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第九十七話 友







 ――もしも加瀬 雫が、黒羽 理緒に勝利していたら。

 ――もしも羽織が、勝ち得ないはずの相手に勝利をもぎ取る奇跡を垣間見ていたら。

 ――もしも羽織が、無意識にでもそれで認識を強化していたら。

 ――この結末は、変わっていたのかもしれない。


 もしかしたら、ひょっとしたら。

 そんな、ありえざるイフの話……。


 しかし現実、雫は理緒に敗北していて。

 羽織もまた、今こうしてキョウスケに敗れていた。


「お前は、冷静過ぎた。現実的過ぎた。彼我の実力差を正しく理解できるほどに。自分の力では、勝ち目がないと判断できてしまうほどに」


 それが敗因。それこそが、最大の敗因。

 羽織は今の自分の力では、まだキョウスケには敵わないと無言の内に理解してしまっていたのだ。

 魔益師は、認識により自己を改革する者。認識という曖昧で流動的な感覚だけで、その力を上下してしまう生き物。故に低位の者が上位の者を打倒するというイレギュラーが当然のように散見され、勝敗が実力だけでは判断できない。

 そんなことはわかっていて。そうして勝利してきた少女を傍で見てきて。


「ひたむきであること、愚直に突っ走ること――おれに足りないのは……あいつとの差は、きっとそれなんだろう」


 だから、小賢しいだけの現実主義者は、愚直な夢想家には敵わない。少なくとも、魔益師という界隈では。


「ほんと、情けねぇな」


 あれだけ様々なことを教え込み、強くなるよう発破をかけておいて、自分がこのザマでは――情けないにも程がある。

 こうして不様に死に晒すのも――当然じゃないか。


「やっ、やめろ……」


 もはや羽織に拳を握る力はなくて、キョウスケの一撃に耐え切れるだけの命もなくて。


「やめろ……やめてくれ……」


 声をかけてくれる少女に、笑いかけてやる元気もない。

 故に、


「やめろ貴様っ!」


 しかし間に合わない。風の刃は届かない。声も祈りも誓いも――なにもかも圧倒的な暴力に蹂躙されるだけ。


「羽織、お前のことは忘れない。我の生涯において二度も立ち塞がった唯一の男よ――さらばだ」



「――やめろと言っている。だから、やめろ」



「っ」


 拳は空振り。羽織は不在。瞬く間に羽織が掻き消え、いつの間にか浴衣の傍に落ちている。

 それは速度のレベルでは不可能な事象。どんな者にもありえない。条家十門当主であっても、羽織であっても、他の誰でも、無理だ。

 では、これは――疾いとかそういう次元の現象ではない。そうではなく、


「これは……“万象の転移”」


 しかし羽織はキョウスケに掴まれて能力の発動はできない。つまり、


「小娘、貴様か」

「…………」


 そこに立つのはひとりの少女。

 輝かしい金髪の、無表情な――オッドアイの少女。

 キョウスケが苛立たしげに腕を薙げば、既にいない。少女もまた浴衣の傍まで戻る。転移する。

 

「りっ、リクスちゃん?」

「いえ、浴衣、それは私の妹」


 声は後ろからだった。懐かしい、もうずっと聞いていなかったような友の声。それに、浴衣はちょっと泣きそうだった。


「リクスちゃん!」

「うん、浴衣。ごめん、今まで傍にいれなくて」


 リクスだけじゃない。

 条が、一刀が、八坂が、そしてジャックと――


「あなたは、リクスちゃんのお父さん……」

「はは、すまないね」


 マッドは、困ったように苦笑するだけだった。

 そんなことはどうでもいい。マッドがどうだの今はいい。ただ、ただ、目の前には怒れる獣がそこにある。己の獲物を奪われ、神聖な戦いの決着を外され、激怒する魔害物。

 だから羽織はズタボロの身で声を上げる。生きているなら諦めないと。


「おい……一刀、八坂、それに浴衣様……おれを、回復してくれ」

「なっ、羽織さま、まだ戦うつもりですか! そんなにボロボロになっても、まだ!」

「いえ、違いますよ浴衣様……やっぱりおれじゃ、おれなんかじゃあ駄目だったんです。おれじゃあ絶対あれには勝てなかったんです」


 だから。


「だから、雫――お前があれを倒せ」

「……は?」


 突然、そんな風に言われても意味がわからない。雫は硬直し、言葉の理解から逃げたかった。しかし逃避は許されない。羽織の真っ直ぐ真摯な眼光が、許してくれない。


「なっ、なにを言っているんだ、お前は! そんなの、そんなの無理に決まっている! 全力を尽くした羽織ですら勝てない魔人に、私なんかが――」

「いや、勝てるさ。おれを信じろよ……」

「でも、そんなの……っ!」


 泣き喚くような、泣きじゃくるような、そんな子供のような否定だった。

 だって、理屈として勝てるわけがない。条家十門当主を全員倒し、その力を受け継いだ羽織すらも真っ向からねじ伏せた。そんな怪物に、まさか加瀬 雫なんかが勝てるわけが――

 それでも羽織は戯言を貫き通す。いつものように不敵に、人を食ったような笑みで。


「心配すんな無策で放りだしたりしねぇ。勝つ算段はついてるんだ……その核が、お前なだけだ、馬鹿雫」

「羽織……」

「それでも、無理か? おれもだいぶ手助けはするぞ、それでも勝てないか? 刀の担い手が勝てると言ってんのに、それでも信じられないか?


 なぁ、おい――加瀬雫(おれのやいば)!」


「っ」


 その言葉には、いかなる魔法の力がかけられていたのだろう。天使の御技か悪魔の所業か。

 効果覿面、奮い立つ。

 そうだ羽織を助けたいと願った。そうしようと己が魂に強く誓った。それが今この時でなく何時だという!


「わかった。やる。詳しく話せ」

「よし、それでこそだ。で、だが時間がかかる。あれをどう足止めするかは考えてねぇ……」

「それは私に任せておきなさい」

「……マッド、どういう風の吹き回しだ」


 そこにいるのはどうでもいい。

 だが協力を申し出るなんてどんな心境の変化だ、気持ち悪い。


「なに、ちょっと家族に格好いいパパを見せておきだいだけさ」

「だったら、僕もなにもしないでいるのは癪だね」

「ジャック……お前まで……」


 そもそも親子喧嘩はもういいのか。お前らちょっと見ない内に本当になにがあったって言うんだよ。


「なに、クソ親父の格好つけるところを邪魔したいだけだよ、僕の勝手さ――それに、もう声はかけてあったから」






 キョウスケは激怒していた。

 戦いの決着を阻害されたのもそう。殺意こめて拳が空振りになったのもそう。

 彼は魔害物で、故に誰より何より戦を好む、戦に狂う。戦いたくて戦いたくて、他の情動総てが矮小化するほどに、ただ戦場だけを求めて吼える餓狼である。

 戦いは真っ向から。決着まで必ず走りきり、最後には己が拳で敵を殺す。それでこそキョウスケは歓喜し狂喜し魂の充足を感じるのだ。

 雑魚どもなどはどうでもいい。どうせなにをしようが幾ら集まろうが雑魚は雑魚、薙いで退かして殺して終わり。そんなものより、羽織という最高の敵手をこの手で殺さねば、充足は得られない。あぁ、あれほどまでに強く強靭な魂を散らせば、一体どれだけ心地よいのだろう。想像するだけで身が震える。

 この四百年の渇きを癒すのは、やはり羽織の死であるべきなのだ。


 ――そして中空を舞う百の剣がキョウスケへと降り注ぐ。


「む」


 刃がちょうど百本殺到する。集中豪雨の如き刃の斬斬降り。降り注いで留まらない。打ち抜き、串刺し、貫かんと嘶く。


「はっはぁー! こいつが人型って奴か、俺の夢のために死んでくれや!」


 直後に大地が揺れる。震える。地震のように。

 地面をブチ破って現れたのは巨大な樹木。蛇のようにうねって、キョウスケのいるであろう針の筵をぶったたく。


「皆、手を休めるな! 総攻撃だ!」


 続くのは紅蓮の化身。猛火が大樹ごと焼き払って一点突破。炎熱の限りを尽くす。

 亡者残らず焼き尽くす火炎地獄、生者かまわず燃え尽きる焦熱地獄の創成である。


「これがぼくに叶う最高最強の炎だ、燃えろぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」


 他にも多数の能力がキョウスケという一個の災害に向けて同時に放たれる。撃たれる。ぶちかまされる。


 それは“黒羽”の魔益師、織部 八雲。

 それは“黒羽”の魔益師、春原 冬鉄。

 それは“黒羽”の魔益師、高倉 衣弦。

 それは“黒羽”の魔益師。それは“黒羽”の魔益師。それは“黒羽”の魔益師。

 御門 颯太。御門 双牙。木戸 信司。上垣 裕真。雪平 雛子。新山 桐。斉藤 天雄。道明寺 神楽。通天 御門。新城 真綺。烏丸 夜。佐藤 綾徒。石井 大樹。東郷 和也。木島 幽裏。和柿 椎佳。赤沢 潤。束 縁。蘇芳 成之。

 それ以外にも多くの“黒羽”の魔益師たちである。






「これは……」

「“黒羽”の長として、第百支部に伝達をしておいたのさ」


 ――条家十門の屋敷にて人型の魔害物が現れた。かの者を討ち取った者に、次の“黒羽”総帥の座を渡す。


「お前……」

「もう総帥の座はいいや、飽きたんだよ」


 言って、ジャックは儚げに笑った。

 これじゃあ確かに私の活躍の場はなさそうだ。横のマッドは肩を竦めて、それでも自分にできることをする。


「リーレット、君も、行きなさい」

「了解」


 これにて数は膨大だ。およそ百に等しい魔益師の全力の袋叩き。

 これなら勝てるのでは。流石の最強たる一も、百にかかれば敗れ去るのでは――しかし。

 しかし、そうはいかぬと羽織は知っている。

 あれだけの物量でも倒せぬと、羽織は断ずる。知っている。なにせ“黒羽”機関は多数で挑み、条家十門という少数精鋭に敗れたじゃないか。

 どんな多数も、至高の一には敵わない。

 それは既に証明されたこと。抗争試合を持ち上げなくても、過去四百年前にも物量攻撃に出たことはあったのだ。多く大勢の魔益師たちと複数の機関が連携してたった一体の魔害物に全戦力を投じた。

 結果は、無論全ての能力を学習されて、返り討ち。

 なんて理不尽なる化け物だろうか。なんてふざけた怪物だろうか。

 だがそれでいい。ここまで戦力を出し惜しみなく出し尽くせば時間稼ぎにはなろう。

 決着、結末は――


「こっちで決めてやる」








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