第十二話 ゲーム
浴衣を抱えた雫が九条の屋敷まで辿り着くと、その後は迅速だった。
浴衣を門の前で待っていた羽織が、その浴衣の様子に動じずも急いで部屋まで運び、布団を敷いて寝かせ、他の九条を呼んだ。当主の娘である浴衣の大事とあって、慌ててやってきた九条が治癒を施し、充分と判断して去っていき。
そうして、ようやくひと段落して。
「で――なにがあったって?」
視線はあくまで浴衣に向けたまま、羽織は雫に声だけで問うた。
その声音は恐いくらいに迫力を伴っていて、雫は茶化すこともできずに返答する。
「昨日の、昨日と同じ魔害物に襲われた」
「……もう一回言ってみろ」
信じられないのか、羽織は理解不能を顔に押し出しつつも冷静さを忘れずに言った。
雫は繰り返し、同じことを告げる。そうすることしかできなかった。
「昨日と同じ魔害物に襲われた」
「寝ぼけてんじゃねえよ、てめえで倒しただろうが。消滅まで確認した、馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」
ふざけんなとばかりに怒鳴られた。こちらの言葉の一切を信じてないようである。
それも当然といえば当然だが――雫も負けずに声を荒げる。
「私だって信じがたいさ! だが、事実現れたんだ。昨日よりかは幾分弱かったが、戦法、外見、笑い方、全部同じだった」
「けっ、他人の空似だよ! 消滅した魔害物が復活するわけがねえ。それとも、似たような奴が連日お前を襲ったってのか?」
「同じ奴だった! 完全に、同じ魔害物だった!」
「眼科いってこい! もしくは精神科だな」
「っ。浴衣からも言ってやってくれ」
埒があかない。雫は判断し、浴衣に加勢を頼む。
浴衣は寝そべっており見上げる形なので、自然と上目遣いで嘆願のように告げる。
「本当なんです、羽織さま。信じてくださいっ」
「そうですか……倒し損ねたとも思えませんし、しかし似た奴でもなかったのですよね?」
「はい」
「ふむ、じゃあ――」
「私と浴衣の証言に対する信用度が全然違う!」
雫は真剣な羽織の態度に我慢できずに突っ込んでいた。
いや、真剣なのはいいのだが、いいのだが……なんだこの不条理は!
羽織はやっぱり雫の声を無視して、ギラついた笑みを浮かべる。
「まあ、なんにせよ、浴衣様をこんなに傷つけたんだ――そいつはぶっ殺す」
「もう倒したぞ」
「ぁあ!?」
なんじゃそりゃあ、と言わんばかりに目を白黒させる羽織。
雫はこれもどうせ信じないんだろうな、と思いながらも同じ言葉を続けた。
「だから、倒したぞ。消滅は確認した」
「お前と浴衣様のふたりで、あれを倒しただ? ますます嘘じゃねえーか! んなことできるかっ!」
乱暴な物言いだが、冷静に彼我の実力差を考慮した上での発言である。
雫は呆れたように肩を竦める。
「いや、昨日のと比べると弱かったと言っただろう、私の話は全然聞いてないな、貴様」
「弱かっただぁ?」
また不可解な発言に羽織は顎に手をおき、ようやく真っ当にうけとめてくれたらしく長考する。
…………。
…………。
…………と。
「おーい、羽織。浴衣ちゃんの部屋にいるって聞いたけど、なにやってんだ?」
「む、条」
ガラッ、と遠慮もなくフスマを開いて現れた男は、二条 条だった。
すぐに名を呼んできた雫に目をやる。
「ん? 雫か。どうした遊びに来たのか?」
「あ、いや、それが……!」
「って、うわ! 浴衣ちゃん、風邪か?」
遅れて浴衣が寝込んでいることに気づき、話を遮断してまで驚く。マイペースである。
呆れたように羽織が割り込む。
「お前、聞いてないのか?」
「なにを」
「浴衣様が怪我して雫に担がれてきた。屋敷中、騒然となったんだぞ」
「マジ? そうなん?」
部屋で寝ていたため、そんな騒ぎは耳に入ってこなかった。いや、それでも普通聞こえるものだが、彼には聞こえなかったらしい。
深刻さを理解したのか条は少々眉を寄せ詰め寄る。
「なにがあったんだよ」
「うわー、うっぜえ。また話が最初に戻るのかよ」
話の進行が行ったり来たりで面倒臭い、羽織は額に手を添えた。
そんな態度に、条はあっけらかんと口を回す。
「なんだ、長くなるのか。だったら俺の用事から話していいか?」
「あん、そういやおれに用があんのか?」
「ああ。なんでも六条家当主が総会の要請をしたらしくてな。九条様が補佐にお前を呼んでるぞ」
「…………」
「…………」
間。
間。
間――をとっている場合ではなくて!
「そういうことは早く言え、ボケェエ!」
「あっ、わり」
「てめえ、全く悪びれてねえーなぁ! って、こんなことしてる時間はねえ!」
さっと怒りを仕舞い込んで、それをおくびにもださずに浴衣に向き直る。
怒りたいし急ぎたいが、主に向かってその全ては非礼に値する。恭しく頭を下げ、謝罪のポーズ。
「浴衣様すみません、私は総会に出てまいりますので、その話は後ほど」
「はい、そちらの方がずっと優先すべきです」
浴衣もいつものように朗らかな笑みでもって羽織を見送るのだった。
その横で。
「じゃあ、その間に俺にも事情教えてくれ」
「わかった」
条と雫は膝を突き合わせていた。
そういうマイペースがまた苛立たしい羽織だったが、突っ込みをどうにか飲み込んで部屋をでた。
後で覚えてやがれと、三下ご用達の台詞を胸に抱いて。
「それで、なにがあったというのだ、六条」
流石に遅刻者はひとりもなく総会は開かれ、二条が第一声を発した。
今回は別件の用務があり一条は欠席。それに付き従う形で十条も席を外している。それと前回と同じく五条と八条も不在のため、六家での総会となる。
一条がいないことは別段に珍しいことでもないので――それでも総会は一条の屋敷だが――かわりに二条が取り仕切りのも日常的にある風景だ。
ただ。
「たくっ、おれまで呼んでつまんねェことだったらブッ飛ばすぞ」
乱雑な口調で頬杖をつく、風貌はまるでガキ大将をそのまま成長させたような男――四条家当主が総会に参加するのは、非常に珍しい。
四条はあまり総会には出席しない。何故かと問われても特に理由はない。単に不真面目を絵に描いたような男である四条家当主に、サボり癖があるだけだ。
それを今回は、六条が参加を無理にでも呼びかけた。そう強く呼びかけられては、どうせ暇な四条も応じざるを得なかった。不承不承ではあったが。
六条は頷き、深刻さを帯びる低音で告げる。
「それが……信じがたいのですが――完全に同一の魂魄の気配を発する魔害物が、町中に複数――正確には十七、確認されました」
「――?」
驚くことなのだろうが、よく理解できずにそれより先に疑問がたつ。
同時に魔害物が発生したことは確かに切迫感を煽るが、同じ気配の魔害物? それは一体全体どういうことか。意味がわからない。
一同が意味を取りかね驚くに驚けず斟酌している中、羽織はひとり最大の驚愕に襲われていた。
おいおい、まさか……。
「それは……どういう意味だ?」
「そのままの意味です」
意味を図りかねる皆を代表して問う二条に、六条も六条でどう言えばいいかと戸惑っているようにさえ見えた。
「いつものように、我ら六条は町中を巡視しておりました。魔害物の出現をいち早く捕捉するためです」
「それはわかっている」
三条は煩わしそうに切って捨てる。
六条はその能力“遠方の知覚”により警戒網を町中に張り、魔害物を発見した場合は即座に適任と思しき条家に報告、その条家が打倒する。
そういった一連の流れが、過去数百年も条家では確固として成立している。
だからこそ、六条が総会を要請するのはよほどの事態で、よほどの異変ということだ。
三条はそんな当然の説明など無駄話だと、だから核心を手早く語れと言っている。
それに対し六条は答えのない問いに、どうにか説明をつけてみせる。
「武器を扱う魔害物……先日、討伐したはずの魔害物が再び現れ、それが複数存在しているのです」
確定だ。羽織は頭を抱えたくなった。無論、自重したが。
どーにも。
雫の話は本当だったらしい。
なんてこったい。
羽織の内情などとは無関係に、話し合いはエンジンがかかったように加速していく。
三条が懐疑的に言う。
「同じ魔害物が複数? なにかの間違いでは……」
「総会を要請したのです、間違いはありません」
六条は確実と言い切れるほどに確認したのだ。一番現実を疑ったのは、他でもない六条なのだから。それでも、いくら疑っても魂魄は完璧に一致していたのだ。だからこそ、総会を開くこととしたのである。
とはいえ二条も即座には納得できず、一般論を述べてみる。
「だが、それはありえないのではないか?」
「今までの常識で考えては、ありえませんね」
ありえないことの現出――それは凶事か、はたまた勘違いか。
誰も前者とは信じたくはない。意識せずに、二条は口を開く。
「む。では……武器を扱いだすまで進化した魔害物は全て同じ外見、魂魄となるのではないか?」
「そこまで進化した個体の情報などないのだから、それも考えられる、かしら?」
どんなことでも、初見では珍しく感じるものだ。だが、それが本当に珍しいことなのかは、断定できない。ただ知らないことを始めて知っただけで、他の視点からでは常識なのかもしれない。
そんな二条の推論に七条も賛意を示し、六条が首を振る。
「いえ、記録ではやはり姿は一個体ごとに全く違っていたと、記されています」
六条家は情報収集を司っているために、その情報を書物として古くから残している。
その書物には魔害物の進化についての記載が豊富であり、だからそれは違うと否定できる。
当主たちもそれがわかっているので、六条に追求したりはしない。
二条はまた現状を説明しうる別の意見を述べる。
「ではまさか……魔害物が人に近付いたことで魂魄能力に酷似した“なにか”を、発現したのではないか? それで自己の複製をなしたの、では」
それもそうであったら凶事といえるほどに恐るべき事態だが、やはり六条は首を振る。
「それもありえま――」
六条が首を振り、否定を口にしようとした。
その時。
突如唐突突然に。
『ふむ、なかなかに面白い見識じゃないか』
「!」
全く違う声が、総会に割って入った。
『だが、君たち条家ならば知っているはずだろう? 武器型ていどではまだまだ足りない。人を模し、近付き続け、遂には魂魄能力のようなものを魔害物が扱いだすのは、最大の位階になってからだと。なにせ、条家は世界で唯一、全ての位階の魔害物を討伐したことのある集団なのだから――そう、最上位階たる“魂魄能力に類似した力を揮う人型の魔害物”までも、ね』
瞬間、弾かれたように羽織は静乃を庇い前にでて、戦闘しうる当主や他の補佐たちも腰を浮かす。
「誰だ」
「どこにいる!」
貫くように三条が誰何の声を発し、二条が周囲の警戒心を強め視界を回す。
しかし、この部屋にあるのは当主たちとその付き添いのみ。
とはいえ声がまやかしであるはずもない――無礼を承知しつつも、混乱に乗じて羽織は声をはさむ。
「おい、六条」
「……ここにはいません。おそらくは遠くの場所――つまり現状ではここに、声を届ける能力かと」
六条は即座に受け答え、冷静に分析して結論する。周囲に敵たる者は存在しないと。
他家当主たちもそれで警戒を薄め、浮かせた腰をおろす。六条への信頼と、奇襲の可能性の激減による安定だ。羽織も静乃の後ろに戻り、胡坐をかく。ただし羽織に限っては警戒だけは一分も緩めていないが。
声だけの男は特段隠し立てもせず、六条の言葉を肯定する。
『その通り、これは私の子供たちの能力さ。能力名は“彼我の対話”という。能力のお陰でこうして条家当主諸君と対話ができるのだから、便利とは思わないかい?
ただ――姿を現せなくてすまないね、なにせ私の姿が露見しては六条の能力で居場所まで探られてしまうからねぇ、くく』
確かに声だけではいかに六条の能力を駆使しても、探し出すことは不可能。
それを踏まえた上でのこの接触だとしたら、この声の主は条家について調べつくしているのかもしれない。
一体、なんの目的での接触かは、わからないが……。
まあともかく、能力であるなら得心がいく――動揺もなく二条が、代表してまずは口を開く。
「お前さん、何者だ」
『おっと名乗っていなかったかな? 失礼失礼。
私は、そうだねえ――マッドサイエンティスト。きっと私のことを、世界はそう呼ぶのだろう。気軽にマッド先生とでも呼ぶといい。いやマッド博士でもよいがね』
「完全に偽名だな、まあ本名を名乗るほどの馬鹿ではないということか」
『狂信的科学者――ゆえにもとより名など必要ないのだよ。単に識別名としてマッドサイエンティストと、マッドと呼びたまえ。いやマッド博士でもよいがね』
微妙にマッド博士を押してくるな。羽織はそんな思考を浮かべながらも、とりあえず自分へのお咎めはないようだと安堵する。
自称マッドサイエンティストは言う。
『それにしても……冷静だなぁ、条家十門。突然の闖入者に対して、よくもここまで取り乱さずに私の話を聞けるものだ』
「この程度で取り乱すような若輩は条家にはいないわ」
「情報を得るには、話を聞くのが一番ですから」
『くく、流石だ。本当に流石だよ』
七条と六条の平然とした答えに、マッドは対話の最中だというのに笑ってしまいそうだった。とはいえそれは礼儀に反するので、マッドは我慢する。
「ただ、オレたちも不躾な闖入者に好意的ではない。なにか用があるなら言うといい」
「内容によっちゃあ、個人的には歓迎してやるぜェ?」
三条が嫌そうながらも促すように言って、四条が喧嘩腰で言う。
そういうのならばとばかりに、マッドは本題へと入る。危険を冒し、こんな風にしてまで条家の総会に参入をしてきた理由――本題へ。
『くく。では、お言葉に甘えようかな。
私はね、条家十門――君たちにゲームを挑もうと思い、こうして声を送っているのだよ』
「ゲーム、だと?」
「はっ、条家の総会に割り込んできただけでも面白ェが、その上、喧嘩を売ろうってか。面白ェ、面白ェじゃねえか、歓迎してやるよマッドサイエンティストぉ!」
「四条は少し黙ってなさいな」
喧嘩っ早い四条が高らかに声を喜色に染め、七条がたしなめる。
情報を得るにはこちらは語らず、相手に存分に語ってもらうべきだ。楽しそうに笑う四条以外の全員が心得ていた。だからこそ相槌だけをうつ。四条は聞いた風もなく笑っていたが。
マッドだって理解しておきながらも、その軽口を閉ざしはしない。語るという行為自体が楽しくてしょうがないとばかりに、嬉々として語る。
『先ほどから君たちが困っている同質複数の魔害物の件だがね、あれは私の仕業だよ』
「!?」
あっさりと、至極あっさりとマッドはとんでもないことを自白した。彼にとってはそんなことは前提で、演出の下準備にすぎない。驚かせるための催し物は、まだまだ会話の先だ。
早く語りたい――うずうずしながらマッドは丹念に順序を踏んだ解説を続ける。
『私には沢山の子供たちがいる――その子らのひとりに、“魔の複製”という能力をもつ魔益師がいてねえ。名前の通りに、その能力は魔害物を複製し操る、簡単に言えば魔害物の紛い物を造る能力さ』
「な……っ!」
絶句。
警戒心が置き去りになるほどの驚愕。ひとつ前の自白など比較にならないほどの、途轍もない驚愕。そんな、そんな能力が存在するという事実に、条家の当主とて動揺を隠せない。
それもやはりマッドにとって重要度が低い告白で、大した風もなく言ってのけたわけだが、余人には爆撃級の衝撃だ。
魔害物の紛い物を造る能力――!
それは脅威だ、それは恐怖だ、それは最悪だ。
それは害なす魔の物を、幾らでも量産できるということ。幾らでも、世界に敵対できるということ。幾らでも、破壊をばら撒けるということ。
今回のように!
その危険性にピンとこないのか。
「魔害物の紛い物をつくる能力だと? 冗句としては笑えねェな」
言葉に反して、四条は笑って言った。
確かに冗句としても笑えないが、それ以上に脅威としても笑えやしない。そのことをこの男は理解できないのか。
周囲から白い目が集まるも、それに気付いた様子はなく、ただ四条の発言により当主たちは平静を取り返していたのだから、彼もいい仕事をしているといえるのかもしれない。
四条の茶々は無視して、マッドはすらすらと朗読のように言葉を羅列する。
『それで、町中にその魔害物の複製をばら撒いた――その数十七』
六条の報告通りの数――マッドの言葉が嘘ではない裏づけ。
先の論議の解答が奇しくも明示されたわけだが、それを喜べる状況ではなくなった。状況は悪化の一途を辿る。
「……そんなことを、何故わしらに言う?」
二条が探りをいれる。誰にもバラさずに行えば、それは言ってみれば完全犯罪。破壊を目的とするならば、この対話は有害でしかないはずだ。なのに、何故わざわざ声を送り、バラすというのだ。
この男の目的は、一体なんだ……?
『さっき言っただろう? ゲームだよ、これは』
返答は、酷く狂的な笑みだった。マッドの名にも、その見せびらかすような精神性にもよくよく似合う、常軌を逸した笑い方だった。
『その十七の中に、本物の武器を扱う魔害物がいるのさ。君たちの勝利条件は、複製たちを倒しつつも、その中からボスキャラとなる本物を探し出し打倒する、といったところかな?
ちなみに、そいつはずっと拘束しておいたのでね、戦闘衝動に限界がきているよ。その上でコピーしたのだから、複製どもも同じさ』
「なっ!?」
魔害物には戦闘衝動がある。
戦闘を好み、戦闘を望み、戦闘を奉ずる。闘争に狂った、戦うことのみの本能――それが魔害物。
そのため普通は一般人を襲うことはありえない。なぜなら一般人は敵となりえないほどに弱いのだから、戦いにならないのだから。だから奴らの狙いは戦いとなりうる存在、魂を活性化しその力を繰る人間――魔益師だけだ。
魔害物のこの性質のお陰で、魔益師たちはこちら側の事情を知られることなく幾年月も戦い続けてこられた。しかも奴らはご丁寧に戦いの邪魔を嫌って、一般人払いの結界まで張るのだ。そうそうは一般人にバレたりはしない。一般人が危険に晒される心配はない。
しかし、なにごとにも例外はある。
魔害物は、稀に一般人を襲うことがあるのだ。
それは戦闘衝動が限界に達した時、魔害物の戦闘衝動がはち切れた時、僅かの戦闘行為も行えずに数日間を過ごした時――なんでもいいから手当たり次第に殺して、自分の衝動の手慰みにするのだ。
魔益師全員の共通意識として、それが最も忌避すべき状況だ。魔益師たちは、そうなる前に魔害物を倒さねばならない――裏側から、表側を護るために。
六条は苦い表情でマッドに言葉を向ける。
「つまりは、ゲームの参加者として、我々を選んだというわけですか?」
『その通り。これも演出の一環さ。ゲームを展開したのだから、ゲームマスターの気分でね。攻略してくれるプレイヤーがいなければなんにもならないだろう?
まあ、どうせ条家とはいずれ敵対するのだから、ここで実力の数割でも知れれば儲けものだしねえ』
それは狂気と打算の織り交ぜられた選択。
思想発想自体はイカレている。魔害物を使ってゲームなどとは、正気とは思えない意味不明極まる発想だ。その上で、陰ながら遂行していた計画を気取られてすらないのに、自ら呆気なくバラす。どうにも黒幕には向かない、自己顕示欲の高いイカレた愉快犯といえた。
だが、そこにある全てが狂気ではない。ついでのように放たれた言葉には、計略の意図が見える。わざわざ計画をバラしたのは、パニックの誘発。そして手札を晒すことで、条家の対処能力を測っている。自分のような存在を敵とした場合、一体どういう風に動くのだろうかと、予行演習している。それをわかっていても避けられない――ある程度以上の能力を明かさざるを得ない状況を作り出しているのだ。
しっかりと自身の狂気を理由付けし、あたかも真っ当な打算の元に巡らされた謀略と思わせる。
はたして、この男は言葉の通りの狂った計略者か、それとも狂った皮を装い被っただけの計略者か。
この場においては、誰にも理解できやしない。狂気に理解とは、かくも縁遠いものであるからして。
『おお、そうだ。これを教えておかないと、難易度がわかりづらいなぁ』
ふと、マッドは今思い出したかのようにわざとらしく言った。
『昨日君たちが倒した武器型の魔害物がいただろう。あれも勿論のように複製だが……強かっただろう? あれで本物の強さの六割といったところだよ。
どうかね? これで本物がどれくらいの強さか検討がつくのではないかね? どれほどの危険度か、判断ついたのではないかい?』
あれが十六と、それ以上のボスが一匹か。
この場で唯一、六割の複製を直視した羽織だけが、深いため息をついた。他のメンツは、直感的には危険性を感じ取ったかもしれないが、それだけだ。現場と事務では情報に齟齬がでるものなのだ。
というか、そんな十七の魔害物を使ってのゲームとは、羽織としてはおいおいとしか言えない。
――ふいと、羽織の視界の先で主が動いた。
今まで黙っていた分、こんなところで動くとは羽織にさえ予想外であり、無論に当主たちやマッドでさえ軽く瞠目する。
静乃は立ち上がり、悲しげで、ともすれば泣いてしまいそうな声音で問う。
「どうして……あなたはこのようなことをするのですか? あなたの目的は、一体なんですか?」
それはこのゲームに対してではなく、マッドの行動全て――理念を問うた言葉。
悪意に対し、悪意で返すようなことはせず、善意でもって受け止めようとする、静乃の問い。
それを受け。
『目的……私の目的かね?』
くく、と含むように笑い声を殺し、けれども殺し切れずにやがて大口を開けた馬鹿笑いへと発展する。
マッドは笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って笑って――
その問いに答える。明確なまでに目的を宣する。誰にも聞かせてやるような、耳をひっぱり叫び散らすような、はたまた自分への誓いの言葉のような。
高揚し切った、陶酔し切った、狂乱し切った声が、
『――私は“生”を支配するっ!!』
主なき一条の屋敷に雷鳴がごとく響き轟く。
それは、きっと全世界への宣告であり、自己への誓約であった。
必ず叶えると、絶対に諦めないと、なにがなんでもやってみせると、世界に自分に向けた宣誓。
言葉の意味するところは、聞いた誰にもわからない。本人だけにしか理解不能の夢物語。しかし、そのただひとりのマッドサイエンティストにとっては、おそらくなにを置いても、なにを切り捨ててもなすべき理想なのだろうと、そう感じさせた。
条家十門当主一同が気圧されるほどの迫力に、誰も押し黙る。問うた静乃も、ここまで全霊でかえってくるとは思わなかった。
しかし発言した当の本人は一瞬でテンションをおさめ、また皮肉っぽく笑みを刻む。
『では、私は君たちの活躍を観客として眺めることにするよ――がんばりたまえ』
それだけ言って、本当に余韻もなにもなく綺麗さっぱりと、マッドは声を閉ざした。対話を、終了した。おそらく、もうどんな大声も届かないし伝わらないだろう。
「…………」
それでも、その確信はなく。
一同の間に深く重い沈黙だけが埋め尽くした。
沈黙にもそれ相応の意味は存在し、それは警戒と、それと情報整理。あと、なにを言うべきなのかわからなかったり、単に雰囲気におされて黙っているだけの者もいたけれど。
そのような意味ある沈黙を経て、幾ばくか。ようやく二条が沈黙の空気を破って口火を切る。
「一条様の不在にこういったことがおこるとはな……」
「いや、タイミングがよすぎる。それを狙ったのかもしれないな」
三条はさらに悪い方向に推測を述べておく。
現実的には、そのほうが可能性としては高い。
「だとしたら、厄介な相手かもしれんな」
「なんにせよ、ここまで明確に敵対したのだ、相応の報いをくれてやる」
条家を妬むもの、嫌うものは多くいる――無論、それ以上に多く畏敬するものや憧憬するものだっているが――こういう手合いを放っておくと、そういった奴らを増長させるかもしれない。
三条は牙をむく獣のように断言した。条家に敵するものは討つべきであると。
それを否定するわけではないが、六条はそれよりもと話を修正する。
「ですがともかく、奴に対する詮索や対処は一先ず置きましょう。それよりも、今は――」
「ゲーム、だろ? へっ、楽しくなってきたぜ」
「そうね、早急に編成を考えましょう。十七の魔害物を倒すために」
次々と発言していく当主たちは、既にいつもの通りだった。
条家十門の長い歴史の中でもおよそ初となる総会への介入でさえ、彼らは受け止め飲み込み、前へと進む。
彼らは知っているのだ、なにが重要で、なにをすべきかを。ここで取り乱している場合ではないということを。
六条はふむ、と顎に手を置く。
「ただ――奴は我らの実力が知りたいと言いました。ならばこれは我らの手の内を探るための陽動とみて間違いないしょう」
「つまり、こちらの全てを晒すのは愚策ということか」
「ええ、ですから編成に当主は組み込まないほうが賢明かと」
冷静な言葉だった。現実的で頷ける提案だった。だが、それは現場にない者の発想ともいえた。
静乃は言う。
「ですが、本物の魔害物に対してどう対処するというのですか。二条 条さん――二条家直系ですら傷を負い、苦戦したと聞いています」
「その二条が戦った魔害物が六割の複製だとするならば、確かに本物は当主レベルでないと被害が著しいことになりそうだな。まあ、二条家直系の程度がいかほどかは知らないが」
ちょくちょく棘を混ぜ込む三条。
を気にせず四条は不敵に笑みを刻む。
「だったらおれがいくぜ! てか、そのつもりでおれを出席させたんじゃねェのかよ、未来視でもしてよぉ。なあ、六条」
“完全予知”の六条。未来という情報でさえも知りうる賢人。
四条は無理に呼び出された理由が、このイザコザを六条が予見したがためと考えたのだが。
「いえ、そんなことはしていませんよ。ただ単純に、敵の数が多いので速度において条家でも随一の四条に任せようと思っていたのです。その際に当主から伝えてくれたほうが命令系統としては簡潔でしょう?」
たまに頭を使っても、的外れであるのだから悲しいものである。
子供っぽくそっぽを向いて、四条は舌打つ。
「なんだ、そうかよ。まあ、今回に限っては面白ェことになったし、いい判断だったぜ六条」
「しかし確かに四条の脚ならば、奴に情報を与えずに魔害物の討伐が可能といえるのではないか?」
「でも、この単細胞のバトルマニアよ? そんな綺麗に倒してくれるとは思えないわ」
「ああん? 喧嘩売ってんのか七条!」
どうどう、とばかりに四条の補佐に止められる四条家当主。
という風景は別段珍しくもなんともないので、総会は続く。
「ここにおる戦闘特化の条家――我ら二条、それに三条、四条。あとは戦闘できる条家――七条。その四家で今すぐに出撃できる数を聞かせてくれ。無論、自身を除いてだ。
二条は七名ほどだ」
「三条は四名」
「四条は……あー、どうだろ三人くらいは暇してたかな」
「七条は基本的に忙しい。暇な者なんてひとりもいないわ」
「総計して十四名か。足りんな」
さくさく答える三人に、二条は少しだけ渋面を晒す。
足りないのなら補えばいい、七条は提言する。
「当主は不在でも、五条や十条の手透きの者はいるでしょうから、聞いてみればいいんじゃないかしら」
「一人一殺といったところか?」
「それは危険ではないですか? 複製でも条さん――二条家直系を梃子摺らせる相手ですよ? 下手をすれば本物とあたる可能性もあることですし」
「それに、屋敷から戦える者全員が出払うのは不味いんじゃねェの? まさかとは思うが、それが狙いともわからねェしな」
「むぅ、ではふたり一組で出撃。そしてひとりかふたりほどは屋敷に残るということでどうだ」
まあ、妥当だ。全会一致で肯定。
「で、あとの問題は本物か……」
「だからおれが出るって。おれなら複製なんざ即行でブッ倒して、本物もぶちのめしてやるからよぉ」
しつこいほどに言い募る四条に、二条は腕を組んで思案する。それから周囲を見回し、他の当主たちに無言で是非を確認し、確たる否定も見当たらない。
仕方ないと、とうとう折れた。
「……わかった。四条、お前が出ろ。ただし複製には本気をださんことだ。そして本物には本気で、できれば最速で倒して欲しい。分析されないほど速く動いて、速く叩け」
「任せておけって! じゃ、いってくるわ!」
「なっ! 待ちなさい、四条! あなた、敵の位置わかるのっ!?」
即座に立ち上がり、駆け出そうとする四条を七条がどうにか呼び止める。
四条の脅威の素早さ――危なく退室する寸前で停止できた。
「おおう、そうだったそうだった」
「位置については六条、わかるな」
「ええ、十七全てを把握しております。また動いているでしょうが、すぐに特定できます」
「では六条家総出で出撃する者たちを導いてやってくれ」
「はい。出撃する者の名前さえ教えていただければ、こちらから個別に連絡をいれ、伝令役をひとりずつあてがいましょう」
通信手段は現代的に携帯電話だ。六条家には、条家全員の携帯番号が知れていて、すぐに情報を伝えられるようにしてあるのだ。
そうして携帯で連絡を取り合い、魔害物へと導くのが六条の主な仕事といえた。
二条は頷き、視線を静乃へ。
「九条はいつでも治癒できるように複数人の治癒師を待機させておいてくれ」
「わかりました」
「あぁ、それと九条、あんたの所にいるうちのせがれ、あいつをだしちゃあもらえんか?」
「はい?」
突然の話に、疑問が先行してしまう。それでも微笑みは失っていないのは、静乃という人間性を現していた。
二条は気恥ずかしげで、しかし誇らしげな微苦笑を浮かべる。その顔は当主のものではなく、きっと父親のそれだった。
「あの馬鹿のことだ、倒した奴が偽物だったと聞けば自分でケリをつけたがるだろう。今日だけ別の奴をあんたの所に護衛として回すから、頼む」
「ふふ、それは勿論構いませんよ。きっと条さんも喜ぶでしょうから」
「すまんな」
二条は自分のせがれ――条の性格を父親ゆえに知り尽くしている。そして、少々甘い父親であった。
すぐに引き締めなおし、二条は全員に向かって号令する。
「これで、今回の総会は閉じる――全員、がんばってくれよ」
そうして、ゲームは開始された。