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第十三話 使用人




「と、いうことになりました」

「ほらみろ」

「ち」


 説明があまり得意ではない静乃に任され、羽織は総会の一連の事情を浴衣に説明していた。のだが、それを横で聞いていた雫にふふん、と鼻で笑われた。

 あくまで浴衣に対しての説明だというのに、勝手に聞いてんじゃねえよ、という気持ちだったが追求はやめておいた。浴衣がなにか言いたげな表情をしていたからだ。羽織はそこら辺の気配りも忘れない使用人なのである。

 少しは体力を取り戻したのか、浴衣は布団で上体を起こしながら憂うように呟く。


「大変なことになりましたね、羽織さま」

「そうですね。九条家も、これから慌しくなるでしょう」

「何故、こんなことになったのでしょう……」


 考え込むようにして、浴衣は顔を俯かせた。

 脅威なる進化を果たした魔害物、それを複製してばら撒く人間。浴衣には理解し難い思想であり、理解できなということは恐れにも繋がる。魔害物自体の脅威も加味すれば、それは怖気を誘う現状といえた。

 雫はもはや呆れたように嘆息する。


「しかし、“魔の複製”とはな……人間の魂の可能性の奥深さを感じる」

「は。奥深さ、ね。もともと魂魄能力なんてもんからして常軌を逸してるんだ、予測はできなかったとはいえ、そこまで驚く話でもねえよ」

「いや、驚くだろう。しかもそれが悪意をもって敵対したんだ、非常に厄介だろうな」

「そりゃそうだが、自然発生よりは人為的の方がマシだ。原因がわかってんだからな。それを叩けばいい」

「それは……まあ、確かに」

「そう考えると、その能力者を保持してたのが派手好き臭いマッドで運がよかったのかもな」


 雫に言っているようで、その実は浴衣に向けて語る羽織。浴衣に直接言えば、気を遣っていることがバレバレなので、間接的に現状は必ずしも悪くないとポジティブに語ることで伝えたのだ。

 しかし、別に言葉は嘘ではない。

 たとえば今回の件。もしマッドと名乗る黒幕が出張ってこなかった場合、人為的な事件とは思いもよらなかっただろう。

 そして自然発生的ななにがしかのこじ付けをして、あらぬ方向に思考が跳躍していた。見当外れの推測しかできなかった。

 本当の黒幕に、気付くことすらせずに。

 その展開にならなかったのは、だから幸運と言える。マッドという男の自己顕示欲が高くてよかったと、そう言える。

 まあ、マッドという男は黒幕というよりは演出家だったが……。

 当惑しながら、雫はぼやく。


「マッド、か。彼は……その、なんなのだろうな」


 言葉は不明瞭で要領を得ない。実直な雫でさえもそうならざるを仕方のない、徹底的に意味不明な、名前さえ不詳の男。

 誰もが感じる疑問に、羽織は肩を竦めてはぐらかす。


「さあな、んなこと考えるより先にやることあんだろ。考えんのは、それを終わらせてからでも遅くねえよ」

「そう、だな」

「じゃ、がんばってこい」


 臆面もなく他人頼りな発言、やっぱり全力で他人任せな男である。

 だが、その後ろには輝ける笑みの静乃が疑問符を浮かべていた。


「あら? 羽織もいくのでしょう?」

「…………いえ、私は遠慮させていただこうかと――」

「いってらしゃい、羽織。がんばってくださいね」

「いえ、あの、その……はい、がんばります」


 笑顔の圧力には敵わず、羽織はもう死にそうなほどゲンナリしながら頷いた。

 他所では傲慢に振舞おうとも、主にはメチャクチャ弱い使用人である。横で雫は笑いを堪えるのに必死だった。

 笑うなとばかりに恨みがましく視線に殺意をこめながら、羽織は嫌々ながらも話を先に進める。


「とりあえず一体打倒したことは六条に言ってあるし、あとは十六体だな。……多っ」


 ため息を吐きたい気分である。

 そういう感じを一切気にせず、話の流れをぶっちぎり、条はひとりごちる。本当に空気を読まない。


「にしても、親父もいいとこあるなぁ、俺すっげえ行きたかったから助かるわ」


 軽そうに笑うも、その瞳は燃えている。

 条としては、勝ちきれなかった自分が不甲斐無く、また目算でも自分より強い魔害物が存在することが許せない。

 常が適当な性格だからとて、戦時は回路ごと思考は切り替えるもので――二条 条の戦闘時の思考は、強さへの信仰という面をもつ。

 別に戦いが楽しいわけではない。あんな卑賤な行為は単なる仕事だ。強さの証明のための行為だ。

 そうではなく、単純に強くないといけないと、強迫観念にも近い義務感を持っているのだ。

 強くなくてはならない。強くあらねばならない。強くならねばならない。

 条家に泥を塗るような実力ではいけない。それは個人の弱小だけでなく、家ごと弱小と見做されるから。

 条家の血をその身に流し魔益師と名乗った時点で、強くなくてはならない。それは条家の暗黙の掟。言うまでもないほどの常識。

 特に、条は直系なのだ。

 その通ってきた道にある重圧、責務、鍛錬、どれもが想像を絶する。

 そんな道を通った人間だからこそ、自己の能力の高さを認識し、それが一種の信仰といえるほどの寄る辺となる。

 だから、条は参戦が嬉しい。父親に、最高に感謝している。


「では、事が事だ、急ごうか」

「おーう。……って、雫も来るのか?」

「無論だ。こんな話を聞いて黙ってなどいられない。なにより、私の依頼は完遂されていないとわかったのだ、完遂させなければ」

「連戦になるんじゃないのか?」


 雫はほんのついさっき、浴衣とともに武器を扱う魔害物の複製と交戦、打倒している。

 そこで体力や気力、益なす魔を消費してしまったのではないのか。続けての戦闘が可能なのか。

 雫は自嘲のように、力なく笑う。


「先の戦闘では、私はほとんど戦っていないさ」


 ほとんどを、浴衣に押し付けてしまった。浴衣にばかり、戦いの代償を負わせてしまった。

 そのため幸か不幸か、雫に消耗はほとんどない。トドメとなった風の斬撃も、あれは周囲の風を集めて放ったもの、自身の魔益の消費は軽微だ。

 それでなくとも、魂の底にまで食い込んだ害なす魔があったが――それはついでとばかりに、静乃が押さえ込んでくれた。

 応急処置であり、侵蝕した魔害を根絶したわけではないが、数日間は魂の活動を阻害されることはないだろうと、静乃は言っていた。その数日間が終わったらまた押さえ込んで、という処置を繰り返し、その間に根本は自身の抵抗力で自然治癒を待つという療法をとることにしたのだ。

 

「だから、私は大丈夫だ、戦える」

「まあ、俺は助かるがよ。どうせ羽織は戦ってくれなさそうだし」


 尤もだ、雫は深く頷きそうになったが、静乃が大丈夫ですよと笑う。


「前回は護衛をしていて、戦闘に参加できなかったのでしょう? 今回はその役目がありませんから、羽織も戦いますよ。そうですね、羽織」

「勿論です」

「…………」


 静乃はどうやら羽織の言い分を字面通りに受け止めているようであるが、雫にはそうとは絶対に思えない。あれは単に戦闘が面倒だっただけに違いないと、そう確信していた。

 面倒臭がり、という点では条も同類だが、まあ戦闘行為についてのみは積極的なので、こちらは大丈夫だろう。

 雫はひとり納得し、さあ行くかと相成った時に、浴衣が慌てて声を上げる。


「あっ、あの!」

「浴衣?」

「浴衣様……」

「あ、いえ、大丈夫です。今回はついていくなんて言いません。もう力を使い果たしましたし、本当に足手まといにしかなりません」


 わたしがいると、羽織さまも全力がだせませんしね、と苦笑する。

 どっちにしても戦わないんじゃないのか、この男は。雫に言わせればやっぱり疑問であるが、口ははさまない。対話しているのは羽織と浴衣だ。

 下向く浴衣に、羽織はにっこりと笑う。それこそ、浴衣にしか見せないよう、別人のように爽やかな笑みだった。


「浴衣様、自分を足手まといだなんて言わないでください。前回の戦いだって、浴衣様がいなければ勝ちはありえませんでしたよ?」

「そんなこと……ありませんよ」

「いえ、あります。

 浴衣様がいたから、私はあの作戦を思いつき実行できました。

 浴衣様がいたから、雫は傷ついてもすぐに癒してもらうことができました。

 浴衣様がいたから、条は最後の交差で負傷を気にせずに突貫することができました。

 全部、浴衣様がいたからです」

「羽織さま……」


 雫は少し感心してしまった。

 自分では言えなかった、けれど言いたかった言葉をそのものズバリ言い放って見せたからだ。

 浴衣のお陰で勝てたと、根拠をもって言い切りたかった。だが、雫には上手く説明できずいて、浴衣が落ち込む姿を見ているしかできなかった。

 そこにくると、羽織は流石に口達者である。

 ゆっくりと、浴衣は顔を上げ、羽織と視線を交わす。

 ふたりは一体、それでなにを感じ、なにを思ったのかはわからない。もしかしたら、当のふたりにさえわからないのかもしれなかった。

 羽織は浴衣の頭に手をおき、そのままどこまでも優しく撫ぜる。


「ですから、今回は浴衣様がいない分、私が尽力します。後は私に任せて、休んでいてください」

「あ……うんっ」


 どうにも、傍で聞いていると羽織は羽織で浴衣のことを案じているようだが。

 浴衣も浴衣で、羽織には甘えているようだ。

 雫に対しては、うんだなんて言うことはありえない。はい、と言葉遣いの端々まで名家ゆえの躾がいき届いた受け答えをする。おそらくは、羽織以外――母親である静乃にさえ、敬語が崩れることはないだろう。

 それほどまでに羽織への感情は強いのだと、それがこんな形でも理解させられる。

 雫は、少しだけ眉を曲げた。

 浴衣との対話中ゆえに、そんな雫への余所見など欠片もせず、羽織はさらに最後に言う。


「それでは、行って参ります、浴衣様」

「……ぁ」

 

 思わず漏れてしまった声は、撫でる手が離れていくことへの名残惜しさか、それとも戦いへと身を投じる者への不安か。

 どちらにせよ浴衣は酷く悲しげな表情をして、それでも言いたいことを全て飲み込んで、ただひとことだけ、戦地へとゆく三人に向かって告げた。


「はい、いってらっしゃいませ、羽織さま、加瀬先輩、条さん」


 それは、心配のせいでぐしゃぐしゃな笑顔だった。

 ぐしゃぐしゃでも、それでも絶対にその表情は、笑顔だった。

 戦地に赴く皆が心配でたまらない。自分がなんの役にも立てなくて悔しい。

 雫もほんの少し前に感じた、そのなんともいえない感情の奔流の中で、それでも浴衣は笑って見送った。







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