表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/115

第十八話 処理






「えーとだな」


 羽織は電話口に向かって、適当な言葉を探す。

 ほんの少しの言語捜索――創作でもいい――ののち、まるで本当にその事実を目の当たりにした証言者のように軽やかに口を滑らせる。


「そうそう。四条が進化した魔害物に一発蹴りいれててよ、決死の底力だったんだろうな、傍目にゃわかりづらかったけどその一撃で魔害物は一気に大ダメージ受けたんだ。それに進化したてってんだし、上手く力を制御できなかったんだろうなぁ、うん。で、ダメージと大き過ぎる魔害に耐えられなかったらしく、暴走しだしたんだよ、そいつ。無駄に魔害を放出しまくってよ、ばかばか周囲を壊してまわってたぜ。

 あ? この間どうしてたかって? 逃げ回ってたに決まってんだろうが。おれの華麗な逃げ足を見れなかったのは残念だったなぁ。ま、そんなおれの必死の遁走中も相も変わらず魔害物は力を放出してたんだ。んなこと続けてれば必然的に弱まる。どれだけか経って力が格段に落ちたんだ。どんくらい力が落ちてたかって言うと、武器を扱う魔害物より弱かったくらいだぜ? 

 で、そんなチャンスを見逃さずにおれがそこはかとなく地味に補助しつつ、雫がもう命懸けで魂燃やして戦って、なんとか打倒した、って感じ」

『……というシナリオを私の口から報告しろ、と?』


 六条は低くて感情のわかりづらい声音で要求を先回りした。やはり感情はわかりづらいし、気のせいかもしれないが、沈痛そうである。

 判別ついているのかいないのか、おうと羽織は頷く。


「わかってんじゃねえか」

『……はあ。わかりました、私が上手く報告しておきましょう』


 呆れてものも言えない。それでも六条は羽織の頼みを断れはしなかった。苦労は目に見えて、ため息を吐き出すくらいは勘弁してほしい。


「頼むわ、時久。お前の報告なら疑われることはねえだろうしな」


 用件だけ告げ終えると、羽織は満足げに携帯電話を閉じ、羽織りの袂に仕舞う。

 とりあえず、九条の屋敷に入る前に話をつけることはできた。

 これで当面の問題はない。

 これで、羽織の隠したいことを隠していられるだろう。

 条と四条が生存しているので、魔害を操る魔害物への進化は条家に露見することになる。まさかその両者の口封じをするわけにもいかず、これは止めようもない前提だ。となると、疑問が生じる。


 その魔害物は、一体誰が倒したのか?


 油断とか慢心とか、まあ諸々あったけれど、それでも曲がりなりにも四条家当主を負かしたほどの魔害物である。それを倒すような強者は、一体誰か。

 まあ、羽織なわけだが……それを知られるわけにはいかない。

 羽織は徹底的に自分の力を隠蔽しておきたいようである。

 倒した瞬間を目撃したのは当の羽織と雫、それにマッドのみ。この中で条家にことの次第を報告することができるのは羽織だけ。

 他の人間の発言がない以上――条家とは無関係の上に口止めされた雫、又は敵の立場なマッドのふたりでは、発言できようはずもない――羽織の報告が嘘だなどと、誰にも気付かれることはない。……まあ六条は把握しているようだが、それは例外だ。

 それで、上の報告内容である。

 その報告は、六条の口から条家十門全てに渡り、文書までそのように記され、そして事実となる。たとえそれがそれっぽいだけの真っ赤な嘘だとしても、だ。それほどに、六条の発言への信用度は高い。六条の言葉は、嘘でも事実となりえるのだ。羽織のことがそこから気取られることは、まずありえない。

 問題は、あのマッドサイエンティストがどこまで知ったか。

 サイエンティストを自称するくらいだし、頭の回転はそこまで鈍くないだろうから、もうだいたいバレているかもしれない。いやもしかしたら、全て杞憂でさっぱりバレてないのかもしれないが……どちらにせよ、他言される前に殺さなければ。

 と、そんな邪悪な思案をする羽織を、雫は先ほどからずっとジト目で睨めつけており、その表情のままで口を開く。


「貴様と六条家当主は一体どんな関係なのだ……」


 敬意も払わず、名字呼びもせず丸きり呼び捨てで、一体なにを頼み込んでいるのだ、この男は。しかも、それを承諾する六条家当主も当主だ。

 気付いていながら、嘘の報告を呑み込むなんて、情報部としては最もやってはならない行為ではないのか。

 羽織は芝居っぽく肩をすくめて見せる。


「はっ。お友達だよ」

「貴様の口からそんな単語が出てくるとは、冗談でも気味が悪いぞ」


 また話す気がないことか、雫はやれやれと額に手をおいて首を振った。

 話す気のない――秘匿しておきたいことが山のようにある。そのせいで、嘘の塗り固めの人格となっている。本心は、一体全体どうなっているのか、さっぱりな存在。

 雫は、現在において羽織という人物をそう評価しなおした。

 

「…………」


 ああ、それにしても。

 こいつは……羽織は本当に強かったのか?

 雫は戦いを終えた直後から、そんなことばかりを考えてしまう。

 どういう視点で見ても、どんな角度から見ても、羽織は強者を臭わせることはない。強いと、全然到底これっぽちも思えない。

 あんなにも鮮烈な強さを見せ付けられたというのに、それが終わればもうどこにでもいそうな嫌味な男に戻っている――別人のような豹変である。

 もしやあれは錯覚だったのではないか。夢でも見ていたんじゃないのか。羽織は今感じる通りにあんまり強くないのではないか。雫はつい先ほどの記憶さえも疑えてしまう。


 ――今なら勝てそうだと、半ば本気で考えている自分がいる。


 そんな馬鹿げた妄想が、即座に否定できないほどの強度の隠蔽。いや、これはすでに偽装の域ではないだろうか。強さが強さであると、認識できない。どんな制御力だ、ありえない。

 こんなの誰にもわかるはずがないではないか。

 となると……そういえば浴衣や静乃は、羽織の本当の実力を知っているのだろうか?

 主に隠し立てするような男ではなさそうだが、ここまで秘匿に執心していると、もしかしたら主にすら隠している可能性も否定できない。

 だが――なぜそうまでして自分の力を、能力を隠したいのだろうか?

 雫には、わからなかった。

 そうこう思索に耽っているうちに、九条家の屋敷にまで辿り着く。

 羽織はいつもながら大仰な門をくぐりながら、独り言のように呟く。


「じゃ、とりあえず条をどう騙すかだな……」


 騙すことが前提かっ、雫は突っ込みたかったが、それより早く鈴の音のような声が響く。


「――羽織さまっ!」

「っ!? ゆ、浴衣様!?」


 息を切らせながら、浴衣が庭を突っ切ってこちらに向かって勢いよく走ってきていた。

 焦って慌てて、何度か転びそうになりながらも、浴衣は羽織の前にまで辿り着く。それからざっと羽織の身体を見回し怪我がなさそうだと確認してから、胸に手をおいて安堵に息を吐き出した。

 ああ、よかったといった風情の浴衣に、ようやく状況を認識した羽織が焦りまくって捲くし立てる。


「ちょ、いや、なんでお休みになられていないんですか! ていうか、大丈夫ですか!? さっきまで起き上がるのも辛そうだったじゃないですか!」

「あ……」


 羽織に猛烈なまでの配慮を並べ立てられ、浴衣は今そのことに気付いたような顔をした。それから、どうにか説明しようと懸命に言葉を紡いでいく。


「その、条さんが帰ってきて、羽織さまが囮になるって聞いて……それで、あの――」

「…………」

「しっ、心配になって……疲れは残ってたけど、やっぱりいてもたってもいられなくて、それでその、あの――ごっ、ごめんなさい!」


 なんやかんやとしどろもどもになりながらも、途中で悪いと思ったのか最終的には全力で頭を下げた。

 経緯がどうあれ、安静にしていなければならない身体で無理に動き回る――それは羽織に余計な心配を与えてしまっただろう。しゅん、と浴衣は凄まじい速度でしおれていく。落ち込んで、怒られる準備のように身を縮める。

 とはいえ、これでは怒ろうに怒れない。いや、雫とか他の誰それだったら嬉々として責め立てていただろうが、羽織は主限定でとにかく甘かった。

 羽織はため息をこれ見よがしに吐き出してから、俯いてちょうどよい位置にあった浴衣の頭に手をおいた。


「ご心配をおかけしました。この通り、息災ですよ」

「っ。……うん、よかった」


 一瞬だけ驚いて、それでもその一言で、浴衣は言葉を失くしてしまって目を閉じた。その前の落ち込みはどこへやら、まどろみのような満足感と心地よさがその小さな胸一杯に満たしていた。

 と。

 和んだ空気を、切迫した声が貫く。


「! 羽織、雫! 無事だったのか!?」


 遅れて、条が駆け寄ってきたのだった。

 おそらくは四条を預けて、報告を済ませ、そのまま現場に戻るつもりだったのだろう。焦りは額の玉のような汗が物語っていた。


「おーう、無事だ無事。んな大声あげんなって」


 浴衣の頭を撫でながら羽織は、これ見よがしに気楽さを見せつけた。大丈夫である、問題ないからそんなに深刻な表情はするな。事を、荒立てるな――そんな意味が含められていた。

 条を騙す――それは既に始まっていた。


「どっ、どうなった、それでどうなったんだ!?」


 それでも間近であの魔害物と向き合ったせいだろう、条の深刻さは少しも衰えることはなかった。

 その深刻さを、ゆっくりとそぎ落とす。羽織は嘘を塗りたて、六条に話したのと同じ作り話を告げる。できるだけ陽気に、あくまで軽く、シリアスの色をとことん薄めて。


「それがなあ――」


 かくかくしかじか。

 目に見えて、条の気勢は衰えた。疑うようなこともなく、納得し安堵しているようだった。単純に振り上げた拳のおろしどころ失くしたように、ドッと疲れが押し寄せてきて条は肩を落とす。


「マジかよ……あんだけ必死だったのに、そんなオチかよ」

「わりぃ、わりぃ。いきなり進化されちゃあ、おれだって見誤ることくらいあるってことで、勘弁してくれ」

「む」


 そこは確かに責めることはできない。自分も、冷静ではいられなかったわけだし。条は口を閉ざす。

 傍で雫だけが、騙されているぞと言いたくて、けれど言えるはずもなかった。

 殺すぞ――強さは全てが雲散霧消していて、少しも負けるとは思わないのに、あの時に刻まれた恐怖だけは寸分も減少せず雫の心を縛り付けていた。強くないのに、恐い。なんとも矛盾した感覚に、雫は覚えたことのない戸惑いの中にあった。

 全て羽織の思惑通りである。思わずほくそ笑んでしまう。勿論、誰にも気付かれないように、だが。

 ――ヴヴ。

 不意に、携帯電話が空気を揺らして自己主張を始めた。

 どうやら、羽織の携帯電話だ。

 話もついたところなので、まあ無視する理由もない。手馴れた仕草で袂から振動を続ける電話を取り出す。

 六条が先の話について不明瞭部分を問うてきたか。思い、ディスプレイも見ずに電話にでる。

 なんだ――羽織が口を開くよりも先に、電光石火の先制攻撃が鼓膜を突き刺す。




『やあ、九条 羽織だね?』




「――っ!」


 不意打ちだった。

 素晴らしいくらい見事な不意打ちだった。

 これ以上ないほどに最高のタイミングの不意打ちだった。

 事件に一旦の折り合いがつき、六条に報告を任せ、浴衣をなだめ、条も騙しおおせた。

 そういう、とりあえずやっておくべきことの全てを完了し、ふうと気を抜いたその瞬間。物理的に身体から緊張感が解けたその瞬間。

 そんな小さく僅かな間隙を鮮やかなほどに見事、男はついてみせた。

 驚愕は、驚倒は、衝撃は、だからひとしお。

 それでも羽織は一切その動揺を外に漏らさずに、電話を少し離す。


「――すみません。少々大事な電話がかかってしまいました、浴衣様は先にお戻りになっていてください。雫と条、お前らも一応は誰かに治癒してもらっとけ」


 酷く事務的にそれだけ言って、羽織は返事もまたず足早にその場から立ち去る。

 突然のことに一同、引き止めることすら忘れてきょとんとしてしまう。そして我にかえった頃には、すでに羽織の姿は消えていた。






 どれほどか歩み、そこはいつかの裏路地だった。羽織が雫と初邂逅した、ある意味での事件の発端の場所。

 その無駄に広い裏路地に一切の気配がないことを確認し、羽織は電話を耳に寄せる。

 すぐに、いやらしい声が耳朶を打つ。


『おいおい、聞こえているかい、羽織。あんまり無視されるのは好きじゃないんだがなあ』


 そう、聞き覚えのあるこのふざけたニヤケ声は――


「マッド……」

『ほう! 私の声がわかるのかね! ということは、君はあの総会の場にいたのだね?』


 どうやら、“彼我の対話”とかいう魂魄能力は本当に声だけしか通信しないようだ。マッドはあの場に羽織がいたことを知らないようである。まあ、バレたが。

 どんな些細なことでも情報を与えるのはいい気分ではない。羽織は舌打ちした。

 気にせずマッドは世間話のように口を回す。


『いやあ、だったら子供の能力を使ってもよかったかな。驚かれると思って、携帯電話の番号を調べ上げた苦労は徒労だったというわけかい。時間の無駄は人生の無駄。そういうことは早く言ってもらわないと困るじゃないか』


 メチャクチャ驚いたけどな――羽織は思うだけにとどめ、馴れ馴れしい態度には応えず無言しておく。

 魔害物を倒してから――羽織が能力を披露してから、まだ一時間ていどだ。

 その短時間でもって、名前とケー番が割り出されたか。

 隠していたわけでもないので、そこまで驚くところでもないが、その行動の拙速さは驚嘆に値する。

 羽織はもう一度舌打ちしてから、


「……なんの用だ」


 余談はいらないと、ドスのきいた険しい声で告げる。

 いきなり過ぎる接触。意図をはかりかねる。いや、そもそも最初からマッドの行動に意味があるのか不明だ。こいつは、一体どういう原理で思考し、行動しているのだろうか。

 いや、理解の外の者を理解しようとしても無駄だ。そんなことよりも、建設的に会話を展開していこう。

 マッドは特に怯えた様子もなく、いやね、とどこか嬉しそうに語る。


『お茶でもどうかと思ってねえ』

「……は?」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ