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第十七話 本気

 十七話目にしてようやく主人公の見せ場。




 隠蔽。

 魂魄の力と魔益の総量を隠し、他者に自分の実力の程を教えないための技法である。

 ある程度以上、魂の力を操縦できるような者ならば――魔益師と呼ばれる程度の者ならば――誰でもやっている。

 条家の人間は無論、雫だってそうだ。

 なぜならこれができないような魔益師は、常時魔害物に付狙われることになるのだから。

 必然的に、隠蔽が苦手な輩ほど魔害物に狙われ、早死にすることが多い。例外として向かってきた全てを打倒し、成長していく猛者もいないことはないだろうけど、そんな強者は極稀だ。

 だからこそ、隠蔽とは魔益師にとっての必修基礎技法なのである。

 また、この隠蔽という技術は対魔害物用に考案されたのであったが、対人的にも作用する。

 自分が強いことを、他者に隠すことができるのだ。それは戦闘において重要な事柄である。相手の油断を誘ったり、遠距離からの攻撃や知覚から逃れたり、不意打ちなど、諸々のメリットがある。

 とはいえ、隠蔽も完璧ではない。

 たとえば雫と浴衣は、つい先ほど魔害物に見つかってしまった。魂魄の気配を遮断しきれていなかったせいで、これは単なる未熟と言える。

 またたとえば、条家当主ほどの実力者ならば見ただけで“強さを隠している”ことに気付ける。強すぎて隠しきれていなかったり、不自然に隠し過ぎてしまうのだ。だから逆説的に、強いことがわかってしまう。まあ、漠然的な感覚だが。

 弱くては未熟でバレ、強くては強さでバレる。完璧な隠蔽など、ほとんど不可能の技能だ。



 ――という。

 雫の中にあった常識は、今をもって完膚なきまで打ち破られることとなった。


「お前は下がってろ、足手まといだ」

「ぇ? あっ、あぁ」


 羽織の言葉に、反論が思いつかない。否、反論しようという気がおこらない。雫の脳髄は反論してはいけないと、そう断言していた。

 それは、自己よりも圧倒的に上に立つ存在への敬意と畏怖による結論。雫の心が、完全に羽織に敗北していたがための結論。

 羽織から発せられる、世界が萎縮してしまうほど絶大な魂魄の威圧に怯えての結論。

 そんな。

 そこまでの。

 ここまでの実力を、ああも完璧に隠し通していたなんて――ありえない。

 雫の見立てでは、羽織の実力は精々が一流だった。自分とそう離れてはおらず、全力をもって戦えばどうにか勝てるだろうと思っていた。

 だが真実は違った。違い過ぎた。

 なんだこのプレッシャーは。なんだこの魂魄の波動は。なんだこの、腰が抜けそうになるほどの恐怖は。

 きっと結界がなければ、条家十門ならびに町中の魔益師は誰もが気づき騒然となる。混乱し、とにかく警戒、あるいは恐慌しだす。

 今頃になって思い出す――羽織との初邂逅の時を。震えて逃げ出した、魔害物のことを。それは当然の行動だったのだ。生存するためならば、真っ当至極の判断だったのだ。

 羽織は別段普通に言葉を紡ぐ。肩肘張った様子もなく、自慢するでもなく、平静当然とばかりに。


「どうせ、後でうるさいくらいに訊いてくるだろうから……まずはおれの魂魄能力の説明からだな」


 雫はもう震える身体は仕方ないと諦めて、せめて受け答えくらいは毅然としようと声を整える。


「きっ、貴様の魂魄能力は“軽器の転移”、なのだろう? それ以上、なにを説明するというのだ」


 そう羽織は語った。そのはずだ。なのに、なにをこれ以上語るというのだ。


「……あぁ、あれ嘘」

「え?」

「本当のおれの魂魄能力は“万象の転移”。前に説明したのは嘘……というか縮小解釈って奴だな。本当は軽器だけでなく、万象なんでも転移できる」


 隠したかったからこそ、ここはひとりで戦いたかったというのに。

 羽織はまたため息をついた。

 雫は不可解に問う。思考が上手く回らないために、単調な言葉しか湧き上がらないのは仕方がないだろう。


「なっ、何故嘘をついていた」

「んー、おれの能力が知られると、アホがアホなこと考え出すからだ」

「どういう……意味だ?」

「さあな。

 で、だ。おれの本気はこれなわけだが――」

「そっ、そうだ、なんだそれは! ありえないだろう!」


 気を取り直して、雫は自身の怯えを誤魔化すように声を荒げる。

 あくまでいつも通りに、羽織は肩を竦めるだけ。


「まあ、なんだ、隠蔽は得意分野だからな。それにアイツは実力隠して倒せるレベルじゃねえ。正直いって逃げてもよかったが……ま、個人的にアイツはブチのめしておきたいし」

「いや、そうじゃなくてだな!」

「流れ的にひとりになれそうだったから、おれが直々にぶっ飛ばしてやろうと思ったんだが……それをお前は」

「なっ! 私が悪いのか!?」

「邪魔ばっかしやがってよぉ。誰にも隠しておきたかったってのに」

「おい!」

「まったく参るな。誰にも言わねえって思ってたのに、これで三人目だぜ」

「……いや、無視って一番ツライんだが」

「まあ、とにかくこっちのことも内緒ってことでよろしく」

「だから、何故隠すのだ!?」

「わかんなくていい。とりあえず、他言すんなよ。したら――殺すぞ」

「っ!」


 殺す――羽織の口から聞くのははじめてではないが、今回のそれは心底刻まれた。殺気はないのに、言葉だけで死ぬかと思った。強い力は、あるだけで他を威圧し圧倒するものなのだと、雫は無言の内に悟った。

 そんな様子に満足して、羽織は雫から視線を離す。前を向く。

 舌なめずりし、刃となった眼光にて敵を捉える。


「さぁて、死にたくなけりゃあ全力できな。それでもぶっ潰してやっからよぉお!」


 かかってこいとばかりに魔害物に言葉を叩きつけ、口角を吊り上げ、両腕を広げる。

 絶大なまでの威圧感、それが全て魔害物ただひとつに向けられる。見下すような、突き刺すような、踏み潰すような、なんとも暴力的なプレッシャー。

 雫は正直言って逃げ出したかった。魔害物も、逃げ出すのではないかとさえ思った。

 だが魔害物は逃げたりはしなかった。

 魔害物の進化――人間に近付くということは、本能が薄れるということ。前回の魔害物よりも、この魔害物は本能が薄いということだ。だからだろう、この魔害物はそんな威圧感のなかでも逃げることはなかった。どころか――歓喜の坩堝。最高に最大に狂笑する。生存本能などよりも、闘争本能のほうがずっと上回っているのだとばかりに。


「くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす」


 笑い、笑い、笑い止らない。

 敵対する羽織にも笑えとばかりに、世界も笑えとばかりに、全てよ笑えとばかりに、黒塗りの魔害物は満悦の笑い声を響かせる。


「ふん、来ねえなら、こっちからいくぞ」


 いい加減に耳がだるい。

 笑うことに忙しそうな魔害物にかわって、羽織は先制をとらせてもらうことにする。


「ふうー」


 羽織は肺から全ての空気を吐き出す。

 それと同時に腰を落とし、足を引いて、ぐるりと全身を捻り回し、腕を振り被って。

 そうしてゆっくりゆったりと構えて――転瞬。

 ズドン、と爆砕音を響かせ大地を踏み潰す。

 地震が如き震脚により地面からエネルギーをくみ上げ、それを足から腰へ、腰から肩へ、肩から肘へ、肘から拳へ――余すことなく弾けさせ。


「――破!」


 全身かけて、全霊乗せて、全力込めて――放たれる拳!


 だがどうして。

 どうして届くはずのない間合いからの拳打を放つ?

 答えは即座に明示される。

 笑い続ける黒塗りの魔害物が、忽然に掻き消えたのだ。

 どこにいったというのか。

 いや、それは欺瞞か。決まっている。決まっているではないか。

 ここだ。

 どこでもなくここだここだ。


 羽織の拳の――見事直撃する位置だ!


 魔害物は、まるで自ら殴られにいったが如く、一寸も一瞬も抵抗を許されず拳の間合いに転移させられたのだ。

 羽織の魂魄能力、“万象の転移”によって! 軽器ではない――万なる事象、現象、心象、具象、抽象区別なく、あらゆるあまねく転移させる、羽織の魂の力によって!

 無論、拳は魔害物の顔面に勢いよく突き刺さる。

 ズガン、と重々しい打撃音が響き、満身を乗せた全力の拳は魔害物を叩きのめし、殴り飛ばす。


「まず一発!」

「――っ!? っっ!?」


 わけがわからない。魔害物には、現状の把握が碌にできていない。意味もわからず吹き飛ばされて、壁に激突す――

 しない!

 その身は再び羽織の目前に転移。


「おっかえりぃい!」


 今度は上段蹴り。魔害物の後頭部を蹴り抜く。

 先の攻撃は前方から、今回の蹴りは後方から。故に、


「! ッ! っ――っ!!」


 衝撃の、挟み撃ち。

 その真っ黒な痩身の内部で衝撃が存分に弾け、身体が砕けそうになる。蹴りはそのまま振りぬかれ、吹き飛ぶ黒塗りの魔害物――は、

 羽織の足元に転移し、背中から地面に激突。勢い余って魔害物の身は跳ね上がり、這い蹲れとばかりに羽織に潰す勢いで思い切り踏みつけられる。


「――ッ!」


 落雷のような衝撃に、黒塗りの魔害物はのた打ち回る。

 それが鬱陶しく、羽織は足に力を込めて、動きを強制的に止める。ぐりぐり、と魔害物の胸部を体重全てで踏みにじる。ゲシゲシ、と何度も何度も足を振り上げ振り下ろす。魔害物を地面のように踏みにじる。




「な――っ」


 雫の驚きが声とでたのは、ようやくこの時点だった。

 速すぎる。

 転移し殴り吹き飛ばす、その一連の工程を瞬間で行っている。

 まるで――お手玉だ。

 言葉通り、文字通り――手玉にとっている。


「なんて、奴だ……」




 そんな雫の声は聞こえない。羽織はサディスティックに笑い、苛立ちを発散するように笑う。


「さあさ、まだまだストレス解消に付き合えよ――我が主を悲しませた罪、末端の責任は頭がとるべきだよなァ」


 実は言うと羽織は現在、かなり怒っていた。

 怒髪天を衝く勢いで、激怒していた。爆発してしまいそうなほどに、憤怒していた。その怒りがあってこそ、魔害物を自分の手で叩くことを決定したほどである。


 ――どうして……あなたはこのようなことをするのですか? 

 静乃の、総会の時の悲しげで、ともすれば泣いてしまいそうな声音。


 ――いってらっしゃいませ。

 浴衣の、出立の時の心配のせいでぐしゃぐしゃな笑顔。


 あの時の声音が、あの時の表情が――脳裏に刻まれ忘れることができそうもない。

 己が主をああも悲しませた――


「てめえは赦さねえ」


 不意に足を上げ、次にはボールを相手にするように魔害物の横っ腹を蹴っ飛ばした。

 容赦の欠片もない。

 蹴り飛ばされた黒塗りの魔害物をすぐさま転移、浮いた状態――死に体で羽織の間合いに。

 右拳が魔害物の腹に刺さり――転移、運動量ごと反転して、羽織に向かって吹き飛んでくる――続けて左拳を背中に叩き込む。木葉のように吹き飛ぶ魔害物。

 羽織は体勢を立て直し、構えをとって拳を振り被り――飛来中の魔害物を再びもとの位置へ転移――振り下ろし、振りぬく。全体重を乗せて、殴打する。錐揉み吹き飛ぶ魔害物。

 は。

 次には二千メートル上空に転移、重力の鎖につかまれ落下。無論、身体の向きは変更したので、吹き飛ぶ運動エネルギーは下向きとなり自由落下の倍速以上で羽織のもとに墜落する。

 跳躍と同時に跳ね上がる羽織の足。落ちる魔害物が高速で目の前を通り抜け――羽織はカカト落としの要領で足を振り下ろす。落下速度に加えて、足を叩き込む。そうして加速に加速を重ねて、ドガンと魔害物は大地に思い切り激突する。反作用で跳ね返ることも許さずに、羽織は踏み潰す。

 またも足元から魔害物は消失――転移。羽織は拳を握った。


 一切その場を動かずに、ただただ全力で乱打するだけ。

 それだけで、羽織は魔害を扱う魔害物を滅多打ちしていた。抵抗など一切させずに、身じろぎさえ許さず、地に着くこともなく、魔害物は打ちのめされる。

 それはただの暴力。純粋で純然な、力任せの暴力。羽織は、魔気を扱う魔害物を委細の小細工もないただの暴力で叩きのめしていた。

 殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って転移。殴って――

 七十四発目の拳――蹴りをあわせると九十五撃目――を振り切った時。


 唐突に。


「……ふ、疲れたな」


 羽織はその手を止めた。永遠に続くかとすら思われた暴虐は、あっけなく停止した。

 いくら殴っても、決定打にはならないのだ。羽織の拳は、結局は生身の拳なのだから。人の極限まで鍛えてあっても、魔害物の耐久力では地面を殴っているようなもの。

 それでも、まあ殺せないわけではないが――というかもう少しで消滅しそうであるのだが――疲れた、のだ。


「だいだい気も晴れたし――終わりにすっか」


 どこまでも気楽に、羽織は言ってのける。

 ストレスの大体は吐き出したようである。

 しかし、どうするというのか。

 いかに強力無比であろうとも、転移は直接的な攻撃能力ではない。だからこそ、羽織はその拳で攻撃を続けていたというのに。

 どう、終わらせるというのか。


「――――」


 羽織は静かに目を閉じ、前方に右手を翳す。

 転移。

 黒塗りの頭をちょうどその右手が掴む。

 がしりと、しっかり握り締める。


「――さて雫」


 些かの疲れに肩を落としながら、ゆっくりと振り返る。

 雫はコメカミに指を押しあてながら答える。


「なんだ、今ちょっと今日の出来事を整理してて忙しいんだが……」


 どう終わらせるのか――


「こいつにトドメ刺せ」


 答え。他人任せ。


「え、は? 私がか?」

「てめえわざわざ残ったんだ、このくらいしやがれ。……それに、おれの能力じゃ破壊はできねえんだよ。

 ――ほれ」


 メチャクチャ軽い風に、ぐったりとした魔害物を雫へと放り投げた。

 物凄く慌てる雫。


「ぅわっ、わっ、わわ!」


 ほとんど反射で具象化、緊張しつつも刀を一閃。

 既に身体を構成する魔すらも脆く弱い――魔害物は容易く真っ二つに叩き斬られた。


 ――こうして魔害を扱う魔害物は、なんとも軽い感じに消滅したのだった。








「そういえば、魔害物ごと別の場所に転移させていれば、マッドとやらに見られることなく戦えたんじゃないのか?」

「あ? しゃーねえだろ、この能力は自分は転移できねえんだからよ」

「なに、そうなのか」

「ああ。だからおれの能力は筒抜けだろうよ。手早く口封じしとかないとな」

「……物騒な」

「下手すりゃお前も対象だがな」

「ちょっ……!?」

「はっはっは、他言すんなよ?」








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