幕間
遠く高いどこか。いつかと同じく一切の気配もなく、魔害物との戦闘を監視していた少女なのだが――事態は急変した。
「……っ」
金髪の少女は己が目を疑う。
目を見開いて、驚愕を表情全体で表す――とはいえ無表情な少女だ、常人には些細な表情表記にしか見えなかったが。それでもそれは、彼女の常を知る者なら驚愕に値するほどの表情変化。
現実が、酷く非常識なものにしか写らない。自分の眼球が、正常に機能しているのか。彼女自身にも疑問だった。
それほどまでに、世界は逸脱していた。無表情な少女の、人形のような少女の、そのあるかもわからない心を揺り動かすほどに。
今回は超小型の映像転送機でもって、遠くの父親――件の人物、マッドにもその映像は届いており。
『素晴らしい!』
マッドは、狂喜していた。その逸脱ぶりに、魂の底から喜びにうち震えていた。
十七の魔害物全てを子供たちに映像転送機を持たせて監視しており、それを画面に映し出していたのだが、全てを消す。ただ、羽織たちの写るこのたったひとつの映像だけを凝視する。釘付けになる。
『あは! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!』
マッドは迸る感情を、誰にともなく語りあげる。自己の感情を、世界に謳いあげる。
『素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい!
こうなるか! こうなったか! まさかまさかこう至ったか! こう……くか、ははは! こうなるとはなぁ。
面白い、本当に面白い。世界はこんなにも面白い!』
「――――」
少女の耳には、そんな愉悦に満ち満ちた声が響き。
少女の瞳には、痙攣するように弾ける獅子頭が写る。
次には。
うるさくてかなわないマッドの笑い声すら聞こえなくなるほど――聴覚が捨て置かれ、視覚にのみ脳が支配されるほどの、未踏の変化が発生する。
獅子頭の魔害物が爆散したように弾け、黒い液体のようなものが周囲に飛び散ったのだ。しかしそれは、消滅などでは決してない。
言うならば――逆、だ。
『あの四条が、戦闘経験を積ませてくれたお陰かな? おそらくはあの四条が即座に倒していた場合は、こうはならなかっただろうなぁ』
マッドは分析する。現状を眺めながら、最適と思しき思考を走らせる。それは研究者ゆえのサガなのだろう、一心不乱に事の推移を目詰めながらも、思考回路だけは止まらない。
マッドの思考と同じように、魔害物の変化も続く。
黒の液体は一度飛び散ったが、すぐに集中し、集合し、集積し、集約し、集結する。
そうして集まった黒の液体は、真っ黒の球体へとその姿を固定する。
飛び散った黒い液体と、その球体の体積は全く釣り合ってはいなかったけれど、そんな瑣末な異常は誰も疑問に思う余地もない。思考に、そんな猶予はありえない。異様にして脅威、驚異にして異常。不気味な変化を遂げていくその光景が、誰もの意識を思考に回させない。
対峙する魔益師たちは無論、高くで監視する金髪の少女でさえも、ことのなりゆきをただ傍観するしかできなかった。
ただ、距離が随分と離れた映像を眺めているだけだからか――いや、その心性からだろう――マッドだけは比較的冷静に言う。
『ロールはどこへ行ったかな?』
「調整中」
少女は無意識の脊髄反射で問いには答えを返す。思考の余裕などないのだから、その介在はない。
『あぁ、調整中かい。残念だ、残念だなあ、それは。調整中とは残念至極だよ。まあ、こんなことになるなんて、流石の私でも予測はできなかったからねえ、仕方ないか……』
マッドの残念そうな声音の頃には、その黒の球体にはヒビが走っていた。亀裂が、ゆっくりとひらいていた。
なんだろう、これは。なんなのだろう、これは。
これは――なにがおころうとしているのだろう?
少女は不明の中でも、本能的な恐怖に震えていた。意味がわからないものへの恐怖ではなく、わからずともこれは恐怖の対象なのだと魂が理解している。
そうして。
――くすくす。
声が、響く。笑い声が、響く。おぞましくて、怖気が走って、大泣きしたくなるような――侮辱的な笑い声が、世界を嘲笑う。
『来る、来る! 武器を扱う魔害物が――』
マッドの興奮も最高潮のようで、高らかに、大らかに、煌びやかに、絶叫する。
『――進化する!』