているので考え方が自然と古くなっていたのかもしれない。

 まあ、“黒羽”だけが踏みにじっている、道を外しているのかも――しれないが。

 羽織はあまり外部には気を払っていないからよくわからない。とはいえ“黒羽”って黒だし、悪そうではある。かなりタチの悪い偏見だった。

 悪いのか悪くないのかはさて置いても、無償で後ろ盾をするなんてことはありえない。パトロンというのだから金をだしてもらう代わりに見返りを用意しなくてはならないだろう。四大機関の一角から金を出させるなんて、どういう対価を差し出したんだか――

 ああ、いや。そうか。


「お前の、子供か」

「その通り。魔益師の業界では、どこも慢性的に人手不足だからねえ。私の子供たちはその解消にはもってこいというわけさ。実用化も、僅かずつだが始まっている」

「確かにお前の話した通りの能力と科学力なら、うまいこと機能すれば量産は可能、か」


 苦々しい口調なのは、別に“黒羽”のこととは関係ない。ただ、マッドの戦力が思ったよりもずっと量質ともに高そうであることに、面倒を感じる。

 羽織の表情を眺めながら、マッドはニヤニヤと底意地悪そうに笑い、肩を竦める。


「条家十門ですら、人手不足は否めないだろう?」

「……どうだかな」

「今回、私が仕掛けたゲームにも、討伐にでた退魔師の人数は少なかったようだしねえ。質は四大機関随一でも、量は四大機関最小だものな。そこが、条家のつくべき唯一最大の弱点といったところか。そこをつけば、壊滅はできないだろうが、戦力を大幅に減らすことはできると思うのだがね。まあ、もう条家には興味は薄れたが」


 いきなり、マッドは自分で言った言葉にハッとする。

 ああ、そうだったそうだったと、繰り返し呟く。


「そうだったね、私は条家から興味が薄れたのだったよ――私の興味の全ては、条家から君に移ったよ、羽織。そのためにお誘いをかけたというのに、話が本流から離れてしまった」


 しまったなぁ、と全然困ってない口調でぼやくマッド。


「本当はね、条家に仕掛けるための準備もあったのだが、やめにするよ」

「てか、なんで条家を狙う――や、狙ってたんだよ」


 興味がないとか言われても、それでも理由は訊ねておきたかった。そんな言葉の確度は、どうせ信用ならないのだから。いきなり反転して興味が蘇ったりしたら厄介。聞いとくだけ得というものだ。


「ふむ? まあ、既に興味はないし、言っても問題はないか」


 案の定、情報の秘匿などは考えておらず、マッドは口軽く喋りだす。

 指を二本立ててみせる。


「理由はふたつ。

 ひとつは、九条の治癒能力。

 またもうひとつは、条家が封じているという“人型の魔害物”さ」

「――――」


 堪えようもなく殺意が跳ね上がった。

 その、その理由は到底許容できるものではない!

 感情の赴くままに、羽織は腰をかすかに持ち上げて――

 マッドは制止するように両手を広げ、まあ待ちたまえとやや困ったように告げる。


「もう興味はないと言っただろう? そんなに怒らないでくれよ。私の興味は、今のところ君にしかない」

「……ち」


 言葉に我を取り戻し、羽織は舌打ち着席しなおす。

 不覚だった。感情を御せないようじゃあ、魔益師としては二流。未だ自分は二流の魔益師でしかないのか。

 顔を背け、背もたれに体重を全て預けて力を抜く。不機嫌さを覆い隠すような声で、羽織は先を促す。


「それで」

「ふむ」


 羽織の様子に些かならない興味をそそられたが、マッドは自重。話を進めることにする。


「この三日で、私は君について色々調べさせてもらったよ」

「だろうな」


 三日という時間を置いた意味。無論、羽織もわかっていたが、それはわかっているからとて避けられる部類の話ではないので、どうでもいい。

 冷めた態度の羽織に反して、マッドは昂った口調でまくし立てる。


「しかし羽織、君は面白いね。非常に面白いよ。調べるほどに面白くなってくる。

 九条の血が流れているわけでも、婿にきたわけでもなく九条の姓を得ているなんて、どうやったんだい? それに、総会に出席していたということは、当主の補佐まで務めているということだろう?もはや開いた口が塞がらないよ」

「は」


 知れてどうなるものでもない情報の羅列で、逆に息を抜けた。表面的な情報がいくら調べられても問題は――


「そして、そんな面白い情報を突き抜けるほどに興味深いのは――君の魂魄能力」

「…………」


 そうだ。それが一番の問題だ。

 最初に適当なことを言って安心させておいて、その安心を見計らった時に重大なことを言って動揺させる。常套手段だが、僅かに羽織は動じてしまったかもしれない。自分ではしていないと言えるはずだが、相手にはどう見えたのかは永劫わかることでもない。

 とにかくは、無言を選択。マッドは言葉を重ねる。


「“万象の転移”だったか? なんとも恐ろしい能力だねえ。魔害型の魔害物をものともしないとは、正直私も言葉を失くしてしまったよ。茫然自失というやつだね」


 能力の名前まで知れているということは、どういうわけかは不明だが、あの時雫に語った全てが知れているということだろうか。

 警戒の度合いは上昇していく一方だ。


「それで、だ。

 君の能力ならば――私の夢を叶えることが、“生”を支配することが、できるのではないかい?」


“生”の支配。以前も語っていた夢。意味するところはまったくの不明。羽織は無難に不躾に無愛想に切り捨てる。


「知るかよ」


 それこそ知らないとばかりに、マッドは滲み出る狂気を膨らませながら演説のように語り続ける。


「くく。万象――定義が広すぎて、なにを転移できるかは曖昧になる。それは能力者が定義づけるということだ。魂魄能力とは、魂の構造でその原型が決まり、意識的からと無意識的からの定義づけで細部と能力の範囲が決まる。

 さて。万象――万象、万象、万象! 君にとっての万象とは、なにかな? 九条 羽織の定義する万象とは、一体全体どんなものを指すのだろうか」


 ああ、と。ああ、と羽織はため息を吐き出す。

 どうも最悪なことに――最も知られてはいけない思考回路の持ち主に、自分の能力を知られてしまったようだ。


 認識。


 人によっては、植えついたイメージ、存在定義、独自の回答、不変の確信、思い込みによる偏見、個人にとっての常識などなど呼称は様々だ。マッドは定義と言っているがまあ、今は認識としておこう。

 その認識という奴が魂を頼って生きる魔益師にとっては、かなりの重要な要素なのである。

 魔益師は自分の認識により魂の力を拡大解釈し、能力の内容が決定するなんてことがある。ままある。よくある。よくよくある。

 たとえば、“軽器の転移”という能力があったとして、“軽器”とはなにをさすか? “転移”とはどこまでをさすか? 能力者本人の認識により変動する。

 常識で考えれば、“軽器”とは軽い道具のような解釈だろう。だからナイフは転移できるだろうし、携帯電話も転移できてもおかしくはない。その能力者の彼が、それを“軽器”と認識さえすれば、転移できるのだ。

 だから。

 彼が軽器という定義に剣を心底から含めば、余人にはそれが軽器ではないと判断されても、転移可能なのだ。転移という単語を、空間を介さすどこにでも瞬間的に移動する現象であると定義すれば、その通りになるのだ。ただし、それは魂の底から絶対の確信をもって断言できるほどの認識が必要である。

 そうなると、能力名が曖昧であればあるほど、拡大解釈は簡単となるのがわかるだろうか。そのため曖昧な能力ほど厄介であるともいえる。

 そこにきて。

“万象”という言葉は、どうだろうか?

 先にも挙げたが、“ありえない”と“ありえそう”では天地の差があるとはこういうことだ。

“万象”という言葉であれば――


「――君ならもしかして、概念までも転移させることができるのではないのかい? “ありえない”とは言い切れない、“ありえそう”と言ってしまえるのではないかい?」

「…………」


 前回の戦闘では意図的に物理的なものしか転移しなかったのに、無駄な細工となってしまったようだ。

 まあ、能力名がバレてた時点で、そう考えるだろうことはわかっていたが。

 なんも突っ込んでこなかった雫が阿呆なだけで。

 羽織が無言している内にも、マッドの弁舌は加速を続ける。


「そして概念の転移がもしも可能だというならば!


 ――たとえば死という概念さえも、転移できるのではないかい? 死という概念を死者から転移し、人を蘇らせることができるのではないのかい?」


 きっとおそらく間違いなく、これがマッドの本題なのだろう。これだけを、羽織に問いかけたかったのだろう。


「……それが“生”を支配するってことか? アホらしい」


 ヒートアップし過ぎだ。勢いを殺すようにして、羽織は心底本気で軽蔑を吐き捨てた。

 軽蔑を真っ向から受け止めて、マッドは鷹揚に首を振る。


「違うね。それだけじゃあないさ。それだけでは死者蘇生だよ。“生”の支配に比べれば、まだ一段下さ。前提、というよりは必修かな」


 羽織は重苦しく息を吐き出し、否定を全面的に押し出す。


「死の概念を死者から除いたとして、生という概念がもはや失われた死者が生き返るなんて、ありえるわけがねえだろ」

「ならば別の生者から生という概念を転移させればいい、そうだろう? まあ、生の概念を失ったものは、死んでしまうだろうがね。

 ほら、死者の蘇生が、君なら可能なのではないかい?」

「無理だ」


 くだらない。くだらないが、その思想は捨て置けない。羽織は無理であることを万感の否を込めて言って聞かせる。


「人間の力で、そこまで摂理に反することはできやしない。お前が言った言葉をそのまま返してやる、それは人間的な限界だ。なにをどうしようと、死んだ奴は生き返らない。たとえ生の概念を植え付け、死の概念を取り除いても、それはそれだけだ。なにもおこりゃしねえよ」

「ほほう、まるで試したことがあるような言いようじゃあないかい」

「んなわけねえだろうが。はじめっから不可能なことをやるなんて意味がない」

「意味がなくとも可能性にかけてやってしまう。誰か大切な者が死せば、ね」

「はん、知った風に言うじゃねえか。経験者は語るってか?」

「ふふ、さてねぇ」


 ああ言えばこう言う。なんとも険悪極まるギスギスした会話である。

 そんな中、先に折れたのはマッドだった。


「わかった。蘇生に関しては、君にも不可能としておこう」

「誰にも不可能だっつの」

「私がやるとも」


 いや、折れたというよりも話題の変換のようだ。


「では、また切り口を変えて問おうか。

 蘇生ではなく……不死はどうだね」


 ああ――本当に、最も知られたくないような思考回路の持ち主に知られてしまった。

 そういうアホな考えを持ち出す奴がいるから、羽織は能力を隠さなければならないのだ。

 確証は全くないのに。むしろできないであろうことは簡単に想像つくだろうに。

 それでも、愚か者全ての悲願たるそれが“できるかもしれない”。それだけで、人は狂って果てる。果ててでも狂おうとする。

 羽織は視線を逸らし、侮蔑を突きつけるように言って捨てる。


「けっ、お前思ったよりかなり俗物だな」

「俗物……まあ“生”の支配とは、なにも特殊な願いでもないありきたりなものだから、そう思われても仕様がないとは思うよ」


 なにも恥じることはない。マッドは堂々とした態度を崩さず、久方ぶりに紅茶を啜る。


「話を戻そうか。

 君の能力ならば、そうだね……老化の概念を除けば不老で、死の概念を除けば不死となるのではないかい?」

「ならねえよ」


 いい加減鬱陶しい。羽織の言葉には荒れが見え隠れする。

 対して、一切その性質が乱れることなく、マッドは嫌味な笑みをたたえる。


「本当かなあ。こちらの問いは少々の根拠があるよ?」

「あ?」

「羽織、私は君のことを調べさせてもらったと言ったじゃないか。十数年前までの記録は一切ない。これも不審でなにか考えさせられるが、今は空白期間はおいておこう。私が取り上げたいのは、君が表沙汰にでた、十数年前の話だ」

「…………」

「君は、唐突に九条の使用人として雇用されたね。そして、


 そして君は、それからずっと変わらずその容姿のままだ――これは、どういうわけだい?」


「若作りなだけだ」


 まるで用意していたかの即答。その返答が、今までよりもほんの少しだけ早かったことに、マッドは楽しげに頬を歪ませる。


「苦しいなぁ。君は、自身から老化という概念を、死という概念を、転移し捨て去ったのだろう!? 君は不老不死なのではないかい!?」

「できねえって、言ってんだろ? 夢見すぎだよ、てめえは。そんなこと、常識で考えてできるわけがねえ。摂理に反してる」

「いいや、できるね」

「できねえ」

「できるね」

「できねえ」

「できるね」


 繰り返し同じ言葉を紡ぎながら、羽織の頭のなかは冷め切っていた。

 ああもう。

 だめだ。

 話せば話すだけ推測される。話の齟齬が晒される。

 言葉とは重ねれば重ねるだけ薄っぺらになっていく性質をもっているが故。

 これ以上、羽織が否定を積み重ねても、マッドの確信は少しもブレたりはしないだろう。何故なら、 この男の中では既に、羽織にはそれが可能だと狂信が生まれているのだから。

 口は回し続けながらも、その両手元にナイフを四本ずつ――計八本転移させる。


 ――前言撤回させてもらう。お前はダメだ。あっちゃいけない、たとえ偽者でも――ここで、


「できるね」

「できねえ」

「できるね」

「できねえ」

「でき――


「死ね」


 今度は加減なく、羽織はナイフを明後日の方向に全力投擲。

 転移。マッドの頭頂部、眉間、両のコメカミ、両目、頚部、心臓の即死八点を同時に狙い撃つ。

 瞬間。

 ――目標まで到達することなく、ナイフの全てが小爆発を起こし爆散する。


「!」


 いきなりの爆破。

 何故――魂魄能力しかありえない。ならば発信源――ひとつしかいない。

 首を捻り、マッドの横にある少女に視点を合わせ、その殺気を感ずる。羽織はその場から大きく跳び退く。爆破の発生。元いた空間が焼き払われる。

 マッドのボディガードにして強化処理を施された金髪の少女――リクス。


「ち、邪魔ばっかすんな嬢ちゃん」


 喋りながら、羽織は能力を推察する。

 なにかの能力を応用しての爆破というには、それが速すぎる。単純に爆発を起こす能力だと推定。素でこの威力となると発生ではなく、まあ生成ほどか。

 他にも様々な可能性はあろうが、可能性の最も高く、かつ最も平凡な答え。それを、鎌かけに呟く。


「“爆破の生成”ってところか」

「……“爆撃の生成”」


 いや、動揺のどの字でも表にだしてくれればラッキーの話だったのだが、律儀にもリクスは小声で訂正してくれた。無表情で。

 って、


「ほとんど正解じゃねえか!」

「くく」

「!」


 突っ込んでいる場合ではなく。

 その頃にはマッドは席を立ち、後ろでに手を振っていた。


「では、私はそろそろ帰るとするよ、羽織。また今度、だ」

「なっ、逃がすか、待ちやが――」


 れ、とまでは言わせず、リクスはその魂を具象化。羽織はリクスの具象化したその武具に目を釘付けにされる。

 一見しただけでは、ゴテゴテしい鋼の筒。というか棒。

 棒の先端には丸い穴があいており――というか巨大なライフルである。

 馬鹿でかい銃身の、超巨大武器。長大巨大なライフル銃。

 銃――いや、やはりそんな単語は似つかわしくない。あれはもはや砲台だ。もれなく間違いなく爆撃砲だ。

 その砲身は全長二メートル以上あり、持ち主であるリクスよりも長大で、絶対に個人が運用するには無茶が伴う兵器である。

 砲身の内部にグリップとトリガーは存在するのだが、それが砲身に対してなにかの冗談のように小さく――いや、人間単体の手のひらで握るに適したサイズであり、これが個人用の兵器と主張している。だが、無茶苦茶だ。あんな大きな砲台を、どうして個人が扱えようか。普通なら複数人、チームで運用するべき組み扱いの武器であろうが。

 言ってみれば、カノン砲の砲身だけを持ってきて、どうにか弾を撃てるように改造したような感じだ。

 いや、最近の若い魔益師たちには、近代銃火器が具象武具となるのは殊更に珍しいわけではない。ないが、これは……。

 そんな大砲を少女は軽々と持ち上げ、やはり大きな砲口を羽織に突きつける。

 って、いや軽々と? あの重量を簡単に持ち上げるだなんて、たとえ具象武具だからって無理がある。

 まあ、確かに認識しだいでは具象武具の質量は操作可能だが、にしたってあんな見るからに凄まじく“重そうな物”を軽いと、そう思い込めるもんなのか。それともリクスとかいう少女は、そういう稀有な思い込みを肯定できるような人材なのか。


「くく」


 ――違う。

 羽織はほんの僅か前の会話を思い出す。ついつい数秒前の思考を思い出す。

 筋力の強化。肉体の改造。強化された人間。改造された人間。そうだ、彼女は人間ではない。ヒトガタをした、いわばその存在自体からして兵器。

 あんなか細い腕をしておいて、その膂力は常識外れの桁外れなのも、それならば当然だ。

 羽織が向けられた砲口から全力で逃れようと駆け――マッドが遠退きながら、背を向けたままに、最後にひとことだけ響かせる。


「撃ちなさい」

「シュート」

「っ!?」


 リクスはその命に躊躇わずトリガーを引く。

 轟音と同時に弾丸の射出。

 放たれたそれは球形弾丸ではなく長形弾丸であり、もはやミサイルのような巨大な弾丸である。射出とともに回転が弾頭に加わり、精密なる射撃で羽織に襲い掛かる。

 とはいえ羽織も先だしの回避が成功。高速の弾丸をギリギリで避けきる。

 が。

 弾丸は地面に着弾。

 そして、


 ――――!!


 大爆発。

 魂魄能力“爆撃の生成”による、精密爆撃であった。

 その強大なる一撃は、先ほどとは比べ物にならないほどの大爆発となり、カフェのテラスを丸ごと吹き飛ばし焼き飛ばしたのだった。












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