幕間(マッド)
「消滅確認――どうしますか、博士」
金髪の少女は戦闘――いや、一方的な蹂躙の終息を見届け、マッドへと声を伝える。
先ほどの驚愕は既になく、その表情にあるのは無表情だけだ。ただし、その無表情のなかにどこか緊張のようなものが浮かんでいたのは、見間違いではないだろう。
羽織の暴威。距離などは慰めにもならずに、少女の膝は微かに震え、痛いほどに手を握り締めていた。
『どう、か。
いや。まさかあれが倒されるとは予想の外の外でね、考えていなかった。どうしようか……』
粛々と、マッドは呟く。先ほどまでの高揚加減が嘘であったかのような有様である。
少女はそんな父親の声に、少なからず驚きを覚えていた。
困惑、しているのだろうか。少女は考え、まさかと自分で打ち消す。
自分の父は、困惑を与える側であり、決して困惑を受け取るような常人ではない。
マッドは、少しだけ元気を取り戻して、考察を開始する。
『まあ、なんにしても面白そうな能力を観察できた。察するに、物体を転移する能力、かな? いや、どうだろうか』
ふーむ、と顎に手をあてて思案を進め、少し経ってああと思い出したように声を上げる。
『あの魔益師は能力名やその内容について語っていたかな?』
マッドは少女へと問う。少女ならば、それを知っていると確信しているからだ。
期待通りに、少女は頷く。
「能力名“万象の転移”」
声が聞こえたわけではない。口の動きを見て、おおよその会話を見取っていたのだ。金髪の少女は羽織が雫へと説明した言葉を、全てマッドへとそのまま伝達する。
その伝聞で、マッドは再び興奮が灯る。だが決して声を張り上げたり、馬鹿笑いを発散したりはしなかった。冷静に平静に、静かな興奮をその声の底から滲ませている。それはサイエンティストとしての側面だから。興奮の色が、違ったから。
『万象、万象だって? まさか、万象? “万象の転移”?
そんな、万象などという広域的な言葉では、どうとでも捉えられてしまうではないか……。
そう、どういう解釈の仕方でも、可能ではないか。どんな拡大解釈でも、認識できるではないか。
魂の拡大解釈――無意識でも関係なく起こる現象であるし、ならばまさか可能か? 本当に本当の意味で万なる象を転移することが、可能なのか?
しかし、そんな馬鹿げた能力があっていいのか? もしも可能ならば、あの魔益師は……』
ぶつぶつと、マッドは思考を口走りながら整理する。
それはまさに羽織の恐れたことであったが、マッドがそんなことを知るよしもなく、仮の結論を構築する。
それが正しいのかはわからない――どころか、正しくあってほしい妄想であると言われても仕方のない結論ではあったが、ともかく結論する。
でもやっぱりそれは仮で、想定でしかない。
だから。
『ふむ。あの魔益師を、お茶にでも誘おうかな?』
当人に訊いてみよう。マッドは当然の帰結とばかりに、そう思った。