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第十六話 進化

 出る奴出る奴笑ってばっか。










 黒い球形があった。

 魔害物はいきなり膨れ上がり、弾けとび、集まって、何故か真っ黒な球形となったのだ。

 それを喩えるとしたならば、氷が溶けて水と化し、また凍って固形へと至ったかのような現象だった。急速な状態変化は不自然さを象徴するかのようで、その存在の黒さは禍々しさを発している。

 結果に生じた黒い球形――これは言うなれば、そう……卵か。


「…………」


 魔益師たちは異様な状況に閉口してしまう。

 なんだろう、これは。なにが起こっているのか、否、なにが起ころうとしているのか。さっぱりわからない。

 世界は一体、どうなっている?

 無論に、その問いに答えをもたらすような存在はなく、

 ――やがて、パキリというなにかが割れる音が響き渡る。

 まるでひな鳥が誕生する時のような、存在ひとつが孵る時のような、通常の喜ぶべき事柄が嫌悪すべき禍事へと変質してしまっている異常。

 卵のような球形は少しずつヒビ割れ、砕け――それが卵だというのなら、なにかが生まれる。

 生まれてはいけないモノが、人に害なすモノが、世界を否定するモノが――誕生してしまう。

 世界が軋みをあげる。世界が悲鳴をあげる。世界が竦みあがる。まるで誕生を恐れるように。誕生を、忌避するように。

 そんな恐れなど気にもせず、忌避などは振り切って。

 黒の卵は完全に砕け散る。

 そうして。


「くすくす」


 そうして生まれ誕生せしは――害なす魔。

 外見は成人ほどの人型だが、全身丸焦げにでもなったような黒くヒビ割れた肌であり、だから人間ではありえない。また奇怪は他にも。右腕だけが異様に長く、通常の倍ほどもあるのだ。左腕は通常の長さなので、よけいにアンバランスで奇妙。球形の顔には口以外なにもなく、口だけは凄惨に笑い続けている。


「くすくす」


 黒塗りの魔害物――その魔害は甚大で、相対しているだけで魂を汚染されてしまいそうな錯覚に陥る。叩きつけるような殺意は本能的恐怖を呼び起こし、人に近付いてきた外装は強烈な違和感と薄気味悪さをかもし出す。

 見ただけでわかる。感じただけでわかる。知っただけでわかる。

 ――これは、敵だ。


「こりゃあ……」

「うそ、だろ……」

「っ……!」

「――――」


 四条は感嘆を呟き、条は現実を直視できずにうろたえ、雫は声すら死に、羽織は目を細める。

 圧迫感に軋む喉を震わせて、雫は続けてどうにか声を零す。


「進化……したのか? 武器を扱う魔害物が進化、したのか?」

「のようだな。たく、笑い方も随分と人に近付いたもんだ」


 誰もの疑問を言葉とし、それを羽織が軽く肯定する。肯定してしまう。

 否定のしようもない事実だが、それを内心ではまだ否定できたというのに。精神の均衡を保つために、本能が違うと叫んで誤魔化そうとしているというのに。

 羽織は容易くそれを砕く。

 わかっているのだ。それが正しいのだと。事実を心が否定する。そんな防衛機制は弱さで、脆さなのだと。だから現実を直視するのは正し過ぎるほどに正しい。

 だが、こうまで圧倒的な存在を相手に、正しさなど、なんの役にたつ?

 雫と条は無意識に一歩後ずさっていた。敵から、身体が遠ざかっていた。


「はは!」


 かわりとばかりに、四条が前に出た。

 魔害物に向かって、臆することなく襲い掛っていた。飛びあがり、蹴りを放つ。


「くすくす」


 黒塗りの魔害物は、やはり笑って四条に対する。いくらどう変わり果てようとも、魔害物は戦いを好む。

 右の腕。

 異様に細長く、リーチの読みづらい右の腕が動く、跳ね上がる。

 

「おせェ!」


 伸ばした手は、跳び掛る四条とすれ違い虚空だけを掴んだ。

 一方で四条の足はしっかりと魔害物を捉え、その胴に突き刺さる。鋼鉄にも足跡を刻み込むほどの強力な一撃――けれど魔害物は吹き飛びはせずにその場で堪えてみせた。


「あん?」


 外見に反した案外に重い感覚に、四条は眉を顰めた。

 ところを。

 腕が。

 通り過ぎたはずの腕が、跳び蹴りをかました四条を後ろから掴んだ。関節がふたつあるかのように腕は二箇所で折れ曲がって、死角から四条を掴んだ。


「ぐっ」


 掴まれて、捕まえられて、四条の足は地に着かない。それは、自由の全てを失ったということとまったく同義。

 そのままひょい、とどこまでも軽々しく、ゴミを放り捨てるようになんの感慨もなく、魔害物は四条を壁面に向けて投げ放った。

 そんな適当杜撰な仕草であっても、魔害物の膂力は埒外。その投擲物体である四条は空間を貫くような速度で飛行し――

 ドガン、とその身は壁に叩きつけられ、“壁が崩落する”。

 それは異常。

 通常世界とは異なる魔害物の結界、その領域内で器物が破損することは、異常だ。

 何故ならそこは通常の世界とは違うのだから。風景は模写していても、その存在の本質は元のものとは全く違う。たとえば以前、条の拳に殴り飛ばされた魔害物は壁に叩きつけられ、それで停止したじゃないか。ただの壁ならそれで貫通していないと逆に不自然という状況で、凹んだだけじゃないか。不自然が自然というのが結界の中での条理。

 だというのに、壁は崩落した。固定されたはずの模写物が崩壊するなど、ありえない。

 ありえないことの顕現。それすなわち、また別のありえない要因の存在――それほどの勢いで四条が壁にぶつかったということ!

 壁が砕けたことで瓦礫が積まれ、土煙が舞い上がり、視界が遮られる。四条の安否が、確認できない。


「…………っ」


 絶句。

 誰も声が紡げない。誰も彼もが声を忘れてしまっていた。

 ただ、ひとつを除いては。


「くすくす」


 ああ、急転落はここにある。

 





「油断しやがって……」


 羽織は思わず吐き捨てる。

 油断――完全に四条の悪癖が、最悪の方向に傾いてしまった。

 初撃の、あの一撃を全力で叩き込んでいれば倒せた、とはいわないまでも反撃されることはなかっただろう。だというのに、四条はこの期におよんで――それが彼にとっての戦流儀なのだが――殺さないように手心を加えた。慈悲ではなく、悦楽のために。

 蹴りが全力ではなかったから魔害物は耐え、反撃に転ぜられた。攻撃の機会を、与えてしまった。

 その結果がこれである。だからこの状況は、この急転落は、四条の油断が招いた。


「ち」


 四条の油断で四条が痛手をこうむる。それはいい。それは自業自得というものだ。

 だが、そのツケをこちらに回してもらっては困る。

 この現状を、どうしろというのだ。四条は死んだというわけではないだろうが――


「くすくす」

「!」


 魔害物は四条を倒したと思ったのか、次の獲物を探して視線を回す。

 キョロキョロと周囲を見渡し――こちらを見た。目視した。視認した。

 目という器官がないため判然とはしないが、おそらくは、視線は交錯した。すると、唯一顔にある人間的部位たる三日月型の口がにぃいと、歪な笑みを深めた。

 やば――

 瞬時に羽織は撤退選択。無心で後方に向かってバックステップ。

 次には無意識が解け、思考がどうしようかと走ると、気付く。元いた場所を見て、次手の構想よりも先に、簡素な思考がおこる。


 あ……ありゃ死んだな。


 ごくごく自然に脳は確信していた。雫と条が、その場に硬直していたのだ。

 戦場では咄嗟の瞬発判断の差が、明確な死を招く。危機感知能力が研がれていない奴ほど、簡単に死んでしまう。

 黒塗りの魔害物が無造作に短い左手を伸ばした。その手のひらに黒い球形が生じる。魔害物は固まるふたりに向かって飛び掛り、その黒い球形を放った。


 ――そして炸裂し爆破した。


 爆音と、爆光と、爆炎と、爆熱と、爆撃――その全てが一瞬で駆け抜け、結界内を焼き払った。

 それはもう、広域爆撃。

 万物等しく焼き尽くす黒い烈火炎。

 その死ばかりを呼び起こす炎の渦中で、生命の生き残る術なし。







「っ」


 羽織だけ。

 羽織だけが。

 離れた位置にいた羽織だけが。

 その短い瞬間におこった複数の出来事全てを、俯瞰することができた。

 

 ――結局は身動きひとつできなかった雫と条の間抜けも。

 ――離れた羽織すら焼き殺しかねない猛爆を発生させた魔害物も。

 ――それがどういう原理のどういった種類の技であるのかも。

 ――瞬く間に現れ出でた四条の凄絶な笑みも。

 ――その四条が盾となって間抜けも羽織自身も生存したという事実も。

 ――つまりは膨大な熱波と激しい爆風を四条はその背だけで受け止めたという驚愕も。


 全て、その目で見取った。


 見取ったことで、羽織の思考が電流のように疾走する。

 魔とは存在を構成する、言ってしまえばエネルギーだ。魂から精製し、活性化すれば身体能力は増すし、攻性に転換すれば刃にも弾丸にもなる。

 少なからず魔益師たちも魂から魔益を精製し、明確化することでそのようなことは可能だ。身体能力の向上でいえば、基本的過ぎて意識せずにやっている者も少なくはない。

 それは知性ある人間だからこその技で、その身が魔害で構成されているとはいえ、本能ていどしかもたぬ魔害物では魔を操るなどありえない。

 しかし。

 魔害物の果て無き進化は、そのありえないを凌駕する。

 核より魔を活性化し身体能力の向上にあて、魔害を攻性に転じ爆撃さえもおこしてみせた――自己を構成する魔害を、操ることのできる魔害物!

 武器の次は、魔を操る魔害物!

 それが、次なる進化の段階だったのだ。


「ち、いてェなァ……」


 羽織の思考が、乱雑な声により中断される。その背で爆轟の全てを請け負い、硬直しっぱなしの若き芽を守り切った四条の声だ。


「おーう、生きてるかぃ、小僧ども」


 四条は笑いながらそれだけ言って、ふらついて倒れ込む。固まったままの条に向かって、くずおれる。笑んだままに、ぶっ倒れる。

 その倒れ切る直前に。

 最後に後ろ、魔害物に向かって蹴りをいれた。どこにそんな力が残っていたのか、その一撃は痛烈で、魔害物を蹴り飛ばす程の威力を見せた。

 だが、それが本当の意味での最後の底力だったのだろう。四条は今度こそ力なく意識を落とした。

 条は無意識で倒れこんできた四条の身体を受け止め――その時にようやく静止が解ける。まるで再生ボタンを押されたように、アタフタとしだす。

 

「しっ、四条さま……っ」


 どういった理由でも硬直がほどけたことに、羽織は指示が届くと判断。号令を発する。


「今更慌ててる場合か! 全員、撤退だ。無様に背中見せて逃げろ! 条は四条を担いでけ!」


 四条は速力にのみ特化し過ぎているために、防御力やら耐久力やらは最低クラス。あんな魔害の爆発を直撃してしまえば大ダメージは免れない。早急に治癒する必要がある。

 冗談ではなかった。

 こんなところで条家当主にリタイアされては羽織的に、というかこれから的に非常に困る。それでなくても条家で死人がでてしまえば、九条 静乃が悲しむ。

 九条 静乃は条家で誰かが死ぬ、いや傷つくと――それが傍系であれ使用人であれ誰であれ――自らの責だと、なじり責め立て貶める。

 悲しげに表情を歪め、下手をすると子供のように泣きじゃくる時さえある。

 条家の命は、自分が支えているというある種の傲慢さからくる、けれどもやっぱり優しさだ。

 そんな主の姿が見たいわけもなく――絶対に、死なせるわけにはいかない。

 

「なっ、少しも戦わずにか!?」


 条は意外そうに口を開いた。

 前回の戦闘を経て、少しは思考硬直が薄れているようで、闘争的な感情が表にでているようだ。

 それは進歩だが、今は煩わしいだけだ。


「四条家当主が負けたんだぞ! てめえで敵うか!」

「だが! あれは四条様の油断が原因だぞ! 敵の力量が一切わからないのに、勝ち目があるかもしれないのに、確かめもせず逃げるのか!」


 それは正論。

 唐突な進化を見せ付けられて、相手の強さを勝手に強大と思い違うということもありえる。一方的に強さを見せ付けられて、その鮮烈さに惑わされるということもありえる。

 進化での成長度合いは不明だし、四条は結局は油断での敗北だ。

 だから、もしかしたらそこまで成長はしていないかもしれない。もしかしたら、四条の油断が大きすぎただけかもしれない。自分たちでも、戦いうるかもしれない。

 自分の強さを信仰する条には、敵の真の実力も知らずに逃げるのは早計だと、そう思う。それはちょっとした思い上がりも混じってはいるが、先入観やインパクトを取り払った事実を見ているとも考えられる思考。

 それでも、羽織は取り合ってくれない。


「ああ、そうだ! たとえおれたち全員でかかって倒し切れる確信があったとしても、この場は退く」

「なんでだよ!」

「四条のことを考えろ! このままだと確実に死ぬぞ!」

「っ! だっ、だが!」

「うるせえ! とっとと四条を九条家までつれてけ! 間に合わなくなるぞ!」


 うだうだしているだけでも、時間が四条の命の火を消してしまう。

 それに、魔害物があれで死んだとは到底思えない。いつ立ち上がりこちらを敵と認識するか、わからないのだ。


「だが! 逃げても追いかけられるだけだ!」


 雫も硬直解凍直後にしては平静な言葉を発する。こちらも前回の経験で、少しは威圧への対抗ができたのかもしれない。

 羽織は、そんなこと承知だとばかりにさも当然といった風体で、言う。


「だから、誰かが囮役だ」

「なっ、誰が――!」


 条の驚愕の声。

 に、即答で凛然とした雫の声が被さる。


「私が――」

「ち、わーったよ、浴衣様ならここで頷くだろうしな。おれがやる」

「!」


 それすらも遮ったのは羽織のため息。

 言葉の通りであれば、どうやら羽織が今回積極的なのは出立の際に交わした浴衣との会話のせいらしい。

 そういえば羽織は言っていた――「浴衣のかわりに尽力する」と。

 だからこそ、先の戦いでも作戦を提示し、嫌がっていた能力も行使したのであろう。

 そして今も、普段なら無言で回れ右していて当然な状況でも前を向いている。

 嘘つきのくせして、変なところで言葉に嘘がない奴である。

 いや、主には、嘘をつきたくないのか。


「お前らは四条つれて逃げろ。おれが引き付けといてやる。たぶん結界は条がぶん殴れば穴くらい開くだろ」


 一歩前に出て、いつものように頬を吊り上げ強気に笑う。

 そんな正直いって全く似合わない行動にでる羽織を眺めていて、思わず雫は告げだしていた。


「私も残ろう」

「あ?」


 羽織はなにを言ってるんだ、という顔をし、条はそれはずるいと声を張る。


「なっ……だったら俺ものこ――」

「「それはダメだ!」」

「っ!」


 声を合わせてダメだしされた。

 そしてふたりのダメだしは、見事な息の合いようで続く。


「こん中で結界を破れそうなのはお前だけだし!」

「応援を呼ぶのも条家直系である条のほうが適している!」

「おれや雫じゃあ、お前と言葉の信用度が違うからな!」

「最悪でも条だけは四条家当主をつれて出なければ話にならない!」

「「わかったかっ!?」」

「は……はい」


 いつもいがみ合っていたふたりの連携は言いようのない迫力が滲み出てており、条には首肯以外の選択は不可能だった。

 頷くのを確認するや否や、先ほどまでの息の合いようはどこへやら。ふたりはぶん殴るような勢いで言葉をぶつけ合う。


「お前も邪魔だ、出ろ!」

「嫌だ! 私も残る!」

「うぜえ奴だな! てめえがいたんじゃ足手まといだ! ひとりのほうが身軽でいいんだよ、そこんとこ理解しろ!」

「貴様の能力で、どう時間稼ぎをするつもりだ。あんなチャチでせこせこしい能力、牽制が精々だろう!」

「っ。てめえこそ! そんな震えた手でどうやって刀を握るんだよ、ァア?」

「なっ、これは……そう、武者震いだ!」

「カッ! 阿呆なこと言ってんじゃあ――」


「くすくす」

「「!」」


 声に、弾かれたように顔を向ける。

 そこには、四条の蹴りを受けてもどうということもなく立ち上がる魔害物の姿。死を体現したかのような黒塗りの魔害物の姿。

 もう、本当に時間がない。

 羽織は歯を砕かんばかりに歯噛みして、ヤケクソに言い放つ。


「……くそっ。あーもー、勝手にしろ!」

「わかった、勝手にさせてもらう」

「俺は、行くからな……ふたりとも、死ぬなよ」


 流石にここでゴネるわけにはいかないので、素直に条は走り出した。

 四条を担いで、後ろを向いて、結界の外を目指して。

 条は、感情を殺して駆け出した。






 急ぎ走る条を見送りながら、


「さーて、あーあ」


 なんであんなこと言ったんだろうな、おれは。羽織は今更ながらかなり後悔していた。すごくすごく悔いていた。

 

「くすくす」


 目の前の黒塗り。驚異の進化を果たした、魔気を操る魔害物。


「――――」


 横の雫。目を閉じ、なにやら瞑想中な退魔師の少女。


「はぁ」


 はっきり言って、最悪な状況だ。

 とってもとっても最悪だ。最悪の下の、そのまた最悪だ。

 別に魔気を扱う魔害物はいい。それ単体ならそこまで大きな問題ではない。“軽器の転移”では倒せない相手が目の前に立っているだけならば、 最悪などとは程遠い。

 だが。

 問題は、そこに追加で隣にあんまり仲が良くない少女がいることだ。

 あんまり仲が良くない――というのは羽織の主観で、その少女自身はそこに大いなる異論を挟みたがるだろうが、それもどうでもいい。

 どうでもよくないのは、その少女が味方だということだ。殺してはいけない――死んだら主が悲しむ存在だということだ。

 そのふたつの要素――“軽器の転移”では倒せない敵とあんまり仲が良くない味方の少女――が、同時にまとめてその場にいるのは、最悪だ。

 それにおそらくこの戦いもあのマッドサイエンティストに観客よろしく観戦されているのだろう。

 羽織はため息を吐きたい気分だった。だから吐いた。

 少しも気分は晴れず、またため息を吐こうかとも思ったが、やめた。

 敵が笑みを止め。

 味方が目を開いたからだ。

 もう、考える時間すらなくなった。後悔する暇もなくなった。

 それでもやっぱり渋る自分がいて、どうにか自分を納得させる言葉を探る。

 …………。

 …………。

 …………。

 まあ、条家に知られるよりはマシか……。

 なにせ口止めに殺せない。脅しも効かない。

 それに比べれば、今の状況はまだまだマシに違いない。そうだ、そうに決まっている。羽織はそうやって自分を納得させた。

 雫には口止め――脅しとも言う――すれば、ちゃんと口を閉じるだろう。それは短い期間だが、雫の心根をしっかりと観察していたからこその判断。

 マッドは……殺せばいっか。

 そこまで考え至ると、なんとも晴れやかな心持ちになった。それを人は開き直りと言うのだが、まあ開き直りで構わない。

 うん、とひとつ頷いて結論すると


「ま、久々に――遠慮なくやらせてもらうぜ」


 羽織は、隠蔽をといた。







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