幕間(条)
二条 条は走っていた。
四条を背負って、九条の屋敷を目指し走っていた。
後ろには様々な心残りがあるけれど、それには一切振り返ることはせずに走り続けていた。
大丈夫だ。条の楽観的な部分が叫ぶ。大丈夫だと、自身を誤魔化すようにして、言いくるめるようにして叫ぶ。
羽織が残るといった。それなりになにか考えがあるのだろう。勝算もなしに危険に歩む男ではない。
だから、不安はない。心配は、もとよりその必要がない。
四条もこのままでは危ない。黒こげで、血を流し、苦しげに唸っている。早く九条の屋敷にまで行って治癒してもらわなければ、死んでしまうかもしれない。
だから、あの場から背中を向けて離れ、こうして走っているのは最善の選択に違いない。四条の命がかかっているのだから。
自分は間違っていない。この行動は正しい。ここは我慢の場面だ。これは戦略的撤退なのだ。
言い聞かせるようにして、条は走る。
走って、走って、走って。
唐突に――
そんな自分が惨めに思えてきた。
いくらどんな何事をほざいたとしても、これは逃避だ。正論のような戯言をほざいたとしても、これはまぎれもない敗走だ!
敗走……なのだ。
魔害物に気圧され、四条に庇われ、仲間を捨て置き走る自分――なんて、なんて情けない。
これではただの敗残兵ではないか。
怯えて竦み、そのせいで足手まといになって、結局は恐怖に逃避する。
それは、自分の最もなりたくない姿ではなかったか。そうならないように、研鑽していたのではなかったか。
もしも自分があんな黒塗りの魔害物なんて瞬殺できるだけ強ければ、こんな後悔はしなくて済んだのではないか。
自分が、もっと強ければ……。
「ああ、ちくしょう」
思わず、声だけが漏れていた。
泣き声みたいに弱弱しい声が、せき止めてもあふれ出た。
「ちく……しょお」
条は常日頃から、強くあれと言われてきた。
その名に相応しい強き男になれと、名付け親でもある父親から耳にタコができるほど言い聞かされていた。
そもそも条という名前も、父のそんな願いからつけられたものだ。
二つの条を背負う者――二条家当主にはぴったりの名だ。
しかし、条家においてその名は不遜といえる。
条家という一族の、そのもの象徴たるあざな――条という名の重み。
その名は、ある意味で自分は最強だと言っているようなものだ。条家の最強と宣言しているようなものだ。
そんな名を背負い、条は生き続けてきた。
強くないといけない――条の日常はそうだった。
そう、自分は強くなければならないのに。二条家直系は強くなければならないのに。二条 条は、強くなければならないのに。
何故、自分はこんなにも弱い――!
弱くて情けなくて逃げ出している現実。せっかく父に期待してもらったのに応えられなかった不甲斐無さ。
酷く無様で、悔しくて、もういっそ泣いてしまいそうだったけれど。
涙だけは我慢してみせた。それだけは、流すわけにはいかなかった。
だって、それは弱さの証だから。泣かないくらいの強さは、こんな自分でも残っているはずだから。
だから条は、意地でも泣かないと決めた。
そして、もう二度とこんな後悔をしないほどに強くなると、そう決めた。